10分間で2回、床に膝をつく日
「まさか、他の世界には跳べないなんて……」
僕はがっくりと、手と膝を地面についた。そんな……だって距離無制限なら異世界からも帰れるって考えちゃうでしょ。常識的に考えて。この世界限定の空間跳躍かぁ……。まあ、それでも十分すぎるんだろうけど。
でも、さっきなんか今までと違うメッセージが出たような気がする。確か、「魔力が足りない」「鍵が足りない」「目的地が無効」だったっけ? まず、魔力が足りないってどういうことやねん。こっちは魔力が膨らみ過ぎて頭がおかしくなるんやぞ。これ以上に魔力ある人間なんていないだろうに。
あと、鍵ってなに? それに無効な目的地って、僕の部屋を無効扱いしないで。なんか悲しくなってきちゃうから。それにしても、よくわからないことが多い。
『魔力が足りない、とは、発動するのに魔力が不十分である状況を指します』
『魔力はきちんと補充されていますか? もう1度ご確認ください』
うるさいなぁ。コンセントが抜けていませんか? みたいな、パソコンのコールセンターみたいなことを言いおって。ただ、あれって意外に抜けてること多いよね。……ひょっとしたらどこかにコンセント、あるの? この世界の人間には魔力の補給口があったりするのかもしれん。視界に入ったことはない、ということはまさか背中あたりに……?
僕が自分の背中を見ようとぐるぐると回り始めると、周りのみんながなんだかひそひそと話し始めた。「ショックで頭が……」とかかすかに聞こえる。頭が、なんだろう。良くなった、ではない気がした。
……あ、そうか。誰かに聞けばいいじゃない。背中なんて自分じゃ見えないよね。当たり前だった。いかん焦ってしまっている。えーっと、魔法といえばやっぱり。
「ねえ、トア。ちょっといいですか?」
「な、なんですか? いえ、……大丈夫ですよ。なんでもどうぞ」
トアは僕に声を掛けられて、なぜか覚悟を決めたような顔になった。ちょっと様子がおかしい。どうしたの? でも、なんかこんな顔見たことある。映画とかで、モンスター化して頭がおかしくなった友人に意を決して話しかけに行く人が、よくこんな表情してる気がする。……まあいいか、トア曰く大丈夫らしいし。
「えーっと、私の背中にコンセントっていうか、魔力の補給口なんてありましたっけ? 真ん中あたりに」
「へ……?」
その質問に、なんかざわざわとギャラリーが再び揺れた。ええい、今は気にするのはやめておこう。ただ、トア以外の4人は完全に集まってなんか明らかにひそひそ話モードに移行する。いやいや、見えてるから。内緒話ならもう少し見えないところでやってくれたまえ。
「なんでトアに聞いたんだろうね……?」
「普通に考えて、見たことあるからじゃないかな?」
「背中を……? そんな機会、あるかしら?」
「仲良しなんだね!」
「そういえばよく部屋に遊びに行ってたっけ……あれってまさか」
どこからかシャキンと剣が抜かれる音が聞こえ、ゼカさんはその発言の途中で口を閉じた。うん。その方がいいと思う。前髪短くなっちゃうよ。
トアはゼカさんをじろりと眺めた。そして顔を赤くしたまま剣をおさめ、呆れたように首を振る。なんか大変そうだね。僕がそう、いたわりの視線を送ると、彼女はなぜかゼカさんを見ていた時以上にこちらを睨んできた。……なぜなんだ。
「……補給口なんてあるわけないじゃないですか。もう少し、口を開く前に考えてから話してくださいよ」
「あ、はーい」
ということは、やはり純粋に魔力不足なのか。……なんかこのブーツ、燃費悪くない?
『指定された行き先に到達するためには、それだけの魔力が必要です』
僕の考えたことに反応したのか、ちょっと拗ねたような感じのアナウンスが返ってくる。……あれ? 到達……? ってことは、魔力さえあれば、到達できるってこと? 無効な目的地ってどういうことだろう。 天空深處さん、ちょっとそこ詳しく。
『無効な目的地とは、到達条件が未達成な目的地のことを指します』
「……条件?」
『条件とは、必要な魔力量と、鍵です』
「鍵ってなんですか?」
『その場所の座標を示すものが、鍵となります』
……駄目だ、なんかよくわからんぞ。座標を示すものってなに? 東経135度とかそういうやつ? 僕は助けを求めてくるっと首を回し、再びトアの方をじっと見つめた。
「あの、副隊長……助けてください……」
「もう……仕方ありませんね」
やれやれ、といった感じでトアはこちらに寄ってきてくれた。さっきまでよりは距離は縮まり、いつも通りになってくれた気がする。
「――『座標を示すもの』とは簡単に言うと、行きたい場所にかつてあった物、のようです。例えば、魔法都市に行きたい場合は、魔法都市に売っていた武器であったり。目的地が火山であれば山の石であったり。……何か、前の世界から持ってきたものはありませんか? といっても、生まれ変わったのなら、なさそうですが……」
うーん……確かに何か持ってきたわけじゃない。僕が生前持っていたとして、戦車とか戦闘機があったら教皇とも渡り合えただろうに。まあそんなの持ってなかったけど。……いや、でも駄目かな。教皇のメガ粒子砲(仮)に勝つにはもっと上の、言ってしまえば怪獣的なレベルのやつが必要な気がする。くそう、どうしてかつての僕はゴジラを持って転生してこなかったんだ。
僕は絶望的な目で、トアの方を見た。するとトアはなんだか見たことないくらい優しい顔になって、僕の頭を撫で、よしよしと慰めてくれる。なんか今日のトア、いつもにも増して超いい人。
「……残念でしたね」
うう……でも、こうやって慰めてくれる人がいるだけで恵まれてるかもしれない。異世界なのに言葉も通じるし。まあ、最初に翻訳魔法の石を貰わなかったら、こうして意思疎通もできなかったけど。…………ん?
「石!」
「……? 石が、どうしたんですか?」
あの翻訳魔法の石って、あっちの世界で持たされたんじゃなかったっけ? だってあの女神の声って、確か死ぬ前に聞いた気がする。ということは、ぎりぎりあっちの世界にあったもの、って分類に入らないだろうか。あの石さえあれば……。…………あれ? そういえば、いつの間にかあれ持ってないや。えーっと……。よく思い出せないけど、ゼカさんと一緒にいた時までは持ってたよね。あれいつだっけ?
僕はちょっと離れたところに集まっている、トア以外の4人組のところに近づいた。遠くで親交深めてないで、寂しいから僕らも入れてほしい……。いや、今はそれよりも。
「ゼカさん、あの石ってどこにいったか知りませんか?」
「え、石ってなに?」
「あのあれです、私がいつも持ってた翻訳魔法の石! あれさえあれば戻れるんですよ!」
「ああ、あれ……? ……えっ……えーっと……その、ね」
おっ。覚えてるらしい。勝ったな……。僕はわくわくした瞳で、ゼカさんを見つめる。はやく。はやく、教えてほしいな。
ところがゼカさんはしばらく沈黙したのち。神妙な顔をして、僕のお腹を黙って指さした。………? なんだろう? まだ話についてこれてないのかな? もうその話は終わったと教えてあげるか。
「えーっと、ゼカさんは知らないかもしれないんですけど。お腹に魔力の補給口ってないんですよ。それはもう解決済みです」
「いや、あのね。そうじゃなくて。……どう言ったらいいんだろう……」
そんな風に何やら苦悩しているゼカさんをさておいて、横にいたルート先輩が笑顔であっさりと言った。
「食べたじゃない」
「……何を?」
「翻訳魔法の石。なくすのが嫌だから、って」
一瞬何を言われてるのか意味が分からなかった。……でもそういや、海辺の街に行った時、食べちゃった気がする。朝起きたら、なんか暴走するヌーみたいなやつの大群に轢かれて。無くしたら大変だから、って。……でもなんで朝一番でヌーの大群に僕は轢かれてるんだ。意味が分からんぞ。えーっと……。
「先生の好奇心がたぶん関係してる気がするかなー。私は現場を見てはないけど」
「……ウルタル……」
僕は再びガックリと床に膝をついた。今日1日というかこの10分で2回目だ。こんな日もめったにないだろう。そんな関係ないことを僕は現実逃避のように考える。
…そういや御使いがどこまで頑丈か試したい、みたいなことを言ってたっけ。……鍵ってあれしかないんだけど……。何してくれてんねんあいつ。なくしものを探す方位磁石1つで許してる場合じゃなかった。どうしよう、食べたものを何とか復元する魔法とかないのかな……。
すると、サロナがニコニコしながら手を挙げた。
「あ、私もそれ思ったことある! 好きなもの永遠に食べられたらいいのに、って! お揃いだね!」
お、おう。なんか趣旨は違うけど、求めてるものは一緒かも。さすがは別の世界の自分だわ。それで、その時はどうなったの? 見つかった? 同じ者同士のよしみでちょっとそれ教えてもらえないかな?
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ、ってアルテア様に怒られちゃった。いつまでも小さな子どもじゃないんだから、って」
「ごふっ」
解決策を募集していたはずが、なぜか流れ弾でダメージを負ってしまった。しかし、この反応を見る限り、食べてしまったものは戻す方法はないらしい。……はぁ……。
「なら当初の予定通り、私と船で一緒に行きましょうか。それで何も、問題ないですから」
「そうですね……。近道はできない、ってことがわかっただけでも良しとします」
……それに、もう1つ、今思い出したことがある。ウルタルに貰った、あの方位磁石。あれがあれば、取りに行けるんじゃないだろうか。……教皇の聖剣にも対抗できるであろう、あれを。そういう意味では、いいものをくれたかもしれない。僕はすっくと立ちあがる。
「ではあとは、神器2つを探すだけでしょうか」
「あ、その前に私、北の村に行ってきます」
「北の村……? 何をしにですか?」
僕はそのトアの問いに対し、ルート先輩以上の笑顔で答える。
「……ちょっと、愛剣を取りに」




