はっきりさせなくてもいいけど、どっちでもいいと言われると微妙、そんなこともある
結局、教皇とは魔法都市近くの草原で戦うことになった。朝から陣形を整えたり、塹壕を掘ったりしてる遠距離組を僕はぼーっと眺める。近距離組は何もすることがないから。
……でも全員がピリピリしてるのが伝わってきて、ちょっと居心地の悪さを感じる。確かに僕も緊張はしてる。してるけど、なんだろう……。まだ何かを自分が見落としている、そんな違和感の方が強い。いや、見落としてるというか……材料は手元に揃っているけど、正しい料理法に自分が至っていない、みたいな……?
そして気づいたらウルタルもいつの間にか合流してたけど、魔王軍の方々とシャテさんからさっそく距離を置かれていた。魔王軍から遠巻きにされるって、あいつすごいよね。ちなみに先輩はまだ来ていない。
しばらく僕が座って、考え込みながらそうしたみんなの様子を眺めていると、ごそごそとトアがこっちに移動してきた。その後をついてゼカさんも。彼女たちはよっこいしょ、という感じで僕の隣に腰を下ろす。
「これまでのこと、教えてくれると約束しました」
「あ、そうでした」
「何それ面白そう!」
「ゆっくり話せる機会なんてもうないかもしれないから」という言葉をトアが飲み込んだのがわかった。ゼカさんはともかく、トアもだいぶ緊張しているみたい。……よし、その緊張が少しでもほぐれるなら、話をしようか。
「別に面白いかどうかはわからないですけど、じゃあ時間潰しにでも……。……そもそも最初はね、大学に通っていたら、ある日、噂話を耳にしたんです」
そして僕は話し出した。かつて僕が歩いてきたその道を。それに黙って耳を傾けるトアとゼカさんは、何を考えていたのか。僕にははっきりとはわからなかった。でも、別にはっきりさせなくても構わないことだってある。なんとなく、そう思った。
しばらく経って、僕が話し終わった後に。トアがなんだか引きつった顔で首を傾げて尋ねてくる。
「……ちょっと待ってください。確認しますけど、中身は男性なんですか……?」
「えーっ! そうなの!?」
「あ、ええ。最近忘れそうになっちゃいますけど。早く戻りたいですね」
「……確かに、思い当たるところは多々……。そうなんだ……これまでのわたしの苦悩って一体……。でもどうなんだろう……? 中身は男性だけど、外は女性……? いや、話からすると中も半分女性なの……?」
トアは性別がやたらに気になるみたいだった。ちょっと意外。いや、普通は気になるのか……? 一方、ゼカさんは焦ったようにふー、と額をぬぐう。いやいや、別に汗なんてかいてなかったやろ。
「危ない危ない、危うく一緒に温泉に入るところだったわ……」
「あれはそっちから誘ってきたんでしょ! 何度も!」
むしろ僕って頑張って止めた側やろ。……一緒に入ったなら責められるのもわかるけど、そうじゃないのにそんな目で見られるのは釈然としない。何も貰ってないのに料金だけ取られるみたいな。こんなことなら入っておけばよかった、ってそういう問題でもないけど。くそう、ならば先に責められたことだし。僕はゼカさんにニコニコと笑いかけてみる。
「じゃあこの戦が終わったら、誘ってくれてた今度火山の温泉に一緒に行きましょうねー。背中流しあいっことか、しちゃいますか」
「なんか嫌! 中身男なら興味あるんでしょ? じろじろ見られるのはちょっと……」
「あ、ひどい。そんな見ないし。悲しいことに自分ので見慣れてるし」
「見ないと断言されるのもそれはそれで腹立つ!」
君なかなか難しいこと言うね。どうしろっちゅうねん。それにこの世界に来てから、男としてのアイデンティティの崩壊の危機なんやぞ。僕は座ったまま、ぎゅっと膝を抱えて遠い目をして続けた。
「――それに、よくわからないんですよ。……男相手は嫌だけど、女子相手もなんか不思議な感じというか……。あ、でもシャテさんにぎゅっと抱きしめてもらった時はふわふわしました」
「え、ちょっと何それ」
「……わたしもそれ初耳です。しっかり聞きたいですね。……アンナちゃんと? いつの間に? いつから、ですか?」
興味津々な顔のゼカさんと、やたらニコニコしてるけど威圧感を感じるトアがちょっと怖い。なんか後ろに剣隠してるけど、背中に収まらずに刀身見えちゃってるから。抜き身の刃物出すの反対! まるで通り魔みたいだぞ。
「いや、あれも別によこしまな気持ちじゃなくて! それに1回だけです!」
「それはいいんだけど……まずさ、どういう経緯でそうなるの?」
経緯、経緯……? あれは確か……? そう、ちゃんとした理由があったよね。何もやましいところなどない。僕は胸を張って自身の正当性を主張する。
「私がどうしてもと頼み込みました。女子相手ならどうなのかなって確認したかったので」
「確認にかこつけて!? いかがわしいじゃない!! よこしまだよ!!」
「切り落としましょう」
……いや、何を? 首? やめて! むしろ騒いでるゼカさんをいつもみたいにトアが止めてほしい。なんで今日に限って加担してんねん。それに、僕はちゃんと理由を申し開きしたのに騒いでるゼカさんも罪深いんじゃないだろうか。同罪だよ。いや、むしろ罪が重いまであるな、うん。大罪。僕は真面目な顔をして意見を具申した。
「いえ、ここはゼカさんが先に切り落とされるべきでしょう」
「なんで!? あたし!? どこを!? 真剣な顔でおかしなこと言わないでよ!」
「大丈夫ですよ、わたし、大きな血管の位置なら分かりますから」
分かるからなんだ。何が大丈夫なんだ。嫌な予感しかしないわ。よこしまかどうかの話にそんなに血管の位置って関係ある? そうやって僕らがいつも通りわいわい騒いでいると、シャテさんが呆れたような顔で僕らに近寄ってきた。
「もう、どうしたのよ……? 何を騒がしくしているの?」
「あ! 共犯者が来たぞー!」
むしろシャテさんはさっきの論調だと被害者なのでは……? 何に対する共犯なんだ。ゼカさんはシャテさんの前までわーい、という感じで走って行き、なぜか両手を広げながらくるりと回った。今わかったけど、怒ってるとかじゃなくて、半分面白がってるだけだなこれ。
「なんと! サロナって前世男なんだって!」
「あら! そうなの? ……えーっと、それで……?」
「あれ? びっくりじゃない?」
「びっくりだけど……あらそう、以外の感想は別に出てこないわ……だって別にどちらでも構わないというか……そこ、はっきりさせる必要あるかしら?」
「シャテさん大好きです!」
僕が笑顔で握手を求めると、シャテさんは戸惑いながらもぎゅっと握手に応じてくれた。やっぱり器広い。愛してる。うん、でもどっちでもいいって言われるとそれはそれで微妙かもしれん。さっきのゼカさんの気持ちがちょっとわかった。
「…………」
「まあ、よく考えたら普通はそうだよね。普通はね。あたしもそう思ってたよ」
「……あ! 裏切り者!」
「そういえばシャテさん、話は変わるんですが。私ってゴールデンレトリバーよりは強くなったと思うんですけど。今って魔力、どのくらいですか」
「本当に変わるわね……。えーっと……そうねえ……ヘルゴーレムくらいかしら」
うーん、いまいち分かりづらい……。前の御使いの時がドラゴンくらい、って言ってたよね。
「ならドラゴンと比べると?」
「……1/5くらい……?」
あれだけ食べてもやはり以前には遠く及ばないか……。夢の中でも魔石を食べるくらいに詰め込んだのに。以前がどれだけ魔力高かったのかって話だけど。まあ、死にかけのカマキリではないだけ良しとしよう。
……あ、そうだ。僕の切り札、アルテアさんを召喚するためには、残弾を消費しておかないといけない。今どれだけ絵筆を振っても、巨人が出て来るばっかりだろうし。
僕は原っぱに向けて巨人をポンポン召喚する作業に入った。えーっと、この後は何が出てくるんだっけ? まあいい。とりあえずスキル取得のためにウサギをひたすら倒してた時まで残弾を進めておく必要があるな……。あの間に戦った魔物ってどんなんだったっけか……。
そしてしばらく絵筆を振っていると、突然、召喚される魔物が巨人からゴーレムみたいなやつに変わった。……おお! そういやこんなんいたっけ。このままどんどん進めていこう。教皇が来る前に。まあ、そんなにすぐに来ないだろうけど。
僕はさらに絵筆を振った。すると、ロボっぽい魔物が十体以上も現れ、ずんずんと原っぱを闊歩し始める。そしてその次には鎧の魔物が大量に現れた。ガシャンガシャンとこれまた体を軋ませながら、あたりをうろうろしている。……なんかさっきのゴーレムといい、近未来のサファリパークみたいな光景になってきたな……。かつてこれまでこの原っぱがここまで無機物の魔物で満たされたことがあっただろうか。
「おやおや、私の知らない魔物がこんなに……大変興味深いですね……」
……ん? なんか今、聞こえてはいけない声が近くから聞こえた。僕がそちらの方に目をやると、まじまじと魔物を近距離から覗き込んでいる教皇らしき人物が視界に入ってくる。……げ。き、来てる!! 堂々と!! はやっ!!
「て、敵襲ー! 第一種警戒態勢!」
さっきからあいつ何やってんねん、という目で僕を見ていた他の方々が後ろでざわめき、やがて飛来した1つの火球が教皇に直撃した。ゴオッという轟音とともに火炎がまき散らされる。――それが、この世界で最後になる……この戦いの、開戦の合図になった。




