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知らない屋敷で目覚めた日

 毛玉くんの存在がバレてしまったせいで、なんだかジゴロくんに隠し事をするのがバカバカしくなってしまった。

「ここからは、僕の戦い方を見てくれる?」

「ああ。見たい見たい! ぜひ見せてくれ!」

 膝の上の毛玉くんをわしわしと撫でながら、ジゴロくんが表情を喜色に染める。謎生物が人間の言葉を喋っている事について、何か意見はないのか、ジゴロくん? 神経が図太いの? 抜けてるの? まあ、おかげで、ややこしい事を突っ込まれなくて、助かってるんだけど。

 

 そんな訳で食事の後は、創造魔法で作った紋様をばんばん使って、僕の狩りをジゴロくんに見てもらった。

 戦果は、オーク3体。

 創造魔法を使っても、圧縮呪文を使っても、ジゴロくんはただただ感心してくれるばかりで、それが普通じゃないとは分かっていない様子だ。

 いや。15才の小僧がいくつもの魔法を使いこなしている時点で、すでに普通じゃないのかも知れないけどさ。


「ジゴロくん、僕がどんな魔法を使ったか、他の人に内緒にしてくれる?」

「ああ。冒険者たる者、簡単に手の内を明かす訳にはいかないからな。もちろん、内緒にするさ」

 何の屈託もなく安請け合いをするジゴロくん。そのニコニコ顔に、ついに僕は観念する気になった。

「やっぱり、ジゴロくんの申し出を受けるよ。よろしくお願いします」

「おお! アグニくんなら、きっと受けてくれると思ってたんだ。よろしくな!」


 僕の手を握って、上下に振り回すジゴロくん。本当に嬉しそうだ。

 どうやったら、ここまで無邪気そうに育って来れるんだろう?

 そりゃあ、ジゴロくんの心の内側までは見通せないけど、その無邪気な笑顔には、見ているこちらまで楽しい気分にさせられてしまう。

 おまけに腕は立つし、信じられないぐらいに美形だし、女の子ならイチコロに違いない。男の僕だって、ちょっと変な気分になってしまいそうなぐらいに。

 いや、いかん、いかん。僕にそういう趣味はないぞ。


「サミーさんが勝手に話を進めてたのは面白くないけど、ジゴロくんとは上手くやれそうな気がするよ」

「サミーさんって、ギルドの女性? 駄目だよ、そんな事で気を悪くしちゃあ。女性の言う事は、いつだって正しいと思うべきだぜ?」

「でも、サミーさんには一度きっぱり断ったんだよ? 今回はたまたま相手がジゴロくんだったから良かったけど、そうじやなかったら、すごく面倒くさい事になってたと思うんだ」

「きっと、サミーさんはアグニくんに良かれと思って、俺に話を通したんだろ? だったら結果がどうだろうと、サミーさんには礼を言うべきだよ。改めて欲しい事があるんなら、その後に優しく言えばいい」


「そんなんじゃあ、ムカムカした気持ちが晴れないじゃないか」

「そんなのは、オークやゴブリンにぶつけとけよ。絶対、女性にぶつけちゃ駄目だ」

「うーん、もしかして、それが女の子にモテる秘訣ってやつ?」

「こんなのは基本だよ、基本。アグニくんも可愛い顔をしてるんだから、女性にはどんな時もニコニコした顔だけ見せておきなよ」

「えー、それは大変じゃない?」

 ジゴロくんの語る女性への接し方を聞いていると、自分がとてもお子様な気分がして来た。同時に、サミーさんへの不満も、どうでも良くなってしまう。


「分かった。サミーさんには、お礼を言っとくよ。それでいいんだろ?」

「ああ、それでいい。女性のやる事を、正しいとか間違ってるとかで判断するんじゃなくて、まずは気持ちを汲んであげなきゃね」

「うわぁ、僕には遠そうな境地だよ」

「大丈夫、大丈夫。アグニくんなら、すぐにでもそうなれる。それより、街に戻って祝杯を上げようぜ」

「そうだね。それがいいね」


 それなりに森の奥に踏み入っていた僕たちは、そこで引き上げる事にした。戻る途中に出会ったオークとゴブリンは、2人で協力して戦ってみたけど、びっくりするぐらい簡単に倒す事が出来た。

 基本的に戦ったのは、ジゴロくん。僕は周囲の警戒をしながら、魔法で先制攻撃をかけた程度だ。

 2人での連携方法は試行錯誤する必要があるけれど、これでオークよりも大物が狙えるだろう。僕もジゴロくんもそれを確信して、にんまりと笑い合った。





 街に戻って冒険者ギルドに向かっていると、いきなり誰かに腕を掴まれた。

「うわっ!」

 驚いて見ると、そこにいたのは、やけに真剣な表情のカグラさんだ。衛兵のお仕着せの鎧を着けたままである。金属の手袋が僕の腕に食い込んで、かなり痛い。

「ちょっと! アグニさん!」

 声量を抑えながら、それでいて迫力満点に僕に囁いて来る。


「な!? ど、どうしたんですか、カグラさん!?」

「いいから、こっちに来て下さい!」

「えぇっ? 何ですか? どうしたんですか?」

 怖い怖い。カグラさんの顔が、魔物と戦っている時並みに怖い。

 背後で、ジゴロくんが面白がっているのが分かる。

「じゃあアグニくん、先にギルドに行っておくよ」

 そして、そう言ってジゴロくんが遠ざかって行く。明らかに、声が笑っていた。


「アグニさん、彼とはどういう関係!?」

 歩き去るジゴロくんの背中に視線を向けながら、カグラさんが鋭く問いかけて来る。なんだ? どうした?

「どういう・・・って、2人で組んで仕事をやろうって事になったばかりですけど・・・」

「貴方、彼がどういう人間か分かっているんですか!?」

「ええっ? と、トシに似合わない腕前だとは思いましたけど・・・、それが何か・・・?」


 僕の答えを聞いたカグラさんは、首を横に振りながら残念そうに溜め息を吐いた。

「コドカ村のジゴロ。15才。素手で魔物を倒すという真歩威(まぶい)の使い手。その名前は、真歩威を編み出した英雄ジゴロ・ザ・カノンにあやかって、付けられたものだそうですね」

「まるで生まれた時から、その真歩威っていうものの達人になると期待されてた様な・・・」

「彼が生まれる前に、真歩威の達人になるという予言があったそうですよ」

「それは、凄いなぁ」


「でも、それより問題は――――」

「え?」

 カグラさんの声が、よけいに押し殺したものになった。

「彼が生まれながらの女たらしで、現在の恋人がマリア様だという事です」

「生まれながらの女たらし・・・」

 モテるだろうとは感じてたけど、「生まれながらの女たらし」なんて言われる程だったなんて! 僕は、強烈な衝撃を受けた。もしかして、これが敗北感って奴?


「いやいや! 問題は女たらしってとこではなくて、恋人がマリア様ってとこですからね!」

「え? あ・・・、ああ。そうね、マリア様ね。・・・で、マリア様って?」

「この街でマリア様と言えば、マリア・ルビ・カーン様じゃないですか!」

「そのマリア様なら僕だって知ってるけど、領主様の何番目かのご夫人でしょ? いくらジゴロくんがモテるからって、そんな女性と恋人になるなんて、そんなぁ」


 悪い冗談だと、カグラさんの言葉を笑い飛ばそうとする僕。

 しかし、カグラさんの真剣な表情は変わらない。

「本当なんです! ここしばらく彼は、マリア様のお屋敷で寝泊まりしているんですから!」

「はぁ!?」

 じゃあ、サミーさんの言っていた、さるご夫人というのはマリア様だったんだろうか!? 僕の背中を変な汗が流れ落ちる。


 実のところ、貴族が結婚相手以外に恋人を持つのは、ごく当たり前の事だ。有力貴族の夫人とそういう仲になって、その旦那さんに取り立ててもらうなんて例も珍しくないと聞いている。

 マリア様は、ここウェイカーンを含む幾つかの街を領有するボルテール・ド・カーン伯爵の何番目だかのご夫人だ。年齢は、まだ18ぐらいだったかな。なぜだかボルテール様と離れて、ウェイカーンの街に住んでいる。僕も遠目にお見かけした事があるけど、黄金の髪を持つ美しい女性だった。


 そんなマリア様が恋人を持つのは、ごく普通の事である。

 だけど、その相手がただの平民というのは、普通じゃない。昔話に

も貴族と平民の恋物語という題材は多いけど、そのほとんどは悲劇に終わる。

 マリア様とジゴロくんの話がボルテール様の耳に入ったら、ジゴロくんは絞首刑にされてしまうかも知れない。いや、裁判なんかせずに、問答無用で殺されてしまう可能性だってあるだろう。もちろん、平民だからって必ずしも殺されるとは限らないんだけど。

 あああ。ジゴロくん、君はなんていう事を・・・。


「事の重大さを分かってもらえましたか? 彼と縁を切れとは言いませんが、くれぐれもマリア様に近づいては駄目ですよ。アグニさんまで疑いをかけられる必要はないんですからね!」

「あ、うん。分かった・・・」

 僕は力なく首肯く。

「では、私は仕事があるので行きますが、今の忠告は絶対に忘れないで下さいよ!」

 何度も念押しすると、カグラさんは去って行った。魂が抜けかけた僕をその場に残して。




 

 ジゴロくんとは、冒険者ギルドで合流。

 カウンターでサミーさんが満足げに笑っていたけど、先ほどのカグラさんの話が衝撃的過ぎて、適当にお礼を言っただけで済ませてしまった。僕が女たらしになるのは無理そうだ。

 そのまま、ジゴロくんが馴染みだという店に向かう。

 ギルド内では、マリア様との事を知ってるのかどうかは分からないけど、ジゴロくんにやたらと注目が集まっていた。一緒にいる僕は、その視線が気になってしょうがなかったけど、当の本人はまるで気にしていない様だ。


 ジゴロくんに連れられて行った店は、駆け出しの冒険者には出入り出来ない様な高級店だった。落ち着いた店構えが、来る客を自然と選んでいる感じだ。

 酒の入った冒険者たちに絡まれる心配がないのは助かるけど、僕にとっても場違い過ぎる空間である。こんなとこで飲み食いしたら、どれだけお金を取られるのだろう?

 ビビる僕など気にせずに、ジゴロくんは勝手知ったる様子で、さっさと店の中に入ってしまう。


 おずおずと店内に入った僕の目に映ったのは、廊下に敷かれた赤い絨毯。

 汚いブーツのままでいいのだろうかと思いながら歩を進めると、踏んだ足が柔らかく受け止められる絶妙な感触に、「ふわっ!」っていう声が漏れそうになる。

 ここは駄目だ。僕なんかが来て良い場所じゃない。

 他の店にしないかと、ジゴロくんに言おうとした時。

「いらっしゃいませ、ジゴロ様。今日は、お友だちとご一緒ですか?」


 そう言いながら、びっくりするぐらいに綺麗なお姉さんが出て来て、ジゴロくんに笑いかけた。

 年齢は、僕らより少し上だろうか。栗色の髪を高く結い上げて、仕立ての良さそうなドレスに身を包んでいる。ドレスは彼女の体型に合わせて作られているらしく、身体の線を見事に浮き立たせていた。胸元は大きく開き、豊かな双丘とその谷間が僕の目を釘付けにする。

 とても色っぽい。

「さあ、どうぞ。ジゴロ様のお友だちなら、大歓迎ですよ」

 彼女が僕の手を取り、そっと身体を触れさせて来た。

 良い匂いがした。






 気が付くと、僕はふかふかのソファでジゴロくんとお酒を飲んでいた。ジゴロくんの隣には、お出迎えをしてくれた女性――――セネカさん、僕の隣には黒髪黒瞳のちょっと神秘的な女性――――カラスアゲハさんが座っている。

 ああ、良い匂い。

 もちろん、ただ座っているだけではない。お酒の酌をしながら、色々と世話を焼いてくれるのだ。おまけにずいぶん博識で、話をするだけでも、とても楽しかった。

 そして、とても良い匂い。


「そうなんですか。お2人で組んで、討伐をされるんですねえ」

「まだお若いのに、そんなにお強いの?」

「そりゃ俺は天才だからさ、誰にも負けない自信があったんだけど、アグニくんも凄いんだぜ。びっくりしちゃったよ」

「いや。そんな事ないよ! ジゴロくんは本当に凄いんだから!」

「ふふふ。仲がよろしいのね」

 セネカさんとカラスアゲハさんに優しくおだてられ、僕は舞い上がってしまった。ジゴロくんも、とても楽しそうにしていた。ジゴロくんに確かめたい事があったんだけど、どうでもいい気分だ。


 それに、これまで僕は安いエールか果実酒しか飲んだ事がなかったけど、この店の酒は驚く程に美味しかった。芳醇な味と言うか何と言うか、とにかく美味しかった。その上、とても飲み易かったのだ。

 また、美味しいのは酒だけじゃなくて、簡単な料理を何種類か出してもらったんだけど、どれも僕が初めて味わう美味しさだった。僕らが食べる以上に料理が減っていたのは、姿を消したままの毛玉くんがくすねていたのだろう。

 天国にいる様な時間だった。





 

 どうやら、すっかり酔っ払ってしまったらしい。

 カラスアゲハさんに膝枕をしてもらったのを最後に、記憶が途絶えている。

 目を覚ましたのは、見た事のない部屋だ。

 僕の定宿の部屋が、5つぐらい入る程に広い部屋である。

 室内には最低限の家具が置かれていて、どれも派手ではないけど、とてもお金がかかってそうに見えた。

 そんな部屋に置かれた天蓋付きのふかふかのベッドで、僕は眠っていたのである。


 まず思い付いたのは、ここが昨夜の店の2階だか3階だかかも知れないという可能性だ。

 宿屋が一緒になっている居酒屋は、ごく当たり前なのである。そして給仕の女性と話がつけば、部屋に来てくれたりするらしい。残念ながら、ベッドの中にはカラスアゲハさんもセネカさんもいなかったけれど。

 僕はベッドを抜け出すと、テーブルの上に綺麗に畳まれて置かれていた服を身に着け始めた。誰かが僕をこの部屋まで運んでくれただけでなく、服まで脱がせてくれていたのだ。かなり申し訳ない。


 ズボンを履いたところで、ドアが遠慮がちにノックされた。

「・・・はい!」

 返事をすると、静かにドアが開かれて、女の子が1人室内に入って来た。僕より少し年下らしい、でも落ち着いた雰囲気の赤毛の女の子だ。エプロンドレスを着て、水差しとコップの乗ったお盆を手にしている。

「起きておいででしたか? 喉は乾いておりませんか?」

 まだ上半身が裸の僕を見て、一瞬だけ驚いた様だったけど、女の子はすぐに平静を取り戻してみせた。


「あ、もらうよ。ありがとう。・・・それで、ジゴロくんがどこにいるか知ってる?」

「別の部屋にいらっしゃいますよ。すぐにご案内しましょうか?」

「お願いします」

 僕は渡された水を飲み干すと、急いで服を身に着ける。武器に紋様、それにお金もちゃんと揃っていた。服やブーツなど、汚れが落とされている様に見える。さすが高級店の気遣いだ。


 身仕度が整うと、エプロンドレスの女の子に連れられて、部屋を出る。

 片側に鎧窓、もう片側に扉が並んだ人気(ひとけ)のない廊下をしばらく歩くと、女の子は1つの扉の前で足を止めた。

「アグニ様をお連れしました」

 扉をノックした女の子が、来意を告げる。

「お入りなさい」

 それに答えたのは、鈴を転がす様な若い女性の声だ。

 僕の胸に、微かな違和感が湧く。


 部屋の中にいたのは、2人の人間。

 1人はジゴロくん。

 そしてもう1人は、黄金の髪が眩しい美しい女性だ。

 2人ともゆったりとした部屋着姿で高そうなソファに座り、お茶を飲んでいる。女性の膝の上には、なぜか毛玉くん。

「やあ、おはよう、アグニくん。紹介するよ。こちら、この屋敷の持ち主のマリアだ」

「はじめまして、アグニさん。今回はジゴロと組む事を了承していただけたそうで、礼を言いますわ」


 優雅に頭を下げながら、マリア・ルビ・カーン様は華の様に笑うのだった。

 カグラさん、ごめんなさい。僕は、あなたの忠告を無駄にしてしまった様です・・・。

 


 

 

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