学園祭の準備が始まりました
終了の合図とともに、わたしはほっと胸をなでおろした。
レーネと話をしなくなって一週間が経過した。
レーネと友人だったときは近くの席があれほど嬉しかったが、今は重苦しい。レーネも同じように感じ取っているのだろう。周りも察したようで、わたしとレーネのことをあれこれと聞いてくる人はいなくなった。
わたしはレーネと話をしなくなった以外は今までと分からない学校生活を送っていた。だが、心なしかレーネと話をする人が減ったような気がする。今のところはドロテーが彼女と積極的に一緒にいてくれているので安心だ。その相手がドロテーだという不安はあるけれど。
彼女は荷物をまとめると、教室を出て行こうとした。そんなレーネのところにパウラがやってきた。
「今日、相談したいことがあるんだけど、いいかな」
「わたしに?」
「それとクラウディアに」
レーネは眉根を寄せると、前髪に触れた。
「ごめん。今日、用事があるからあまり時間が取れないの。どんな用事かな」
「文化祭のことについてだけど、用事があるならいいの。気にしないで」
レーネはもう一度ごめんと言い残し、教室を後にした。
パウラはわたしと目が合うと肩をすくめた。
「クラウディアは?」
「わたしは大丈夫」
「よかった。ありがとう。カフェを作るとは決めたけど、どうしたらいいかわからなくて」
「わたしでわかることなら協力するわ」
叔母様が学園長だからか、この学校に昔から通っているからか、こうしたイベントがあればその都度相談されることも少なくない。
「メニューを考えていたら予算が気になってしまって。どれくらい学校から下りるのかな」
彼女はメモの走り書きをわたしに見せた。どうやらどのくらいの費用がかかるかのおおよその見積りを出していたようだ。
学園祭は基本的に学校から予算が下りる。その支払いも学校側が受け持ってくれるため、わたしたちが直接金銭のやり取りをすることはない。だが、生徒側が無尽蔵にお金を使っていいというわけではないし、良識の範囲外であれば学校側から修正を求める指摘が入る。そうした理由から、どれくらいの金額を使おうとしているのかを把握する意味を含めて見積書のようなものを作る義務があるのだ。どうやら彼女がその責務を負ったのだろう。
彼女が作ったのはもっとざっくりしたもので、どんなメニューで、いくらくらいの費用が掛かるかを大まかに計算したらしい。
「このあたりは考えなくていいと思う。学校の備品で借りられると思う」
わたしはメモを指さす。食器類に当てた予算だ。
調理器具や食器などはよほど特殊なものでない限り、学校で借りることができるため考える必要はない。
「ならずいぶんと削れるね」
彼女は自分の書いたメモに横線を入れていた。
「何人分だと考えているの?」
「五十人分。多いかな?」
「どうだろう。妥当な気もするけど」
こういうのは経験がないため、わたしにはいまいちわからない。ただ高等部までの生徒数を考えると決して多いというわけではないだろう。外部から人も来るので逆に少ないとも考えられる。ただ、あまり量を多く作って、残ってしまうとそれはそれで問題だ。
「百人でもいけそうな気もするんだよね。ただ、そうなると費用もかさむし」
「費用を抑えるには、小麦粉は学校で配布したのをもらうこともできるわ。普通に買うよりは割安だと思う」
「そうなの?」
「以前、そんな話をしていたのを聞いたことがある」
「そういう方法もあるならそっちのほうがいいよね。ありがとう。クラウディアに相談して良かった」
彼女は笑顔を浮かべた。
「わたしで役に立てることがあれば何でも言ってね」
「あと、衣裳はどうしたらいいと思う?」
そのとき、わたしの机に影がかかる。顔を上げると目を輝かせたヘレナ王女が立っていたのだ。
まだクラス内には人が幾分残っていて、そのうちの半分近くがわたしたちの近くに寄ってきていた。
「外からお見かけして。ぜひ中にとおっしゃってくださいまして」
ヘレナ王女は頬を赤らめながら、そう言葉を綴った。
彼女の視線が手元のメモに移る。
「学園祭のことでしょうか?」
「カフェを開こうと話をしていて」
「カフェですか。素敵ですね。クラウディア様の作られたお菓子が食べられるなら、わたしも来ます」
王女様はそういうと目を輝かせた。
その言葉に周りがどよめいた。
おそらく、ヘレナ様がわたしを様付けで呼んだことだろう。
「ヘレナ様はどんなメニューがあったほうがいいと思いますか?」
パウラは王女様ににこやかに話しかけた。
王女様は自分の好きなお菓子を彼女に伝えていた。
「ヘレナ様は何かされるんですか?」
パウラの問いかけに彼女は微笑んだ。
「音楽の合奏を。わたしはピアノで伴奏を頼まれています。よかったら、見にいらしてくださいね」
「もちろんです」
わたしは彼女に微笑み返した。
「ヘレナ様」
ロミーさんがヘレナ様の肩に触れた。
ヘレナ様は残念そうな笑みを浮かべ、頭を下げた。
「これで失礼します。今日はお会いできて嬉しかったです」
彼女はもう一度満面の笑みを浮かべると、教室を出て行った。
「王女様と知り合いだったの? そういえば、クルトとの噂が流れたときもかなり怒られていたと聞いたけど」
「何度か顔を合わせたことがあるの」
わたしは彼女が怒った理由には触れずに返事をした。
それからわたしたちは戸締りをすませ、学校を後にした。
「クラウディアはヘレナ王女とも知り合いだったんだね」
「いろいろとね」
「王女様が来てくれるのももちろん嬉しいけど、フランツさんも来てくれるかな」
「どうかな。彼はよく家を空けるから」
「お願い。フランツさんに会いたいという人も結構いるの。あれ以来ファンが増えたみたいよ」
わたしは苦笑いを浮かべた。ほんのひと時学校に来ただけなのに。
「だからカフェにしたの?」
「カフェだと話もできるかもしれないし、くつろげるでしょう。別にクラウディアから奪いたいというわけじゃなくて、ただ会って話をしたいというだけなのよ」
「分かったわ。今度会ったとき聞いてみるわ」
わたしの最後の学園祭になる可能性もある。だったらフランツに聞いてみてもよいかもしれない。
そう考えつつも、言いようのない悲しい気持ちが心の中を漂っていた。




