第36話:あるいは英雄譚という名の主人公劇
暁はビルの屋上から地上の戦場を眺めている。
今街では過去数度しか発生した事のない【世界終焉シナリオ】級の事件が起きている。
そこでは沢山の【主人公】たちが魔物の群勢と戦っていた。
この戦場では【聖なる鎖】の【主人公】であるかどうかは関係ない。戦える者は皆世界の為に戦っている。
その中には【平和の鷹】の【主人公】の姿もあった。
しかし彼らと【聖なる鎖】とでは世界の為という意味合いが根本から異なる。
この世界の女神――ネイコスは争いを望み、【平和の鷹】はその願いを叶える為の火種の徒。
この惨状は寧ろ望んで招いた光景だった。――と、
『予想以上の惨状に驚いていますか?』
突然ネイコスの声が聞こえる。
しかしここには暁の姿しかない。
これは彼女による念話だ。
『多少はな』
その言葉に暁は脳内の呟きで応える。
『今、地上では沢山の罪無き人々が死んでいます』
『ああ、見えてるよ』
そう返す暁の視線の先では連続した爆発が起こる。
理由は空から飛来するある物。
先程まで七色だった空は一変し、今は一面の紅蓮色と化している。
その空を裂いて現れたのは無数の岩石。
それらが箒雲を引きつつ地上へと降り注いだ。
岩石はひとつひとつが車両程の大きさはあり、さしずめ隕石。直撃を受けた車が炎上し宙を舞う。
まるで映画の終末映像の様な光景が目の前で展開されていた。
この隕石を打ち壊す事が可能な【主人公】は沢山いるだろう。だが数が数だ。抑え切れず地上を包む業火に火だるまになる人々が何人も見えた。
『見るに堪えませんねぇ……』
『それにしては楽しそうじゃないか』
暁の指摘に彼女はほくそ笑む。
それは万人がそう感じたであろう程、彼女の声音が幸福に満ちていたが為。
『ぇぇ、そうですよ。わかります?』
だが彼女はその指摘に何の恥じらいもなく肯定で返す。
『ですがそれも仕方のない事。だって私は争いその物なのですから』
『…………そうだったな』
暁は彼女と初めて遭った夜に彼女の本質を理解していた。
彼女はこの世界の最古の神秘にして母。
一度はこの世界より失われた奇跡や神秘が再びこの世に栄えたのも彼女が居たからこそ。
彼女が異世界に行ったモノ達を再び呼び戻そうと思わなければ、魔法や超能力、妖怪に精霊の類は未だ二次元の産物でしなかっただろう。
暁はあの日、彼女の力でこの世界の在り様を俯瞰した。
この世界が憎悪と争いによって包まれている姿を。
そして知った。平和の為に戦う行為がどれ程無意味な事かを。
そして思い出される悪と戦う役目を奪われる事の苦しみ……。
暁は全て受け入れた上で決断し、【平和の鷹】の一片となった。
そして先日の【主人公劇】により今回の事件は善と悪のバランスが取れている。
自分達が介入できる戦場がそこにあった。
『礼を言うよネイコス。これこそ俺たちの存在理由だ』
『喜んでいただけて何よりです』
暁が見つめる先では未だ空から降りしきる岩石が地上を蹂躙している。
おそらく魔法を行使出来る魔物の類の仕業だろう。
こういう輩の捜索と退治は千冬などの魔道に通ずる者に任せるのがいいのだが彼女は一体何処に居るのだろうか?
――と、その時、今まで降り続けていた岩石の雨が急に止む。
「…………ほぅ」
それに対する驚きはなかった。
理由は直ぐにわかったから。
『はいは――い、お二人さん。仲睦まじいとこ失礼しま〜す』
――村神千冬。
彼女が暁とネイコスの念話に割り込んでくる。
『別にそんな事は……』
『はいはい、べつにィいですよ~~』
彼女は少し不貞腐れたように呟く。
暁は取り繕う様に話題を振った。
『雨がやんだのは君のお陰だよな?』
『そうだよ♪』
念話越しにでも彼女が猫の様に微笑んだろう姿が想像できた。
『さっきゴミ箱の中で呪文を唱えてたゴブリンが居たから氷漬けにしちゃった』
『そうか。よくやった。どう手を打とうか今考えていたところだったんだ。助かったよ』
何気ない一言だった。
『ぇ? うそ!? やった♪ 褒められちゃった!』
彼女は予想以上に上機嫌になる。
『じゃあさ、じゃあこの作戦が終わったら~。何かご褒美ちょうだい?』
ん? ご褒美? 暁は一瞬言葉に詰まった。
暁はそこら辺のモンスターを狩るなんかよりもよっぽど頭を使う。
千冬は自分の誕生日にUFO型のベッドを欲しがる様な子だ。
少し変わったカワイイものが好きなのだろう。
一体何をあげれば喜ぶのか? う〜ん、昔流行った【すしあざらし】……とか? と――
『あなただって随分と楽そうに見えますよ?』
ネイコスの艶かしい声が脳内で響く。
自身の心情を捉えた言葉だった。だが不快には思わない。
『ああ、そうだよ』
暁もそれを肯定する。
そもそも暁は最初から楽しんでいた。
これこそ、俺たちの望んだ世界なのだから。
『ところで暁君も早くこっちにおいでよー。早くしないと私と玲君でみんなやっつけちゃうんだから』
『そりゃ困るな』
千冬はともかく、玲なら三日あればこの事態も一人で解決出来てしまえそうだ。
まあその頃にはこの街は壊滅しているだろうが。
『じゃ、待ってるね♪』
そう言って千冬の声が遠ざかる。
『そういう事だ。ネイコス、君ももう俺には話しかけないでくれ』
『そうですか。それでは楽しんできてください……』
そしてネイコスも念話を終える。
暁はサーベルと拳銃を引き抜いた。
血が疼き、身が滾る。これから暁は全力でこの戦場を駆けるつもりだ。
そんな暁の背後に忍び寄る数匹の蜘蛛。
蜘蛛は音も無く暁に襲い掛かるが、暁はそれを視線さえよこすことなくサーベルで切り刻む。
「雑魚め」
こんな小物、数時間前に葬った神崎葉佩を相手取るよりも容易い。
こんな事で数年に渡り培われた己の飢えは癒せない。
「さて、少しは骨のある奴でも探しに行くか……」
そして暁は戦場へと身を投じようとした。
だがその時、彼はある気配を察して空を見る。そして――
「――――っな!!?」
白銀に輝く、人狼を見た。
突如天空より打ち下ろされる閃光の一線。
それによってビルは倒壊。
突然爆発が起きた――暁以外の者にはそう見えただろう。
だが現実は違う。
周囲に崩れたビルのコンクリート片が波紋の様に広がっていく。
車、街灯、死体は次々と飲み込まれた。
そしてその光景を俯瞰する二つの影。
「おいおい、こりゃどういう筋書きだ?」
ひとつは暁。そしてもうひとつは――
「悪いな暁。お前の【主人公劇】の前に、もう一戦付き合ってもらうぞ」
復活を遂げた神崎葉佩。
「【主人公劇】? そいつは違うなァ。これは――俺の【英雄譚】だよ」
両者は――こうして再び相見えた。




