フランツと将来について語り合いました
わたしは数学の問題集を見て紙の上でペンを走らせた。問題を解き終わると、答えを確認する。正解だと確認すると、次の問題へと視線を滑らせた。
レーネだダミアンだと言っていたのはいいが、今はそんなことを言ってばかりはいられない。
わたしにはわたしの人生があるし、当然やらないといけないこともある。その一つが学業で優秀な成績を収め続けることだ。
もともとクラウディアは成績がよく学内で特別な存在だった。成績優秀で人当たりの良い、誰にでも親切な少女で、性別を問わずに人気は高い。そのクラウディアに準じているかは分からないが、そこそこの位置にはつけているだろう。文句なしの優等生ではあった。
いわゆる劣等生になれば今の状況を回避できたかもしれない。だが、成績の良し悪しで今後の状況に影響が出るとは思えなかったのと、お父様とお母様、そしてこの学校の校長である叔母様のことを考えるとどうもそこまではなりきれなかったのだ。ブラント家の唯一の跡取りが他の人が失笑するレベルの劣等生だったとなれば、わたしの親族の周囲に与える印象も悪くなるだろう。
それに学校を去るにしても、劣等生のまま去るよりは、優等生として去ったほうがまだマシな気がしたのだ。最悪の状況に陥る可能性を考えた末の見栄のようなものだろうか。そのため、変な成績は残せない。
ミュスティカ魔術学園高等学校では、勉強の理解度を求める正式なテストが二か月に一度行われる。明日から四日間がそのテストの日だ。最初の二日半はペーパーテストで、残り一日半は魔法の実技だ。
テストといっても、日本でのテストとは扱いの重さが違う気がした。こうした成績の積み重ねで、次の学年に上がれるかの審査が行われるのだ。かなりシビアに行われ、留年や退学で脱落する生徒も少なくない。わたしは高等部に入ってからトップの成績を維持し続けているので、そうしたことに巻き込まれることはない。ただ、レーネはあまり成績がよくない。今回の試験の成績もゲームでは芳しくない成績を残していたはずだ。ゲーム世界でのレーネがダミアンと両想いになるのが遅れたのは、この成績システムの影響も皆無ではないだろう。
魔法実技の一日目はレーネの誕生日でもあった。忘れていたといっても完全に忘れていたわけではなく、頭の片隅に追いやられていたというのが正解だ。
あのパウンドケーキを奪って以来、レーネとの関係はぎくしゃくしたままだ。彼女にはクラウディアが自分の作ったお菓子を奪ったという意識が刷り込まれたのだろう。理由をどう説明していいかわからないまま週末を迎えた。ダミアンは相変わらずで、ドロテーは前向きに頑張ろうと思っているようだ。
彼女たちのことが気にならないといえば嘘になる。だが、わたしはこの週末だけは彼らのことを頭から追い出すことにした。彼らのことを気にしても仕方ないと分かっていたためだ。
ここ数日だけは今までの成績を維持するために時間を費やそうと決めたのだ。
今解いていた数学の問題を解き終わり、次のページへと進む。だが、次のページに進んだ時、わたしのペンの動きは止まる。わたしは問題を見て首を傾げてしまったのだ。習った気はするが、どのようにして解けばよいのかがぴんと来ない。
頭の中がもやもやして、髪の毛をかきあげる。めったにこんなことはないから、逆に困ってしまった。回答を先に確認しようか迷っていると、部屋の扉がノックされた。返事をすると、フランツが紅茶を手に部屋の中に入ってきた。
「お勉強ですか?」
わたしは首を縦に振る。
「明日からテストがあるの」
「そういえばそうでしたね。調子はどうですか?」
「成績は維持できるとは思うけど、一つだけ詰まってしまったの」
紅茶をテーブルの上に置いたフランツがノートの上に視線を走らせた。
「これ、わかる?」
「分かります」
「解いてみて」
「こうですね」
フランツはさらさらとノートの端に計算式を書いてしまった。見直すと確かにそうだ。だが、この問題はいくつもの定理を複数利用しないといけないため、かなり難しい。ぱっと見て、すらすらと解ける問題でもないだろう。
彼が頭が良いというのは薄々感じていたが、改めて再確認した。
「なぜフランツはそんなに勉強ができるの?」
「なぜと言われましても、勉強をしたからでしょうか」
わたしからしたらフランツがいつ勉強をしているのかよくわからない。わたしの用事にも付き合ってくれるし、お父様に一日中連れまわされていることもある。
叔母様の行っていた言葉をやっぱりそうだと思ってしまった。
このままだともったいない。フランツの言えないことにかかわっているのだろうけど、今まで当たり前のように思っていたことが本当に不思議になってきた。
彼は今後の人生をどのように考えているのだろうか。
わたしはレーネとダミアンの結末の、あの学校を去るという展開に至らないと仮定しよう。そうしたら、いずれお父様の会社を継ぐだろう。そして、誰かと結婚をしなければならない。跡継ぎを生むために。お父様は叔母様との二人兄弟で叔母様は一度も結婚をしたことがない。なので、跡継ぎには一応わたししかいないのだ。
そうした状況下に陥れば、わたしの周りにある多くのことが変わるだろう。だが、それだけではない。カミラもフランツもいずれ、自分たちの将来をまじめに考え、離れていくかもしれない。わたしはそんなもの寂しい気持ちを言葉で綴った。
「フランツはずっとわたしの家で庭師をするつもりなの?」
「そうですね。今のところは」
「そのうち、別の仕事に就く予定はあるの?」
「分かりません。ただ、クラウディア様のお傍にずっといますから、ご安心なさってください」
「ずっとって、わたしが死ぬまで傍にいるの?」
意地悪を言いたいというよりは、率直にそんな疑問が沸き上がったのだ。
「そうですね。あなたにどこかいけと言われない限りは」
「なぜ? お父様に面倒を見てもらったといっても、お父様はそこまで望んでいないと思うわ。あなたにはあなたの人生や幸せがあるのだから。お父様もお母様もあなたが幸せだと思う道を歩んでほしいと思っていると思うわ」
彼は短く息を吐いた。
「僕はあなたに恩返しをしたいと思っています。それを成し遂げるのが、僕自身の幸せだと思います」
「恩返しって」
「僕を引き取るのに周囲が反対していたでしょう。あなたがいたから、ブラント家にいられることになったんですよ」
「わたしが?」
わたしは意外な言葉に目を見張った。




