第77話 宿屋と事情
コウ達一行は、『軍事選定展覧会』事務局が用意した『星の海亭』という宿屋に素直に泊まる事にした。
これには当の『星の海亭』の主人も驚いた様子でコウ達を出迎えた。
「──こいつは驚きました。ここだけの話、前乗りした展覧会関係者のみなさんは全員、うちの予約を蹴って他の豪華な宿屋に移動なされているんですよ……。まぁ、仕方ないのかもしれませんが……」
『星の海亭』の主人は、大鼠族のヨースをはじめとしたコウ達に思わず本音を漏らす。
「……仕方ないとは?」
コウが思わず続きを促す。
「……今回の展覧会主催者である武器防具高級ブランド『アーマード』『ソードラッシュ』『騎士マニア』に、新進気鋭の『ウォーリス』『五つ星』がちまたでは有名すぎるくらいですが、それ以外で今回招かれて展覧会に展示するブランド商会も、各地元やその周辺では名を馳せている一流ブランドなのだと思うんですよ。違いは超一流か一流かくらいのものです。だから、うちのような庶民にとっては少し贅沢くらいの宿屋で満足するわけもなく、軽んじられたと怒っていい宿屋にみなさん移動するというわけです」
「ほら、みんな言った通りだっただろ?」
ヨースが想像していた通りの展開だったので、コウ達に胸を張って言う。
「……どうなされます? 皆様も移動なされますか? うちの者がお望みの宿屋まで案内いたしますが……」
『星の海亭』の主人はそう言うと、コウ達に再度、確認を取る。
「いえ、僕達はここで結構です。いえ、ここがいいです」
コウは主人の人柄や清潔感のある室内に好感を持ったから、即断する。
「コウが決断しなくても、事務局のお金でただで泊まれるのはここだけなんだから、当然泊まるに決まっているだろ?」
とヨースが指摘する。
「それにこの王都の人の多さを考えると、他の宿屋を探すことも大変そうよ?」
魔法使いの恰好をしている村長の娘カイナが、ここまでの道のりで感じたことを指摘した。
「ご指摘の通りです。『軍事選定展覧会』が行われるということで全国から人が集まっていますから、予約でいっぱいの宿屋が多いと思います。なので今から他を探すとしたら、それこそ高級宿屋を当たるしかないと思います」
宿屋の主人はコウ達の身なりから、そこまで高級志向のブランド商会ではなさそうだと感じたのか進んで助言する。
「ご主人、護衛が魔物使いだから、魔獣も泊めてもらえると助かるんだが大丈夫か?」
ヨースが剣歯虎のベルのことを気にかけて確認を取る。
「ええ、そういうお客さんにも対応していますので問題ないですよ。同室とはいきませんが、魔物、魔獣用のスペースは馬車小屋の奥の一角に準備してあります」
宿屋の主人は笑顔で応じると、案内しようと表に出た。
そして、その魔獣が剣歯虎とわかって、目を見開く。
「私もいろんなお客さんを相手してきましたが、こんな立派な魔獣は初めてですよ!」
主人はベルの白に青色の毛並みが立派なので、感動すらした様子で応じ、ベル用の場所へと案内する。
そこは、宿屋の内庭に入るとあった。
馬車小屋だから、馬車から外した馬が並んで休んでおり、その端の一角に広いスペースが用意されている。
「ベル、ここが休憩場所だけど大丈夫?」
コウは新しい干し草が敷き詰められて寝心地が良さそうなその場所をベルに聞く。
「ニャーウ♪」
ベルは満足とばかりにかわいい声を上げる。
「はははっ! 魔獣の言葉は私にはわかりませんが、今の鳴き声で満足頂けたようだというのはわかりましたよ」
主人は嬉しそうに応じた。
「みたいです、はははっ! それではここでよろしくお願いします」
コウはお礼を言うと、ヨース達と共に、予約してあった部屋と案内してもらうのであった。
「……それでだが、『軍事選定展覧会』まであと二日あるから、どう過ごす? 会場を確認しに行くこともできるし、逆に王都観光で過ごすなんてこともありだぜ?」
用意されたヨースの部屋にコウ達は集まり、真剣な面持ちで遊ぶ時間の検討をしていた。
「……そうね。私は王都で人気のお菓子を食べてみたいかな」
ダークエルフのララノアもまじめな表情で自分の希望を口にする。
「私もララに賛成。王都でしか体験できない事をやっておくのが、有意義だと思う」
カイナも真剣な顔でララノアに賛同した。
みんな、真面目な顔で相談し合っているが、あくまでも王都観光の話である。
「……いやいや、会場確認が最初にやる事でしょ? 王都観光は余った時間でやるのが普通だから。……みんな優先順位間違っているよ?」
コウがそんな三人に対してまともなツッコミを入れた。
「もう、コウ。これはノリよノリ。もちろん、今回の目的は『軍事選定展覧会』なのはわかっているけど、王都に来たのなら、都会の甘いものが気になるじゃない!」
ララノアは女の子らしい反応でコウのツッコミに答えた。
普段はそのグラマーな容姿から十六という年齢以上に大人に感じてしまうのだが、こういうところはやはり年相応、いや、まだ、子供っぽいのかもしれない。
「そうよ、コウ。ヨースの話だと、王都のお菓子で持ち帰り不可の特別メニューがあるらしいの。味わわなきゃ損よ!」
カイナは一見すると少し幼く見えるのだが、その実、スタイルが良く落ち着いており、中身はかなり大人だ。
そのカイナも甘いものとなると、理性が吹っ飛ぶらしい。
お菓子を語るその瞳が、心なしか熱を帯びている気がする。
「会場は当日の朝、事務局の職員に案内してもらえばいい話だ。展示物にしてもメインのものは、各ブランド商会がライバルブランドの度肝を抜く為に当日まで秘密にしているのが普通らしい。だから、俺達も展示は当日の朝で大丈夫さ。それにお菓子のチェックは大事だぞ?」
「……そうなの?」
コウはヨースが真剣な様子で説明してくれるので、自分が間違っていたのかもしれないと思い聞き返す。
「当然だろ! イッテツの旦那へのお土産をどうすんだって話だよ!」
ヨースの言っている事はしょうもない指摘であったが、イッテツが普段、ヨースのお土産を楽しみにしているのは事実であったから否定は出来ない。
「うっ……。確かにイッテツさんが喜ぶ姿は見たいです……」
コウもこのヨースの力任せの説得には納得するしかないのであった。




