第68話 SL銀河、空を駆ける
SL銀河ダンジョンを破壊せよ。
東雲さんはそう言って電話を切った。
……しかし、寝ると言ったけど寝ないんだろうな。俺でもこんな話聞かされたら気になってそれどころではない。
「電話ではなんて言ったよ、姉貴は」
優斗さんが言って来る。その顔だと、だいたい想像はついているんだろうな。
俺は一息ついて、言う。
「……なんか酔っぱらってたよ。なんか知らんけどぶっ壊せー、ってさ」
「そうか」
優斗さんはそれだけ言って、笑った。
「んじゃ、上や外野に何かしら口出される前にとっととぶっ壊すか、俺たちでよ!」
「そうですね。ここだけの話、一度ダンジョンを破壊してみたかったんです」
そう二人は言う。俺達で、と破壊してみたかった、を強調して。
……そういうことか。
この人たちは……配信に映っている時にそれを口に出すことで、俺だけに責が及ばないように考えてくれているのか。
クソ狐の件で謝罪した時もそうだったけど……なんというかこの人らって、
「……でっかいな」
「ん? 何がだよ」
「……いえ、なんでもないっす」
なんだかんだで流石はA級探索者の先輩だ。器でまだまだ勝てる気はしない。
「んじゃ、張り切っていきましょう! 壊しちゃうのはもったいないけど、その分私たちがしっかりと探検して記録に残せば大丈夫よ!」
藤見沢も言う。前向きだなこいつ。
「話は決まったようですね」
カムパネルラが言って来る。
「私としても、このSL銀河がこのまま開通してしまえばとても困りますからね、協力いたしますよ」
「それはまあ、ありがたいけど。どんな場所か知ってる案内人がいるのは心強いし」
「まあ、私の知っているのとはかなり変貌してしまっていますけどね」
「それでも心強いさ。よろしくな、カムパネルラさん」
「敬称略で構いませんよ。カムパネルラさん、だと長いでしょう」
そう言って、カムパネルラは歩き出す。
「元々、この列車は十両編成でした。幽世の銀河鉄道ですね、SL銀河は……」
「四両編成だよ、客車が四両」
俺は言う。たしかそんなかんじだったはずだ。
「なるほど。さて、実際に今、ここがどうなっているかはわかりませんけどね。なにせダンジョンになっている。ダンジョンの中には、勝手に組み変わってマップが役に立たないものもありますから」
ああ、あるな。うちのマヨイガダンジョンとか。
「あんた、ダンジョンは詳しいのかよ?」
優斗さんの質問に、カムパネルラは答える。
「ええ、暇な時によく見物に行ってます。探索者のフリをしてね」
「探索者のフリ?」
「はい。今のこの姿、頭と手とマントだけの姿だと、モンスターと間違われて狩られかねませんから」
「ちがいねえや」
優斗さんが笑う。まあ確かにそうだよな。
空飛ぶペストマスクとかどう見てもモンスターだよ。
「で、この車両は最後尾車両ですが……本来はどのような車両なんですか?」
西園さんの質問に、俺が答える。
「本来は食堂車だよ」
にしては、普通の客車のように見えるけど。やはり合体してダンジョン化の影響で変わっているのだろうか。
「入れ替わっているのかもしれませんね。ダンジョンですから」
カムパネルラが言う。そういうものなのか。
「……と、ねえねえ外!」
藤見沢が言う。
俺達は外を見る。
そこには……。
「……浮いてる」
SL銀河が、空を――走っていた。
「元々、銀河鉄道ですからね。ダンジョン化しても、空を飛ぶようです」
「こりゃあ、もう後もどりできねーな。最初からする気はねえけどよ」
「……ですね。気合いを入れて、覚悟を決めましょう」
『うわ本当に飛んでる……』
『これカメラ外から撮れない?』
『俺も乗りたい』
『ロマンチックだな……』
『ガチの銀河鉄道かあ……いいな』
『エモい』
『でも壊されるんだよなあ……キチクに』
『ひどい奴だなキチク』
『そいつはおいといて夕菜ちゃん頑張って』
『みんなの為にダンジョンぶっ壊せ』
コメントが色々言ってきている。
……俺がやらかした時は結構非難されてたのに、藤見沢たちが破壊するとなるとみんな応援するんだな。いや状況が状況だからかもしれんけど……ちょっと切ない。
「ふひひ、ひ、日ごろの……行いの差っすね」
うるせえ日狭女。
「はい、というわけで! 私たちはー、この世とあの世のバランスを守るため! このダンジョンを破壊しに行きたいと思いまーす!」
そして藤見沢は堂々とナレーションを入れ始めた。
優斗さんが慌てて耳打ちする。
「おいおい、大丈夫なのかお嬢。俺たちはいいけど、お前まで積極的に加担したら、後々の商売に響くだろ」
「そうですよ、人気商売なんですから。私達がこれからやろうとしてることって……」
「ああ。ある意味迷惑系配信者だぞ。俺なんかダンジョン壊した後ネットでめちゃくちゃ炎上してたぞ」
西園さんと俺も言った。
俺は失うものなんてあまり無いからいい。俺のチャンネル登録してくれているリスナーなんて、あまり認めたくはないがそういった《《やらかし》》を楽しみにしてる珍獣観察の気分の人たちや、そういったものを許容してくれる人たちが多い。
けどこいつのファン層ってそういうものじゃないだろうし。
しかし藤見沢は言った。
「大丈夫、きっとみんなわかってくれるし、それにもし駄目でも……みんなが頑張って覚悟決めてるのに、私だけ逃げるわけにいかないよ。だって、仲間なんだし!」
……。
眩しい。これが真の光の陽キャか。いや俺も別に陰キャのつもりはないけど。
「なんだよ、結局みんな馬鹿ばっかりかよ」
「彼女もあなたにだけは言われたくないと思いますし、私も一緒にはされたくないですが……まあ、そうなりますか」
優斗さんと西園さんが笑う。
俺達もつられて笑った。
「……そうだな。ごちゃごちゃと後の事なんか考えずに、今出来る事をするしかない。
ぶっ壊そう、そして……このSL銀河を、元に戻すんだ」
そして、俺たちは進む。
目的は先頭の機関車部分。
そこにあるはずのダンジョンコアを……破壊するんだ。
SL銀河の汽笛が、俺たちの決意に応えるように、鳴り響いた。




