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嫁さんと娘と市場デート

 クロを我が家に迎えた翌朝。

 遺跡調査の準備を整えるため、俺とダイアナはクロを連れて朝市に出かけた。

 クロは行き交う人の波を目で追いながら、声をあげて驚嘆する。


「ふわわ~っ! パパっ! 見てみて! 人がいっぱい! 今日はお祭りなの?」


「朝はいつもこんなもんだ。村の住人が一斉に動き出す時間帯だからな」


 村の大通りに面した商店街には、近くの畑で採れた土鬼芋(ノムイモ)や野菜、絞めたばかりの鳥肉が並んでいた。

 商店街には食料品以外にも、生活必需品や工芸品、毛織物やハンター用のナイフなども売られていた。

 朝市目当ての旅人や行商人も顔を出しており、村の人口以上の人手で賑わっていた。


「迷子にならないように手を繋ごう」


「うんっ!」


 右手を差し出すと、クロは満面の笑みを浮かべて俺の手を握ってきた。

 子供の小さな指で手を掴まれると、子猫にじゃれつかれてるみたいでくすぐったくなる。


「むっす~。奥さんのここ空いてますけど?」


 俺とクロが仲良く手を繋いで商店街を歩いていると、頬を膨らませたダイアナが空いた方の手を握ってきた。

 それから腕を組んで、ほどよく柔らかな横乳を俺の腕に押しつけてくる。


「奥さん。当たってますよ」


「当ててんのよ」


 ダイアナは得意げな笑みを浮かべ、さらにグイグイとおっぱいを押しつけてきた。


「クロはこういうことできないでしょ」


「むーーー! クロだってできるもん!」


 ダイアナに煽られたクロは頬を焼き餅みたいに膨らませて、俺の手をさらに強く握ってくる。


「パパはあげないもん!」


「それはこっちの台詞よ」


「子供相手に張り合うなよ……」


 右手にクロ、左手にダイアナ。

 両手に花だが、精神年齢が近いこともあって姉妹を連れ歩いてるような気分になる。


「ん……?」


 市場を行き来する人の流れに目を向けると、見知らぬ誰かと目が合った。

 目が合った相手は大きな背嚢はいのうを背負った行商人風の男……? だった。

 灰色のローブを目深に被っており、人相はわからない。

 けれど、爛々と輝く紅い瞳でこちらをじっと見つめてきて――


「…………」


 行商人と目が合ったのは一瞬のことだった。

 相手はすぐに背を向けた。あっという間に、その姿が人混みに紛れてしまう。


「パパっ。アレはなに! 向こうのお店から甘い匂いがする!」


「ん? ああ、あれはレッドベリーの飴煮だな」


 クロに腕を引っ張られて我に返る。

 色気より食い気なのだろう。

 クロは屋台で売られていた果実の飴煮を喰い気味に指差す。

 甘いシロップに漬け込んだベリーの実を、食べやすいように串に刺して売っている。

 日本の屋台で売られているイチゴ飴みたいなものだ。


「飴ちゃん欲しいか?」


「欲しい!」


「よーし! 愛しいクロのためだ。パパ、今日は奮発しちゃうぞ~!」


「わーい!」


 俺は懐を調べて財布を取り出す。

 だが、ダイアナが横から手を伸ばして財布を奪ってしまった。


「はい。没収~」


「なんでだよ!? 昨日のクエストで支度金貰っただろ。少しぐらい贅沢してもいいじゃないか」


「昨日のはすでに使い切ったわ。せっかく準備した荷物も森に置いてきちゃったし」


「あ……。そういやそうだったな」


「今回の調査はギルドに内緒で行うから追加の支度金も貰えない。というわけで、まずは宝石店で魔石を鑑定してもらわないと」


 ダイアナは俺の財布を懐にしまうと脇道を指差した。


 大通りから脇道に入り、裏通りを進むこと数分。

 裏通りのさらに奥まった路地の裏側にその店はあった。

 店先には【ロドウィック宝石店】と書かれた看板がぶら下がっている。

 魔石を買い取ってくれるこの村唯一の宝石商だ。


「すみませーん」


 鈴の音を響かせながらドアを開き、店内へ入る。

 中はこじんまりとしており、取引を行うための接客用カウンターが正面に設置されているだけだ。


「はいは~い。いらっしゃ~い」


 ダイアナが声をかけると、しばらくしてカウンターの裏から角刈りで小太りのおじさんが出てきた。この店の店主、ロドウィックさんだ。

 肌は茶色く日焼けしており、仕立てのいいシルクのチョッキを羽織っていた。

 いかにもな感じでわかりやすい。

 カウンターに現れた店長は俺とダイアナの顔を見ると、両手を組んで()()を作った。


「あらん。シズちゃんとダイアナちゃんじゃないの。それと、そちらの子は……」


「あぅ……」


 店長はオネエ言葉で話しかけてくる。

 得体の知れない相手に怖じ気づいたのか、クロは俺の背後に隠れてしまった。


「安心しろ。店長はすごくいい人だから。ほら、挨拶して」


 俺はそんなクロを背中を押して挨拶を促した。

 クロはおずおずと一歩前に出て、ぺこりとお辞儀した。


「クロ、です……」


「まあまあ! きちんと挨拶ができて偉いわ。そうだ。飴ちゃんあげましょうか」


「ほしい!」


「ふふっ。素直でいい子ね。気に入ったわ」


 店長は笑顔を浮かべながら、クロにベリーの飴煮を手渡した。

 クロは飴を素直に受け取り、さっそく舌を出してペロペロと舐め始める。

 クロはすっかり飴の虜だ。しばらく大人しくしてるだろう。


「それで今日はどのようなご用なのかしら、英雄さん?」


「英雄?」


「槍使いの子が酒場で自慢しているのを聞いたわ。あのアースドラゴンを倒したんですってね」


「だからアレはラッキーパンチというか。相手が穴にハマって自滅したというか」


 俺は元勇者だ。魔王を倒したことで魔王軍に恨みを買っており、命を狙われている。

 村への被害を鑑みてやむを得ずアースドラゴンを倒したが、できればあまり噂を広めてほしくない。

 けれど、店長はこちらの事情なんて知らない。

 まるで吟遊詩人が英雄譚を謳うように、俺の活躍を口にする。


「『眠れる竜を目覚めさせることなかれ。禁忌を犯せば大いなる災いが訪れるだろう』。 そういう言い伝えがこの村には残っているわ。その災いを鎮めちゃったんですもの。シズちゃんの名前が後世に残っちゃうかもよん?」


 災い云々はギルドのお姉さんやヨシュアくんも言っていた、竜の巣の言い伝えのことだろう。

 ただの御伽噺おとぎばなしだという話だったが、実際にアースドラゴンが眠っていたわけだ。


「禁忌……か」


 何か気になることがあるのだろう。ダイアナは店長に話しかけた。


「村の言い伝えについて他に何か知らない?」


「そうねぇ。嘘か本当かはわからないけど、炭坑が閉鎖されたのは聖神せいしん教会の圧力だったらしいわよ」


「どうして教会が? 崩落の危険があるから閉鎖されたんじゃないのか?」


 俺の問いかけに店長は「さあ」と肩をすくめる。


「詳しいことはわからないわ。ウチの爺さまがお酒の席で口を滑らせた程度の話だし」


「閉鎖された炭坑、竜の巣の言い伝え、それに教会……ね」


 店長の話を聞いたダイアナは顎を手で触りながらブツブツと呟き、思考モードに入った。

 こうなるとダイアナは周りが目に入らない。俺はダイアナの肩を叩いた。


「考察はあとだ。今は……」


「そうね。目ん玉かっぽじって、よく見なさい。これが噂のアースドラゴンから採取した特大の魔石よ!」


 ダイアナは琥珀色の魔石を取り出して、鼻息荒くカウンターの上に置いた。

 これには数々の魔石を鑑定してきた店長も大きく目を見開く。


「まあ! なんて大きな魔石! どれどれ……ふむふむ……へぇ……これは…………」


 店長は手袋を取り出して魔石に触れたあと、天窓にかざして石の中を覗き込んだ。

 しばらくして鑑定が終わると、今度は数珠玉を利用した携帯計算機を取り出した。

 パチパチと小気味良い音を鳴らして、査定額を弾き出す。


「こんなん出ましたけど」


「ひぃ、ふぅ、みぃ……」


 ダイアナがカウンターに身を乗り出して、数珠を指折り数える。

 すると、その目がカッと見開いた。


「たったの金貨5枚!? 相場より低いじゃない。いくらウチの家計がデュラハンだからって、足下見てると燃やすわよ?」


「ひえぇ! 大事なお店なの。燃やさないでっ!」


 店長はキモ可愛い悲鳴をあげ、慌てたようにカウンターの下から羊皮紙を取り出した。

 『家計がデュラハン』とは、こちらの世界の格言だ。

 デュラハンとは首なしの騎馬兵のことで、デュラハンを見た者は呪われて非業の死を迎えるという。

 家計がピンチで危なくて首が回らなくなる=デュラハンに呪われるぞ、という比喩表現だ。


「金貨5枚は当座のお金なの。残りは王都にある本店で受け取ってちょうだい。こんな高価な魔石、ウチじゃ買い取れないわ」


「王都の本店……宝石商ギルドの元締めだっけ?」


 俺は羊皮紙を受け取りながら、顎を撫でて店主に尋ねる。

 羊皮紙には店主のサインと共に、買い取りに関する細々とした契約が書かれていた。


「その契約書を王都の本店で見せれば、残額を受け取れるわ。ウチは信頼と実績の宝石商ギルド加盟店よ。騙したりしないから安心して」


 店長は微笑みながら、羊皮紙の押されている割り判を指さす。

 宝石商ギルドがシンボルとして採用している、金精霊(グレムリン)の意匠がデザインされた判子だ。

 神や精霊の力が強いティアラ・ノーグにおいて、神への宣誓や精霊との契約は言葉以上の効力を持つ。

 時には運命さえも決定づける大事な誓い(ゲッシュ)だ。信じていいだろう。

 店長はサインが終わった書面に目を通して確認したあと、丸めた羊皮紙と金貨の詰まった布袋をダイアナに手渡した。


「これで契約は完了よん。それじゃあ、はいこれ。金貨3枚と銀貨20枚」


「あら? 両替もしてくれて袋までくれるなんて、サービスいいわね。悪く言ってごめんなさい」


「いいのよん。村の英雄さまに敬意を表して。今後ともご贔屓に」


 店長はそう言ってウインクを浮かべると、笑顔で俺たちを見送ってくれた。


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