フランツは告白を断りました
校舎の外に出ると、わたしは身を怯ませた。
「クラウディア、またね」
わたしはクラスメイトに頭を下げ、学校を後にした。
息を吐くと天を仰いだ。まだ息が白くなる季節ではないが、ずいぶんと寒くなってきた。
あのままレーネとは口を聞かないまま、学園祭の準備が始まっていた。
わたしたちだけではなく、演劇や、音楽合奏など様々なものが生徒たちから提案された。できるだけ生徒たちの案を通すために叔母様たちは大変なようだ。
もちろんわたしたちも準備に取り掛かる。本番は学園祭当日だが、その前準備も必要だ。その最も重要なのは衣裳で、どうやら衣裳から手作りをするらしい。その手伝いをした帰りが今だ。
レーネとの関係は相変わらずで、ほとんど話をしていない。
王女と知り合いということがクラス中に知れ渡り、わたしは今まで以上に一目置かれるようになった。けれど、レーネは今までになく孤立してしまったような気がする。
クルトやドロテーが時折話しかけているのを見るが、レーネ自体は心なしか上の空状態だ。ダミアンに対する思いを着々と固めているのだろうか。
わたしの足に影がかかった。顔をあげるとフランツが微笑んでいたのだ。
「フランツ、どうしたの?」
「寒くなってきたので、クラウディア様をお迎えにまいりました」
「そんなの気にしなくていいのに」
「僕があなたと一緒にいたかったんですよ」
わたしは苦笑いを浮かべて彼を見た。
「クラウディア様、フランツ様、お久しぶりです」
そのとき、聞きなれた声がわたしの耳に届いた。
ペトラが目を輝かせ、こちらに歩み寄ってきたのだ。
彼女はこの近くにある女学校の制服を着ていた。彼女はそこに通っているのだろう。
わたしはあのときのことを思い出しながら、彼女に頭を下げた。
あのあと、二人の関係はどうなったのだろうか。
ペトラの視線がフランツに移る。彼女から送られる甘い視線にフランツは全く察していないようだった。
彼女は何かを言いかけて飲み込むを幾度となく繰り返した。
彼女の心情を察してフランツとペトラを二人きりにしたほうがいいのだろうか。そう考えると胸が疼いた。
「また、わたしの家に遊びに来てくださいませんか?」
ペトラはそうフランツに語り掛けた。そこでフランツは何かを察したような顔をした。
「いえ、僕は」
「ペトラ」
フランツの声をかきけしたのは、聞きなれた声だった。
振り返るとダミアンが顔を引きつらせて立っていたのだ。
ペトラが振り返ったフランツの陰に隠れる。
ダミアンの表情が引きつるのが目に見て取れた。
フランツは驚きを露わに肩ごしに振り返っていた。
「お前が別れるといったのは、その男が原因なのか?」
「違います」
ペトラは慌ててフランツから離れたが、彼女の目には動揺が露わになっていた。
ペトラとの距離を詰めようとしたダミアンの腕をフランツが掴んだ。彼は鋭い目線をダミアンに送った。
「いい加減、あなたは諦めたらどうですか」
「お前には関係ないだろう」
「直接的に関係はありませんが、彼女はクラウディア様のご友人です。きっと僕があなたをとめなければクラウディア様があなたがたの間に割って入られるでしょう。そんなことはさせられません」
「クラウディア様って、お前あいつの言いなりなんだな。さすがクラウディア様だな」
ダミアンは鼻で笑った。
わたしはむっとしたが、フランツは顔色一つ変えなかった。そして、目線でわたしを制した。
「僕のことは何をいっても構いません。でも、クラウディア様のことを卑下するのは許しません」
ダミアンがフランツをあざ笑うようにして見た。
「クラウディア様、クラウディア様と……、お前はクラウディア様に惚れているのかよ」
「ええ、愛しています」
フランツは淀みなく、そう返した。
ダミアンは驚きを露わにフランツを見た。
ダミアンはフランツの手を振り払った。
「だとよ」
ダミアンはペトラを見て鼻で笑い、吐き捨てるようにして言葉を綴った。
「お前とは別れてやるよ。残念だったな」
彼はそのまま踵を返し去っていった。
ペトラの目には大粒の涙が浮かぶ。彼女は潤んだ目でわたしを見ていた。
わたしは心がずきずきするのを感じながらも、何もいえず、ペトラから目をそらした。
わたしにはペトラを助けることも、力を貸すことさえできない。
「帰りましょうか。クラウディア様」
フランツはペトラに視線を送らず、わたしに微笑みかけた。
ダミアンのセリフにはペトラがフランツを好きだという言葉が暗示されていた。
それにフランツが気づいたか否かは定かではない。
フランツがわたしの手を取り、ペトラを見る。
「では、失礼します」
ぺトラがこぶしを握るのが分かった。
「わたしはあなたが好きです」
ペトラはそう言い放った。道行く人がこちらを見ていた。
「申し訳ございません。僕は好きな人がいるため、あなたとはおつきあいできません」
「わたし、それでも待っています。その人があなたを振り向いてくれなかったときには」
「無理です。想いが届くかどうかは重要ではありません。たとえ、僕以外の誰かを愛したとしても、僕は一生その人のことを好きでいますから」
フランツはそうにこやかに微笑んだ。
その言葉はあくまでペトラに向けられたもの。それが分かっていながらも、わたしには愛の告白に聞こえて仕方なかった。
「その人は」
彼女の視線がわたしに移った。
フランツは何も言わなかった。
彼女はそっと唇を噛んだ。
「そうですか。本当にごめんなさい。そして、はっきり言ってくださってありがとうございました」
そういうと、頭を下げ踵を返し去っていった。
「帰りましょうか。クラウディア様」
フランツはわたしの手を取り、歩き出した。
今までわたしたちに集まっていた視線が分散するのが肌で感じ取れた。
今まで当たりまえだったことなのに、ペトラの悲しい表情が脳裏を過ぎりながらも、わたしの心臓の鼓動は予想外に乱れてしまっていた。
「クラウディア様?」
わたしがずっと俯いていたからか、不思議そうな顔でフランツがわたしを見た。
だが、さっきのことには触れられず、わたしは悪戯っぽく微笑んだ。
「これじゃ、わたしがフランツについていくみたいね」
「なら、クラウディア様が先に行かれますか? 僕はどこにでもついていきますよ」
昔はそうだった。わたしが彼を何度も連れまわし、彼はそれにいつでも付き添ってくれた。フランツがはじめてわたしの家に来たときから。彼を引っ張るより、引っ張られたかった。その理由をわたしは知っていた。
「このままがいい」
わたしの返答にフランツはもう一度優しく微笑んだ。




