姉と妹、の話(2)
僕とサロナは、トアとゼカさんと一緒に、魔王城から魔法都市に飛んだ。さて、始まりの街へ行かないとだけど……。問題が1つ。アルテアさんの屋敷には、教会関係者がたくさんいるらしい。ということは、それを何とかしないと戻れない。ふむ。
……教会関係者を片っ端からフルボッコにして終わるなら、それが一番簡単でいい。ただそうしたとしても、きっとマドハンドみたいに次から次へと増援がやってくるだろう。レベル上げが目的ならいいんだけど、今回はそうじゃないから……。
そもそも、どうしてそうなっちゃったかというと、サロナが精神魔法を使えることがバレちゃったからか。そこを何とかしないと。……でももう認識されちゃってるわけだから……それを何とかできる方法なんて……もう1人1人洗脳しちゃうくらいしか……ん?
「整いました」
「……どうするつもりですか?」
「助っ人を呼びましょう。……力を借りることができれば、ですが。ちょっと先に移転の魔方陣のところに行っておいてください」
「助っ人……?」
僕はウルタルの研究所へ走り出した。……前はいなかったけど、もし先輩がいてくれたら。屋敷の人間くらいが相手なら、記憶をいじるのなんてお茶の子さいさいなのではなかろうか。僕は走ってきた勢いのまま、バーン! と研究所の扉を開ける。すると、室内にはいつも通り、愛用のクッションと戯れながらのんびりしているルート先輩の姿があった。僕はダッシュで先輩の元に駆け寄る。
「先輩! お願いがあるんです!」
「お、どうしたのー? そんなに慌てなくても、私は逃げないよー」
「あの、屋敷というか、いっそのこと街全体というか。ある記憶をなくしてほしいんです」
範囲をあらかじめ、ちょっと多めに申告してみる。すると先輩は、クッションを抱えたまま、「おや?」とばかりに首を傾げた。
「そのくらい簡単だよー。……けど、前はやるなって言ってなかった?」
えーっと、確かに。えーっとえーっと。他人の意識をいじるのって、よくないことだと思う。でも今回は、そんなに大きい部分じゃないというか。いや、まずそもそも。この件について、最初にちょっかいをかけてきたのは教会だ。
「これはあっちが仕掛けてきたことですからいいんです。何の罪もない人の意識に手を入れるのはやめてほしいですけど……敵の人権に配慮するほどの優しさを持つ心のゆとりが今の私にはありません」
「……なるほど、それはそうだねー。……敵にはね……」
先輩はそう言って、笑顔のままソファーからふわりと立ち上がった。おお、手伝ってくれるっぽい。それにしても、今更ながら先輩の能力チート過ぎやろ。でもありがとう。
「じゃあ、行っちゃおうかー。……ねえ、全部消したら駄目? その方が簡単なんだけど」
「駄目です!」
「あはは、言ってみただけー」
お願い先輩、ちゃんと否定して。やっちゃいそうで怖いから。
「さて、じゃあ行きましょうか」
「あ、ルートさんが助っ人なの……? まあいいか。それとさ、そのアルテアさんっていきなりこの子が現れたら、びっくりしちゃわない? だってもう生まれ変わったと思ってるんだよね? 『えーっ!?』ってなっちゃうよたぶん」
……なるほど、ゼカさんの意見も一理ある。続いてサロナも挙手して意見を述べた。
「私もいきなりはやだ。『あんたがいたらはっきり言って迷惑なのよ』ってアルテア様に直接言われたら、私死んじゃうと思う」
せやな。あの人は絶対そんなこと言わないと思うけど。万一言ったら君憤死しちゃうよね。世界史でしか見ない単語、憤死。よって、まずは感触を確かめるべきではあるか。……よし、僕がアルテアさんと自然に会話して、そのへんを確認しつつ、さりげなくサロナ登場への導入をしようではないか。同じ自分のよしみだ、大船に乗ったつもりで任せておきたまえ。
僕がそう手を上げて立候補すると、なぜかみんなが僕の方をじーっと見て、そのまま黙ってそろそろとお互いの顔を見合わせた。……なんだなんだ。なんかよくわからないけど不安そうだね。そしてやがてトア副隊長も挙手する。
「あの、わたしがフォローしますよ」
「フォロー……? あ、援護射撃ってことですかね。よろしくお願いします」
ゼカさんと先輩には、サロナと一緒にいてもらい、ゴーサインを出してもらう役を頼んだ。僕とトアがアルテアさんと話して感触を確かめ、行けそうならサロナを呼びに行って登場してもらう、みたいな感じでいいか。よし、では作戦スタート。
「今日もお仕事、お疲れ様です」
僕は屋敷に帰ってきたアルテアさんの元に、カチャリと紅茶の入ったティーカップを置く。なんか今日も疲れてるみたい。椅子に座ったアルテアさんは、何やら目頭を押さえていた。なんとなく、徹夜明けの同僚を思い出す。その同僚はキーボードを打ちながら「俺のキーボードが見つからない……どこにあるんだ……」と何度も呟いていたっけ。睡眠時間大事。
「あらありがと。……あんたは今日はどうしてたの? どこかに出かけてたみたいだけど」
「今日はお城に行ってました! 魔王城に! ……いえ、間違えました。その辺の公園をうろうろしてました」
「……いや、どういう間違いよ……?」
「近所の公園のことを私の中では魔王城と呼んでいるんです。かっこいいですからね」
「そ、そう……まあ、その頭の悪さはあんたらしいかしら」
そのアルテアさんの言葉を聞いて、お前適当なこと言ってんとちゃうぞ、という僕への怒りをちょっと内側から感じた。いや、だって魔王城って口走ったのあなたですやん……。
……さてと。僕はアルテアさんの座っている向かいにさりげなく腰を下ろし、大事な話を始める。
「あの。それよりも、前の私のこと、知りたいです。あまり記憶がはっきりしなくて」
「あら、気にすることないのよ。むしろ、前の通りに振舞おうとしないでちょうだい」
「いえ、そうではなく。単純に興味があるんです。どんな人、だったのか」
「……そうねえ……」
「そこをなんとか!」
「早いわよ! まだ考えてる途中じゃない。……まあ、いいわ」
そう言って、アルテアさんは何かを思い出すように、顎に指を当てて宙を見つめた。そのまま、目を閉じて、ぽつりと呟く。
「まず、頭が悪かったわ。びっくりするくらい」
おおう。こういうのって、普通は褒める話になるんじゃないの? 一言目でディスられてしまったぞ。よかった最初から連れてこないで。
「そもそも近所に住んでいて、昔からの知り合いではあったんだけど。まあ、妹みたいなものだったかしら……。感情表現が激しくてね。喜んだり、泣いたり、笑ったり。忙しい子だった」
うん、それはなんとなく知ってる。あとけっこうすぐ手が出るよね。足もバタバタするし。
「何を言ってるかあんまりよくわからないときもあったんだけど……不思議と意思疎通はできたわ。そして私は好かれていた、みたい。愛情を全身で示してくれた。自分が好きなものを、ちょっと迷いはするみたいだけど最後には必ず『はい』って持ってきたりね。落ち込んでたら一生懸命話しかけて歌ってもくれたし、あえて話さず、寄り添ってくれる時もあった。馬鹿だったけど、私が喜ぶことをきっと何年もかけて、覚えてくれたんだと思うわ。馬鹿だったけど」
……馬鹿馬鹿言ってるけど、アルテアさんの話を聞いて確信する。これ絶対迷惑とか言わんやろ。もうすぐにでも出てきていいと思う。ただ呼びに行くタイミングがない。そして気がついたら僕の中のサロナがさらに乗っかって質問を重ねていた。
「……アルテア様にとって、かつての私ってどんな人だったんですか」
待ちなさい。それ自分が聞きたいだけやろ。
「私にとって、私の事を子どもの頃から知ってる唯一の親しい存在だった。もう……戻ってこないけどね。今更気づくなんて、私が馬鹿よね。……もう……1人ぼっちになっちゃったわよ……」
最後の言葉は消え入るようで、耳ではほとんど聞き取れなかった。たぶん、独り言みたいなものだったんだろう。ただ、僕らにはそれが聞こえた。そういう、能力だから。
……ただ、それが良かったのかどうか。アルテアさんの心の中で、1人で大事にしている気持ちをこっそりと聞いてしまったような、そんな気がして申し訳なくなる。やっぱり、なんとかしたい。……僕は、沈み込んでいるアルテアさんに、意を決して声を掛けた。
「あの……! 実はですね! アルテアさんに会わせたい人がいるんです!」
「……あ、こら! どうしたの急に走り出して!!」
隣の部屋からそんなゼカさんの焦った声が聞こえ、何かがバーン! と部屋に飛び込んでくる。その何かは、一直線にアルテアさんに見事な頭突きを決めると、そのまま全身でしがみついた。まるで、飼い主に何年ぶりかに再会した犬みたいだった。そして、涙声で叫ぶ。
「アルテア様ー! ごめんなさーい!! 帰ってきましたああああ!」
「……ごふっ……!? な、何……!?!?」
座ったままサロナに抱き着かれ、アルテアさんは固まったまま、僕とサロナと持ってるティーカップをそれぞれ交互に何度も見た。……それでもやがて、カップをそっと置き、目を閉じてぎゅっとサロナを抱きしめて。……色々な感情が混ざった表情を浮かべ、長い時間ずっとアルテアさんはそのままじっとする。そして長い時間が過ぎた、その後に。アルテアさんはほんの少しだけ、笑った。
「……あんたは本当に、馬鹿ね。……おかえりなさい……」
……短いけど、その言葉だけで十分だったんだと思う。この2人には、きっと。少しのきっかけさえあれば、すぐにでも元に戻る、そんな関係だったんだろう。距離も時間も、関係なく。……そばで眺めながら、2人のそんな関係を、僕は羨ましく思った。そして同時に、元に戻るそのきっかけを自分が作れたことを、少しだけ誇らしい、とも。
「……でも、どうするの? 教会の人から狙われちゃうんでしょ?」
「そこで、このルート先輩の出番です」
「ふふふ、この街の人たちからはもう消しちゃったよー。かんたーん」
「はやっ!? もうですか!? いつ!?」
「…………」
そうしてニッコリ笑い、両手を合わせたままくるくると回る先輩を、なぜかトアがじーっと眺めている。なんか考え込んでる感じ。……んん? 何か、気になることでもある……? そういやトアさんフォローはどうしたの。ずっと黙ってたけど。
「えーっと、それで、消したって何を?」
とりあえず、僕は首を捻っているゼカさんに手短に先輩のチート能力を説明する。……いやぁ、本当に先輩が味方で良かった。敵だったらと考えたらもうどうしようもないもん。だって何かされても、こっちが忘れちゃったら何も対応できないし。
「ならもう幸せに暮らせるんだ……ううぅ、よかったですね……ぐすっ……ん? …………あれ?」
そしてどこか温かい雰囲気の中。アルテアさんとサロナを見ながらぼろぼろ涙を流し、それをぐしぐしと拭いていたゼカさんの動きが、急にピタリと止まる。……あ、なんか嫌な予感。
「あれ、じゃあ、魔王軍はどうなるの……?」
そこに気づくとは……やはり天才か。彼女がばっと僕の方を見てきたので、そっと目を逸らす。えーっと、もてはやされるとかはトアが言い出したんだからそっちに聞いたらいいと思うな。そもそもこっちの世界の魔王軍ってどういう集団なの? そこからよくわからないんだけど。あっちの世界の魔王軍は神と勇者の敵だけどさ。
そのままじーっとゼカさんから何か言いたげな視線を向けられ、僕の背中をつーっと冷や汗が伝った。えーっと、どう言ったものやら……。……そんな時、不意にルート先輩がこちらに寄ってきてその長身を屈め、僕の耳元でそっと囁いた。
「ねえ、……1つだけ、お願いがあるんだけど、いい?」
「なんですか? 何でも言ってください!」
「ふふ、そう? ならお言葉に甘えちゃおうかなー? あのね、教皇や女神と戦うんだよね? その時、私も呼んでもらっていい?」
「え、もちろんです。というかそんなことでいいんですか? こっちからお願いしたいくらいですよ!」
「ふふ、やったー! 嬉しい!」
僕のその返事を聞いて、先輩は手を合わせてニッコリと笑った。子どもみたいに曇りのない笑顔で、いつものように。……しかしふと少しだけ、その様子が気になった。きっと先輩がついてきてくれたのは、これを頼むためだ。でも、どうして? だってわざわざ力を貸してまで、頼むような内容だろうか。
そして、僕はさっきまで考えていたことをまた思い出す。……先輩が何かしても、僕らがそれを覚えていられなかったら……?
僕がもう1度先輩の顔を見返すと、先輩はニコニコして「んー?」と首を傾げる。それはさっきまでと違って、どこか空恐ろしいものにも僕には見えた。その笑顔に何の意味もないことを、わかっているが故に。




