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第53話 クラウス王太子の不満

サワサワと風にそよぐ銀杏(イチョウ)の若葉たち。


うららかな春陽の下、寄り添い合うふたり。

クラウス様はわたくしの腰に手を回し、わたくしはクラウス様の腕に自分の腕を絡める。

こんなの、どこからどう見ても恋人同士じゃない?

やだー、うふふ。


……はっ!

いけないわ。つい現実逃避してしまっていた。


我に返ったわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムであったが、我に返ったからといって、思考回路がショート寸前の頭にはこの局面を打開する策は一向に浮かんで来ない。


そもそも、こんな風にクラウス様と密着している時点でわたくしにとっては緊急事態なのだ。


密着―――クラウス様が公務等で社交の場に立つ際にパートナーを務める事は、婚約者としての責務の一環。

わたくしをエスコートするクラウス様とは腕を組むし、例えばそれが舞踏会などであれば一緒にダンスで手は握るわ腰は抱かれるわ。当然である。触れ合わずにダンスなど難易度が高いにも程がある。


でも今の状態はそれとは全然違うの!

ダンスで手を握り合う時には常にお互い手袋越しだし、エスコートで腕を組む時だってこんなに密着しないの!


密着している所為(せい)で、爽やかなシトラスの様なクラウス様の香りまでもが間近に感じられて落ち着かない。

何なのよ。ドキドキしちゃうじゃない。クラウス様ってばどうして殿方の癖にいい匂いがするのよ。いいのに別に、汗臭くたって。それはそれで、ドキドキしちゃうとは思うのだけれど。


『エバラバ』では当て馬的キャラとして登場するわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、灰汁(あく)の強い性格をカバーするだけの地位と美貌を持っている。

そうでありながらも何故か、ひょっとしたら強すぎる灰汁(あく)をカバーしきれなかったのかもしれないが何故か、最終的には選ばれない。悲しいかな、当て馬キャラとはそういうものだ。

体型だって女性にしては上背がある方なので可愛げはないのかもしれないが、スラッとしつつも出ている所は出ているし(くび)れている所は(くび)れているので、自慢じゃあないけれどプロポーションには自信がある。

その出ている所をあたかもクラウス様の二の腕に押し付けるかの如く腕を絡ませるわたくし。如くというか完全に押し付けている。


何ですか、はしたない!

これは由々しき事態だわ。所謂(いわゆる)ひとつの「当ててんのよ」状態じゃあないの。何なの、どうしてこんな事になってしまっているの!?

あ、自分からやったのでしたわね。


しかし、クラウス様も男。そうである以上、今の状況に対して何かしら思う所はないのだろうか。

…その、ほら、「ラッキー!」とか。「女性の胸が腕に当たって喜ばない男性はいない」と、以前ギルバートが言っていましたけれども。


どうです?クラウス様。わたくし自慢じゃあないけれど自信はあるのですが、その辺どうでしょうか、クラウス様。

あ、駄目だわ。この完全なるポーカーフェイス。わたくしの美ボディに表情ひとつ変えないクラウス様、凄い。流石ですわ。ギルバート、覚えていらっしゃい。


耐えきれなくなったわたくしが、再び何事もなかったかの様にコッソリと離れてみようと試みるも、腰に回された手がそれを許さない。


ダンスで腰を抱かれる事はあれど、そうした状況下では常にコルセットを着用している訳で、割と厚みのあるコルセット越しでは荷重を支えられている事は感じられても手の感触なんてよく分からない。

しかし今現在わたくしが着用しているのは学院の制服であり、その下にコルセットなど存在しない。普通の下着のみだ。

普段と違ってクラウス様の手の温度までもがジワジワと伝わって来るのが何だかゾワゾワするというかムズムズするというか、タジタジでマゴマゴしてしまうわたくしなのであった。


悪役令嬢としての使命感が恥を凌駕していた先程までの勢いは再三に渡る不測の事態によって完全に殺されてしまい、後に残されたのは唯々(ただただ)恥ずかしさばかり。

何故「当ててんのよ」してる側がこうも恥じらう羽目になるのか。不甲斐ない。悪役令嬢として不甲斐なし。


「先程のは何のつもりだ」


恥ずかしさと不甲斐なさで身動きの取れないわたくし。

先に口を開いたのはクラウス様の方だった。


「さ、先程の……?」


見上げれば、()ぐ目の前にクラウス様の顔。

ち、近いです。格好いい、間違えた、先程。先程わたくし何かしましたっけ?


表情は変わらないままだが、クラウス様の声音は若干の不機嫌を孕んでいる。

瞳の色は藍色のままだが怒っているのかもしれない。先刻(さっき)クラウス様の瞳が白ばんでいたのは見間違いではなかったのね。見間違いなら良かったのに。

じゃあやっぱり、わたくしがこうしてくっ付いた事に対して怒っているという事?瞳の色が変わる程?分かってはいたけれど、それはそれでショックだわ……。


でも、それならどうして手を離してくれないのかしら。


……はっ!

これは、拘束?腰を抱かれていると見せかけて、わたくしは今拘束されている……!?


何て事。

わたくしが、このわたくしが、離れられないが為に合法的にクラウス様の整ったお顔や香りを堪能出来るご褒美状態に目が眩み、拘束されている事に気付けないなんて。

クッ……やりますわね、クラウス様。


「申し訳ございません、この様に馴れ馴れしく……」


それはそれとして、怒られるのは怖いので早々に謝っておく。


「違う。呼び名だ」


………え?


何を言われているのか分からないわたくしは、きょとんとしたままクラウス様の整ったお顔を見上げていた。


「いつからリーゼは俺の呼び方を改めた」


呼び名?呼び方?


「……もしかして、『殿下』と呼んだ事でしょうか?」

「そうだ」


普段クラウス様の事は「クラウス様」と呼ぶわたくしだが、確かに先程は「クラウス殿下」と呼んだ。

『エバラバ』のエリザベータの台詞(セリフ)を忠実に再現した訳だが―――わたくしなりの(こだわ)りがありますのでね―――クラウス様は気付いていたらしい。こんな些細な変化に気付くとは。流石ですわ、クラウス様。


「お気に召しませんでした?」

「二度と呼ぶな」

「そんなに!?」


もしかして、怒っていたのはそれが理由!?

「二度と呼ぶな」とは言いますけれど、クラウス様との婚約を解消した後の事を考えると、いつまでも王太子殿下を「殿下」の敬称なしに呼ぶのは不敬にあたらないのかしら。本人の許しが出たのだから、良いのかしら。


「クラウス様………?」

「それでいい」


クラウス様は確認する様にわたくしの瞳を見つめてから、(ようや)く腰に回した手を離してくれた。やっぱり拘束だったのだわ。

それにしても、クラウス様の怒りポイントが良く分からない。

普通は「殿下」と呼ぶものなのに。皆そう呼んでいるわよね?それはそうよね。だって殿下だもの。


「それで?リーゼの話というのは何だ?」

「え?話ですか?」

「『話がある』と言っていただろう」


あっ。そうでした。わたくしが言い出したのでしたね。

話…か……。正直こんな事になるとは思ってもみなかったので、そこまで考えていなかったわ。





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