『本当の出会いなど、一生に何度あるだろう』
僕は北の村に跳んだ。そして村長の家に一直線に向かう。その後、入らせてもらった村の倉庫で、僕は探し物の方角を指し示してくれるという方位磁石を掲げた。さてさて、愛剣はいったいどっちにあるのかな、と。……ふむふむ、右か。とりあえず右の方にてくてくと進む。やった、この調子だと迷わず辿りつけそう!
「……で、取ってきたこれが私の愛剣、 海鳥 です。なんでも斬れます。再戦の折には教皇のメガ粒子砲(仮)もついでに教皇自身も、これで真っ二つにしてやりましょう」
僕はトアの武器屋のカウンターにゴトリと大剣を置いた。いかん、ちょっとでかすぎてカウンターから半分くらいはみ出してしまった。でもどうかな?
「でっかい剣だね……これもはや武器じゃなくてオブジェでしょ。これで人を斬るってかえって難易度高そう……」
まあ、喧嘩の強さって体重で決まるって言うじゃない。なら武器も大きさが重要なんじゃないかな。人間と武器って一緒の基準なのかはよくわからないけど、まあ似たようなもんだろう。あとこれ魔力通したらスパスパ斬れるから。そのままだと鈍器だけど。
「でも教皇のあの光って、真っ二つにしたらいいとかそういう規模じゃなかったですけどね」
確かに……。とするとこれはやはり対聖剣用か。僕の腕をぶった切った礼は必ずやしてやろう。待っているがいいぞ。僕はやられたことはやり返す主義なのだ。光もたっぷり浴びせてやるぜ。何度「まぶしい」って言ってもだ。
「あの光に対抗できそうな攻撃手段もないわけじゃないんですけど……。ただ、時間制限があるんですよね」
「建物ごと蒸発させるような光なんでしょ? それに対抗できるってどんなのなの……」
「ふふ、簡単です。 水彩画家でアルテアさんを召喚したらいいんですよ」
「ひどい!! あの人盾にしちゃうの!? あんまりだよ!! 蒸発しちゃうから!! そんな笑顔で言わないで!!」
「いや、結構いい勝負すると思いますよ。原理はわからないですけど、アルテアさん真っ黒いビームも出せますし。私はそれで開幕一撃で死にました。すぐ蘇りましたけどね」
「そんな風には見えませんでしたが。そして後半に至っては意味が分かりません」
問題は、アルテアさんは僕の手札のラストカードなので、それが通用しなかった場合、 水彩画家は使えなくなってしまうだろうということだろうか。うーん、そうするとこの 海鳥 でゴリ押しするしかなくなってしまう……。やはり飛び道具に欠けるな……。
「それに、教皇を倒した後に、女神を再起不能なまでにボッコボコにしないといけないので、切り札を先に使ってしまうのもちょっと不安があります」
「まず女神様ってどうやってボッコボコにするの? いつも拝むだけでボコボコにしようとしたことがないから、よくわからないんだけどさ」
「教皇を倒して、他の世界に行こうとしたら出てきますよ。どういう形かは知りませんけどね」
「あ、そういや自分の半分を現実化できる、って言ってました。よかったですねゼカさん、現実化したら心おきなくボコボコにできますよ。これで夢がかないますね」
「まるであたしが積極的にボコボコにしようとしてるみたいに聞こえるんだよなぁ」
うーん……とりあえず、この大剣を扱う練習をしつつ、持ってる他のアイテムにも慣れておくか。その後、各自で戦力の底上げをしておくこと、というのでまとまり、いったん僕らは解散となった。まあどうせすぐ集まるんだけど。
* * * * * * * * * * * *
さて、海底神殿まであと少しだけある。しかしもうだいたい思いつく強化はしてしまった。なので僕が家でのんびりしていると、翌朝、ロランドに声を掛けられる。なんでも、学校についてきてほしいんだって。彼はなんだか知らないけど、ぷんすか怒っていた。
「まったく、お前は。なぜ俺が孤独に震えているときにいないんだ。役に立たん」
「孤独に震えるって何があったの……」
なんだなんだ。サロナが魔王城で孤独に震えていたその時に、こっちでもそんな人がいたとは。僕は自分の人生で「孤独に震えた」と誰かに自己申告したことはないし、きっと大事件が起こったんだろう。
僕がロランドの顔を疑問を込めて見ると、彼は珍しく目を逸らした。
「……クラスで班分けがあったんだ。好きな者で組むように、と言われた」
「……あっ……」
「なんだその顔は。まだ何も言ってないぞ」
だってそれやばいやつ。特にロランドには。かわいそう。でも僕がいてもどうしようもなかったと思う。見てられなかったと思うから、いなくて正解だったな。僕の危機察知能力も意外と成長してるみたいだ。……ちょっと気の毒だったので、教室までは一緒に行ってあげた。
「君、最近見なかったよね。体壊してなかった? 大丈夫?」
「……ん?」
教室までロランドを送り届けた後、廊下を歩いてトアの部屋に向かっていると、そう誰かに声を掛けられて、僕は振り向いた。……知らない人だ。ぱっと見普通の男の人。ふわふわパーマのかかった髪の可愛い系男子だった。男子校だとそっち系に人気出そう、という失礼な感想を僕は抱く。でもなんかいい人そう。
「……どなたでしょう?」
「あ、ごめんね。覚えてないかな?」
「……そんな、もちろん覚えてます! ただ、名前がすぐに出てこなくって……すみません……」
そんなのもちろん覚えてないに決まっていた。誰やねん。名前どころか顔も出てこないんだけど、それを素直に言っても誰も幸せにならないのでやめておくことにする。まあ笑ってたらたぶん許して放してもらえるだろう。今は僕は外見は可愛いわけだし。
ところが話はそこで終わらず、なんかさらに詰め寄ってこられた。ちょっと予想外。まあ、自分で可愛いと言ってしまうのはさすがに自惚れが過ぎたのかもしれん……。反省せねば。
「ほんとに覚えてくれてる? さっきどなたでしょうって言ってたような……」
「え、そんなこと言いました……? 何の用でしょうか? って言ったんですよ」
「そ、そう……聞き違いかな……? えーっと……君、聞くところによると、甘いものが好きなんだよね。で、僕も好きなんだけど、よかったら新しく見つけた店に一緒に行ってくれないかな? ああいう店って1人だと恥ずかしくてさ。あ、もちろん奢るから!」
「えーっと……」
??? なんかこういうのって普通は知り合いを誘うものなのでは……? でもこの人曰く、初対面ではないらしい。なら間違ってないの……? べ、別に甘いものに惹かれたわけではないけど。
「んー、私でよければ……?」
「よっし! じゃあ今日にでも行こうよ!」
「あ、はい」
「ごめん、突然でびっくりすると思う。でも、僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」
「……? …………??」
パンケーキみたいなのを切り分けつつ、目の前の男子が言い出したことに僕は何回か首を傾げた。彼が連れてきてくれたお店は、街の一角にあり、なんだか目立たないけどお洒落で、知る人ぞ知る、みたいな感じだった。そこでお店の看板メニューを頼んだところ、まではよかったけど、なんかおかしい。
……いや、うん。びっくりはした。したけど、だからまずお前誰やねん、という気持ちの方が強い。とりあえず、パンケーキを一切れ、口に運ぶ。……あ、おいしい。甘さ控えめで、ふわふわと軽い。これいくらでも食べられそう。
「ど、どうかな……?」
「……どうって、このパンケーキはとってもおいしいです。……それで、あの、誰かと間違えてませんか?」
もぐもぐ、とパンケーキを次々に咀嚼しつつ、僕は彼の致命的な間違いを指摘する。思い出せないということはそんなに接点がないということで。接点がない人間に結婚を申し込む人ってあんまりいないと思うんだ。世界が違っても、そのへんはたぶん一緒だろうと思う。
「いや、間違ってない! あのヤバイ男の元で頑張って働いてるメイドの子だよね。確かに、あんまり接点はなかったけどさ……このままだと後悔すると思って」
「頑張ってはいないと思いますけど……」
「この学校、癒し系ってあんまりいないんだよ……ビシビシ言う人が多くて……数少ないそういう人にはもう振られちゃったし……」
「……あの、ちなみにこれまで告白した相手は……?」
「ルートさんとトアさんかな」
お、おう。トアに関しては学校では猫被ってるみたいだからわかる。そしてルート先輩によくぞ行ったものだ。あの人絶対そういうのに興味なさそう。あ、でも人当たりいいから酷い振られ方にはならなさそう。……その2人と同じ系統だと思われるのは光栄なんだろうか。でも僕ってこの世界の神をボッコボコにしようと思ってるんですけど。それって癒し系の定義に入れて大丈夫?
「ちなみにルート先輩はなんて……?」
「今は学業に専念したいから……ごめんね……ってさ」
学業ってなんだろう。全世界の人間の記憶を抹消することの比喩かな? あ、ひょっとしたら女神ボコボコ予定なのも癒し系に入れていいかもって気がしてきた。異世界の癒し系って懐広いね。そういや僕って召喚で何人かクラスの人を壁にめり込ませたのにこう言ってもらえてるわけだし。
「でも、どうして告白が今なんですか? ちょっと突然すぎて……」
「……知らないの? なんでも、もうすぐ世界が終わるかもしれない、って話だよ」
「へ?」
「どの占い師も、ある一定から先の未来が見えない、ってさ。誰の未来を見ても、例外なく。世界が滅びるんじゃないかって噂を聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」
「ほう……」
これはひょっとして、女神が死ぬからなのでは? 僕らにボコボコにされて滅びるとかそういう話なんじゃ……。朗報じゃないか。これはトアにすぐ教えてあげなければ。僕はそれを聞いて笑顔で席を辞し、その場を後にした。パンケーキはもちろん完食した。
「聞きましたか!」
「来ましたか。ええ、アンナちゃんから。あなたは?」
トアの部屋に飛び込むと、予測していたのだろう。トアがベッドに腰かけて僕を待っていた。僕はいそいそと部屋の椅子に座りながら、とりあえず彼女の問いに答える。
「えーっと……さっき急に結婚を申し込まれて、その際に……」
「結婚!? ……そちらが気になるんですが……どういうことなんですか!?」
「あ、そっちは大したことないので。後にしましょうか」
「……ふーん。……そうですか……まあ、そうですね……。…………後でしっかり聞きましょう」
トアはなんだか未練がましそうに僕の結婚話を聞きたがる。このミーハーっ子め。それでも彼女は、しっかりと本筋に戻ってくれた。僕らは2人、真面目な顔を見合わせる。
「……で、どういうことだと思います? 女神が爆発四散したら、その影響で未来が見えなくなっちゃうくらいありそうですよね。ということは、私たちの勝ちが約束されているのでは? 朗報です!」
「いえ……どうでしょう。あの女神、腹が立ったらこの世界ごと消しにかかってきそうじゃないですか? 凶報という可能性もあります」
確かに、「いらなーい」と言ってリセットしてきそうな気もする。いかん、先走って喜んでしまった。悲報の可能性もあるな……。
「その噂のせいか、街も学校も、雰囲気がざわついていますね」
道理であんなのも現れるわけだ……。いや、街の雰囲気の違いとかは全然わからなかったけど。いっつもなんか騒がしいもん、街。トアが歩くときは違うのかな?
「……で、結婚するんですか?」
「そういや普通に放置して帰ってきてきちゃった気が……」
そして僕から事情を聴いたトアは、大きな大きな長ーい溜息をついた。なんか色んな感情が混じってそうだった。僕らの副隊長は今日も大変そうだ。体に気をつけて頑張ってほしいね。
「そういうこと、増えるかもしれないです」
「そういうこと?」
「あなたへの求婚です」
「……どちらかというとトアにでは?」
「私にも来そうですが。……いえ、なんというかですね。あなたってたまにクラスに顔見せるじゃないですか。で、ロランドさんの面倒を甲斐甲斐しくみる優しいメイド、みたいな誤解が蔓延してるみたいで」
「ほうほう」
誤解っていうか、そこまでは全く間違ってないよね。ロランド係にされているのは不本意ではあるものの。……それでそれで?
「で、あの子可愛いよね、いつも健気だよねっていう話はちらちら聞きますから。けっこう男性の間に隠れファンがいるみたいですよ。信じがたいことに『あの子は知的な雰囲気がある』と言う人もいて……わたしはそれを聞いた日は震えと目まいが止まりませんでした」
なんと、僕自身が副隊長の体調不良の原因になっとるやんけ。しかし男からモテても全然嬉しくない……。自分の歴史において、男から告られたカウンターの数値が増えそうっていうのは間違いなく悲報だった。……まあいいか。今はそんなことを気にしている場合ではないし。
「あ、そういえば、話は変わるんですけど。ゼカさんと私の契約って、どうにかなりそうですか?」
「あ……えーっと……その、ですね……まだというか……」
なんか急にトアの歯切れが悪くなる。……どうしたの? 無理なら無理で仕方ないと思うし、別に責めはしないけど。なんか返事が返ってこなくなったので、僕はこれはまだできていないと判断する。だってできてたらあんなに溜める理由がないから。
「ならそれは置いておきますか。それにしても、ゼカさん遅いですね。たぶん噂を聞きつけたらここに来ると思うんですけど」
「……ええ」
そのやり取りを最後に少し僕らの間で会話はなくなり、部屋の中は静かになった。いつも通りに遠くから聞こえるざわめきが、確かにいつもよりは少し大きい気がした。でも、こことは距離がある。……きっと、今この近くには誰もいない。ここにいるのは僕ら2人だけだと、そんな気がした。
「最初に比べたら。……お互い黙ってても別に気まずくなくなったな、と思うんですけど、いかがでしょう」
僕のその問いに、トアは一瞬、へ? みたいな顔をしたものの、静かに微笑んだ。今まで見た中で、一番穏やかな顔だったような、そんな気がする。
「……ええ。そうですね……悪くないと思います」
「私たちが会えてなかったらと考えるとなんか想像がつかないです。引き合わせてくれたシャテさんに感謝ですね」
「……ええ」
「最初に会った時はこんなに仲良くなれるとは思ってなかったので嬉しいです。サボりな武器好きだとばかり思ってました」
「……今は?」
「いい人です」
「いや、ざっくりし過ぎでは」
「うーん……なんだかんだで面倒見いいし、ノリもいいし。でもどんな人って言われると……たぶん、当たり前なんですよ。いつも隣にいるのが当たり前というか。うまく言えませんけど……トアはどうですか? 私は『とんでもないお節介』じゃなくなりました?」
「それは変わってません」
「えー。そんなぁ」
「……でも、それだけじゃなくなりました」
「お、他は? 褒める4:けなす1、くらいの比率であれば伺いましょう」
「……そう、ですね……」
そう言って、トアはいったん口をつぐみ、目も閉じた。きっとこれは言いにくいことが来るのでは。けなす1の方かも。
……でも。黙ったまま、どう言おうかを真剣に考えている彼女を見ていると……僕もなぜか動悸が激しくなる。お互いが完全に黙り、さっきまでとは違う沈黙が部屋を支配した。このまま永遠に2人でのこの状態が続くような、そんな錯覚が僕を包む。……ただそれがずっと続いても構わないと、そう思った。それはあり得ないと、わかっていても。
やがて長い沈黙を破り、トアが口を開く。僕は黙ってそれを見つめた。
「……その……」
「聞いた!? 世界が滅びるらしいじゃない!!」
バーン!! と扉が開き、ゼカさんが思いっきり勢いをつけて部屋の中に飛び込んできた。その顔に、ボフッと枕が直撃する。その枕は、予想するにトアがぶん投げたものらしかった。
「もう! ……もう!!」
そう言いながら立ち上がったトアの頬は真っ赤だった。最近赤くなってるのはよく見る気がするけど、それでも今回はどこか違う気がした。一方そのままぽふぽふと枕で叩かれるゼカさんは、それはそれはきょとんとしていた。
「なんであたしは枕で叩かれてるの?」
「なんで、なんで今入ってくるんですか!?」
「……え、そんな入ったら駄目な時ってあるんだ……。ごめん、確かにいきなり入ったのは悪かったかも。……ん? でも、入ったら駄目な時って?」
ゼカさんのその疑問に対してすぐには答えず、トアはふーふーと肩を上下させる。しばらくしてようやく収まったのか、息を整えた後、ぽすんとベッドに再び腰を下ろした。
「会えたきっかけを作ってくれたアンナちゃんに感謝しないとね、って話をしてました」
「あ、それって入っちゃ駄目な時なんだ。……え、でもあたしもその時会ったんだから入れてほしい……仲間外れにしないでよ……ねえサロナもそう……ん?」
ゼカさんはなぜか途中で台詞を止め、ペタペタと僕の顔を触ってきた。
「なんか顔赤くない? 熱いし。熱あるんじゃない?」
「ふふっ、そうなんだ……。……ええ、そうですね。ゼカユスタさんも入れないといけなかったですね」
突然、僕とゼカさんを見ていたトアが、そう言って「ふふっ」と嬉しそうに笑い始めた。こみあげてくるものを抑えきれないように、おかしそうに笑い声を上げる。あははは! と体を折りながら、屈託のない声を上げてそのまま笑い続けた。……そしてやがて、眼の端に浮かんだ涙を拭いながら、トアはようやく笑い止む。……いや君、どんだけ面白かったの。
「まあ、今日はこれで良しとしますか。わたしはこの会も嫌いじゃないですからね」
「そうだよ! 忘れないでよね、あれはあたしたち3人の出会いなんだから」
「ええ、忘れないですよ。だって……」
だって、あれは一生に何度あるかわからない、そんな出会いだったから。……きっとそう言わなくても、僕らの間ではそれが伝わっていた。何も能力なんて、使わなくても。




