時計を修理に出すことにしました
わたしは店のドアに触れると軽く深呼吸をした。ドアを開け中に入る。わたしを追うように、すぐにダミアンが中に入ってきたのだ。
年配の男性がわたしたちのところに来ると、深々と頭を下げた。
彼は言葉少なにわたしたちを先導するように歩き出したのだ。彼は店の脇にある木製のドアを開け、わたしたちを奥へと案内した。
短い廊下を抜けると、小部屋に案内された。そこにはヘレナ王女とロミーさんの姿があった。
わたしとダミアンは時計屋の近くで待ち合わせ、言葉少なに店に入ることになった。
本当はヘレナ王女も一緒に着たがっていたらしいが、彼女がくると目立つため先にお店の中に入っていてもらうことにしたのだ。
王女様は立ち上がるとわたしのところまで駆け寄ってきて、わたしの手をつかんだ。
「クラウディア様、その服もとてもよくお似合いですね」
彼女はわたしとダミアンを席に案内する。ロミーさんが男性の隣に移動し、わたしが王女様の隣に、ダミアンがわたしの隣に席をおろした。
ダミアンは黒い箱を取りだすと男性に差し出した。彼はその箱を受け取り、中身を確認していた。ガラスに亀裂が入り、引っ掻いたような筋がはいっていた。
「あちらで確認させていただいても構いませんか?」
男性の問いかけにダミアンは頷いた。
男性は時計を手に奥の部屋に入っていった。わたしたちは無言で男性が戻ってくるのを待つことになった。少しして男性が時計の入った箱を手に戻ってくる。
「そうですね。修理のほうはお受けいたします。ただ、修理自体は難しくはないのですが、いろいろと立て込んでまして、少々時間をいただいてもよろしいでしょうか? 一月ほど」
「一月」
王女様は不安そうにダミアンを見る。彼は短く息を吐いた。
「構いません。よろしくお願いします」
ダミアンはそう深々と頭を下げた。
ダミアンにどんな策略があろうともこれで一息ついたのだ、とわたしはほっと安堵していた。
それからダミアンとわたしは各々書類にサインをして、店を後にすることになった。
「わたしもクラウディア様とご一緒したいのですが、ここから家に帰らないといけないらしくて」
王女様はそう元気がなさそうな笑みを浮かべた。
そんな王女様をロミーさんは呆れ顔で見ていた。
「いえ。また学校で」
その言葉にヘレナ王女は目を細めていた。
「俺は先に失礼します」
わたしと王女の会話に退屈したのか、ダミアンはそう言い残すと王女様たちに頭を下げ、あの男性に連れられるようにして先に出て行った。
すぐにあの男性が戻ってきた。彼は先ほど同じ席に座ると、時計をわたしにすっと差し出した。
「確認したところ、破損個所は表面のガラス部分のみのようです。この時計を製造した会社に問い合わせたところ部品を送ってくれるとのことです。問題なくなおります」
わたしは胸をなでおろした。
「金額は?」
「一万五千ほどだと思います。若干前後するかもしれませんが」
「わかりました。ありがとうございます」
あのお店で聞いた内容から察するに納得できる価格だった。わたしはほっと胸をなでおろした。
わたしは彼らにお礼を言うと、お店を後にすることにした。
男性はダミアンのときと同様にわたしを外まで送ってくれた。
「修理ができればヘレナ王女のほうにご連絡を差し上げます。彼女たっての希望なので」
「わかりました。いろいろとありがとうございました」
自分が入ったほうがわたしとダミアンの間にトラブルが生じにくいと考えたのだろう。
わたしは再び感謝の言葉を綴ると、店を後にした。
これでここ数日の重圧が取れた。問題なく解決するだろう。
なぜヘレナ王女はそこまでしてくれたのだろう。わたしを尊敬していると彼女は言っていたが、だからといってそこまでしてくれるのだろうか。わたしと仲良くなって取り入ろうとする人間は少なからずいたが、彼女にはそんな感情は全く見て取れなかった。
あえていうならフランツとのことだろうか。
王女様はフランツを気にかけていたし、フランツも王女様をよく知っているようだった。わたしはあの二人がどんな関係性なのか、見当もつかなかったのだ。
ただふっとわたしは我に返った。
修理までひと月。その間ダミアンは代わりの時計をするかもしれないし、何もしないかもしれない。
もし替えの時計をしなければ、きっとレーネはダミアンに時計を買うだろう。
それはきっちりと止めさせないといけない、と。
ドロテーやペトラなど他人のことを言うのは気が引けたが、逆にこのダミアンの時計が壊れたのはチャンスかもしれない。わたしとダミアンのこの一件を詳細に語れば、いくらレーネでも彼に対する気持ちを改めるだろう、と。ペトラのことが理由だが、それは伏せておきちょっとしたいさかいがあったと言ってしまえばいい。
そのとき、冷たいものがぽつりと肌に触れた。
わたしは思わず天を仰ぐ。辺りはどんよりと曇り、わたしの影も薄くなっていた。考え事をしていて天気が悪くなったのに気付かなかったのだ。
どこかで雨宿りをしようかと辺りを見渡した時、わたしの体に大きな影がかかる。顔をあげると、黒い傘を手にしたフランツが立っていたのだ。
「どうしてここに?」
「天気が悪くなりそうだったので、お迎えにきました」
「迎えって入れ違いになったらどうするつもりだったの?」
「それはそれでかまいません。クラウディア様が雨にぬれずに済むなら、それが一番ですから」
わたしは顔がにやけるのを抑えるために、苦笑いを浮かべていた。
そして、そんなことをあっさりという彼にはやっぱり敵わないと実感させられたのだ。




