第103話 動乱の結末
セントラルタワーの最上階。
指令室と呼ばれるそこに、瀬戸基地総司令である諸国源一郎は一人座していた。
決戦のために訓練されたオペレーター達も、今は基地やタワー自体のセキュリティに駆り出されている。もし今【主】が現れでもしたら、基地は無防備だった。
ガードマン達もまた彼に言われて席を外していた。彼の元にひとつの短い電報が入ったからだ。
「大空寺の嫡男、戦死」と。
印字された紙をぐしゃりと握り潰して、彼は硝煙で曇った空を見上げた。
「……そうか、坊主が逝ったか」
コートの内側から酒の入ったスキットを取り出しぐいっと煽ると、灰色の空へと掲げた。
――加護者でもないただの人の身でありながら、諸国源一郎が人類最重要拠点の長に選ばれたことには理由があった。
「短かったが、良く生きた。達者でな」
諸国、大空寺、三鷹は【御三家】と呼ばれ、日本有数の財閥を持つ名家であると同時に、現代まで脈々と特別な血を受け継いできた能力者たちの一族でもあった。
皆それぞれの一族がこの危機における活躍を期待されたが、新たな現実世界は厳しかった。
武芸に秀でた大空寺一派は何名かの加護者を輩出するもガチャ勢程の力は遂に得られず、三鷹に至っては日本A級出現の際に本家の人間全員がダンジョンに食われて壊滅してしまった。
そして諸国の宗主たる源一郎には子孫がなく、高齢のためか自身は加護を授からなかった。数々の歴史を作ってきたという偉大な祖先が見たらどう思うだろうかと源一郎は日々自問していた。
だが逝ってしまった大空寺の嫡男は見事な働きをして見せた。全ては生き様の問題だとあの若者が気づかせてくれたかのようだった。
「あぁそうだな。生い先短いこの私だって、死ぬまでに一つくらいは目に物見せてやるさ」
アレキサンダーに見初められて瀬戸基地の総司令となった源一郎。
深い皺の刻まれたその眼は静かに、だが毅然として、遠く瀬戸の海を見据えていた。
――――――――――
鳴り続ける銃声。
実際は銃という言葉では生ぬるく、秒間数十発も放たれる魔導対物ライフル弾が嵐のように吹き荒れていた。
断末魔の悲鳴のような発砲音とともに放たれる魔弾は悉くをアナスタシアの防御魔法に逸らされ弾かれて、元々更地同然な戦場に残っていた瓦礫を根こそぎ消し飛ばしていた。
アナスタシアの防御魔法は攻撃をものともしていなかったが、彼女は最初の位置から全く動かず、ひたすらに集中砲火を浴び続けていた。
さすがにアレキサンダーが創ったアーティファクトなだけあって、『界絶瀑布』を解いて一発でも魔弾が直撃したなら、体力が限界突破していない彼女自身は痛いでは済まされないことは十分に分かっていた。
強力無比な防御魔法だが、唯一の弱点は移動できない点だった。
魔力の持久力比べなら自信があるが、向こうは随分とパイロットのそれを増幅させる機能があるようだから、防戦側の自分が安易に選択するべきではないと思われた。
「ちっ、しぶとい」
「構わん撃ち続けろ!」
彼女はしかし幾らでも不意打ちは可能だった。
なにせテレポートがある。背後をとることは容易い。
だが最終決戦用と名のついたあの機体にどんな機能がついているかは未知数だった。むしろ何らかのレーダーは装備していない方が不自然だろう。急襲するつもりがハチの巣にされる可能性もある。
とはいえこのままではジリ貧だし、やってみないと分からない。
機体はそれぞれ兵装が違い、一方は巨大なブレードを、もう一方は杖を背負っていた。
彼女はまず杖の兵士を標的として定めた。
そして瞬時に兵士の背後に移動した彼女は、防御魔法に通わせていた魔力回線を遮断し、予め練っていた攻撃用の極大魔法に切り替えた。
水神召海七覇槍を七本纏った。五本の槍は引き絞られたように螺旋を描いて先端の一点に向かって研ぎ澄まされ、二本は巨大な刀身をもって、それぞれが意思をもった熱帯魚のように彼女の周囲をゆったりと泳ぎ回る。
敵はまだ水牢の残滓を撃ち続けている。
貫通に特化した槍が四本、弓に番えられたかのようにギリリと刀身を軋ませて、撃ち放たれた。
「ぐあぁぁぁ!」
不意打ちは成功した。
アレクから量産型について聞いたことはなかったが、紫電のコアは脊髄に沿ってミクロの細さで線上に伸びているとのことだったから、あれも同様に胴体の正中への攻撃や、環状断にぶった切ることは避けなければならないと思った。だからまずは杖の兵士の四肢を狙い、撃ち抜くことに成功した。激痛と著しい機能障害でほぼ戦闘不能だろう。
次いで残る一本を剣の兵士に向けて放ったが、驚異的な反射速度とブースターをもって回避された。兵士はお喋りだった先ほどまでとはまるで別人のように、冷静かつ迅速に背にかついだ大剣を抜き、一気に切り掛かってきた。
ギィィィィンッ
防御用の双槍が十字を描いてその斬撃を食い止める。
大剣は魔力操作で超振動を起こし、槍の接触面は高熱により目の前でみるみるうちに蒸発していった。長くは保たなさそうであった。
アナスタシアは即座に水泡を空中に浮かべた。だが彼女はこの戦場でそれを使い過ぎていたらしい。すぐにバルカン掃射ですべての泡が潰されてしまった。
防御の槍の一本が完全に蒸発して消え、もう一本の槍がはじき返された時、彼女と兵士の間に遮蔽は何もなくなった。
(しまった)
攻防の極大魔法を同時に操るのは今の彼女であっても至難の業だった。テレポートは連発できない。必然的に、彼女は敵の接近を許した。一切の躊躇なく、大剣は彼女を袈裟切りにすべく振り下ろされる。彼女は咄嗟に左腕を差し出した。
ドサッ
ただの身体強化支援のみで剣を受け止めた彼女の左の前腕はあっさりと切り飛ばされて地に転がったが、そのおかげで何とか胴体を真っ二つにされることは回避できた。
「くッ」
激痛と切断面の灼熱が彼女を襲うが、一瞬の隙をついて何とかテレポートで距離をとることに成功した。
「回復の隙は与えんぞ!」
彼女の戦法は随分と研究されたのだろう。一瞬で部位欠損を治せないことも知られていた。ブーストを吹かせて兵士は即座に接近してきた。
止血もままならないうちに全周囲への界絶瀑布の展開が間一髪で間に合った。
ブレードは碧水のドームを削り取ろうと狂ったように振り回されるが、さすがに防御に特化した極大魔法はびくともしない。
「守りに入っていていいのか?この鎧は再生能力をもっているのだぞ!」
ブレードを振り回しながら剣の兵士が叫んだ。
アナスタシアは傷口を押さえながら杖の兵士を見た。まだ倒れている。だが鎧の四肢関節が再生されれば確かに無理矢理にでも起き上がってくるかもしれない。腕の治療を進める。再生ではなく、治療を。
「えぇ、私も守りに徹するつもりはないわ」
「ではさっさとコレをどかせて戦え、臆病者め!」
同時に攻防二つの極大魔法を操れないと知った敵は、彼女がテレポートで逃げるか界絶瀑布を解除する瞬間を見逃すまいと意識を集中している。
その敵の呼吸を読みながら、彼女は十分に意識を引き付けたと判断した。
そして彼女の腕は『繋がった』。
ドンッッ
「ぐあ!?」
突如、兵士は背後から全身がバラバラになるほどの激しい衝撃を受けて地面に転がった。
何事か?わからないが兵士の体はすぐには言うことを効かなかった。
仰向けの兵士の視界には曇った空が映った。だがそれもすぐに遮られる。顔前に向けられた、アナスタシアの手によって。
「ま、待て――」
「ハイアクア」
掌からレーザービームのような水砲をゼロ距離で放たれて、兵士は即死した。
兵士の背後には、さきほど切断されたアナスタシアの左腕が、兵士に向けて掌を向けていた。
彼女は治癒魔法により不可視な程に細く長く神経と魔力回路をつなぎ、そこから超級魔法を放ったのだった。
そして虫の息だった杖の兵士も、間もなく彼女によってとどめを刺された。
ようやく、更地にふさわしい静寂が訪れた。
「……ふぅ……凄い膂力だった。危なかったわ」
なんとか二体の敵を倒した後、彼女は斬られた腕を再生した。
落ちていた兵士の杖を拾ってみると、超級に近いレベルの雷魔法が刻印された杖であったことが分かった。
「……使われる前に倒せてよかった……」
彼女は安堵した。
重魔装外骨格はどちらも半壊していたが、コアが無事なので魔素核で再生できるはずだった。テレポートでセントラルタワーへと送った。
「これで三体。七体のうち本部の制圧に三体は必要だろうから、瀬戸基地にはあってもあと一体か」
もしかすると一体はセントラルタワーの攻略に向かったかもしれない。
不安だった。別の意味で。
アナスタシアはすぐにセントラルタワーへと向かった。
――タワーの周囲もまた、惨状だった。
死屍累々。無数の兵士がここを目指して攻め込んできたあげく、玉藻前によって撃退されたのだ。人間の倫理観を持たない残忍な彼女のことだ。兵士たちの有様を見るに、彼らは地獄を見ながら死んでいったことだろう。
その中央、つまりタワーの入り口前には、玉藻前が涼しい顔をして座っていた。
アナスタシアは玉藻前に近寄った。装備があちこち損傷したアナスタシアを見て、玉藻前は軽く笑みを浮かべた。
「そっちはご苦労だったようじゃな」
「ええ。ですが終わりました。玉藻さんも随分と働いて下さったようですね」
「骨のない有象無象共じゃったよ。だが一人だけ強かった。妙ちくりんな金属の鎧を身に着けていた。お主の腕を切り落としたのもそいつじゃろう?」
腕は完璧に再生したつもりなのだが、この妖狐には見えているようだった。
「ええ。ちなみにその人はどうなりましたか」
「お主らの障害になり得ると思ったのでな、ふふ、重力魔法で完全に潰して消滅させてやったわ」
「それは……いえ、ありがとうございます」
知らない。今回はアレクの失態なのだ。一体くらい壊れたところで文句は言えないだろう。アナスタシアは疲れ切っていた。だからあなたが消滅させたそれは人類の最終兵器な類の物だったんだよと説明するのをやめた。やるならアレクがやってほしい。
「大いなる災いが来る前に、なんとか基地中枢は守り切った。だがここはそれ程に重要なのか?」
玉藻前はふと、アナスタシアに疑問を投げかけた。
それでアナスタシアは、当時のことを思い出していた。
あれはアレクと共に対ダンジョン協会を発足した当初のことだ。
『ミーシナさん、君の予見能力によって、Xデーの座標が分かるんだったね?』
『はい。そこでオリヴェイラさん、あなたの持つ能力が人類守護の要になり得るみたいです』
『……ならば、僕はいずれ二つの基地を創ろう。一つは日本のX地点に、攻守の要所を。もう一つはそのほぼ真裏にある僕の故郷ブラジルに、日本よりは安全だろうから人類や生態系の避難場所も兼ねてね。ガチャ神いわく、敵の親玉はもうめっっちゃ強いんだろう?だから最終的には二つの基地を繋いで、地球をリンゴみたいにでっっかい芯で補強するんだ!』
『そ、そんなことが可能なのですか?』
『今は全然無理!でも君に予言してもらって、なんだか勇気が出たよ。そのうちできるようになる気がする!』
『へ、へぇ。じゃ、じゃぁ私も出来る限りサポートしますね!』
『うん、頑張ろうね!』
「あの頃の私は半信半疑でしたが、アレクは実際に二つの基地を完成させて見せました。そして、二つの基地は間もなく繋がろうとしているそうです。……彼は、天才です。まだスキルのノウハウも分からないうちから確かな未来絵図を描いていたんですから」
「ふぅん、選ばれるべくして選ばれた人間、ということかの。じゃが、当のもう一方の基地は宇宙へ持ち逃げされそうなんじゃろう?わしらも今すぐ駆け付けなくてよいのか?」
「先ほどアレクから通信が入り、ブラジル基地に入ったそうです。『そっちはありがとう。あとは一切合切任せて』とのことです。温厚な彼が、珍しく怒っていました。彼はA級ダンジョンの柱をほぼ一人で倒せる程の実力者です。向こうのことは任せて、私達は残党処理に専念しましょう」
「なんじゃ、またどんぱち出来ると思ったのに、つまらんのう……」
重魔装外骨格と全ての前線兵を失った敵の侵略部隊は一気に勢いを失い、基地内の魔導兵部隊は再結集を果たした。
一般兵部隊もまた被害が大きかったが、犠牲となった民間人の救助ならび基地の修繕のために一丸となった働いた。
勝敗は決しつつあった。
――――――――――
ブラジル基地についたアレクは、重魔装外骨格を纏った二人と中心とする精鋭兵の一団に、ある場所へと連行されていた。
基地からノアの内部に入り、大型リフトで都市の中枢部へ。
今は朝だが、ここで暮らす人々は一日の殆どを外出制限されているため、天を貫くような超高層ビル群の間を抜けていく間、人の姿を見かけることはなかった。
やがてクリスタルで出来た荘厳な大聖堂にたどり着く。
「なるほど、ここね……」
「黙って歩け!」
「痛てて」
アレクが呟くと、兵士に銃の先端で小突かれた。
細かい装飾が外壁の全面に至るまで散りばめられている。外はカーネマンの趣味だ。大きな石門をくぐって中へと入った。内部には一転してアレク製の頑強な機械壁が敷き詰められている。外と内はどう見てもアンバランスでアレクはあまり好きでなかったが、ここで暮らす人々にはウケが良かったようで、外出可能時間帯には多くの人々がここを訪れ、祈りを捧げていた。
かつーん、かつーん
昔ダンジョンで聞いたような足音を響かせながら一行はまっすぐに通路を進み、やがて視界は大きく開けた。儀式の間と名のつけられた、一般人立ち入り禁止の区画だ。
アレクの視線の先にはいかにも位の高そうな修道服に身を包んだヨゼフ・カーネマンの姿があり、その背後には急造で打ち付けられたと思われる十字架にクリスが磔にされていた。その横ではぐったりしたクリスに対しアーキフレーム兵が銃を突き付けている。
(人質ってわけね。まったく、僕らは何に祈りを捧げればいいんだろうね)
クリスはボロボロだったが、なんとか生きてくれていたことにアレクは安堵した。
「やぁオリヴェイラ卿、久しいな」
「そうだね。でも悲しいなカーネマン。かつては大きな志を共にした君だったというのに、あの聡明だった君はどこかへ行ってしまったのかい?こんな短慮を働く人だとは思っていなかったんだが――痛っ」
そう言うや否や、アーキフレーム兵は強く銃口をアレクの脇腹に差し込み、彼は強制的に正座させられる恰好となった。
「口を慎みたまえ、オリヴェイラ卿……。君はなにも分かってないのだ。【主】の力を。人間の中で、私だけが、あれの全容を目にした。この【千里眼】をもって。私は後悔したよ、あれを見てしまったことを。次に目玉をくり抜いて今すぐ死にたいと思った。実際に銃を口に含むところまではいったよ。だが踏みとどまった。なぜかわかるか?私だけが、そう私だけが!人類を救済できると気づいたからだよ。だから帰って来たのだ。この狂ってしまった現実へと!あれに対抗できる手段などありはしない!ノアは同化した地球の一部と共に新たな人類の歴史を刻む第一歩となるべきだ!そう、始まるのだよ、宇宙歴が。人類の新たな旅の幕開けが!」
その後もカーネマンは声高に話し続けたが、アレクにはその殆どが耳に入ってこなかった。というより、理解不能だった。ダン協の立ち上げに尽力してくれた聡明な彼は、恐怖に抗えなかった。完全にどこかに行ってしまったのだとアレクは悟った。
儀式の間には、三人のアーキフレーム兵と、質の高そうな魔導兵たちがざっと……50人程。
兵たちは皆、カーネマンの御高説を一言一句に至るまで真剣に聞いているようだった。
(本当に、『救済』だなんて口にする人間には碌な奴がいない)
「――分かってくれたかな、オリヴェイラ卿。今の私の現状分析を聞いた上で、君の最終意見を聞かせてもらおう」
「立て」
アレクは兵士に促されて立ち上がった。
「そうだね。一つお願いがあるんだが、僕は皇族でも貴族でもなんでもない。ただのちっぽけな一人の人間さ。だから今更だけど、卿だなんて呼ばないでほしい」
「…………些末なことを。ではオリヴェイラ君、続けなさい」
「ありがとう。君の話で言うと、敵はあまりにも強大で、それに対して僕達はあまりにも卑小な存在だ。うん、僕もそう思う。だから結論を要約すると……ビビったから逃げ出したいってことでいいのかな?!」
ガンッ
一瞬の間をおいて、アレクはアーキフレーム兵に銃で殴られて床に叩きつけられた。
後頭部から血を流して臥せるアレクを、カーネマンは冷たい目で見下ろした。
「残念だよ、オリヴェイラ君。君の能力は唯一無二だ。何とか取り込みたかったのだがね。では、命令する。ノアを動かすための鍵の片割れを渡しなさい。そうすれば命だけは助けてやろう」
アーキフレーム兵三人がアレクに銃を突きつけた。
「まさかこの状況を何とか出来ると思っているのではあるまいね?君は人類の守護に徹した余り、たいした実戦経験もないだろう。それに対してこちらは君と同等の鎧を着た三人の歴戦の兵士と、本部協会魔導兵の精鋭が50名だ。私は君が単身でここにいることは分かっている。素直になった方が身のためだよ。お友達のこともあるし、ね」
クリスの頭部に銃口を向けた兵士が、安全装置を外す音が聞こえた。
それを聞いてアレクはゆらりと立ち上がった。
「そうだね、確かに絶望的な状況のようだ。僕にはどうしようもない。――だから、宜しくね、紫電」
顔を臥せたアレクが僅かに笑った気がした。カーネマンはそれを見てぞわりと背筋が凍る感覚を覚えた。すぐに兵士にアレクを撃って無効化するよう通達しようとしたが――。
『平伏せ』
静かな一声はまるで、大聖堂内部の至る所から響くようだった。
その瞬間、三人のアーキフレーム兵は強力な重力場にでも陥ったかのようにぐしゃりと地面にひれ伏した。おかしな方向に曲がったフレームに巻き添えをくらった中の兵士たちは四肢が粉砕されたのに身動きひとつとれず、くぐもった悲鳴を上げた。
「な、なんだこれは……」
「紫電はね、神様なんだよ。だから僕が創ったありとあらゆる機械たちは、彼女の言うことに絶対服従なんだ」
『マスター、私に性別はありません』
「さりげなく言ったのに耳聡いね」
「ふ、ふざけ……おい魔導兵たち、あいつをさっさと殺せ!」
「あと冥途の土産に教えておいてあげるよ。ブラジルA級のボスね、記録では太一が戦ったことになってると思うけど、実際にあれを殺ったのは僕だよ」
「へ……?」
「実戦経験がない、ね。以前の君はもっと広い視野を持っていたのに、残念だよ」
兵士達は一斉にアレクに向けた銃の引き金を引いたが、聖堂は静まり返ったままだった。
「モード【武装】」
そうしているうちに、アレクの変身は完了した。
その手には紫の刀身をもった機械仕掛けの大太刀が握られている。
「う、撃てない。銃が作動しません!カーネマン卿」
「ば……ばか……な……」
カーネマンは、後悔した。
自らの判断の過ちを。
そうだった。ずっとこの男がやってきた偉業を目にしてきた人間こそ自分ではなかったか。目の前にいる男は、人類の救世主。
否、ただの一人の、天才――。
「アディオス、カーネマン」
アレクの大太刀は一刀で二の刃となり、返す一刀で四の刃となった。
四本の腕は分裂した刀を自在に操り、刀は一振りごとに眩い光を放った。
瞬きをする程の間に全ては終わった。
51名余の兵士たちは、抵抗する間も与えられなかった。
誰も動くものが居なくなった後で、アレクの【武装】は解除された。
「ふぅ、ありがとう紫電。また波動刀のチャージよろしくね」
返事のようにプシュっと小さな音がした。
無酸素運動の後の大きな深呼吸のように、紫電の全身の人工関節から圧縮空気が吐き出された音だった。
『マスター。回復薬をここに』
アレクにだけ直接聞こえる声で、紫電がそう伝えた。
「気が利くね。本当は美味しいウイスキーをぐいっと一杯やりたい気分だけどね」
『早く処置をしないとクリス・オーエンスの生命が危険ですよ』
「わかってるよ」
二人だけになった儀式の間で、アレクは磔になっていたクリスを解放した。
荒い息をしていたクリスだったが、ハイポーションをなみなみと振りかけられているうちに傷はすっかり癒えて、やがてアレクは覚醒したクリスに腕を掴まれた。
「もういい、貴重な薬をヘアリキッドみたいに振りかけるのはよせ」
「クリス!気が付いてよかった。そうだよね君スキンヘッドだし」
「そういうことじゃない」
「しかし、君ほどの男がみすみす捕まってしまうだなんて」
「オイ。お前が言ったんだろう。重魔装外骨格を保護してくれ、と。胴体を破壊せずに三体と同時に戦うなどと曲芸をこなすより、ある程度の機体数を引き付けてから大人しく捕まってお前の救助を待ったほうが得策だと判断しただけだ。俺には人質として十分に価値があるからな」
グラサンのクリスはいつもの無表情に見えたが、こめかみの血管が少し浮き出ていた。
「う……ごめん。こいつらには君の命を天秤にかける程の価値はないのに」
「まぁ良い。俺にもこいつが必要だからな」
「ん、まぁ確かに、君とジロウとリーリャくらいだものね、ゲートバスターズで飛行手段を持たないの」
「……一言余計だ」
太一の指南役だった冷静沈着なクリスも、アレクにだけはいつも翻弄されてばかりだった。
「さて、基地にカーネマンの死をどう伝えたらいいかな。内部が真っ二つになるのだけは避けたいんだけど」
アレクはクリスに早速さりげなく大仕事を依頼したのだった。
「俺の私兵をあちこちに潜り込ませてある。それで魔導兵たちの蜂起は押さえておくから、あとはお前が再び指揮権を掌握すればいい。安心しろ、アレキサンダー, D, R, S, オリヴェイラの名は絶対だ」
先程まで半死半生だったにもかかわらず、クリスは文句一つ言わず、そう応えた。
「ふふ、さすがだね。君にそう言ってもらえると自信がもてるよ」
その後、アレクはクリスの言った通りにダン協の支配権を取り戻した。
崩壊しかけた人の世はまた、首の皮一枚の秩序が繋がったのだった。
無事だった六体の重魔装外骨格は瀬戸基地中枢にアレク直轄として厳重に保管され、ダン協本部の開発部隊をも全て吸収し、来る戦いを待つこととなった。
こうして2日間に渡ったヨゼフ・カーネマンの反乱は主に瀬戸基地において多大な犠牲を出しながらも、その目的は未遂のうちに食い止められた。
傷だらけの人間たちにまた大きな爪痕を残して。
――【主】による地球再侵攻まで、あと5日――




