深層/真相
翌朝。俺とエイラは森深くにある遺跡――邪教の地下神殿跡へ向かった。
アースドラゴンが地上に出るときに開いた大穴を使い、ロープを使って地下へ降りる。
遺跡に入る前、俺はガントレットを召喚して左腕に装着した。
フルフェイスの全身アーマーは機動力が損なわれる。
狭い地下ダンジョンでの探索クエストには、軽装モードが一番だ。
「お邪魔しま~す…………って、暗いな」
幸いにも奥へと続く通路は瓦礫に埋まっておらず、すぐに見つかった。
だが、天井から差し込む自然光だけでは奥の様子はわからない。
「シズ。ランタンを頼む」
「了解」
エイラに促され、ランタンに火を灯す。
遺跡の通路は、大人二人が肩を並べて歩ける程度の広さがあった。
「壁に描かれている模様に見覚えがある。邪教徒が建てた神殿で間違いないようだ」
エイラは壁面を手探りで調べて、足下を確認しながら慎重に歩みを進める。
罠の探知を得意とする斥候クラス、探求者の本領発揮だ。
そんなエイラは、壁面を調べながら長いため息をついた。
「はぁ~……ワタシもクロと留守番したかったなぁ」
「何をアホなこと抜かしてやがる。専門家が来ないと遺跡の調査ができないだろ」
「はじめてのお留守番だぞ? 美人なエルフと可愛らしい幼女がひとつ屋根の下。何も起きないわけがなく……」
「何も起きねぇから黙って歩け!」
「お養父さんはつれないなぁ」
「誰がお養父さんだ。クロは誰にもやらん!」
俺は小声で怒鳴るという器用な真似を行いながら、エイラを促す。
エイラは突然真面目な表情を浮かべると、俺に問いかけてきた。
「実際どうするつもりだ? クロの記憶が戻ったら親元に返すのか」
「当然だろ。クロは俺の顔を見て『パパ』と呼んだんだ。誰かに育てられた記憶がなければ、大人の男をそうは呼ばない」
俺が育った養護施設には、親の顔を知らずに育った子供もいた。
あいつらは他人を自分の親と勘違いしたりしない。親に愛された記憶がないからだ。
「だから、どこかにクロの両親がいるはずだ。会える場所にいるのなら親元に帰したい。クロにとってそれが一番の幸せだろうから」
「……そうか。おまえの気持ちはよくわかった。もしも預け先に困ったら私に言うといい。花嫁として迎える準備はいつでも整っている」
「んなもん整えるな。ほら、アホなこと言ってる間に着いたぞ」
長い通路の先には、深い闇が広がっていた。
声が反響しない。ランタンの光も闇に飲まれてしまう。かなり広い空間のようだ。
夜目が利くゴブリンなら不自由なく過ごせるのだろうが、人間もエルフも闇の中では足下も覚束ない。
「モンスターの気配はないようだな。シズ、ランタンを高く掲げてくれ」
「何をするつもりだ?」
「奥に燭台が見えた。火蜥蜴に頼んで部屋の明かりを灯してもらう」
「わかった」
俺は頷き、ランタンを胸の高さまで掲げる。
エイラは目を閉じて精神統一を行い、蝋燭に宿る火蜥蜴に呼びかけた。
「炎の精霊、火蜥蜴よ。この場を照し出せ」
エイラの呼びかけに応じて、ランタンの炎が左右に揺らいだ。
数秒のタイムラグの後、前方の燭台に炎が灯る。
すると俺たちの目の前に、複雑な模様が刻まれた石の祭壇が姿を現した。
それと――――
「コイツは…………なんだ?」
俺たちが立っているこの場所は聖堂だったのだろう。
石の祭壇の背後に、巨大な石像が安置されていた。
その姿をひと言で形容するならば、巨大な目玉だった。
球体の正面に一つ目が描かれており、側部には無数の手が生えている。
背中側には、三日月のようなオブジェを背負っていた。
グロテスクな造形だが神々しさも感じられる。
この像はおそらく――
「魔神像だ。古の時代、魔神は巨大な一つ目の化け物の姿で地上に姿を現したそうだ」
俺の予想通りの答えをエイラが口にする。
「どうやらこの祭壇で儀式が行われていたみたいだな。像そのものからはマナは感じられない。ただの置物だろう」
ひと目でただのオブジェだと見抜いたのか、エイラは魔神像を無視して周囲の床を調べ始めた。
「このタイプだと祭壇の裏に……」
エイラはそう答えながら、祭壇の前で身を屈めた。
土台部分に顔を近づけ、出っ張りのようなものを触ると――
「当たりだ」
大きな音を立てて、床の一部がスライドした。
床下に敷き詰められていたのは――
「人の骨……か?」
「獣の骨もあるぞ。これはエルフ……ドワーフもいるな。人、亜人、獣の区別なく、命あるものを冒涜して儀式に使用したんだろう」
エイラは唾棄するように眉をひそめながら、祭壇から数歩離れて全体を俯瞰した。
「ゴブリンの中にシャーマンがいただろう? そいつが儀式を行っていたんだ。床に描かれた儀式陣の内容からして、魔王クラスの強大な存在に呼びかけていたようだ」
祭壇の周りには赤黒いインク……血文字の儀式陣が描かれていた。
内容は暗くてよくわからない。理解もしたくない。
「見てわかる通り、この場所には死が澱みとして溜まっている。魔神は死と破壊、そして過去を司る邪悪な神だ。儀式を行うには、うってつけの場所だな」
「ゴブリンたちは廃棄された邪教の神殿で儀式を行って、強力なモンスターの力をクロの体に宿そうとしてたわけか?」
ダイアナたちの説明によると、魔神を崇拝する邪教徒がこの神殿を建てたらしい。
邪教徒が行っていたのは、魔力を用いて人の身に魔物の力を宿すというもので……。
俺の問いかけにライラはこくりと頷き、ぶつぶつと呟きながら祭壇の周囲を歩き始めた。
「大筋は間違っていないだろう。だが、連中はいったいどんな魔物をクロの身に宿そうとしていたんだ?」
「アースドラゴンじゃないのか? アイツの遺灰からクロが現れただろ? ドラゴンの正体はクロで、儀式は成功したけど制御できずに暴れ出したんじゃないか?」
「状況だけ見ればそうなるな。だが、クロが使った死の魔術が気になる。何か見落としている気がする。そうだ。確か手帳に――」
エイラはその場でピタリと足を止めると、懐から使い込まれた手帳を取り出した。
「その手帳は?」
「古代語の”あんちょこ”だ。母から譲り受けたものでな。1000年以上前に使われていた古代語が書き残されている。そいつと儀式陣の文字を照らし合わせれば……」
エイラは手帳を片手に、改めて儀式陣を調べ始めた。
俺は床の文字が見やすいようにランタンを近づけ、エイラをサポートする。
「これは……!」
手帳をめくるエイラの手が止まる。
「あったぞ。床に刻まれた神聖文字……これは古代の言葉で【死神】を意味する。それとこの禍々しい儀式陣の文様は、まず間違いない」
エイラはそう言うと、祭壇の後ろに設置された邪神の石像を見つめた。
「クロの身に宿っているのは【魔神クロウ・クルワッハ】だ! ヤツら、ここで神降ろしの儀式を行っていたんだ!」
「魔神の召喚だって!? そんなことが可能なのか?」
「神子と儀式用の霊場が揃えば神降ろしは可能だ。神造人間であるシズが、ダイアナに呼ばれたようにな」
「そういえば……」
ダイアナは言っていた。
聖神ベルドのお告げを聞いて、神に近しい力を持った存在を召喚する儀式を大聖堂で行っていたと。
その儀式にスクルドが介入して俺が召喚されたわけだが、本当なら聖神ベルドの御使い――天使が呼び出されていたはずで。
「……っ! シズ」
「……ああ。わかってる」
エイラは小声で俺の名を呼び、自分の唇に人差し指を当てた。
黙れ、というジェスチャーだ。
俺も気配を察知した。俺たちが歩いてきた通路を使い、大広間に誰かがやって来る。
しばらくすると、ペタペタと足音が近づいてきた。
靴も履かずに生足のまま走ってきている。しかも、かなり焦っているようだ。
「はぁはぁはぁ……っ!」
広場に姿を現したのは、ボロボロになった修道服に身を包んだシスターだった。
髪も乱れて顔中泥だらけだが間違いない。村の教会に勤めているシスター・クレアだ。
「シスター!?」
「ああ、ハンターさん! 助けてくださいっ!」
シスターは俺の姿を見つけると、勢いよく抱きついてきた。
「会えてよかった。私、怖くて怖くて……」
「大丈夫ですか!? どうしてこんな場所に……」
訳もわからず、俺はシスターの肩を抱きしめる。
シスターは肩を震わせ、豊満な乳房を押し当ててきた。
「教会の裏でゴブリンの影を見つけて。あとを追いかけたら捕まってしまったんです。でも、隙を突いて何とか逃げ出すことができて……」
「連中は近くにいるんですか?」
「はい。遺跡近くの森に。ゴブリンのリーダーらしき醜悪なモンスターもいて。ソイツに私、わたしは…………っ」
「安心してください。もう大丈夫ですよ。俺たちがあなたを護りますから」
「ああ、ハンターさん……」
シスターは涙で潤んだ瞳で俺の顔を見上げて――




