39話 次への予兆
日を置いて、テフランたちが組合長室に顔を出す。
そこでアヴァンクヌギとスルタリアが語るには、人造勇者たちとサクセシタの死亡について、彼らの雇い主から渡界者組合が掣肘されることはないそうだった。
「サクセシタは他領地のこの町に押しかけてきた形だからな。向こうさんも、難癖がつけにくいのだろうさ」
「貴族間のもめごとに発展する未来を選ぶより、新しい彫師を雇い入れた方が、資金面でも手間の面でも楽ですから」
「勇者どもの装備品は返さなきゃならんのだけどな」
「とか言っていますが、運賃やら返却料やらを吹っかけていますから、組合としましては喜ばしい結果です」
そう、アヴァンクヌギとスルタリアはテフランに語った。
なにはともあれ、これで人造勇者たちの一件は片付いたことになった。
彼らと同行していたルードットだが、これでまた一人だけになった――かと思えばそうではないようだ。
「組合長がね、二度も一人だけ生き残ってしまった人とは、並みの渡界者は嫌がって徒党を組みたがらないだろうからって、新しい仲間を紹介してくれることになっているんだー」
「どんな人たちか、教えてもらった?」
「なんでも、褐色肌女の本当の姿を知っている、熟練者たちなんだって。その人たちにとってみたら、わたしの生き汚い悪運は歓迎なんだって」
「へぇ。話を聞くぶんだと、俺たちにも縁がありそうな人だな。でも、熟練者たちにルードットが混ざっても大丈夫なのか?」
「わたしが足手まといなのは承知の上なんだって。なんでも怖い思いをしたことで、命がけの冒険をする気は失せちゃって、ほどほどに稼いで暮らす気になったんだってさ」
「ふーん。それは建前で、身を固める相手が見つかったのかもしれないな」
テフランの父親も、テフランが生まれてからは堅実に渡界迷宮で稼ぐことを重視していた。
そのことを思い出しながらの発言を受けて、ルードットはニンマリとほほ笑む。
そして視線を、ファルマヒデリアに向ける。
「そういうテフランはどうなのさ。あの義母さんと、イケない関係になったりしてないの?」
質問を受けて、テフランは赤い顔になる。
「そ、そんなことあるわけないだろ!」
「おおっと? ムキになっちゃって怪しいんだー」
「怪しくない! ルードットが考えているようなことは、俺たちしてないからな!」
「ほほーん。わたしが考えていることって、なんだろうねー?」
全力でからかってくるルードットに、テフランは少し苛立ちを覚えた。
しかしその感情が言葉となって結実する前に、ファルマヒデリアに抱き寄せられてしまう。
混乱するテフランをよそに、ファルマヒデリアはルードットへにこやかな笑みを向けた。
「テフランを虐めてはダメですよ。それに、テフランとは「そういうこと」はしてませんから」
「ふーん。例えば、どんなことならしているの?」
「料理を作ってあげたりとか、添い寝をしてあげたりとか、お風呂に一緒に入ったりとかですね。それ以上のことはしてませんよ」
添い寝以降から、ルードットがテフランに向ける視線が、突き刺さらんばかりに鋭くなった。
テフランは目を逸らしながら、反論する。
「俺は止めてって言っているんだよ。だけど、いっこうに止めてくれないから、諦めたっていうか」
「ふーん。よかったね、美人の裸体を見れたうえで、一緒に寝られるなんてさ。男性としてはこれ以上ない状況でしょ」
「俺にとったら、迷宮で魔物を相手するより、精神的に辛いんだぞ」
「…………そういえば、テフランって女の人――特に年上の女性が苦手だったんだった。忘れてた、ゴメン」
ルードットが冷たい目から一転して同情的な視線に変わったことに、テフランは言いようのない不満感を抱く。
しかし、そのことについて言葉に出すことは止めた。
「それじゃあ、お互いに渡界者として頑張ろう」
「じゃあね、テフラン。もたもたしていると、熟練者の仲間になるわたしのほうが、早く地下世界に行っちゃうからね」
「言ってろよ。こっちは着実に迷宮を攻略する気でいるんだからな」
テフランはルードットと別れると、実力を延ばすためとお金を稼ぐために、ファルマヒデリアたちと迷宮へ向かったのだった。
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泊りがけの迷宮行で、テフラン一行は野営に入った。
もう何度目かになるため、拠点の作成や見張りの順番決めなども、小慣れたものだ。
食事を終え、見張りと就寝に役割を分けて、休憩をしていく。
その最中、テフランだけが眠り、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが起きている時間がきた。
二人は目くばせの後に頷き合い、ファルマヒデリアがテフランの近くに歩み寄る。
仮に彼女が迷宮を徘徊する魔物であったのなら、テフランは近づく気配を察知して飛び起きたことだろう。
しかし、家の中で添い寝や世話をされるうちに、テフランはファルマヒデリアが危険な存在ではないと信じてしまっていた。
そのため、ファルマヒデリアが魔法紋が輝く手のひらを向けても、幸せそうな顔で寝息を立てている。
この寝姿に、ファルマヒデリアが苦笑いした。
「……まったくもう。こうまで信用されてしまうと、私たちが内緒話をするためより深く眠らせることに、罪悪感を抱いてしまいますね」
ファルマヒデリアは手のひらから魔法を発動させ、薄い霧のようなものがテフランの顔を包んだ。
その瞬間、テフランは遊び疲れた幼子が陥るような、起きる気配のない眠りの底へと沈んでいった。
これでちょっとやそっとでは起きなくなった。
ファルマヒデリアが試しに手でテフランの体を揺らしてみるが、それでぐずりも呻きもしないほど、テフランは深い深い眠りに落ちている。
「さて、告死の乙女の内緒話といきましょうか」
「ああしてテフランを深く眠らせたということは、議題は、あの『出来損ない』どものことだな」
アティミシレイヤの質問に、ファルマヒデリアは頷く。
「アティミシレイヤも、いまの迷宮の様子に、ちょっとは違和感を感じているんじゃありませんか?」
「そうだな。魔物が怯えて委縮している気配が強い。そのせいか、魔物の戦闘力が減じていて、テフランが楽に勝ててしまっている。本来なら、もう少し苦戦するような相手なのにもかかわらずだ」
「その原因は、やっぱりあの『もどき』たちだと、アティミシレイヤも考えているんですよね?」
「それ以外に、どう考えろと?」
二人は、お互いに共通の認識を得ていると理解し合い、そしてため息を吐き出す。
「はぁー、厄介です。これはしばらく、テフランを迷宮に入らせないようにするしかないと思います」
「待て。転換期は少し前にあったばかりだぞ。この原因が消えるまで、まだ何年もある。その間、テフランを押し留めておくことなど、出来るはずがない」
「ですが、そうしないと危険です。もしも、私たちの考えが正しいのだったら」
「告死の乙女を打倒した相手を殺しにくる、告死の乙女が現れる――いや、魔物どもが怯えているからには、すでに現れていると考えるほうが自然か」
アティミシレイヤは難しい顔をしながら、腕組みする。
「その告死の乙女、発生条件は同一存在が告死の乙女を四体以上従魔化、もしくは殺したとき。そして、現れる型は純粋な戦闘型とは違っているが、かなりの強さがある。そういった知識はあるにはあるが……」
アティミシレイヤは曖昧に言葉を濁しながら、ファルマヒデリアを見る。
しかし返ってきたのは、横の首振りだった。
「残念ながら、私も詳しいことは知りません」
「万能型も知らないとなると、どんな告死の乙女は未知数ということだな」
「というより、渡界迷宮ができてから、そんな存在が作られるのは初のだからこそ、私たちに知識が与えられていないのでしょうね」
未知の存在に、アティミシレイヤは困って後ろ首を搔く。
「我々が気をつければ、テフランにこれ以上告死の乙女を従魔化させることはないと、だから例の存在を気にする必要はないと、高をくくっていたのだがな」
「まさか『もどき』たちが、告死の乙女と誤認されるとは考えもしませんでしたね」
「きっと単純に全身に魔法紋を入れただけでは、誤認は起きなかったはずだ。魔物化した上で、迷宮内で殺されることで、初めて告死の乙女だと誤認が起きたのだろうな」
「不運に不運が重なったわけですか。そう考えると、テフランは本当に運が悪いですね」
「むしろ、悪運が強いというべきだろう。困難があっても、こうして生きているのだからな」
「本来なら、私と出会った時点で死んでいるはずですものね。なのに、私を従魔化して、さらにはアティミシレイヤまで手に入れて」
「余人には預かれない幸運を手に入れるためには、同量の不運に見舞われないといけないというわけだ。なんとも数奇な運命だな」
二人は苦笑いしながら、近寄ってきた魔物を魔法で消し飛ばした。
これが切っ掛けとなり、内緒話はお開きとなった。
以後、深く眠らされたテフランが、目を覚まして寝すぎたことを謝りだすまで、二人は無言で見張りを続けた。
挨拶が遅れましたが、同人誌イベント「近しき親交のための同人誌好事会」にお越しいただいた方。
この場をお借りしてお礼を申し上げます、ありがとうございました。
それと、当作品の書籍化の情報、といいますか書籍版タイトルが、アース・スターノベルさまのHPにてアップされたそうです。
一月以降刊行予定の場所にあるそうですので、ご興味がおありの方、こちらへどうぞ。
http://www.es-novel.jp/schedule/




