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『天空深處』

「あの、魔王様……ちなみになんですけど、魔王軍ってこれからどうなるんですか……?」


 そうおそるおそるサロナに尋ねるゼカさんは、とても不安そうな顔をしていた。ほらほら、部下が心配になってるよ。最高責任者でしょ君。ちゃんと考えて、責任もってあげて。


 ところが、サロナはうーん、と首を傾げて、満面の笑顔でその疑問に即答した。


「……わかんない!」


 あ、考える気ないわこれ。発言する前にもうちょっと考えてあげて! ……でもそもそも、なんで君、魔王なんてやってるの? ああいうのって魔王軍の中で最も強いのがやるんじゃないの? 君、初期のHP3やろ。ゲームの中でだけど。3って相当やばいよ。下に2と1しかないんやで。


 そして、自分の答えに対して呆然と立ち尽くすゼカさんを見て、サロナはさすがにまずいと思ったのか、オロオロしながらなぜか立ったり座ったりを繰り返した。そして、最終的に、そうだ、と何かに頷く。


「これはベッテさんにまた相談しなきゃ……!」


「……お姉ちゃんに?」


 ゼカさんの姉ってそういや№1だっけ。相談役みたいな感じなんだろうか? まあこの子1人では明らかに無理だもんね。魔王サロナが単体でうまくいくのって、ダンブルドア校長の元でスリザリンが優勝するくらいには確率低そう。





 僕がそんなことを考えていると、サロナはててて、と僕の前まで小走りでやってきたかと思うと、どこか切羽詰まったような表情で僕の袖を引っ張った。


「ねえ、ついてきて」


「え? 魔王城に?」


 ……まあいいけど……乗りかかった舟だし。1人にしないと言ったばっかりだし。……いや、ただ、相手のことを事前に知っておく必要はあるか。えーっと、ゼカさんや、ヘルプヘルプ。君の親族について、ちょっと教えてくれないか。


「ゼカさんのお姉さんってどんな人なんですか?」


「めちゃくちゃ優しい人だよ! 世界で一番かも!」


 ほほう。でも、第一印象で「めちゃくちゃ優しい人」だったルート先輩が実はああだったことを考えると、油断するのは禁物かもしれない。僕は真剣な顔で、ゼカさんにさらに尋ねる。


「優しいって、たとえば……? ホッケーマスクを被って深夜に斧を振り回す、とかだったりしませんよね?」


「何それ!? ……あれ? 『世界一優しい』ってひょっとして分かりづらかった? あたしの表現が間違ってたのかな……?」





 なんだかゼカさんが悩み始めてしまった。いつの世も正確なコミュニケーションは難しいものだ。しかし、この様子だとゼカさん姉はほんとにいい人のようである。何よりだね。ただ、ゼカさんはふと、悩むのを止めて顔を上げる。


「あ、でもお姉ちゃんって今は西の砂漠に行ってるんじゃなかったんでしたっけ?」


「あれ、そうだっけ……?」


「なんか№8たちが、帰り道がわからなくなった、って救助要請出してきたとかで。お姉ちゃんそれ聞いて、壁何発も蹴って凹ませてましたよ。蹴った後に頑張って隠してましたけど」


 ……ほーら、さっそくなんか雲行きが怪しくなってきたぞ。少なくとも僕の中で世界一優しい人は、壁を何発も蹴ったりしない。……まあ、会わないとどんな人かはわかんないか。戻って来次第、サロナと一緒に会いに行くか。えーっと、じゃあそれまでは、どうしようかな? ……あ、そうだ。




「アルテアさん、ちょっと教えてください。空間を超えるブーツ、 天空深處(ディープスカイ)ってこの屋敷にあったりしませんか」


「ああ、あるわよ。家宝だと言われて私が引き継いでるけど……それがどうしたのかしら?」


「できれば欲しいんですけど、駄目ですか?」


 軽いよ、とそれを聞いていたゼカさんが僕の後ろで呟いた。いや、だって、こういうのってストレートな方がいいんだよ。でも確かに、家宝をいきなりくれと言われてあげる人間はいない気がした。もう少しよく考えてから発言すべきだったか。僕もサロナのこと、あんまり強く言えないかもしれない。





 ところが、アルテアさんは「そうねえ……」と少しだけ考えた後、すんなりと頷いた。


「いいわよ」


「え!?」


「どうして頼んだ方が驚いてるのよ……」


 そう言ってアルテアさんは呆れたような顔をする。……いや、でも、だってねえ。……あれ? ちょっと不安になってきた。ひょっとして僕の価値観の方がおかしいの……?


「この子を連れ戻してくれたのは、あんたなんでしょ? なら、何かお礼をしないとね。……家宝よりも、もっと大事なものをもらったから、いいの」


 そう言ってアルテアさんは部屋を出て、スタスタとどこかに行こうとした。ところが、そのまま急にUターンしてスタスタと僕の前まで戻ってくる。……あれ、どうしたんだろう?





 僕がアルテアさんに向かって首を傾げると、アルテアさんも僕と同じように首を傾げた。斜めに傾いた状態で僕とアルテアさんの目が合う。こちらをじっと見つめるアルテアさんは、「家宝をくれ」といきなり言われたさっきより、明らかに困惑しているような表情をしていた。……おや?


「……そもそも。この子が死んでない、っていうなら。あんたは、いったい誰なのかしら……?」


 ああそうか。えーっと。なんというか。説明してもわかってもらえる気がしないっていうか。外見も違うし、もうこの世界のサロナもいるし。そこで僕は、ふっと笑ってごまかすことにしておいた。……諦めたとも言う。


「いえ、名乗るほどの者ではありません」


「別の世界の私だって言ってました!」


 ところが僕が言ったそばから、サロナが余計なことをアルテアさんに吹き込んでくる。……こらこら、今大事な話をしてるからちょっと静かにしててもらってもいい? ややこしくなっちゃうから。




 ところが、アルテアさんはサロナのその言葉に、至極あっさりと頷いた。ふーん、くらいの軽い感じで。


「あら、そうなのね。ならいいわ」


「えーっ!?」


「何、さっきからうるさいわよ。静かにしてられないの?」


 なぜかアルテアさんから僕が怒られてしまった。僕は大変釈然としない思いを抱える。いや、だって。軽すぎない? これでは僕1人が物分かりの悪い人みたいではないか。僕はおそるおそる、アルテアさんに確認する。


「……あの、信じるんですか?」


「ええ。だって、本当なんでしょ?」


 そう、さらりと言って。アルテアさんは今度こそ、部屋を出ておそらく家宝のブーツを取りに行った。僕は黙ってその背中を見送る。……その一言だけで済ませるアルテアさんに、やっぱり叶わないなと思う。僕が逆の立場だったら、絶対にすぐ信じられないし、一言で終わらせることもきっとできないだろうから。









「これが、 天空深處(ディープスカイ)ですか……」


 そう言って、トアがまじまじと僕の手元にあるブーツを覗き込んでくる。どれどれ、ではさっそく履いてみようかな? ……しかしこれなんか、やたらに足にフィットするので履きにくい……。


 僕はしばらく四苦八苦し、ようやく 天空深處(ディープスカイ)を身に着けることに成功した。周りから、こいつブーツも履けねーのかよ、という視線を感じたけど、男物となんかちょっと違うんだもん……。しゃーないでしょ。まあ、これでまた1つ強くなってしまったはず。さて、じゃあこの子とも意思疎通をしてみるとしよう。……ご機嫌いかがかな?





『――目的地を、設定してください』




 そんな無機質なアナウンスが僕の頭の中に響く。こいつ直接脳内に……。でもなんか、我が相棒である 水彩画家(アクアレリスト)とは違う感じ。あんまり自我はなさそうな……? まあとにかく、目的地だって! ひょっとして、どこにでも跳べるのかな?


「じゃあ、魔法都市に跳んでください!」


『了解しました』


 次の瞬間、目の前の景色が一瞬で変わる。僕はいつの間にか、魔法都市の入り口にある門の前に立っていた。……おお! これ、すごいすごい! もはや馬車いらないかも。ちょっとテンションが上がって門を何回も撫でた後、僕はもう1度アルテアさんの屋敷に跳んで帰った。


「あ、帰ってきた! ねえ、ほんとに魔法都市に行ってこれたの!?」


「ふふ、ばっちりです。ほら見てください。これがさっき魔法都市の門に触ってきた手ですよ」


「見せられてもわかんないよ! でもすごい!」


 わーい、とゼカさんと一緒に喜ぶ僕。やったぜ。これで機動性は大幅アップだ。ただ、なんか戦闘向きって感じじゃない気もするけど。どっちかというと移動用みたいな。


「そうでしょう。戦闘に使うなら、やはりわたしの 自家飛(セルフフリット)みたいに短距離転移の方がいいんですよ」


 お、おう。せやな。まあ、みんな違ってみんないい、だよ。前にも言った気がするけど。




 そしてゼカさんは、いいなぁいいなぁ、と言いながら僕のブーツをキラキラした目で眺めた。


「ねえねえ、これってどこにでも跳べるの?」


「ええ、距離の制限はないと、以前にそう聞きましたが……」


 確かそう僕らの方の磨王様が言ってた気がする。……距離制限ないってすごくない? いや、ほんとかどうかは知らないけど。


「じゃあ次はあたしも一緒に行きたい! 海辺の町とか行こうよ!」


「えーっと……」


 誰かと一緒に跳ぶってどうすればいいんだろう?  天空深處(ディープスカイ)さん、教えてくださいな。





『目的地を、設定してください』


 ……なんか駄目っぽいぞ。というかやり方がわからん……。これ、ヘルプが実装されてないんだろうか。誰かと一緒に跳びたいんですけど……。


『同行者を、登録してください』


 ……お。ちょっと前進したのでは? では次。登録ってどうすればいいのかな?


『同行者は、私に触れることで登録が可能です』


「触ればいいんですって。ゼカさん、さあどうぞどうぞ。がっつり触ってください」


「え? 触ったらいいの?」


 ゼカさんはそう言いながら、不思議そうな顔で、さわさわぺたぺたと僕の顔とか腕、肩やお腹を触る。……めっちゃくすぐったい。でもお願いブーツ触って。たぶんそっちだと思うの。でも僕ががっつり触れって言ったからややこしかったのかもしれん。


「普通は触るならブーツですよね」


 トアもそう疑問を呈してくるけど、まあいいじゃない。お互い女子なんだし。確か女子同士って、温泉で過剰なスキンシップとかもしちゃうんでしょ? 漫画で読んだことある。ならこのくらい構わないと思うな。


「いや、人が履いてるブーツにひざまずいて触るのがちょっと恥ずかしくて。ごめんってば副隊長、そんなに怒らないでよ」


「別に怒ってません」






 なんだかんだあったものの、その後、無事に僕とゼカさんは海辺の町に跳ぶことに成功する。久しぶりに訪れる海辺の町は、今日も晴れ渡ったいい天気だった。ざざーん、ざざーんと波の音が遠くからかすかに響き、遠くに見える蒼い海が日の光を反射して、きらきらときらめいている。吹き抜ける潮風が、僕らの髪や服をちょっと揺らした。


「ねーねー、副隊長も連れてきてあげようよ! あたし海で遊びたい!」


「……いい考えかもしれませんね。ちょっとだけ、息抜きしてもいいかもしれません」





 ところが、トアを連れて海辺の町へ跳ぼうとするも、何度やってもなぜかうまくいかなかった。……なぜなんだ。そして、ブーツのヘルプ機能になんとか確認したところによると。


『同行者が行ったことのない場所は、目的地に設定できません』


 どうやら、同行者と一緒に跳ぶ場合、全員が行ったことのある場所じゃないと跳べないらしかった。……うーん……便利なような不便なような……。じゃあ、海辺の町は諦めるとして、どうしようか? そう意見を募集すると、ゼカさんからとんでもない意見が飛び出した。


「あたし、火山の街に行きたい! 今度こそ温泉入ろうよ! あそこならみんな行ったことあるし!」


「……そうですね。前回は残念ながら入る前に閉鎖されましたから。アンナちゃんも誘っていいですか?」


「ちょっと待ってください」


「おや、駄目ですか?」


 いや、シャテさんが駄目とかじゃなくて、温泉が駄目だ。どうする、急に不具合が起きたことにするか。どうしよう。えーっとえーっと。ゼカさん姉が魔王城に早く帰ってこないかな。そんなすぐには帰ってこなさそうだったか。えーっと。


「シャテさんが駄目とかじゃなくて。温泉が駄目です」


「……どうしてですか?」


「ほ、他に行きたいところがあるからです……」


「どこ?」


 どこだ。距離制限がないなら、どこにでも跳べるはず。なら、どこか。僕は一生懸命、頭を回転させる。…………あれ? ……距離制限が、ない……? 行ったことがある場所なら、行ける? どこでも?




「これって、私、元の世界に戻れないですか? だって、距離制限ないんですよね」


 トアが、はっとしたように僕のブーツを見た。……あれ、副隊長も異議を唱えない。これって来ちゃったんじゃないの。唐突に、この旅の終わりが。







 僕は静かに集中し、息を整える。……アルテアさん、サロナ、ルート先輩、そしてゼカさんと、トア。周りで見守る皆を、僕は1人1人ゆっくりと見つめた。寂しそうな顔、焦ってるような顔、怒ってるような顔、そしていつも通りに静かに笑っている顔。


「あの! 戻ってきますよね」


「ええ。できたら、1度は」


 僕はなんだか怒ってるような表情をしてるトアとそう約束する。……できたら。確約は、できないけど。だって、現実世界に魔法はない。あっちに行って同じように使える保証もない。だから、ひょっとしたら、もうこれでお別れかもしれなかった。僕は寂しい気持ちを押し殺して笑い、みんなに手を振った。いつか僕のことを思い出してくれるなら、やっぱり笑顔を思い浮かべてほしかった。


 そして、集中を深める。自分の魔力が、ブーツにだんだんと集中していくのがわかる。きっと、周りのみんなにもそれが伝わったのか、誰かが息を呑む音が、かすかに聞こえる。僕は心の中に、現代の自分の家を強く思い浮かべた。……よし、跳べる。さあ、行こう。ここがこの世界での、終着点だったんだ。僕は大きく一歩を踏みだした。







『鍵が入力されていません』


『魔力が足りません』


『無効な目的地です』




 頭の中に、注意アナウンスみたいなのが3つ、響き渡った。同時に、踏み出した一歩はそのまま地面に普通に降りる。傍から見たら、ただ単にその場で足踏みをしたようにしか見えなかったと思う。僕はそのままそろそろと皆の方を振り返った。





「いや、なんだったのよ……」


 そう呟いたアルテアさんの言葉が、その場の全員の心境を代弁していたと、そう思う。……どこか遠い国に、僕を誰も知らない場所に、今すぐにでも、行きたい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] サロナとサロナがアルテアさん談議をしたら延々と続きそう。
[一言] ゼカさんの姉は№1とのことだが、ゲームの世界にもいたのだろうか。それともゼカさんと同様にゲームにはいなかったのだろうか。ちょっと気になる。 主人公は仮に元の世界に帰れたとしても、元の肉体は…
[一言] まあ、ドンマイ
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