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12話 邂逅と悲鳴と

 魔物との戦闘以外では、テフランは苦難なく迷宮を進む。

 その戦闘とてファルマヒデリアの力を借りれば、全く問題はなかったはずなのだが、テフランにも男の子としての意地があった。


(ファルマヒデリアが割って入ってこないってことは、俺の実力で勝てるはずなんだ。それなのに怖気て助けを求めるだなんてことはできない!)


 恰好悪い自分を見せたくないという意識が働き、テフランは新米渡界者が相手にするには格上の相手に挑んでいく。

 意地と決死の奮戦を繰り返すことで、テフランの実力はメキメキと伸びていった。

 しかし、困ったことも起こった。

 泊りがけで活動しているため、回収した魔物の素材が過多となり、持ってきた鞄には収まらなくなってしまった。

 小さくて換金率の高いものを多く残し、嵩張る上に価値が低いものは積極的に捨てることにしてはいる。

 だが、父親の薫陶のお陰で捨てるものの価値が分かってしまうテフランは、お金を捨てているような気持になってしまうのだ。


「ああー、もったいない……」

「そんなに愚痴を言うのなら、一度迷宮の外へ戻りますか?」

「ううぅ……いや、告死の乙女の件は緊急なんだ。怪我をしたわけでも、食事に困っているわけでもないのに、迷宮を出るなんてできない」

「そう真面目にしなくてもよいと思うのですけど、そういうところもテフランの可愛らしいところなので、対処に困ってしまいます」

「真面目に言ったのを、茶化さないでよ」


 そんな雑談をしつつ迷宮を進んでいると、バタバタと通路を誰かが走り逃げる足音が聞こえてきた。

 テフランとファルマヒデリアは顔を見合わせると、急いで音がした方向へ走っていく。

 段々と音が近くなってきたとき、テフランの視線の先にある丁字路に、他の渡界者の姿が目に入った。

 彼らの顔は一様に、真剣かつ恐怖に固まっている。


「なんだよ、なんなんだよ――おごっ?!」

「いやああああ! ビーニリュ!」

「もう助からない! ヤツの死を無駄にせず、逃げるんだ!」 


 大騒ぎする彼らが通り過ぎていってすぐに、次の人物が現れる。

 金属製の胸鎧をつけた男性――その胴体を魔法紋が強く輝く腕で貫く、小麦色の肌をした目の覚めるような飛び切りの美女。

 胸と腰回りにしか布地を巻いていない肢体は、とても強く男性の目を引くもの。

 そして筋肉の筋が全身に薄っすらと見える肉体は、ファルマヒデリアより力強そうな印象を受ける。


(きっとあの人が、噂の告死の乙女に違いない)


 テフランは確認するようにファルマヒデリアに顔を向けると、頷きが返った来た。

 目標が現れたことに緊張するテフランに、小麦色の肌の告死の乙女が顔を向ける。

 その目には一切の感情がなく、ガラス玉や機械の部品で出来ているような錯覚を見るものに与える。

 それはまさに『告死の乙女』という、人を殺戮するための装置のように、テフランには感じられた。


(ファルマヒデリアも、俺の従魔にならなかったら、ああいう風に人を殺していたんだろうか)


 そんな想像をしてみて、テフランの胸に言いようのない苦さが広がった。

 初めて抱いたその感情を、テフランは言語化できない。

 しかし、ファルマヒデリアがあんな姿になるのは嫌だと、強く思った。

 それと同時に、小麦色の肌をした告死の乙女に、可哀想という感情が芽生える。


(俺が従魔にすれば、あの人だって人間と変わらないようになるはずなんだ。俺が主なんて分不相応もいいところだけど、あんな姿をしているよりは、万倍はマシなはずだ)


 テフランは改めて、小麦色の肌な告死の乙女の従魔化を決意する。

 しかし当の彼女はというと、テフランに続いてファルマヒデリアに視線を向けると、すぐにあの渡界者たちが逃げて行った方に顔を向けなおす。

 そして、ファルマヒデリアよりいくぶん低い声で歌い始める。


「Louaaaaaaaー」


 歌声が通路に響く中、告死の乙女の手足全てが輝きを放つ。

 それは肩から指先、股際からつま先までに、数多くの模様を詰め込んだように密集して光る魔法紋だった。

 その姿に恐ろしさと美しさを感じてしまったテフランの目の前で、告死の乙女の姿が揺れると同時に消失する。

 それから一瞬も置かずに、通路の向こうから人の悲鳴が聞こえた。


「ごぐぞがあああああ! こいつは、俺が死んでからも足止めしてやる! だから、さっさと逃げろおおおおおお!」

「やだよおおお! なんで、なんでええええええ!」

「泣いている暇があったら足を動かせって。これで生き残りは、僕らしかいないんだぞ!」


 悲痛な声が響く通路へと、テフランは走り出そうとする。

 だがその前に、その肩をファルマヒデリアに掴まれた。


「テフランにもう一度訪ねます。彼女を従魔にするのに、心変わりはありませんね?」

「ああ、変わらない」

「ああして、人間を手にかけている存在ですよ。それなのにですか?」

「そんなことは気にしない。それにああいうことをするのは、告死の乙女――いや、魔物としての呪縛のようなものなんでしょ。なら俺が解いてあげないと」

「自分で言って、うぬぼれが過ぎるとは思わないのですか?」

「思うよ。だけど、あの姿を見て、やるって決めたんだ。危険か安全課、可能か不可能かでやめる気はないね」

「……まったくもう。テフランは頑固者です」


 根負けして肩を落とすファルマヒデリアに、テフランは笑いかける。


「けど、俺一人じゃできないのも事実だから、ファルリアお母さんが助けてくれるよね?」

「私はテフランの従魔であり義母ですので、可能な限りにあなたの意思を尊重することが務めです。いいでしょう、彼女をテフランの従魔にする手伝いをすると、改めて約束いたしましょう」


 こうして二人は決意を新たにして、小麦色の肌をした告死の乙女を追いかける。新たな犠牲者の悲鳴が響いてくるのを、耳に入れながら。

 



 追跡行は簡単にはいかなかった。

 なにせ小麦色の肌の告死の乙女は追っていた渡界者たちを殺し尽くすと、テフランたちを無視したまま、ものすごい速さで迷宮内を走り出したのだ。


「走る足音を聞き逃さないように追跡するだけで、精一杯だ! ファルリアお母さん、足止めできないの?!」

「こうも離れてしまうと、射線が通らないので魔法が使えないのです」

「俺から離れて先行しててもいいよ」

「それは駄目です。なにせ――」


 途中で言葉を切り、曲がり角で待ち構えていた魔物を、炎で一瞬にして焼き尽くした。


「――こうして足音に寄ってきた魔物を対処しないと、テフランが死んでしまいますから」

「この辺りの魔物なら勝てるから、心配いらないよ」

「それは一対一の場合でしょう。こうも騒がしくしていたら、かなりの数が寄ってきます」


 ファルマヒデリアの指摘は正しい。そしてテフランには覚えがあった。


(転移罠で飛ばされて逃げ回っていとき、かなり多くの魔物に追いかけまわされたっけ)


 いまいる場所が、あのときよりも出入り口に近い場所なので、集まってくる魔物は比較的弱いものになる。

 しかしあれだけの数が来たと想像すると、テフランは自分が対処できる限界を超えていると理解せざるを得なかった。

 そして、テフランの命の危険がある場合、ファルマヒデリアは決して近くを離れようとしないだろうとも予想できた。


「でもこのままじゃ、いつまで経っても追いつけないよ!」

「そうでもありません。彼女は獲物を狙って走っているのですから、獲物をしとめる間は足を止めるのが道理です」

「それって――」

「はい。新しい犠牲者がでるということですが、迷宮に入る人は死ぬ覚悟が出来ているでしょうから、気にする必要はないですよ」


 あっけらかんと言い放たれた言葉に、テフランは思わず言い返そうとする。

 しかし、ファルマヒデリアの性格というか特性というかを思い出して、口を噤む。


(俺以外の人は、どうでもいいんだった。告死の乙女だから、他種族である人間に興味が持てないんだろうか)


 将来の懸念を抱きつつ、テフランは走り続ける。

 やがて、ファルマヒデリアが予想していた通りに、新しい犠牲者の悲鳴が聞こえてきた。

 かなりの距離を移動したために、すでに周りの景色は洞窟然とした区域――つまり出入り口に近い場所だ。


(このままじゃ、組合長が懸念した通りに、誰も迷宮に入れなくなるかもしれない)


 危機感を募らせながら、誰かの悲鳴が上がっている方向へ急ぐ。

 ようやく追いついて、テフランは凶行を止めよとするが、襲われている人たちを見て呆然とする。


「あぐっ、くそ、なんで、剣が通じないんだ……。手に入れた魔法紋で、剣の鋭さは増しているはずなのに……」

「…………」


 冷たい表情の告死の乙女の腕に腹を貫かれていたのは、テフランの仲間だったセービッシュ。

 彼は力ない腕で剣を振り上げ、死ぬ間際の一撃を放つ。

 しかし、魔法紋が輝く腕が楽々と払いのけ、その皮膚には一つ筋の傷がつかない。

 抵抗もむなしく散ったセービッシュは、貫いている告死の乙女の腕から滑り落ちて倒れた。

 その周りには、逃げようとして失敗したらしい徒党パーティーの死体が転がっている。全ての背中に大穴が空いていることから、小麦色の肌を持つ告死の乙女は、逃げようとした人たちを先に殺したように見えた。

 死屍累々の中で唯一生き残っていたのは、股を温かい液体で濡らして腰を抜かしている、ルードットだった。


「ひぃ! いや、いやあああ! 死にたくない、死にたくないい!」


 ルードットは恐怖で立てないまま、尻を引きずるように後ろに逃げる。

 告死の乙女は冷たい目を向け、輝く腕を振り上げた。

 その行為を制止するため、テフランは叫ぶ。


「ファルマヒデリア! 止めて!」

「次は、ちゃんと「お母さん」と呼んでくださいね」


 苦情を言いながらも、ファルマヒデリアは魔法紋を浮かばせた手から炎を放つ。ルードットを巻き込まないためか、その火力はかなり控えめだ。

 しかし牽制には十分だったようで、告死の乙女は攻撃を中断して大きく跳び退く。

 戦いが中断されたのを見取り、テフランはルードットに駆け寄る。


「しっかりしろ。立て!」

「え、テフラン。どうして、ここに?」

「問答している暇はない! さっさと逃げないと、セービッシュたちのようになるぞ!」

「で、でも、逃げようとしたら、先に殺されて」

「平気だ。俺とファルリアお母さんが止めると約束する。だから急いで逃げろ」

「……テフランが約束破ったことってないもんね。わかった、信じる」


 ルードットは恐慌から抜け出すと、立たないはずの腰を無理やり立たせ、よろよろと迷宮の出入り口に向かって逃げ始めた。

 告死の乙女はそれを追おうとするが、進路上にテフランが立ちはだかり、続いてファルマヒデリアも続く。

 ここで告死の乙女は、邪魔をするテフランたちに狙いを変えた。

 同族を相手にするための準備か、その口から歌声が放たれる。


「RUraaaaaaaaaaaa!」


 綺麗な旋律と共に、告死の乙女の全身に魔法紋が浮かび上がった。

 模様を詰めに詰めたような手足の他にも、さらけ出している腹筋や布で覆っている胸元、キツめの印象ながら綺麗に整った顔にも魔法紋がまばらに現れている。


(まるで未開の部族が戦の前に体に描くっていう、戦化粧をしたような姿だな)


 そう心の中でおどけるのは、対面する告死の乙女が発する威圧感が増えている恐怖に、減らず口を叩かないと立っている足が萎えそうだからだ。

 テフランは唾を飲み込んでから、ファルマヒデリアに声をかける。


「こんな場所で戦ったら、他の渡界者が寄ってきちゃう。だから、少し遠いところに移動する」

「要望は理解しましたが、戦闘型の彼女と長々と戦えませんよ」

「そこは、俺に考えがある。合図したら、俺の近くであの人の動きを止めて」


 ファルマヒデリアが頷くのに合わせて、テフランは背を向けて逃げ出した。こうすれば、告死の乙女は自分を狙ってくると、セービッシュたちの死にざまを見て理解していたからだ。

 その狙いの通りに、告死の乙女は残像が残るほどの素早さで、テフランに襲い掛かる。

 だがそれを、ファルマヒデリアが許すはずがなかった


「Raaaaaaaaaaaa!」


 全身の魔法紋を歌声で起動させ、小麦色の告死の乙女を止める。

 しかし、戦闘型と万能型では戦闘の際の出力が違う。

 ファルマヒデリアは受け止めきれずに、少し体勢を崩す。

 告死の乙女はその脇を抜けてテフランを狙おうとするが、炎の魔法が襲い掛かってきて足を止めざるを得なかった。

 ファルマヒデリアは毅然とした態度で体勢を戻すと、テフランが逃げる方へ後ろ向きに走り出す。

 告死の乙女はテフランを狙おうとするが、間にファルマヒデリアがいるためうまくいかない。

 そのためか、次第にテフランを狙うのではなく、ファルマヒデリアの排除へ動き出す。

 だが、戦闘が本職ではない万能型とはいえ、ファルマヒデリアも告死の乙女。テフランを守りながらでも、簡単にやられるような柔な存在ではない。

 魔法と魔法、魔法紋が輝く体と体がぶつかり合い、迷宮内に大きな衝突音が響く。

 戦闘の激しさが増していく中、テフランがやおら立ち止まった。


「ファルリアお母さん、こっちだ!」

「わかりました!」


 申し合わせていた合図に、ファルマヒデリアは突き出してきた告死の乙女の腕を抱えると、テフランの横へと倒れ込むようにして移動する。

 それと同時に、テフランは足元にある罠を起動する。

 そう、テフランがあの日に飛ばされた、転移罠を。

 罠の魔法紋が光り輝き、その影響で全員の動きが止まる。

 それから数秒後、三人仲良く迷宮の奥の区域へ転移していった。


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