第67話 もうひとつの石①
「おじさま……!?何をなさるの?」
なんて、「裏切られた」みたいな可哀想な感じに狼狽えてみせれば「ゴメンゴメン!間違えちゃった(何を?)」とか言って〈魔術〉を解いてくれないだろうか……そんな期待も空しく、ザイフリート宮中伯は笑みを深めるばかりだし、わたくしの足は磁石でくっついた様に地面から動かない。
これは恐らく「影縫い」。
名前からの〈闇〉アピールは凄いが〈光〉の〈魔術〉だ。
予め「隠匿」の〈魔術〉を施していたのだろう。術式に気付く事が出来なかった……やられた。
馬車への距離を考えると、カルラが戻って来るまでにはまだ暫く時間がかかるだろう。こんな事になるのなら一緒に行くべきだったわ。
ザイフリート宮中伯は聖霊祭の執行やクラウス様の暗殺で忙しいと思っていたのに、更にわたくしまで狙って来るなんて。何て欲張りな男なの。
「まさか……先刻の男も貴方が?」
「おや、もう『おじさま』とは呼んでくれないのかな?」
整った顎髭を撫でながら態とらしく肩を竦めるザイフリート宮中伯を、わたくしはキッと睨め上げる。
「巫山戯ないで!残念ですけれど失敗ですわね。あの男なら捕らえたわよ」
「彼からは何も出ないよ」
あら?シラを切り通すのかと思えば、随分とあっさり認めるのね。
しかしザイフリート宮中伯の言う通り、縦ロールが踊り倒したあの男が彼の差し金で動いていたのなら、男からザイフリート宮中伯まで辿り着くのはまず無理だろう。
―――彼の前妻、シャウエルテ伯爵の死には不審な点が多く、ザイフリートに疑念を抱いた宰相閣下が彼の身辺を秘密裏に探る為に命を下したのが、わたくしのお父様であるアルヴァハイム侯爵。
お父様は調査を進める内に、シャウエルテ伯爵に姦通の事実などなく、全てはザイフリートによって仕組まれていたと確信した。
一方、疑いをかけられている事に勘付いたザイフリートは、探りを入れる為に、大胆にも直接アルヴァハイム家に乗り込んで来た。表向きはあくまでお父様の『友人』として。
それが何度も続いたので、貴族の中にはお父様とザイフリートが旧知の友であると思っている者も多いが、実際にはお互い腹の探り合いの日々であった。
お父様曰く、アロイジウス・フォン・ザイフリートという男は己の詭謀の痕跡を徹底して残さない。
物腰は柔らかいが、決して相手に心を許さない。そうでありながら他人の心の間隙を突くのが非常に巧く、するりと懐に入り込む。
人を使う際には自分の正体は明かさないし、明かさざるを得ない時には相手が絶対に逆らえない"弱味"を握る。
お父様の調査はザイフリートまで後一歩の所まで迫りながらも、決定的な証拠へと至る事はついぞ叶わなかったのだ―――
「それに標的は君ではないよ、エリザベータ嬢」
「……狙いはフィーだったのね。『アルヴァハイム侯爵家の二女』をご覧になって、さぞ驚いたでしょう」
フィーを我が家に迎え入れてから、お父様はザイフリート宮中伯の訪問を断り続けていた。
今日初めてフィーを見たこの男が僅かに目を瞠ったのを、わたくしは見逃していない。
「まさか、妹が生きていたとはね」
「ならず者を雇ってフィーを探していたのも貴方ね。妹を人質に、テオバルトを支配するつもりだったのでしょう」
「……アルヴァハイム侯爵閣下が"銀の悪魔"の事まで突き止めているとは思わなかった」
「"銀の……え、何?」
銀の……"銀の悪魔"って言った?
何かしら、それは。テオバルトの、コードネーム的なアレかしら。銀髪だから?
"銀の悪魔"といい"首刈りカルラ"といい、「暗部」のネーミングセンスには疑問を感じざるを得ないわ。
「ぎ、"銀の悪魔"か何か知りませんけれど、『妹を助けたくば』とか何とか脅して、テオバルトに〈隷属〉の契約をさせたのね、そうなのでしょう!」
ザイフリート宮中伯はわたくしの言葉にふっと微笑んだ。場違いとも思える優し気な表情だ。
「まるで見てきた様に言うね。〈隷属〉―――『石』の事まで知られているとは。恐れ入ったよ………あの者は長く「暗部」で過ごした所為か世間というものを知らない。妹の姿も確認せず私の言葉を信じるとは、愚かだね。私としては好都合だったが」
長く「暗部」に居た方が疑り深くなりそうなものだが、そういうものなのだろうか。単にテオバルトがうっかりさんだっただけではないのだろうか。わたくしに「暗部」の実情は良く分からない。
『エバラバ』では、ザイフリート宮中伯はフィーを捕らえてテオバルトを脅し、最終的にテオバルトはフィーの解放と引き換えに『従者の石』を受け入れる。
結局、その約束が守られる事はないのだが………。
現実では、ザイフリート宮中伯はフィーを手中に収める事には失敗したものの、テオバルトに『従者の石』を受け入れさせるまでの流れは『エバラバ』とさして変わらない様に思えた。
ザイフリートは誰も信用しない。
だからこそ、直接の命を受けているであろうテオバルトの存在は彼に対する強力な武器になる。
そして、他人を決して信用しないこの男が『主君の石』を他人に任す事はあり得ない。クラウス様の暗殺を目論む今日、今、確実に、ザイフリート本人が持っている筈だ。
確信と同時に、わたくしは違和感も覚えていた。
そこまで用心深いこの男が、こうも簡単に内情を話すものだろうか?それも政敵であるアルヴァハイム侯爵家令嬢の、このわたくしに?
これって………
これって所謂「冥土の土産」というやつなのでは!?
「ちょちょちょ待ちょ、ちょっと待って!!まさか何か物騒な事を考えていらっしゃっていません!?」
「物騒な事?」
「わわわた、わたくしを殺した所で、何の得にもなりませんわよ!」
足を固定されたまま慌てふためくわたくしの様子を、ザイフリート宮中伯は面白そうに眺めている。
非常にムカつく。
『エバラバ』でエリザベータはクラウス様ルートにしか現れないが、そのクラウス様ルートでも、途中からぱったりと姿を消す。
……まさかその理由が「ザイフリートに殺されたから」だとでも言うの!?冗談じゃあないわよ!!
「『殺す』?……まさか、そんな勿体ない事はしないさ」
さも可笑しそうに笑うザイフリート宮中伯の手には、石がひとつ握られていた。
今朝の今朝まで魔石の研究書を読み込んでいたわたくしには見覚えのある石。
『主君の石』ではない。あれは―――
「『従者の石』……!?」




