夏休みの宿題って、「後にしよう」と思うと危険だよね
別動隊として海底神殿に向かうルート先輩と№3の人を、トアは何か言いたげに最後まで見送っていた。僕はその背中に声を掛ける。
「すみません、心配ですか」
「心配というか……。大丈夫でしょうか……いえ。こうするしかないと、わかっているんですけど」
「えっと、よく考えたら先輩が他の世界に渡りたい、っていうのは確かなんだろうし……すると女神って邪魔ですよね。なら手伝ってはくれるんじゃないかなぁと」
それに頷くでもなく否定するでもなく、トアはじっと考え込んでいた。
「先輩が敵対するならもっと前にどうとでもできたタイミングってあったと思うんですよね。それに、敵ならどっちにしろ首は突っ込んできますよ」
「……そうですね、同意します。あの人はお互いの利が一致する間は味方でしょう。それに、他の世界に渡るためにはまず真っ先に女神を何とかしないと、っていうのは確かですから」
……あれ、同意、かなぁ……? ただ、先輩は絶対に背中を預けて戦いたくないタイプではあると思う。そこは同意だね。
* * * * * * * * * * * *
「ではこの会議もついに最終回! 月の平原と対教皇、女神についての作戦を考えたいと思います」
「おー! ……ん? 最終回なの? 別にそれ終わっても普通に話したらいいじゃない」
きょとんとした顔でゼカさんから尋ねられ、僕は一瞬面くらった。……一理ある。なんで最終回なんて言っちゃったんだろ。ちょっと訂正。
「そうですね、最終回はやっぱりなしで。……ではまず、情報共有から。『月の平原』は月食の日にのみ極東の大草原に現れるダンジョンです。1階層のみですが、広いです。この魔法都市くらいの面積があるんじゃないかなと……。中心部には転送装置があり、そこから別の場所に飛ばされてボス戦です。ボスはユニコーンで……魔法を主に使ってきます。あと喋りますよ」
「あたし、喋る馬って初めて見るなぁ」
「そして、教皇は極大のビームとなんでも斬れる聖剣を振りかざしてやってきます。あと防御力も相当高くて、トアの魔法でもちょっと焦げただけでした。それ以外にもたぶんたくさんの能力を持ってそうです」
「へ、へえー……」
「あと女神についてはどういう方法で介入してくるかが全くわかりません。以上です」
「うん、これもうほとんど何もわからないってことだよね」
ま、まあそうとも言うけど……。
「さて、どうしますか。……おそらく教皇は神器が揃った後に来るでしょうね。あと少ししか時間が残されていない以上、わたしたちも対策を練っておく必要があるでしょう」
「え、神器ってもう揃いそうなんだ!? あたし初耳だよ!?」
その瞬間、トアがちらりとこちらを見た。……あ、これ僕が説明するやつ? えーっと、何とか穏便に……。よし、ここはさりげなく、オブラートに包んでいこう。
「あの、ゼカさん、怒らないで最後まで聞いてくださいね」
「今のでわかったよもう!! なんで内緒にしてたの!?」
ところがなぜかすぐバレてしまった。ゼカさんも心が読めたりするの? それより、なんで内緒にしてたか……? タイミングを逃したから、っていうのが大筋だけど、そもそもは……?
「ゼカさんが魔王軍だから……?」
「魔王軍差別だ……もう! あたしここでは魔王軍とか関係ないんだからさ! さすがにあたしもみんなが集めた神器を取ったりはしないってば!」
「いやそっちもそうなんですけど、同僚が見当違いのところをひたすら探してるのに黙ってられるのかなって」
「あ、うん……ちょっとそれは言っちゃうかも……ていうか見当違いだったんだ」
「何一つかすりもしてませんでした」
「ごめんそこまでは言わないで! 悲しくなっちゃうから! ……もう、わかったよ。それであといくつなの? せめてこれからはあたしも一緒に探したい!」
「その、ラスト1つ……」
「もう終わりじゃない!! ……あーうん、でもなんかもうすぐ揃いそうってあたりでそんな気はしてた」
「ということで、対教皇、女神戦が迫っているのでどうしよう、というわけです。……やれやれ。ゼカさんがこのステージまで上がってくるのを待ってましたよ」
「あれ……? あたしのせい……? そうだったかな……」
「もう誰のせいとかいいじゃないですか。……ではどうしましょうかね。少しでもわかってる教皇の対策だけでも」
「周りで囲んで一斉に攻撃する、くらいしかないんじゃないかなぁ」
「確かにこれといった対策がないんですよね……。ゼカユスタさんの作戦でも問題ないと思います。個別に攻撃してもおそらく届かないでしょうから。接近戦組と遠距離攻撃組に分かれて、一斉攻撃で」
ふむふむ。いいんじゃないだろうか。作戦っていうか、最低限それぞれの分担は決めておくべきだろうし。
「近距離戦となると、誰になるんですかね?」
「わたし、サロナ、……あとは魔王軍の方でどなたか接近戦がお得意な方は?」
「お姉ちゃんと、あたしと、えーっと、№7から№10の人かなぁ。全員魔法もできるけど」
8人か……ちょっと多すぎるかな? 同士討ちしそう……。
「では間引きましょう。接近戦はゼカユスタさんと姉のベッテさんの2人にして、残りは全員遠距離組ということで」
これ作戦かな……? あとは別動隊が来てくれるのを祈るのみ。なんか教皇って前座のはずなのに既に最終戦な感じになってる気がする。
「でも、強化されたトアの魔法でも焦げただけだったんでしょ? なら遠距離組にももう少し欲しいよねえ」
あと魔法を使える人かぁ……。心当たりがないのでそこは2人に任せるとしよう。
そして会議が終わった後は、学校を走り回り、知り合いに「魔石がいるので余っていたら分けてもらえないか」と頼んで回ってみた。シャテさんが10個、テヴァン10個、ロイが30個にロランドは1個。うん、財力の違いっていうか高いからね。ロランドが1個はしゃーない。あとロイ友人一同も3個くれた。1回冒険に一緒に行っただけなのに。超いい人達。
あと、誰とは言わないけど誰かさんがくれた魔石がやけに小さかったのでそれとなくシャテさんに尋ねてみると、魔石にもいろいろサイズがあるらしいことが判明した。一番大きいのは10万円くらいだけど、一番小さいのは5000円くらいなんだって。一番サイズの小さい魔石をくれたのが誰だったのかは名誉のために伏せておきたい。だって最小でも5000円だからね。僕だったら「5000円が必要なので分けてくれないか」と友人が言ってきたら協力するかな? しないと思う。……あ、そうだ。せっかく学校に来たんだからあっちにも寄って行かねば。
ということで、僕は長年の友、えびいかミックス(仮)に別れを告げるために中庭の池にやってきた。ふよふよと水中を漂いながらこちらにやってくる彼らは、僕のことをきちんと覚えてくれているようにもみえて、ちょっと寂しい。最初は全然寄ってきてくれなかったのに……いや、ゼカさんの言う通り別に終わった後も来たらいいんだけどさ。勝ったら元の世界に、負けたら死ぬわけだから……。さらば友よ。達者で暮らしてくれ。揚げ物にされないよう気を付けるんだぞ。水産物と揚げ物の相性は抜群だから。
しばらくそうやって池のほとりでぱちゃぱちゃしていると、池の横、僕が立てた「世界が滅びるので閉店します」の立て札の下に、ふと何かが積みあげられているのに気がついた。あれ、こんなのあったっけ……?
寄って行ってみると、それはどうやら魔石の山のようだった。大小様々なサイズの。……いやいや、これ1個最安でも5000円なんやで。ひょっとしたらこの立て札を見て、世界滅亡を回避したい人たちが賽銭代わりに置いたのかもしれないけども。バラバラに積まれてるところを見ると、ほんとに賽銭みたくいろんな人が置いたって感じ……だけど……もったいない……。ここに置くくらいなら僕にくれたらいいのに。僕に渡したら少なくとも滅亡回避の役には立つんだし。さすがに置いてあるのを取ったりは……しないけども……。ぐぬぬ。僕の立てた立て札に捧げられた賽銭なら僕が貰っちゃ駄目かな? 駄目だろうね。たぶんだけど。
その魔石の山の中に、手紙みたいなものを見つける。……ほほう、ここには石だけじゃなく手紙も置いていいらしい。謎ルールだね。なんとなく手を伸ばし、小さく折りたたまれたそれを開いてみる。取らないけど読むくらいならいいでしょ。だって僕が立てたんだからね。
ところが……うん、異世界語が読めない……。忘れてた。まあ「この落書きを見て振り向いたときお前は死ぬ」とかだったらまずいから読めなくて正解なのかもしれん。僕はその紙をそっと畳もうとした。
『……魔石を集めているらしいと聞いたので寄付します。役に立つかはわからないけど、ありがとうございました。小さな占い師さんへ。……だって』
そう読み上げられたのが、頭の中に響く。……あ、そうか。君は読めたっけ。
……もう一度、僕はその魔石の山を見る。……これは寄付してくれたもの、なんだって。たぶん今まで来たお客さんたちがだと思うんだけど。占いもたまにしかやってなかったのに。……僕はふと、最初のお客さんであるあの子の顔を思い出した。池の中で一緒に探し物をした、あの子。彼女はなんとなく、こんな手紙を書いてくれそうな気がした。
僕はもう一度、自分が立てた「世界が滅びるので閉店します」という看板を見上げる。……よし。
魔石を両手いっぱいに持ち、僕はその場を後にした。その場に残された、ちょっと修正された立て札を残して。――「閉店します。これまでありがとうございました」――。
「ふむ。魔石入り卵焼きは失敗ですね……。魔石の自己主張が強すぎます」
「もうこれ料理の仕方がどうこうじゃないと思うな」
ゼカさんが僕の皿を覗き込みながら端的に表現する。いや、でもこんなことで悩めるのも材料が手に入ったからこそなのだ。それを喜ぼうじゃないか。
「ふふ、私は今、とても幸せです」
「うわぁ……なんかそう言って笑顔で石食べてると、その……ちょっとかわいそうな人に見えるよ」
「かわいそうってなんですか。もっと正確に言葉を使ってください」
「石を食べて空腹を紛らわせてる人みたいな」
確かにそれはかわいそう……。おはじき食べてる時の節子かな? あれでもかわいそうっていうかいくらでも回避できる方法あったよね、って思っちゃうんだよね。たぶん僕がひねくれてるせいだろう。
「あ、ごめん。急に深刻な顔になられると怖いんだけど」
「いえ、回避できるのに不幸な方に進んでしまう、そんなこの世の不条理に胸を痛めていました」
「絶対違うでしょ」
そういや火垂るの墓ってトトロと同時上映したんだって。温度差ヤバくないかなぁ。僕なら火垂るの墓の後にトトロ見たら、絶対お母さんも病死するし、メイも池で発見(意味深)されると思っちゃうな。最後の最後まで、無駄にハラハラしてしまう。よかったその時代じゃなくて。
「あのさ、今考えるべきは?」
「教皇をどうやって倒すかでしょう。ユニコーンを退治する頃には思いつくはずです。ふふ、安心してください。まだまだ時間はあるんですから」
* * * * * * * * * * * *
「――お前たちの名は何という?」
「えーっと、私は元御使いのサロナといいます。こっちは魔王(未来)のトア。……ちょっと、ちょっと待ってください」
なんか魔女の宅急便みたいな挨拶になってしまった。けど、そんなことは問題ではない。月の平原で、僕は目の前の崩れ行くユニコーンに向かって手を伸ばした。そのうちいい考えを思いつくだろうと思っていたら、普通に倒すところまで来てしまった。なんであの時の僕は自信満々だったんだ。
「お前たちは、自分自身が何者かを知ることだな……では、さらばだ」
そう言って、ユニコーンは跡形もなく消え去った。まだ対策なんて何にも思いついてないのに。
「……あたしはなんで紹介してくれなかったの?」
「とっさにゼカさんの肩書が出てこなくて……『あたしここでは魔王軍とは関係ない』という台詞が頭をよぎってしまいました」
「わたしは未来に魔王なんて面倒そうなこと、しませんが」
「未来は収束するものだって、誰かが言ってましたし……」
僕は帰り道、2人に弁解しながら、目を逸らして夜空を見上げる。……草原を歩く僕らの頭上には、月食で欠けた月が浮かんでいた。それは、まるでまだ僕らの手札が満ちていないと、僕に告げているかのようで。……僕はまだ、何かを忘れている? それはいったい、何だろう。




