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レーネとクルトに勉強を教えることになりました

 その日、びくびくしながら一日を過ごしたが、ダミアンは何も言ってくることはなかった。


 帰りの挨拶を終え、ダミアンがクラスメイトと帰ったのを見て一息ついた。明日以降はともかく、今日は無事に過ごせたと思っていいのだろうか。ダミアンも「明日」と言っていたのだ。


 彼はわたしに何を要求するつもりだろう。クリーニング代、新しい制服を要求するまでは想定の範囲内だ。だが、それ以上は全く見当もつかなかった。あまりにも非常識な要求をしてきたら、彼に魔法を使って怪我をさせたことを公表したらいいとは思いつつも、無難に過ごしたいという欲求がわたしの心に動揺を与えた。


「帰ろうか」


 レーネは浮かない表情でわたしのところまでやってきた。

 当然わたしとレーネの元気のない理由は違った。彼女は帰ってきたテストがことごとく悲惨な結果だったようで、親に見せるのを渋っているようだ。だが、テスト結果の悪さなど隠し通せるものでもない。レーネとダミアンの恋愛は目に見える変化のようなものは現れないだろう。


「わたし、いつもクラウディアに迷惑をかけてばかりだよね」

「そんなことないよ」


 わたしにとってみればレーネとの友人関係の延長のようなもので迷惑云々という意識は全くなかった。


「テスト前も散々教えてもらったのは分かっているけれど、勉強を少しずつでいいから教えてほしいの。このままだと留年するかもしれないし、最悪退学になるかもしれない」

「いいわ」


 進学できないと考えている彼女をこのまま放置することももできず、彼女の申し出を受け入れた。


「今日から勉強をする?」

「クラウディア、クルトが呼んでいるけれど」


 パウラに声をかけられる。わたしはレーネに声をかけると、一足先に教室の外に出た。ちょうど窓辺にクルトの姿があった。

 彼は苦笑いを浮かべて頭をかき、わたしのところまで来た。


「テストどうだった?」

「今のところは全て満点ね」

「さすがだな」

「普段から勉強をしているもの」


 わたしはそうさらりと告げた。


「そうだよな。俺もそれを実感して、頼みがあるんだ」

「何?」

「勉強を教えてほしいんだけど」

「いいけれど、そんなにテストができなかったの?」


 彼は鞄からテストを取りだすとわたしに見せた。筆記試験のみだが、百点満点のテストのうち三十から四十点あまりをうろうろしている。レーネと正直いい勝負かもしれない。もっとも、彼は運動はできるので、そちらのほうはいいだろうが。


「クルトもかなりひどいんだね」


 レーネはクルトのテスト結果を覗きこむと、深々とため息を吐いた。


「お前もどうせ似たようなものだろう」

「そうだけどさ」


 レーネは口を尖らせた。


「構わないわ。勉強しましょうか。わたしでできることなら教えるわ」

「ありがとう」


 二人はほぼ同時にお礼を言い、お互いに顔を見合わせた。

 わたしはそんな二人を見て笑ってしまった。


 二人がこのまま仲良くなってくれれば、レーネがダミアンと関わらずにすむかもしれないと思ったためだ。ただ、二人に勉強を教えるのはなかなかてこずるかもしれない。暗記の科目はともかく、見る限り一年の分野の理解不足が今に響いてそうなためだ。それは後々考えるようにしよう。


「もう帰る?」

「そうね」

「昇降口のところで待っていて」


 わたしとレーネは事情が呑み込めず、クルトの言った通り昇降口まで行くことにした。

 少ししてクルトがやってきた。

 彼の手にはお茶のパック二つと茶色の財布が握られていて、それをわたしとレーネに手渡したのだ。

 わたしもレーネもお礼をいい受け取った。


「せめてものお礼。レーネはおまけだけどな」


 クルトはそういうと、優しい笑みを浮かべていた。


「おまけって。別にいらなかったのに」


 レーネは不満そうな顔をする。だが、飲み物に口をつけると、すぐに笑顔になった。

 そんなレーネを見て笑顔になるクルトを横目に、わたしの重い心が少しだけ楽になった気がした。


 わたしは家に替えると、ほっと一息を吐いた。明日からクルトとレーネの勉強を教えることになったわけだが、気になるのはやはりダミアンだ。

 わたしはイスに座ると、頬杖をついた。

 ドアがノックされる。返事をすると、カミラが紅茶の香りとともに入ってきた。

 彼女はわたしの傍までくると紅茶を机の上に乗せた。


「ありがとう」


 お礼の言葉を綴ると、カミラの入れてくれた紅茶に口をつける。


「何かありましたか?」

「いろいろとね」


 紅茶のカップをテーブルの上に置いた。


「わたしは分かりやすい?」

「クラウディア様の様子がおかしいことくらいわかりますよ。もう十年以上一緒に暮らしています。クラウディア様と過ごした年月だけはフランツに負けません」


 わたしは彼女の言葉に気が楽になり、苦笑いを浮かべた。そして、ダミアンとの間にあったことを彼女に語って聞かせたのだ。


「そう、ですか」

「何もしなくていいの。話をきいてくれてありがとう」

「そうですね。彼相手だとわたしなどが出ても大事になるだけでしょうし。アレックス様やイルマ様に言えば」

「これはわたしの問題で大事にはしたくない。ただ困りあぐねたら相談するから、それまで黙っていてほしい」

「分かりました」


 カミラは心配そうな顔をしていたがわたしの言葉に頷いていた。

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