第101話 下へ下へ
『どうですか、一緒に入った人間たちの様子は』
『順調に攻略しているよ。この後はさすがに苦戦するだろうけどね』
『そうですか。貢物だけは殺されないようにお願いしますね。地上へ強制送還させるか、万が一死んでしまった場合はちゃんと処理用のゾンビ兵に食わせて下さい』
『……あの一番強いお兄さんにするつもりはないんだったよね、【主】への貢物は』
『ええまったく。戦闘力も性別も選定には関係ありません。かつての母と同じように【適合性】が最も高い個体を母は望んでいます。望んでいました、が正しいでしょうね。今ではもう言語化すらできませんから』
『1億年の孤独、か。産まれたばかりの僕には想像もつかないや。でも人間も簡単には全滅させられないかもね、必死で対抗手段を練っているようだし』
『神々の最後の悪あがき、統一神覚醒計画、ですね』
『へぇ、そうなんだ』
『なんだ知らなかったんですか』
『うーん、うっすらと』
『存分に人間を楽しんでいるようで何よりです。…別に良いのですよ。ワタセタイチが地球代表として完成したところで、せいぜい母のスタート地点に立つ程度、敵う道理はありません。彼女の意志はそのまま遂行されるでしょう』
『そっか。地球もせっかく1億年もかけてここまで築き直して来たっていうのに残念だね』
『母が滅ぼしてきた数多の星々にも同じような創生と破壊があったことでしょう。しかも今回ばかりは母にとってまさに宿願ですから、必ず事はなされます。君もあまり入れ込みすぎないことですよ。どの個体が選ばれるかなんて、最初に全人類をスキャンした時点で殆ど決まっていたこと』
『うん』
『知らないふりをしても君が不幸になるだけですよ?』
『……そんなつもりはないよ。協力はする。じゃあ忙しいから切るよルシファー。……またね』
『はいミカエル。お邪魔をしましたね、頑張ってください』
念話は切れた。
「そういえば一点伝え忘れていましたね、エウゴアが謀反を企てているのでした。ま、些事ですがね。1つや2つくらい計画から逸れても許してくれるでしょう」
「……ねぇ、母さん」
ルシファーはさも懐かしそうに、地の底から一人、空の向こうを見上げた。
――――――――――
第5階層を超えると、ダンジョンはがらりとその容貌を変えた。
元々はロシアA級の特色があったのかもしれないが、S級化した今となってはそういう人間味のようなものは皆無だった。虹色に鈍く光る硬質な壁面はあちこちから蠢く根が壁から突き出ており、生理的にはグロテスクに感じる様相が漂っていた。
そして、フロアに闊歩するモンスター達の中には、ついに雑魚レベルから限界突破するものが現れ始めた。
「げほげほ、ちょっと待ってくれ、今の雑魚モンスター、私より強くなかったか?」
中型機械兵に切りかかり、返された刃に余裕で競り負けて壁に激突したシェルがのそっと起き上がった。その隙に雪が弱点っぽい首を切断していたのだが、解析するとなんと理力Ⅰだった。シェルも成長していたおかげでぶった切られなくてよかった。
「大丈夫お前も強くなってるよ。それより先を急ごう」
「はい、次は負けません!」
たとえステータスで負けていても、俺達人間は経験とスキルでなんとかしていかないといけないからな。あまり数値に囚われすぎるのもよくない。
俺はきっと、こちら側についてきて良かった。このダンジョンの難易度は凶悪すぎる。良い点があるとしたら、ここに潜った面々は相当修行になる上に限界突破し放題ってことだな。停滞していた俺の月日はなんだったんだってくらいに。
ま、ここにいる全員、しっかり決戦に向けて強くなっておいてもらおう。
「エルお疲れ。お前はそろそろ敏捷が限界点に達しそうだな」
彼は今は戦闘よりも罠の解除を頑張ってくれている。
5階層からは機械的な罠が増え、絶えずバリアーを展開させられたため消耗が馬鹿にならなくなっていたのだが、エルが解除を買って出てくれたのだった。
「あ、大尉。はい、どうやらそうみたいですね」
彼のサーチ力と、特殊な磁場を発生させて機械をショートさせる技術は画期的で、おかげで俺は随分と楽になった。どこで身に着けたのか不思議でならないが、第四神威の時と同様に「なんとなく」やったらできたらしい。才能に溢れすぎだろ。
「突破した瞬間に戦闘力が跳ね上がるからな」
「あは、それは楽しみですね」
屈託なく笑う美少年フェイスがまぶしい。
「お前にはいろいろと助けてもらって感謝している。この戦いが終わったらたんまり褒美があるだろうから、それも楽しみにしておいてな」
「褒美といえば、たとえば?」
「まぁ先んじては、昇進と昇給だな」
「はは、ありがたく」
あまり有難そうじゃないが、感謝を伝えるにはモノを提示するのが端的だろう。
第9階層に到達した時点で、エルは敏捷が限界突破した。
雪とどちらが早く動けるか競争していたが、結果はほぼ五分五分だった。
次に彼らは俺と競争したがったが、パスしておいた。
『龍の翼』を使わないと勝てないだろうが、『時奪陣』を本気で使った時点で俺は絶対勝ってしまうからな。しかもあのスキルの奥の手はまだ皆に伝えてないし、それはズルい。
「るぱ…↓」
移動中、ふとルーパーが少し寂しそうにしていた。
理由はすぐに察しがついた。
敏捷に優れたメンバーが多く、高速滑空技術をもったジャンを除くと、もはや瞬間的にはルーパーが乗せて飛んだ方が早いのはシェルくらいだ。勿論走って移動するより飛んだ方がいろいろ安定はするのだが、乗り物としてのアイデンティティが揺らいでるのかも。
と、そこまで考えて笑ってしまった。
最初の頃は俺がリュックサックにかついで移動していたのにな。
「お前はもう一段階進化できるんだろうかな」
もふもふのタテガミをなでると、手に頬を寄せて甘えてきた。
この可愛い神獣は、いつも俺達の成長に合わせて進化を遂げてきた。玉藻との戦いの時も、店長とリーリャのサバイバルの時も、こいつがいなければきっと死者が出ていた。
おそらく八百万神が生み出した存在だろうし、今は『成体』だが、最後にもう一段階びっくり進化を遂げる気がしてならない。
「るぱ?」
「自分じゃわからないよな。よしルーパー、あそこの角までダッシュだ!」
「る、るぱ!」
「あ、大尉、そこまだトラップ解除してないですよ」
不注意な行動をとった俺がルーパーを置き去りにしてダッシュした結果、
カチリ
となんとも嫌な感触を足元に感じた。
その瞬間、反射的に略式の時奪陣が自動発動した。
(通路左右から巨大トラバサミ、前後の地面から溶解液)
視界に突然別のレイヤーが割り込んできたかのように映像が浮かび上がり、軽いめまいを覚える。
俺は即座に、罠が発動されるより前に宙返りして上へと跳んだ。
「あっぶね」
回転する視界の下にひやりとする光景が繰り広げられた。
さきほどみた映像とまったくの瓜二つだ。
「すごい兄さん、すごくダサい流れかと思ったら、神回避かっこよかった!」
「ハハ、全部計算通りさ」
まったくのアクシデントだったが、さておき、今のが時奪陣のもう一つの効果、『未来視』である。
敵の時間を奪い味方の時間を引き延ばすのが『表』とすると、『裏』がこちらだ。
約1秒先までの未来を見ることができる。
これには2種類の効果が存在する。『受動』と『能動』だ。
受動:俺にとっての危機に対し自動的に発動し、定まりつつある未来を回避する方向に働く。
能動:意識して発動し、より良い未来を選択するように『誘導』してくれる。
『受動』は迫る危機の深刻さとそれを回避する容易さによって消費魔力が変わる。さっきくらいの危機では反応しないように閾値調整しておこう。
圧倒的に消費が大きいのは『能動』だ。特にペナルティは存在しないが、俺個人にしか作用しない割りに食う魔力量はえげつない。
なんとかペースを落とすことなく第10階層の最深部に到達すると、またボス部屋が用意されていた。
5階層の時と同様にカプセルハウスを張り、万全を期して小一時間の休憩をとった。
製造くんシリーズがせっせと働いてくれるおかげで休む訓練を受けていない者でも時間以上に体力と気力を回復させられる。
装備を入り口のロッカーに置いて、皆それぞれのキャンピングコットの上に寝転んだ。
さすがに個室を用意できる程の広さはないため、空間は解放されている。
「ルーパー、一緒にお風呂入ろう」
「るぱ」
唯一空間を仕切れているのがユニットバス製造くんが展開できる風呂だ。
そしてこの中では一応雪が一番風呂ということになっている。時短のため誰かがルーパーと一緒に入る。
彼女は外套を脱いで、移植された腕に巻いた包帯を解いて壁にかけた。
「ふんふん」
「るるるー♪」
連れ添ってユニットバスの中に入っていく。
彼女に不釣り合いな機械の腕がさらされるが、シェルもエルもまったく気にした様子はなく、寝転んでソーダなんかを飲んでくつろいでいる。あれに何度も助けてもらった経験があるのだろう。頼れる左腕という感じだ。
だが俺は気付いたことがあった。
(浸食が進んでいる……)
最初は結合部が炎症のように少し赤くなっている程度だった。
範囲はつまり肩関節のみだったのが、今は肩甲背部にまで及んで痣のようになっている。
自分では見えにくいところなので、彼女自身も気付いていないかもしれない。
定期的な健康診査では報告に上がっていなかった。
だからこれは、急速に進行した症状ということになる。
最近あったことといえば……彼女が神威の四段階目を立て続けに解放したこと、もしくは【主】が現れたこと。まだあるだろうか。ゾンビに食われたことがあるとは聞いていない。
『意思疎通』でどうにかなるようなものとは思えない。
あれがどんどん進んでいった場合、彼女はどうなってしまうのだろう。分からないし、考えたくもない。
今俺に出来ることといえば、彼女になるべく第四神威や消滅の能力を使わせないことくらいだろうか。
雪……。
休息を終え、皆が8割方回復できたことを確認し、俺はボス部屋の門を開けた。
中はドーム状に広がっており、大きな大きな部屋だった。
中央には、ここまで熱気が伝わるような炎に身を包んだ怪鳥が止まり木に身を預けていた。
『ステータス閲覧』
==========
フェニックス Lv.250
種族:幻獣
性能:生命力Ⅰ, 理力Ⅰ, 霊力Ⅰ, 時制力Ⅲ, 運A
装備:なし
スキル:超・超回復、起死回生、火吸収・火燃焼、バーン・アウト、エクス・プロージョン
==========
全員に情報を共有した。念話リンクを通じて皆の緊張感が伝わってくる。
地上に現れた四体の幻獣より遥かに強大な個体だ。
ルーパーが進化した版って感じか。名に劣らず、超回復の進化版に加え起死回生までついている。俺の専売特許じゃなかったのかよ。
スキルの後半二つは奥義と極大魔法のようだ。
「こいつは早速予想以上ねぇ」
「あぁ、全員心してかかれ」
まずは先制攻撃だ。
強敵に対する先手は俺が最大級の攻撃を放つのがセオリーとなっている。
火吸収をもっているので、選択肢は一択となる。
「やるぞ!」
ビカッ
最低でも一撃は当てたいので、ペネト☆レイを拡散ビーム状にして放った。
怪鳥が気づく。だが逃げ場はないはずだ。
「クルルゥ」
涼しい声と共に恐ろしい程身軽な身のこなしで空へと浮き上がったと思うと、全身から吹き荒れる火と共に怪鳥の飛行速度は急上昇した。
そして完全に視界から消えた。
「は…?」
全員が呆気にとられる。
瞬間移動の類のスキルは持っていなかった筈―。
「うぁっ」
次の瞬間、仲間のうめき声がして俺は判断の遅れを悟った。
怪鳥は地面からそのままの速度を保って突進してきていた。
刺されたのはエルだ。
鋭いくちばしが彼の胴体を貫いていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「エル!」
腹から滲み出た血はすぐに蒸発する。
刺された上に内側から内臓を焼かれ、エルは耐えがたい苦痛に叫び声を上げた。
俺と雪が同時に弾かれたように飛び出した。
これ以上は致命傷になってしまう……ッ。
銀極穂を抜く。
ザンッ
『時奪陣』と『龍の翼』の二重がけにより一瞬で怪鳥に追いついた俺は『銀閃』をもって空中で怪鳥の翼を切り落とした。首を斬る余裕なんてない。
ビキッと利き腕に痛みが走る。
「雪!」
「はい!」
声をかけてから、俺は時奪陣を解除した。
彼女はエルの身体を抱えると、怪鳥に短刀を突き刺し、それを蹴って彼を解放した。
そしてわずかだがスローモーションのリバウンドが来る俺の目の前で、短刀は刀身ごと燃えて崩れ、反対に切られた翼はみるみるうちに修復されていった。俺の超回復なんて非じゃないくらい、劇的な速度の自己修復だ。
まずい。
次にフェニックスがターゲットにしたのは地上にいるシェルのようだった。
燃える翼が強くいななき、二度のソニックブームが壁面を打ち付けた。
『エターナルフォースブリザード』
その時、宣言が聞こえた。
いつもの甲高い声とは真逆に、底冷えするような低い声で、ジャンがそう唱えたのだった。
突風が吹き荒れ、壁面は一瞬で霜に覆われた。
そして部屋は強制的に絶対零度となった。
ドラゴン戦では見られなかったジャンの極大魔法だった。
「キエェェェェ!」
怪鳥はひるみ、攻撃は中止された。
ペナルティは解除され、俺に通常の時間が戻った。超集中の中で事態全貌の把握を急ぐ。
(壁面に複数のワープ装置がある)
合計10カ所程のワープ装置が仕込まれた部屋だった。
部屋の真上にある装置を通って奴はエルを急襲したのだ。しかも火を纏うことにより、上昇の一方向にのみ、桁違いの速度で移動できるらしい。
ここは最初から奴が侵入者を串刺しにするための処刑部屋だった。
中途半端な極大魔法で観察の機会を逸したことを後悔するが、すぐに切り替える。
雪に抱きかかえられたエルは腹から血を流しぐったりしている。
「お願いね」
「任せてくれ、絶対に死なせるものか」
念話での情報を受けて、雪はなるべくワープ装置から離れた場所にエルを寝かせた。
シェルは即座に超級回復魔法を展開した。エルは重症だった。助かっても戦闘継続は無理だ。
残るメンバーは俺、雪、ジャン、ルーパー。
「クルル……」
巨体や凶悪な戦闘力に不釣り合いな涼しい声で怪鳥がひと鳴きしたかと思うと、頭上に巨大な魔法陣が展開された。
極大魔法のようだ。狙いは、エルのトドメか。
放たれた火球は赤かった。動きが遅い。
あれが弾けて爆裂するタイプなのは、同じ系統の使い手として直感的に分かる。
そうなったら最後、エルもシェルも黒焦げになってしまう。
「るぱ!」
その前に、ルーパーが空中で炎の塊を食べた。
ボンッ
炎はルーパーの体内で弾けた。
「けほっけほっ」
ルーパーはむせたが、なかなかに美味だったらしい。
「るぱ」
ベロを出して、ご機嫌な様子だった。
「グルルゥ」
反対に怪鳥はイラっとしたらしい。
「よくやった!」
ルーパーにはあの二人の守護を任せることにする。
「よくもやったな…ッ」
雪はエルをやられて、明らかに怒っていた。
大鎌を展開し、刃につむじ風を纏った。
すぐにでも飛び出して行きそうだ。
「雪、第四神威と消滅は使うな」
「なぜ!」
「後で言う。とにかく使うな。あいつは俺が仕留める」
「……わかった」
「待って渡瀬兄妹」
急く俺と雪は、ジャンの声に呼び止められた。
「あいつはわーたーしが!仕留めるわ。だから手伝ってくれる?」
「ジャン、お前の魔法って、吹雪いて部屋を冷やすだけじゃないのか?」
「失礼ね、私のこれは美しいだけじゃなく最凶なの。最初にアイツがいた中心が見えるわね。今吹雪いているのは、ある一座標に異界の冷気を召喚ため現世の熱を供物として捧げる儀式の最中なの。雪ちゃんや堕天使程じゃないけど、あの一角にいる生命体は、漏れなく熱を根こそぎ奪われて塵以下の存在になるわ」
俺と雪は顔を見合わせ、頷いた。
ジャンの言葉には確信があった。
切っても切っても即座に自己修復する奴は、頭を潰しても首を切っても殺せるか分からない。
最悪どこにあるか分からないコアを潰さなければならない。しかも殺しても生き返る。
ジャンの言葉を信じてみるのが得策に思えた。
「よし、俺が奴の相手をする。雪、お前はワープ装置を破壊して回れ。ただし、頭上の装置ともう一つだけは壊さないように」
「成程……わかった」
念話なくても俺の意図をすぐにくみ取ってくれて、雪は破壊行動へと移った。
まずはシェルとエルに最も近いワープ装置のところへ。
エルの意識はまだ戻っていないが、生きている。シェルは懸命に治療を続けていた。
「よし」
俺は二丁拳銃を取り出し、フェニックスの元へと跳んだ。
「グルルゥ」
随分と不機嫌そうな鳴き声だった。暖かかった部屋が寒くなったのが不快らしい。
だろうな、俺ですら寒いくらいだから。
「あったかくなるように、俺と遊ぼう」
俺は怪鳥目掛けて魔弾の乱射を開始する。
凄まじい速度でするりと避けられた。
構わず俺は魔弾を掃射し続けた。
俺と奴は敏捷のステータスは同等だが、空を飛ぶ性能では圧倒的に俺が負けている。
昔遊んだ弾幕ゲームを思い出す。
空間の隅に位置するワープ装置に入られないように、奴の視界に俺以外がなるべく映らないように、弾幕の配置を調整していく必要がある。
超集中を切らさず、空間を俯瞰しながら銃を撃ち続ける。
一発一発の威力はそれ程ではないが、当たれば奴にとって無視できないダメージになるはずだ。
結果的にフェニックスは俺の弾をよけ続けた。
「クェェェェェ!」
ついに苛立ちがピークになったのか、奴は俺をターゲットに絞ったらしい。
本能的に、俺は最後に回したかっただろうにな。
俺は撃つのをやめて、徒手空拳の姿勢をとった。
怪鳥の身体から熱が吹き荒れて、揺らめく炎の一筋一筋が生きた羽毛のように柔らかみを帯びた時、その外見は変わっていた。
「不死鳥の名は伊達じゃなかったわけね、いいぞ、来い」
ボッッッ
「ぐッ」
避けた。かろうじて。
目で追うのもやっとだったが、未来視が自動で発動し、掠らせもしなかった。
だが通り過ぎた熱線はいちばん近かった片足をじわりと焼いていった。
怪鳥の身体がそのままワープ装置に吸い込まれていく。
(残りの装置は……四個か、雪はよくやっているな)
ジャンからのゴーサインはまだ出ていない。
俺はあえて残った装置の近くににじり寄った。
そして集中して構える。
一瞬の後に、怪鳥の鈍色に光る杭のようなクチバシが俺を貫かんと眼前に現れた。
ガキンッ
金剛を張っていた俺の額と奴のクチバシが衝突する。
やっぱり、あの装置の出現場所は奴の意思で選択できるものだったようだ。
「クエェェェェェェ!」
自慢のクチバシは折れ曲がることはなかったが、相当痛かったのだろう奴の叫び声が響き渡る。そして振動で小さい鳥頭が揺さぶられでもしたのか、やつの動きが一瞬ゆらいだ。
俺はその隙に銀極穂を抜き、再び奴の片翼を切断した。
ただちに翼は生え始めるが、決定的な隙を見逃さず、俺はその細首を刎ねた。
連続で銀閃を放った苦痛に冷や汗が出るが、地面に落下する寸前で奴の首と翼は再生された。
「チッ」
思わず舌打ちする。殺すことすらできなかったらしい。なぜなら傷が全回復していないからだ。起死回生が発動すれば怪我は全快するはずだ。
「クェ、くえぇ」
とはいえ随分気持ちを折ることには成功したらしい。
奥義は解かれ、フェニックスは情けない鳴き声と共に逃げ込むように全速でワープ装置へと向かっていった。本来であれば点々と装置間を移動されれば捕まえることは至難だろう。
そこで雪が帰って来た。自分の仕事を終えてきたらしい。
『いいわ、落として』
見事なタイミングでジャンからゴーサインが来る。
馬鹿な怪鳥はワープ装置が残り二つにまで減ったことには気づかず、勢いよく装置に入っていき、そして最初に入った装置から飛び出してきた。
「クェ!?」
そしてそれは意図せぬ出現場所だったらしい。だろうな、もうそこしか出口がなかったわけだから。
俺はすぐに時奪陣を展開した。
奴の時間を奪い、ジャンの時間を加速させた。
「ジャン、今だ!」
「太一ちゃん、クールよ」
ジャンにとって目で追えるまでスピードが落ち込んだ怪鳥は一直線に落下して行き、最初の出現位置まで戻ったその時、ジャンの極大魔法が発動した。
「コネクト・リンク」
呪文と共に地面から突如として氷の柱が猛烈な勢いで伸びていき、天井に衝突し氷塊を散らした。
中に閉じ込められたフェニックスは最初もがいていたが、すぐに微動だにしなくなり、次第に炎を失い、静かに事切れた。一度は再生したようだったが、何も出来ないまま再度剥製のように青白くなり、最後にはボロボロと崩れ落ちていった。
「エル、気づいたか!」
シェルの声が静かになった部屋に響いた。
エルは無事に戻って来られたようだ。
「……どうやら多大なご迷惑をおかけしたようですね」
彼は部屋の中央に佇む氷山を見ながらぼんやりと謝罪の言葉を口にした。
「迷惑なんかよりも、心配させるなよ!」
シェルが涙目になってエルの頭をはたいた。
「あいて」
雪も冷静を装っているが涙目になっていた。
「そっか…心配してくれたんだ。雪ちゃんも?」
仰向けのままエルは雪に聞いた。
「…チームなんだから、当たり前じゃない」
雪は鼻声でかろうじてそう答えた。
「そっか、嬉しいな」エルはそう言ってはにかんだ。
「命は一つしかないんだから、もっと慎重になりなさいよ」
「うん。そうだったね。気をつけるよ」
無事を喜び合う三人をみて、俺とジャンも思わず笑顔になり顔を見合わせた。
「君が無事で良かった。しっかり休ませてやりたいが時間がない。ここで休みながら移動してくれ」
そう言いながら俺はルーパーの上に固定型のベッドを錬成した。
「はい、シェルのおかげで、少し休んだら戦闘復帰できそうです」
「無理はするなよ」
「はい、心得ました」
なんとか一つの危機を超えて、俺たちは11階層へと足を踏み入れた。
下層に行くにつれて敵の強さは増したが、仲間のレベルも順調に上がり、ペースを落とさずに攻略は進んだ。
――【主】による地球再侵攻まで、あと7日――




