第28話 ミュラー伯爵令息の訪問
クラウス様との婚約を機に、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、領地を離れ王都にあるアルヴァハイム侯爵家別邸へと住まいを移した。
もとよりアルヴァハイム侯爵家は一年の半分を王都で暮らす生活をしていたので、冬季休暇に合わせてこちらにやって来た家族とは夏頃までここで一緒に過ごす事になる。
その別邸の客間の一角、庭園を望む露台窓のほど近くに用意された長椅子に腰掛け、わたくしは向かいの長椅子に同じ様に腰掛け腹を抱えて爆笑するギルバート・フォン・ミュラーを虚無の表情で見つめていた。
「侯爵令嬢が『喧嘩で停学』って!乙女ゲームの世界観じゃねーだろ!」
クラウス様が笑った時はあんなに嬉しかったのに、この男が笑っても全然嬉しくないのは何故だろうか。
きっと、完全にバカにした表情で人を指差して笑っているからだ。
「あー腹いてえ。エリィちゃん、乙女ゲームじゃなくて不良漫画の世界に転生した方が良かったんじゃない?」
赤褐色の瞳を涙で滲ませ巫山戯た事を抜かす。
うーん。殴りたい、この笑顔。
「……ギル、貴方。お見舞いに来たの、おちょくりに来たの、どっちなの?」
学院帰りに「お見舞い」と称して我が家を訪れた為、ギルバートは制服姿。
「んーどっちだろ?」と茶化す様に言ってから、脇卓子に置かれたカップを手に取り、カルラ特製のアップルジンジャーティーを一口飲んだ。
「お見舞いが必要なのはパウリーネ嬢の方かもな。エリィの〈魔術〉で火ダルマにされて全身大火傷だって学院中の噂だぜ?」
「なっ…!何ですって!?」
たった一週間かそこらで、噂にオナガザメ並の尾ひれが付いちゃってるじゃないの!?
「そんな怪我なんてさせていないわよ!そりゃあ火傷のひとつはしたかもしれないけれど……ちょ、ちょっとよ!ほんの少しだけ!」
「分かってるって。おおかたの話はロジーネ嬢から聞いたからさ」
慌てて弁明するわたくしの様子を見て、ギルバートがまた笑った。
「エリィは見た目で損してるよな」
「そうなのよ!」
乙女ゲーム『evergreen lovers』通称『エバラバ』の世界に生まれ変わったわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、『エバラバ』の悪役令嬢エリザベータ同様の悪役顔。
攻略対象であるイドニア王国王太子クラウス様の婚約者で、主人公アリスに対する当て馬という立ち位置ゆえに、自分で言うのもなんだが容姿は整っている。
「クラウス殿下の婚約者のエリザベータ様は侯爵令嬢でとても美しい方。私なんて相手にされる訳ないよね……」とアリスが落ち込んだり、ふたりの恋愛にスパイスを与える謂わば舞台装置の様なものだ。
そんでまたいいタイミングでクラウス様のフォローが入るのよ。惚れるわあんなん。
そして、柔和な雰囲気を持つ主人公とは対照的な、一目で「あっ!こいつは意地悪そうだぞ!」と思わせるキツそうなこの見た目は、実生活にも影響を及ぼしていた。
つり上がった目と眉は只ぼんやりとしているだけで「睨まないで下さい!」と恐れられるし、髪も瞳も紅色という好戦的な配色と父親譲りの威圧感で小鳥は逃げるし子供は泣く。
「侯爵令嬢」という権力につられて近づいて来る人間もいるが基本的には「怖そう」と敬遠され、更には人生の大半を、アリスをクラウス様ルートに導く為の裏工作や、自分の王妃教育、〈魔術〉の修行、その他諸々に費やして来たので友人も少ない。
そういえば縦ロールの家に行った時にお兄様が大きな声で「友達がいない」って散々言いふらしてくれたわね。
あれやめて欲しいわ。
今回だってそうだ。
〈魔術〉の授業でアリスの教本が燃やされてからゲゼル子爵令嬢が捕らえられるまで、生徒達の間では様々な憶測が飛び交った。
発現したのがアリスには適性のない〈火〉の〈魔術〉だった事から、「嫉妬に狂ったエリザベータ嬢が、クラウス殿下から目をかけられているアリスを排除しようとした」「エリザベータ嬢がロジーネ嬢に命じて攻撃させた」等々、「実はアドルフ伯爵orウィルフリードが黒幕」説や「アリスの自作自演」説を抑え、噂のその殆どがわたくし犯人説だった。
「真っ先に疑われる」……ウィルフリードの言った通りになってしまったわね。
まったく……悪役令嬢もラクじゃないわ。
「まーエリィの行動が拍車をかけてる部分もあると思うけどな。魔石ばら撒いて〈魔術〉連発したんだろ?よくそんだけ魔石を集めたもんだよ」
「出来る事ならばこの様な事は年に一度程度にして頂きたく存じます。石を大量に持ち運ぶのは骨が折れますので」
ギルバートの言葉に、わたくしの後ろに控えるカルラからも声が上がった。
ぐぬぬ。カルラだってノリノリで協力してくれていたじゃない。
因みにあの時使った魔石はわたくしとカルラでせっせと拾い集めて持ち帰って来た。
普段は「魔力不感知」の〈魔術〉を施した布で覆った状態でしまってあるので〈魔術〉が暴発する事はない。
「カルラちゃんの淹れてくれた紅茶は美味しいね!カルラちゃんもこっち来て座って一緒にお茶しよーよ」
「わたくしめはこちらで結構でございます。どうぞお構いなく」
ギルバートが自分の座る長椅子の隣をポンポンと叩いて軽い調子で誘うが、カルラはにべもなく断る。
そんな風に話をしていると、客間の入り口の扉が開き、まだ少し幼さの残る、小鳥の様な声が部屋に響いた。
「リーゼ姉様!」




