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38話 一難去って

 人造勇者たちの死亡を再度確認した後、テフランはこの場から立ち去ることにした。

 勇者たちの装備は、魔法紋だらけの最高品質の物ばかりだが、剥ぎ取ることは諦める。

 お金に困っているわけでもないし、装備ならファルマヒデリアに魔法紋を入れてもらったものがあるからだ。


(それに、あんな装備を持ち運んでいるところを見られたら、装備品欲しさに勇者たちを襲ったとか、変な憶測を呼びそうだし)


 テフランにとって、地下世界にいくための苦労は買ってでもする気だが、それ以外の面倒事はごめんなのだ。


「ルードットも、いくぞ」

「あ、うん。でも、ちょっと待って」


 ルードットは短剣を取り出すと、人造勇者たちから髪を一房ずつ切り取った。

 遺髪を手ぬぐいに包み、背負っている背嚢の中に大事に仕舞う。

 そのとき沈痛な面持ちをしていたが、テフランに振り返るときにはいつも通りの表情に戻っていた。


「よしっ、それじゃあ迷宮脱出まで、よろしくね。テフラン」

「任せろ」


 テフランは頷いて請け負うと、迷宮の通路を先頭で歩き出す。

 ファルマヒデリア、アティミシレイヤの順に続く。

 ルードットは最後尾を歩きつつ、通路の曲がり道で振り返り、地面に横たわる勇者たちをもう一度見る。

 ぐっと唇を引き締めると、前を向き、テフランたちを追いかけていった。




 迷宮を脱出したテフランたちは、その足で渡界者組合へ向かった。

 勇者たちに加わっていたはずのルードットが一人だけ、テフランたちと迷宮から脱出した報せがあったのか、すぐに組合長室へと案内される。

 テフランたちが中に入ると、執務机に座っているアヴァンクヌギは面倒事を嫌がるような顔つき、スルタリアは苦笑いの表情だった。


「なにがあったか想像はつくが、とりあえず報告してくれ。テフラン、ルードットの順にだ」


 アヴァンクヌギの要望にしたがって、まずテフランが事情を伝える。

 人造勇者たちの魔物化、戦闘の後に打倒、そして油断したサクセシタが癒しの勇者の道ずれ攻撃で死亡したこと。

 大まかに想像通りだったのか、アヴァンクヌギは嫌そうな表情を強める。


「やっぱりか。しかし、勇者どもの装備品を持って帰ってこなかったのは、良い判断だ。物証が出てくるまで、偽装工作に費やす時間が増やせるからな」

「また真実を偽るんだ」

「魔物化して渡界者に襲い掛かったって、サクセシタの雇い主に報告するよりかは、勇者たちは魔物によって全滅したって方が面倒がなくていいんだよ」

「そんな報告を信じてもらえとは思えないけど」

新米渡界者テフランごときにやられたのなら、勇者たちは迷宮内で魔物に殺されてもおかしくない強さだったってことだろ?」


 理屈としてはその通り。テフランよりも強い魔物など、迷宮にはごろごろいるのだから変ではない。

 しかし、アヴァンクヌギは失念していることがあった。


「あらあら、アヴァンクヌギ。わたくしの愛しいテフランを、よくも『ごとき』なんて言ってくれましたね」

「テフランを魔物より下に見るような発言は、聞き捨てならない」


 ファルマヒデリアとアティミシレイヤが不愉快そうに眉を上げている姿に、アヴァンクヌギは慌てた。


「待て待て、いまのは言葉のあやだ。機嫌を悪くするな」

「そちらの言葉のあやを許してもいいですが、見返りにこれからやるこちらの無礼も許して欲しいですね」

「手が滑ってしまっても、許してくれるということだな?」

「待てって。悪かった。ごとき、なんて言って悪かった。謝るから暴れないでくれ」


 アヴァンクヌギが心底困って謝罪の弁を告げたのを見て、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは留飲を下げた。

 脱線した話を修正するべく、スルタリアが割って入る。


「ルードットさんからの報告がまだです。より詳しい内容を聞きましょう」


 提案に従い、ルードットが報告する。

 テフランの語った内容は飛ばして、サクセシタと同行している際の内容が中心だ。

 その中で、アヴァンクヌギはある話に注目した。


「自我がないはずの勇者どもに、自我が芽生えつつあったっていうのは、本当か?」

「サクセシタはあり得ないって言ってたけど、わたしはそう感じてた、です」


 考え込み始めるアヴァンクヌギに、スルタリアが質問する。


「この話がなにか役に立つのですか?」

「ああ、十分にな」


 アヴァンクヌギは考えをまとめると、テフランたちにも聞かせるように語り出す。


「人造勇者どもを『道具』として考えた際の欠点は、魔物化するかもしれないって部分だ。ルードットの感じたことが本当なら、この一番の欠点を克服する目安にできるかもしれない」


 テフランたちが話を理解できずにいると、アヴァンクヌギは噛み砕いて説明し直す。


「要するにだ。勇者どもの世話役が、なにかしらの変化を感じ取ったら、それが魔物化寸前の兆候だってことだ。そこで魔法の使用を一切止めれば、魔物化は防げるわけだ」

「理屈は分かりますが、非情な使用法ですね」


 スルタリアが冷たい目をすると、アヴァンクヌギは肩をすくめる。


「勘違いして欲しくないが、俺は人造勇者に対して反対の立場だぜ。だからこそ、手紙を燃やして知らぬふりをしようとしたんだからな」

「その割には、冷静に勇者の魔物化について考察していたようですが」

「アホ言え。心配したのは勇者どもじゃなくて、その周りにいる人たちのことだ。勇者の魔物化を予見できるのなら、周辺被害は少なくできるんだぞ」


 テフランが、そういう考え方もあるのかと納得する。

 その一方で、勇者たちを邪魔者扱いされて、ルードットは複雑そうな表情だ。

 なにはともあれ、報告は一段落した。

 テフランたちが組合長室から去ろうとすると、ルードットだけアヴァンクヌギに呼び止められた。


「お前は勇者一行の唯一の生き残りだからな。口裏合わせをするために、残ってくれ」

「はい。わかった、です」


 テフランはルードットを残すことに不安を感じたが、自分が口を出すべきではないとも悟る。

 軽く会釈をして、テフランはファルマヒデリアとアティミシレイヤを連れて出る。そして、集めた素材を受付で換金して、家路についた。


「あー、なんか大変だった。まさか人造勇者たちと剣を交えることになるなんて」


 道の途中、人々の雑踏の音に紛れるように、テフランは小声で愚痴った。

 その声を聞き、ファルマヒデリアは心配そうな表情になる。


「テフランは、人間を殺めるのは初めてですよね。人殺しからくる精神的苦痛での、体調変化はありませんか?」

「自分でも意外だけど、平気っぽいんだ。話でよく聞く、吐き気するとか、武器が持てなくなるとかは、全くないんだよね」

「気を抜いたときに、ドッとくることがあるらしいので、注意してください。なにかあったら、私たちに言うんですよ」

「心配性だな。もしかして、近所の奥さんたちから、なにか言われてた?」

「渡界者の中には、人が集めたものを奪いにくるような輩もいて、そんな相手と戦闘になった後は、子供のケアが必要だと教えてもらいました」

「……本当に、変なことを教えてくれていたんだ」


 テフランが苦笑いしていると、アティミシレイヤも心配そうに顔を覗き込んできた。


「意地を張って精神的苦痛を誤魔化すと、経過が悪化すると聞いたことがある。なにか不具合を感じたら、すぐに言うと約束してほしい」

「約束するよ。でも、そうなるとは思えないけどね」


 苦笑いのまま言うと、横で聞いていたファルマヒデリアが決意した顔になる。


「心配が残りますから、しばらくはテフランと添い寝します」

「……どうしてそんな考えになったか、聞いていい?」

「それはもちろん、テフランが悪夢から目が覚めた際、すぐに慰めてあげるためです!」


 ファルマヒデリアが力強く言い放った言葉に、アティミシレイヤが同意する。


「それはいい。肉体的接触は不安感を和らげるという。テフランの心を癒すのなら、我々が二人で添い寝するほうが効果が高いはずだ」

「それでは、今夜から早速取り掛かるとしましょう」


 心配が解消したようで、足取り軽く歩く二人。

 一方で、テフランは困惑していた。


(本当に、必要ないんだけどなあ。というか、ファルマヒデリアたちに添い寝されることこそが、俺は精神的にきついんだけど……)


 そう口に出すと、ファルマヒデリアが涙目で、アティミシレイヤが困り顔で説得しにくることが目に見えている。

 そのため、テフランは口を噤んで、家へと帰宅せざるを得ない。


 この夜の就寝時、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに添い寝され、テフランは緊張と気恥ずかしさで安眠できなかった。

 そのお陰と言っていいかどうかは分からないが、人を殺したことによる精神的な不調は、日をまたいでも感じることはなかったのだった。


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