令嬢の遺言状ー首を拾えば桔梗が咲くー 彼女の記憶 断片
本作品は「令嬢の遺言状ー首を拾えば桔梗が咲くー」の前日談や詳細、解説を含めた 令嬢の視点から述べられたお話です。
「令嬢の遺言状ー首を拾えば桔梗が咲くー」のネタバレ、真相を含んだ作品となっておりますので、まだ「令嬢の遺言状ー首を拾えば桔梗が咲くー」をご覧になってない方はそちらをご覧になった後、この作品をご覧ください。
処刑の鐘が鳴った。束になった鍵がジャラジャラと響いた。
そして少しガタガタと扉が小刻みに揺れ、開く。
(私が彼に書いた手紙は今頃届いているかしら。)
令嬢 セリーヌ ルヴェールは処刑の前日 彼女の婚約者であった貴族 レオン ヴァルモンに手紙を送った。
彼女は婚約者を愛していた。これは紛れもない事実だ。
ではどうして彼女はあのような文章を彼に書いたのか。
これは 「婚約」 「処刑」 「手紙の真実」 についての彼女の記憶である。
『婚約』
彼―レオンに会ったのは2年前。私が庭で紅茶を飲んでいた時だ。
突然彼が私の席の向かいに座ってこういった。
「我も一杯貰ってもいいかな。」
私は戸惑いながらも冷静に返した。
「ええ、どうぞ。」
(この人、なんなのかしら。)
彼はありがとうと礼を述べた後、紅茶を飲み、庭の風景をじっくりと眺めていた。
私は彼に話しかける。
「ねえ。貴方はどなたで―」
「...時間だ。そろそろ行かなければ。紅茶はありがとう。礼を述べる。」
彼はそう言うとすぐ何処かへ消えてしまった。
初めて会った時には彼のことを知らず、無礼な方だと思っていた。
後に彼が、かの有名な貴族 ヴァルモン家の長男だと知ったのはその日の晩であった。
知った経緯は夕食中、お父様がいつもに増して上機嫌であったため何故かと理由を聞いたことだ。
お父様が言うには、自分の店を建てるための資金を調達する当てがなく困っていたらしい。
その時、彼―ヴァルモン家 が 私―ルヴェール家に資金の援助をするという契約を提示したそうだ。
そして今日その契約と手続きを済ませたらしい。
私は苦笑いをして、その事について喜んだ。だが、同時に複雑な思いが駆け巡る。
由緒正しきヴァルモン家が突然契約をするというのは何か裏があるのではないか。
しかし、お父様が今までより優れた自身の店を建てることができる。
でも、我が家を支配しようと目論んでいるだけではないか。
私は『令嬢』ではあるが、『正統な令嬢』ではない。
我が家は亡き祖父が建てた店で商業を営んでいる。
我が家は並の貴族には勝る程の財力を持っているし、今では商業管轄の中心的立ち回りを担っている。
しかし、血筋は通ってはいない。
私はその事に劣等感を抱いていた。周りからも冷たい目で見られている。
だが、今はそんなことよりもあの無礼な方がヴァルモン家だったという事実に驚いた。
次の日、またレオンが私の家を訪ねた。
その日はお父様が遠くの街へ出かけ、商品の仕入れをするため家を留守にしていた。
その旨を伝えると、彼はこう答えた。
「今日は君に用があってきたんだ。一緒に我の家に来てくれるか。」
(急なお誘い...何か裏があるのかしら。でも...)
私は少し考えた後、同意した。
「ええ、喜んで。でも少し身支度をしてから伺うわね。」
「あぁ分かった。少し君の家の庭を眺めているよ。」
私は家の召使にこの事を伝え、家のことを任せた。
「私の護衛もご一緒してよろしいかしら。4人ほどだけど。」
「ああ、好きにしてくれて構わない。」
そう言うと彼は私をエスコートして彼の馬車に乗せてくれた。
その振る舞いは凛々しく優雅でヴァルモン家に相応しい。まさに貴族そのものだった。
馬車が進み、少し経った頃だろうか。彼が突然言い出した。
「今日我が君を招いたのはなぜだか分かるだろうか。」
(お父様との契約の事かしら。)
「いえ、なんのことだか存じ上げませんわ。何故でしょうか。」
「今日は我の家でお茶を飲んでほしいと思ってね。昨日は君の家で急だが、お茶をいただいたからな。そのお返しだ。」
「あら、大丈夫ですのに。でもせっかくだから頂きますわね。」
「ぜひそうしてほしい。」
馬車が止まる。目の前には私の家とは比べものにならないほどの立派な豪邸が立ちそびえていた。
「御帰りなさいませ。レオン様。」
門の前で待っていたメイドの一人が彼にそう話す。
「あぁ。今日は客人がいる。いつもので頼む。あぁルヴェールはなにか苦手なものはないか。」
「特にありませんが、どうしてでしょうか。」
「それはあとだ。では手配してくれ。」
「はい、畏まりました。」
そう言うとメイドは丁寧にお辞儀し、その場を去った。
「では行こうか。こちらに。」
「ええ。分かりましたわ。」
彼に案内されたのは美しい庭園だった。周りにはバラが一面と咲き、ポテンティラ、ジギタリス、サルビアなどがバラの美しさを引き立てつつ、自己の美しさをも表現している。
「どうだい。私の花園は。私の好みの花を兼ね備えているよ。特に私が好きなのはこの...」
彼が指さしたのは青紫色の花であった。派手さはない。でも、その青紫の花びらには、秋の空よりも深い色が宿っていた。
(この花は...『桔梗』かしら?)
「この花の名前は?」
「『竜胆』というそうだ。この花はバラと相性が悪くてね、いつもここら辺に植えるように指示をしている。君の好きな花はなんだい。」
(竜胆でしたか。どちらも青紫色の花であるので、見間違えることもありますわ。)
「そうですね。『桔梗』ですわね。竜胆にもよく見間違えられるのですが、私はあの花をよく好んで見ますわ。ほら、昨日貴方様が庭で見ていたのも『桔梗』ですわ。」
「え。あれは『竜胆』ではなかったのか。申し訳ない。てっきり同じ花を好むのかと。」
「まあ。私もこちらは『桔梗』だと勘違いしてしまいましたわ。」
そう言うと彼は恥ずかしそうに笑った。
「レオン様。お茶会の準備ができました。」
「あぁありがとう。ルヴェール、こちらに来たまえ。」
陽射しが、バラの庭に柔らかな影を落としていた。 白いテーブルクロスの上には、銀のティーポットと、淡いピンクのカップ。 風が吹くたび、バラの香りがふたりの間をすり抜けていく。
「我は実はお茶が好きでね。特に紅茶を好んで飲むんだ。ぜひ君とご一緒させてもらえないだろうか。」
「ええ。喜んで。」
白いテーブルクロスに並べられたティーセット。 カップには、淡い金色のダージリンが注がれている。 その隣には、バラの香りを引き立てるように、ラズベリーのマカロンがちょこんと並んでいた。
まろやかで甘い香りが鼻に抜ける。きっと「オータムナル」だろう。茶菓子とよく合う。
庭の風景を楽しみながらお茶をしていると彼が突然私に言った。
「改めて名を申そう。ヴァルモン家当主 レオン ヴァルモンである。」
「私は ルヴェール家長女 セリーヌ ルヴェールですわ。」
「我のお願いを聞いてくれないか。」
「ええ、なんでも。」
そういったが内心では呆れが出ていた。やはり彼は私たち一族に何かしようと企んでいるに違いない。
(さあ、遂に口を滑らせるわ。どんな発言が出るのかしら。)
「我と婚約してほしい。」
「嫌です。」
つい咄嗟に反応してしまった。まずい。何をされるか分からない。
父との契約が取り消されるかもしれないというのに。
「まったく君は冷たくあしらうなぁ。我が見ていた君の印象と変わらない。」
「見ていたって?」
「我は君に惚れたんだ。あの日...いやこの話はやめておこう。だが我の思いは変わらない。もう一度言おう。我と婚約してくれ。」
(...)
「嫌です。お断りします。」
私がもう一度断ると彼はしょんぼりしていた。なんだか納得しない様子だ。
ずっとぶつぶつと呟くさまは貴族とは思えないほど惨めな様子で面白く、笑ってしまった。
私が笑うとそれに気づいたようで私に「何を笑っているんだ!」と恥ずかしそうに怒った。
その瞬間私の心の壁が砕けた。
(やはりこの方は面白い。普通の面白さではない。なにか特別な感情が入り混じっている。私、この人のことが好きなのかもしれない。)
「いいですよ。婚約しましょう。」
「え...今なんと?」
「だから婚約しましょうって。」
(正直この人には呆れる。でもこの人といるとなんだか心地が良いの。きっと幸せになれる。)
「本当か?嘘ではないな。」
「嘘ではありません。私 セリーヌ ルヴェール 貴方様と婚約することを今ここに誓います。」
私がそう言うと彼は子犬のように喜び、走り回った。
花の水やりで水を零したのだろうか。彼が踏んだところは水で土がぐしゃぐしゃとなっていた。
運悪くそこを彼が踏み、転んでしまった。
「ちょっと、なにやっているのよ。」
「申し訳ない、つい嬉しさに我を忘れてしまった。」
彼の白いコートは泥で汚れた。汚らしい?
いいえ。これが彼の性格を表しているの。
無邪気で子供っぽい。でもきっと素晴らしい方。
私はこの婚約に後悔はない。彼をずっと愛するんだから
―――彼女の記憶2に続く
『婚約』終了です。お楽しみいただけたでしょうか。続いての2はテスト終了後12/1に掲載しますのでそれまでお待ちください!
今回の『婚約』の反省、詳細設定につきましては後程活動報告で書かせていただきます。
訂正 申し訳ございません。今回でこのシリーズを終了致します




