第32話:戦場を駆けるミントグリーンのヘチマ
「づうぉおお――――っ!」
晴彦は奇形蟲の放つ毒針を後転で回避。
そして手を着いた制御機材を持ち上げ遮蔽物に使用するとそのまま放り投げた。
晴彦はこの部屋で葉佩復活の為に必要な機材とそうでない機材の区別が既に出来ている。
彼は不要な機材を盾や武器にしながら蟲達と戦っていた。
――と、視界の隅で輝いていた球体の活動が止まる。
先程から続いていた派手な振動も止まり、球体は元の赤黒い色彩に戻っていた。
葉佩の復活は成功したのか?
球体は未だ無音のまま、スマホも先の攻撃で破壊され、ミアとの交信も出来ない。
だが晴彦にとって、するべき行動は変わらない。
持てる戦力の全てを駆使して蟲共をぶちのめすだけだ!
晴彦の投げた機材が蟲に直撃する。
その表面には貼り付けた【俺の蟲コナーズ】が……。
「頭ボォォンッ!」
直後、爆発と共に機材の破片が周囲に飛び散り蟲達を襲う。
と、爆発を逃れた一匹の奇形蟲が晴彦に襲い掛かる。その大鎌を振り上げた。
これを晴彦は側転で回避しようとして――
「へへっ」
晴彦はその光景を見て不敵に笑う。
瞬間、その蟲の頭部が切断されたのだ。
理由はヘチマアザラシが、素早い動作で口に咥える包丁によって蟲の首を刈り取ったから。
チマアザラシはおそらく直線距離なら百メートルを十秒台で駆け抜けられるのではないかと思える程の素早さを発揮し、激しく体を上下運動させる歩法で、机の間やその下を潜り抜け、時には机を踏み台にしつつ身を捻り、蟲共に切り掛かる。
「やっぱりお前を連れてきて正解だったぜ!」
叫んで、更に侵入してきた十匹の奇形蟲の姿を捉える。
その奇形蟲が此方に迫ってきた。
その十匹に狙いを定め――
十匹を――殺す。
手にした光線銃の早打ちが標的の頭部を一瞬でこの世から消し去った。
しかし敵の侵入経路は出入り口だけではない。
通気口からも新たに五体の奇形蟲が侵入する。
それに対し床を駆けるヘチマアザラシが口からペリエを撒き散らし、床を濡らす。
同時に振り下ろしたスタンロッドが紫電を生み、室内は銀光に包まれた。
「ははは、手際がいいじゃねーか。アザラシ」
「ヘチマきゅぴ!」
そして電撃を受けて動けなくなった五匹の奇形蟲の脇を、晴彦は連なる機材を踏み台に三角跳びですり抜ける。
手にした日本刀が折れるのと蟲達の首が落ちるのは同時だった。
「――っ、おらッ!」
そして折れた刀を投擲。
それは器材の陰に隠れ、此方の隙を伺っていた蟲の咥内を見事に貫いて壁面に縫い付けた。
「くそっ。もう【これ】しか武器がねぇぞ! どうしたら……」
咄嗟に溢れた言葉。だがそれは迂闊な発言だった。
「浅はかじゃのう」
「!」
突如身を襲う衝撃と共に冷たい床の感触が頬に触れる。
「!!?」
視界が霜のかかった様にぼやけた。
攻撃を受けたのだと理解したのは俯せに倒れた自身の背中に敵の重みを感じてからだ。
「てめっ……今まで何処にも居ないと思ったら……」
黒木翼が晴彦の背中の上に足を組んで座っていた。
彼女の格好は水を吸い、更に先の戦いでボロボロになった和ゴス。
特にスタンロッドの一撃を受けた腹部は布が弾け、臍と括れが露わになっていた。
彼女は気付かぬ内に実験エリアに侵入し、晴彦が消耗して武器もなくなるのを待っていたのだ。
「パパさん!」
状況を察したヘチマアザラシが床を飛び跳ね接近。
だが、翼はそれを許さない。
「動くでない」
翼は先ほど晴彦が投擲した折れた日本刀手に持ち、それを彼の首筋に突き着ける。
「!」
それでヘチマアザラシの体は動けなくなってしまった。
翼までの距離は約五メートル。ヘチマアザラシの移動速度をもってしてもこの距離を翼より早く詰めるのは不可能だ。
ヘチマアザラシの目が皿の様に見開かれる。
だがこの時、ヘチマアザラシが見ていたのは晴彦でも翼の顔でもなく、翼が組む脚の付け根……。何故ならそこは……。
「こ、この人、は、履いてないきゅぴぃ…………」
「何ぃ!!?」
「~~~~っ」
途端翼は鉄扇を投擲。ヘチマアザラシの額に直撃する。
「いっ痛ゥ」
「お前、痴女か?」
「違う! これは破けてしまったのだ」
翼は晴彦の後頭部を殴りつけ、自分の臍を押さえる。
――が、この行為こそ、晴彦が狙って起こさせた逆転への最後の布石だった。
この瞬間、翼の意識と武器の切っ先が晴彦からそれた。
同時にヘチマアザラシの目の色が変わる。
やれえッ! ヘチマァァァァッ!
晴彦が心の中でそう叫んだ瞬間だった――
「そこのヘチマ。口に含んでいる毒針を捨てるのだ」
「きゅぴ?」
その逆転の目が今――摘まれた。
「何を……」
「見えていたぞ。早く捨てるのだ」
「きゅ、きゅう~~~~」
――ポロ。
ヘチマアザラシの口から一本の毒針が落ちる。奇形蟲が撃ったものをこっそり拾っていたのだ。
「まだあるであろう?」
「…………」
「早く捨てよ!」
――ポロ。
「もっと……」
――ポロ。
「全部出せ!」
「きゅう~~~~」
ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。
ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。
ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。
ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。ポロ。
ポロ。ポロ。………………ポロ。
計五十四本の毒針が床に散らばった。
「~~~~~~!!?」
「…………うぁぁ!!?」
これに流石に翼と晴彦も驚く。
「きゅうう……。最後の希望がぁぁ……」
「馬鹿野郎ッ! こんなに詰め込んでたら見られてたに決まってんだろ!」
もうおしまいだ。
武器もない。彼女に通用する策もない。
「楽しかったぞ。一般人の身で良くぞここまで戦った」
再び折れた日本刀の先端を首筋に突き付けられる。
「くゥッ!」
まさしく死を覚悟しかけたその時だった――。
「!」
眼前を横切る白銀の閃光。
背中の重みが消えたのはそれと同時だった。
「何だ!?」
途端、信じられない光景が目の前で展開される。
吹き飛ばされる翼。彼女は立ち並ぶ機材の中へ消え、晴彦を囲む奇形蟲達は不可視の斬撃によって切り刻まれる。
飛び交う鮮血はタイルを汚し、その中に蟲達が倒れる。
それは晴彦にとって既視感を伴う光景。
彼はこれと同じモノを既に一度見ている。
それは昨日の病院での戦い。これは……
「葉佩!」
それは目の前に現れる。
蟲達の返り血を浴びようと色褪せない光沢。
晴彦はこの瞬間、白銀に輝く人狼の姿を見た。




