64話 木剣での腕試し
腕試しにきた挑戦者たちを、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナがあっさり倒してからというもの、来客がひっきりなしだった。
それはテフランたちが家に居るときでも、外を歩いているときでも同じ。
いっそ迷宮内に居るときのほうが、来客がこないだけ静かなぐらいである。
そして、来る者たちの用件は同じだ。
「その小僧と別れて、俺たちの仲間に入ってくれ。絶対に損はさせない!」
アティミシレイヤかスクーイヴァテディナを誘ってくる。
テフランたちが住むショギメンカの町は、弱い魔物が出る区域が広いこともあって、渡界者になりたい者やなりたての者が多く集まる場所だ。
そのため、強い者を勧誘する動きは多い。
そして、その強者が見目麗しい美女ともなれば、誘いは引きも切らない状況となる。
とはいえ、勧誘に対するアティミシレイヤとスクーイヴァテディナの答えは、決まっていた。
「話にならない。帰れ」
「お前らに、興味なし」
一刀両断に斬り捨てられ、勧誘してきた男性は顔を怒りで赤くする。
「どうしてだ! もしや、その小僧より、俺たちが弱いとでも言う気じゃないだろうな!」
他の勧誘者たちと同じ怒り方に、アティミシレイヤはうんざりした顔になる。
「強いか否かでしか、お前のようなやつらは、判断基準がないのか?」
呆れるアティミシレイヤ。
ちなみに、スクーイヴァテディナは既に無関心となり、テフランの横に移動していたりする。
そんな二人の反応に、勧誘を試みている男性は何かを言おうとした。
しかしその前に、アティミシレイヤが平手を向けて、発言を止めさせる。
「言うべきか迷ったが、一対一の状況なら、テフランの方がお前より強い。確実にだ」
「な、なんだと!!」
驚愕よりも侮られたことに怒りを感じた顔で、男性はテフランを見る。
「俺よりも、往来で美女に抱き着かれて鼻の下を延ばしているような、うらやま――けしからんヤツが強いというのか!」
男性の指摘通り、買い物の途中だったため外に出ていたテフランは、天下の往来の中でファルマヒデリアに抱き着かれている。
しかし、恥ずかしさで顔を真っ赤にはしているが、鼻の下を延ばしているという事実はない。
そして、彼の言い分はテフランにとって心外でもあった。
(この状況が目障りなら勧誘しに来ないで欲しいんだよなぁ。ファルマヒデリアが俺を抱き寄せているのは、『近寄ってきた見知らぬ人から俺を守ろうとしている』って理由なんだから……)
そんな心の声が聞こえたわけではないだろうが、勧誘者の男性はテフランに指を突きつけてきた。
「ならば小僧、俺と腕試ししろ!」
テフランとしてはやるべき理由がないのだが、野次馬の方から二本の木剣が投げ込まれると、そう思ってもいられなかった。
「ここで逃げて、変に難癖を広められるよりかはいいか」
テフランが呟きながら木剣を拾い、勧誘者の男性ももう一本を拾うと、二人を輪に囲む野次馬から歓声が上がった。
「さあさ、どっちが勝つか賭けようじゃないか!」
「うらやましい小僧がやられてほしから、男に七だ!」
「やっかみを込めて、男に五!」
「じゃあ、穴狙いで小僧に四!」
先ほどの木剣の投げ込みといい、渡界者の町だけあって、野次馬たちはこの程度のいざこざは慣れたもの。むしろ、お祭り気分で楽しんでいる節すらある。
そんな野次馬の声が上がる中、テフランが真っすぐに剣を構える。
すると、勧誘者が遮二無二に突進してきた。
「うおおおおおおお、死ねえええええええ!」
走り寄る勢いを振り下ろす剣に載せて威力を増した、目を見張るほどの斬撃。
テフランと同年代――渡界者になりたての新米なら、受け止めることはできても、木剣を取り落としてしまいかねない一撃だ。
しかしテフランにとって、この程度の攻撃は、アティミシレイヤとの訓練で慣れたもの。
むしろ、ぬるい部類の打撃にしか映らない。
「よっ――っと」
「なッ!?」
テフランがあっさりと横に攻撃を払ったことに、対戦している男性は驚愕に目を見開く。
だが、これで終わりにするほど、彼は諦めがいい部類ではなかった。
「たかだか一発、防げただけで調子に乗るなよ!」
より怒り顔になった男性は、上下左右、斜めの振り下ろしから振り上げまで、多種多様な方向から斬撃を繰り出す。
その攻撃の速さ、威力の強さを見れば、なるほどアティミシレイヤとスクーイヴァテディナを自信満々に勧誘しにくる実力はあると頷ける。
それでも、テフランにとってみたら、防げない攻撃ではなかった。
(アティミシレイヤの攻撃の方が、両手足を使ってくる分速いし、なにより一撃がもっと重い!)
テフランは木剣で、乱打に次ぐ乱打を受け続ける。
その攻防に、野次馬から関心のどよめきが起きた。
「ほほー、あの小僧もやるもんだ」
「攻撃よりも防御の方が、求められる技量が低く済むとはいえ、ああも立派に防がれちゃなぁ」
野次馬が言ったように、攻撃と防御では、同じ程度に至るに必要な技量に差がある。
剣での攻防を例にすると、攻撃するには『攻撃に移行する溜め』『剣を的確に振る』『相手に当てる』という三つの要素が最低でも必要だ。ここに、フェイントや体運び、戦術の組み立てなどを加えて、より高度な攻撃とすることができる。
逆に防御の場合、『剣を的確に移動させる』『攻撃を防ぐ』という二要素しか要らない。防ぎ続けるには、くる攻撃の程度を見極める必要もあるが、それを加えたとしても防御に使う要素は格段に少なくて済む。
そのため、攻撃の技量を上げるよりも、防御の技量を上げる方が楽だ。
だからこそ、スクーイヴァテディナの前身――双子の告死の乙女と戦いに入る前に、アティミシレイヤは技量の素早い伸び率を考えてテフランに防御しか教えなかったのだ。
とはいえ、防御するだけでは、戦いに勝つことは難しい。
防御一辺倒で相手が攻撃に疲れ果てるのを待つ方法もなくはないが、それは相手が律儀に攻撃を続けてくれるという期待がなければ成立しない。
事実、攻め疲れた勧誘者の男性は、弾んだ息を整えるために攻撃を一時停止している。
「ぜーはー、ぜー、はー。くそっ、防御するだけで攻撃してこないなんて、お前は岩かなにかかよ」
悪態に、テフランは少しだけ腹を立てた。
「そんなに言うなら、こっちから攻撃してやる」
テフランは走り寄り、木剣を横に振ろうとする。
相手の男性はその動きを見て、誘いに乗ってきたと笑みを漏らした。
「馬鹿め! 攻撃と防御は、同時には行えないぞ!」
男性は勝ちを確信し、攻撃を繰り出そうとする。
しかし、そこで予定外のことに気付いた。
テフランが居る位置が、剣の攻撃圏のかなり内側にあったのだ。
この位置では、お互いに木剣を振るったとしても、剣身の部分を相手に当てることはできない。よしんばできたとしても、満足な攻撃とは言えない。
テフランの狙いが分からずにいた男性だが、やおらその二の腕に痛みが走った。
「ぐっ、腕が痺れて」
なにが起きたかと見てみれば、テフランの木剣の柄の底――柄頭が、二の腕に叩き込まれていた。
剣身ではなく柄による攻撃に、男性は腕の痺れと不意を突かれたことで、動きが止まってしまう。
その隙を突き、テフランが手の中で操るように木剣を翻し、刃に当たる部分を男性の首元に押し付けた。
「これで勝負ありだ。文句はないだろ」
「……柄頭での打撃と、そこから流れるように急所に刃を当ててくるその動き、誰に教わった?」
「教えてもらったというより、アティさんが訓練で俺にやった動きを真似してみただけだ」
「ということは、彼女はこれ以上に戦闘が巧みということか?」
「それはもう。少しでも気を抜くと、こちらの眼球に触れる寸前まで、人差し指を突きつけてくるよ。あれ、目を潰されそうで、けっこう怖いんだ」
苦笑いしながらのテフランの言葉に、男性は肩を落とし木剣を手放すと、両手を上げて降参した。
「降参だ。それに、彼女を誘えるほど、こちらは強くないと思い知らされた」
勝負の決着に、野次馬から悲喜こもごもな声があがる。
「うがあああ! あの小僧、やるじゃねえか」
「あの男、もうちょっと強いかと思ったんだが、期待外れだったぜ」
「うひぃ! 儲けた儲けた。小僧さまさまだぜ」
賭けの清算が終わって、テフランたちに興味を失ったようで、野次馬たちはパラパラと去って行く。テフランと男性が使っていた木剣も、野次馬の一人が近寄って回収し、去って行った。
そんな中、負けた男性は悔しそうな表情で、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナに顔を向ける。
「強くなって、再び勧誘しにくる。それまで、待っていてくれ」
「無駄なことは止めて、違う者を誘え」
「無理。テフランから、離れない」
「はははっ。『脈なし』とは、まさにこれだな」
苦笑いし、男性は仲間たちと去って行った。
こうしてひと騒動終えて、テフランはどうしても思ってしまう。
(ファルマヒデリアたちの実力と容姿が知れ渡れば、こんな状況になり得ることは考えていても良かったはずなんだけどなぁ……)
自分の対策不足を恥じつつ、テフランは途中だった買い物を再開することにしたのだった。
活動報告にも書きましたが、
いよいよ明日、2月15日に、当作品の書籍版――
『敵性最強種が俺にイチャラブしたがるお義母さんになったんですが?! 』
アース・スターノベルさまより、発売いたします。
アース・スターノベルさまの特集記事はこちらです。
http://www.es-novel.jp/booktitle/55tekiseisaikyo.php
とりあえず試し読みで、イチケイさまのイラスト数点と、本文内容がWeb版とどう違うかだけでも、ご確認くださいませ。




