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偽物と本物、コピーと原本

 よし。メイドの子からの聞き込みにより、だいたいの事情は分かった。ならば、ここではサロナとして振舞うべきだろう。……ということは、相方と交代しといた方がいいかもしれん。アルテアさんを見てテンション上がってるから、サロナもきっとすぐ表に出てくるだろう。


 そこで僕は部屋に戻ると、もう1度ベッドにころんと寝転んだ。……あとは好きにしてくれたまえ。


 それに応えるように、僕の奥から何かが浮かび上がってくるのがわかる。よしよし、頼んだぞ。





「もう、寝るには早すぎるでしょう。まだやることがあるはずです」


 トアが僕をゆさゆさと揺らしてくる。……なんと、トアに「寝るな」と注意される日が来るとは。感無量である。これってかなりの激レアイベントじゃないだろうか。


「んー……ねむいもん……」


 でもサロナは全然起きない。せっかく交代したのにこの子なんか全然やる気ない。君、自分のお墓作られてるんやで。もうちょい驚こうよ。


「この、さっきまでさんざ寝てた癖に……!」


「うるさいなぁ……もう、あなたも一緒に寝たらいいのに」


 そう言ってサロナはがっしとトアの腕を掴み、無理やりにベッドに引きずり込んだ。そのままぎゅーっと彼女を抱きしめて、再びまどろみ始める。……あ、やばいやばい。こんなん怒られるやつやん。概念ごと真っ二つにされるぞ。……僕とサロナが真っ二つにされたらまた2人に戻ったりするんだろうか。


 ところが、トアは全然剣を抜こうとしなかった。なんか黙ったままだし。……そしてそのまま、暖かい中で僕も眠気の中に沈んでいく。お互いのおでこがくっつくくらいの間近で、最後に見たトアの顔は。なんだかトマトみたいに真っ赤だった。








「帰ったわよ。……あら、仲がいいのね」


「はい、仲良しなんです! おかえりなさい!」


 ばっと布団を跳ね除けて起き上がり、帰宅したアルテアさんにサロナは駆け寄った。


「じゃあ、食事にしましょうか」


「はい!」


 ところがトアが全然起きてこないので、僕は彼女を起こすべくベッドへいったん戻った。このお寝坊さんめ。


「こらこら、そろそろ起きないといけませんよ」


「……わたしが起こしても起きるそぶりすら見せなかったくせに……」







 そしてテーブルを囲んで食事をしながら、サロナがあれやこれやと話をしているのを、アルテアさんはふーん、という感じで聞いてくれた。ただ、ちゃんと耳を傾けてくれてるのは雰囲気でわかる。


「それで、今日はどうしてたの。どうせ部屋で大人しくはしてなかったでしょ?」


「池で魚を見たりしてました!」


「……そう。あんたは相変わらず生き物が好きね」


 なんと。僕が最近生物に興味があるのって、別に僕の知的探求心が旺盛になったからじゃなくって、サロナの影響だったらしい。まあ、いいよね生き物って。見てよし、触ってよし、ライバルにしてもよし。


「アルテア様は、お仕事ですか?」


「そうね。今ちょっと教会からの調査依頼が増えてて、面倒なの」


「教会! 悪い人がたくさん集まってるところですね……怖いです」


「……さしずめあんたの罪は、頭が悪すぎるところかしら」


 その後も、サロナがほぼ一方的に話し、それをアルテアさんが聞く、という形のままで食事は終了した。食後に皿の片づけを手伝おうとするサロナを、アルテアさんはほう、という顔で眺めた。


「へえ、姿だけじゃなく変わったわね……。でも偉いわ。…………ところで、ねえ……ちょっとテラスで話さない?」








 サロナとアルテアさんは、2階のテラスに出た。そこは室内と違って薄暗く、だからかかえって星と月がよく見える。外に出て気づいたけど、今日は雲1つない、晴れ渡った空だった。澄んだ夜空に、宝石のような満天の星が煌めいている。


 僕らは、並んで手すりから身を乗り出し、その夜空を眺めた。時折吹く夜の匂いのする風に流されて、横にいるアルテアさんの金色の髪が、さらさらと揺れる。それを見て、自分と髪の色がお揃いだということに、僕は初めて気づいた。そして、アルテアさんは不意にぽつりとサロナに尋ねる。


「……ところで、丘にある墓には行った?」


「はい! お墓の周りに植えられてたあれ、一緒にピクニックに行った時に、私が好きって言った花ですよね! たくさん咲いてて素敵でした」


 ……あ、そうなんだ。初耳。さすがはオリジナルの完全コピーだけある。僕ならもうそろそろ尻尾が出てるだろう。




「ねえ、……あの時のこと、覚えてるかしら?」


「あの時ですか?」


 ……あの時? えーっと……。


 そしてサロナもそれだけだとよくわからなかったらしい。そして僕らの困惑した表情を見て、アルテアさんは静かな表情で言った。


「あんたが死んだときの、話よ」


「……えーっと……いったいどの……?」


「……あんた何回も死んでるの!? どういうこと!?」


 ゲームの中で1回。現世で1回。崖から落ちて? 1回。確かに。ただここでの話は3つ目の奴だと思うなぁ。崖から落ちた時の、話。僕は後ろからひそひそとそうヒントを送った。するとサロナは笑顔で頷く。


「ああ! わかりました! そっち!」


「何がわかったの!? どっちよ!?」


 ところがアルテアさんからは大変困惑した顔で見られてしまった。ごめんなさい、なんとかスルーでお願いします。……駄目かな? だって傍から聞いてたら意味が分からないもんね。決して嘘ではないんだけど。






 そしてしばらく間が開いた。アルテアさんは逡巡しつつも、夜空を見上げながら、僕らに再び問いかけた。


「……ねえ、覚えてるかしら」


 おお、全てをスルーしてテイク2に突入してくれたらしい。なんていい人なんだろう。


「はい! あの時ですよね。風邪をひいてたアルテア様のためにキノコ鍋を作ったら、それが毒キノコでアルテア様がお腹を壊しちゃったあの時」


「……そんなことあったかしら? たぶんそれって違う日よ」


 そんなことあったら絶対忘れないと思う。……天国に一番近い食事かな? あったかどうか思い出せないということは、ひょっとしてそれが日常だったのか。思いっきり実害出てるよ。そしてアルテアさんは食べてくれたんだ。器広いけど、それが大変気の毒でもある。きっと外見からして怪しかっただろうに……。せっかく作ってくれたのを無碍にもできない感じだったのかな……。





「じゃあ、アルテア様がお風呂に入る前に、カニをたくさん湯船に浮かべたとき……?」


「それも別の日だけど、そっちは覚えてるわ。光景が衝撃的すぎて。苦しそうに浮いてたカニの群れといっせいに目が合ったもの。……なんであんなことしたの? しばらく風呂場が磯臭くて仕方なかったわよ」


「あれはアルテア様が、『温泉とカニって合うらしいわね』っておっしゃったから……どうかなって……」


 おっしゃったからなんやねん。どうかなって何がなんだ。なんかやばい話がポンポン出てきて怖いんだけど。……しかし、温泉宿にいるアルテアさんはちょっと見てみたいかもしれん。普通に一緒に行ったら良かったのに。






「えーっと……ちょっと思い出せなくて……ごめんなさい……」


「……あの時、叱って悪かったわ。ただこう言っても……今のあんたに本当の意味じゃ、通じないのかもしれないわね」


 そう言って、アルテアさんは下を向き、そっと目を閉じた。




「今の? どういう、意味ですか」


「……よく似てる。ほとんど同じだといってもいいくらい。生まれ変わりなんだと思う。記憶も同じ。だけど……やっぱり、違う。でも、今のあんたが悪いんじゃない。戻ってきてくれて、話せて、嬉しかったわ。本当よ。それはわかってちょうだい。……けど……」


「私が偽物、ってことですか……?」


「ううん、そうじゃない。私の受け取り方の問題。……今日、わかったわ。私はきっと、あの時のあの子に、謝りたかったの。今更そんなこと、できるわけないのにね」


 アルテアさんのその言葉にショックを受けて黙ってしまったサロナに代わって、僕が再び表に出る。


「謝りたい?」


「ええ」


「……きっと、死んでしまっても、一緒に居られて幸せだったと思います」


「そういうことじゃないわ」


 ……え? 僕がアルテアさんの顔を振り向いて見上げると、彼女は寂しそうに笑った。視線は僕の方を向いているのに、アルテアさんは僕を見てはいない。それは、自分にはもう二度と手の届かない、ずっと向こうの何かを見つめている、そんな目だった。


「たとえそうだとしても。……あの子が最後に、嫌な思いを抱えたまま死んでしまったのなら、それは私のせいだと思うから。それを、とても悔やんでいるの。……今も、ずっと」










 「こんなこと言ってごめんなさい。でも、よく帰ってきてくれたわ。また一緒に暮らしましょう」と最後に言い残して、アルテアさんは屋敷の中に戻っていった。僕はそれを見送り、手すりから身を乗り出してもう1度夜空をそっと見上げた。


 ……アルテアさんから伝わってきたのは、底抜けの後悔だった。きっと、いろんな人があの人に声を掛けたんだろう。さっきの僕みたいに、一緒に居られて幸せだったと思う、みたいな。でも、喧嘩したままで相手が死んだ、ということ自体は、否定できないわけで……。


 …………いや、でも待った。僕の相方って完全コピーなんだから、ここで死んだときの記憶まで持ってるはず。喧嘩で嫌な思いを持ったまま死んだわけじゃない、ってことを、この子だけがアルテアさんに伝えられるんじゃないだろうか。たとえコピーでも……いや。コピーだからこそ伝えられることが、僕らにはあるはず。……ただ、もし嫌な思いのまま死んでたら、もう何も触れないでおくけど……。





 …………で、実際どうなんだろう? 僕はそう、自分の同居人に問いかける。


 しかし、返事はなかった。というかなんかずっと固まってる……。まあ、気持ちはわからなくはないけど……うん。でも、これって君しか何とかできないことだ。だから、なんとか頑張れないかな? そう、メッセージを送ってみる。




 そして、僕はサロナの返答を待つ間に、もう1度考えを纏めた。あとなんかアルテアさんって、姿も変わったし、みたいなこと言ってなかったっけ。僕の姿があの人の知ってるのと違うのも、違う感を出しちゃってるんじゃないだろうか。……もう、なんでこの姿だったんだろう。生まれ変わるなら、サロナの姿でよかったのに。しかし、今更そう言っても仕方がない。さて、どうするか。




 ……あ、そうだ。僕は思いついたアイデアを、 水彩画家(アクアレリスト)にさっそく聞いてみることにする。


「ねえ、自分自身って呼び出せないんですか……?」


『ええ……? やったことがないけれど……どうかしら……? ただ、おそらく可能なんじゃないかしら』


 ……そう、僕の記憶の中にいる、あの姿のアルテアさん大好きなサロナを召喚したら、アルテアさんもちょっとは笑顔にならないだろうか。



 僕は、絵筆を振りかざし、ひたすら夜空に祈る。かつての自分自身の姿を念じながら。それはもう、何かに取りつかれたのではという勢いで延々と筆を振った。……しかし、いつまでたっても何も現れなかった。……なぜなんだ。


「やっぱり駄目なんでしょうか……?」


『いえ、自分自身なら縁があるから、理論上は呼び出せるはずよ。……ただ、言いにくいのだけれど……これはあなたの魔法の才能の問題だと思うわ』


 僕の才能だと、せいぜい戦った相手しか呼び出せない。そして、僕は当然だけど自分自身と戦ったことなんてない。つまり無理、という話になってしまうらしい。ええい、ならやはり記憶頼みしかないか。姿なんて大して大事なことではないのだ。





『……あの時って、いつ……?』



 その時、僕の心の中で、サロナの声がした。……あの時、って言ったらアルテアさんと喧嘩して、君が崖から落ちて死んだときだよ。いつってそんなの1回しかないだろうに。まあ少しずつ、思い出してみようか。まず、アルテアさんに叱られて屋敷を飛び出したことって、なかったかな?


『たくさんある』


 ……あ、そうなんだ。じゃあ次、なんか崖から落ちたことってない? これならあんまりないはず。


『何回か』


 …………そ、そうなんだ。でもさっきより絞れたぞ。アルテアさんに叱られて、その後崖から落ちたことってなかった?


『ある』


 それだよそれ。その時ってどんなことがあったの?


『あんまり覚えてない……』


 おおう。でもその辺まではちゃんと覚えてるらしい。そこ大事よ。……そうか。現場を見に行ったら何か思い出すかもしれん。明日は下調べだね。刑事は現場に100回行くと聞いたことあるし。僕らは刑事じゃないけど、1回くらい行っておいてもいいだろう。








「ふむふむふむ……」


 翌朝、僕とトアは、サロナが死んだという崖の下にやってきていた。崖は、屋敷から山の方に15分くらい歩いた場所にあった。あたりは岩とひょろひょろの木がまばらに生えている。……というか来てわかったけど、この崖、ちっちゃい。崖っていうより、途中まではめっちゃ急な斜面という方が正しい。下3メートル位は直角だけど。確かにここからなら何回か落ちても生きてると思う。でも、打ち所が悪かったらそれでも死ぬのかも……。僕は崖を下から見上げて、首を傾げた。


「それにしても、なんでこんなところに……?」


『誰かに追われて来た気がする』


 怒り狂って正気を失ったアルテアさんとかだろうか。……そういや、遺体ってここから上まで持っていくの大変だったんじゃないかな。ちっちゃいけど崖だし。魔法的な何かで何とかしたのかもだけど。






「あなたの遺体……? それがね、結局見つからなかった、って話よ」


 昨日のメイドの子を庭で見つけたので、今日も聞き込み捜査に協力してもらった。ところが、そこから意外なことが判明する。


「ちょっと待ってください。遺体が見つかってないのに死んでる……?」


「正確にはね、屋敷の人間が探しに出て、崖の下で血だまりの中にいるあなたを見つけたのね。それで、回復魔法を使える人を呼びに行って、戻ったら。……そこには、血だまりだけが残って、あなたはいなくなってたんだって」


「いなくなってた……?」


「うん。それで、皆で懸命に捜索したんだけど……どうしても見つからなくて。あたりに隠れられるような場所もなく、動いた痕跡も全く見つけられずで。どっちみちあの出血ではもう生きていられないだろう、っていうので死亡扱いになったの」


「そんなに血が出てたんですか」


「……えーっと、崖は見た? あの下に、血で池ができるくらいだったって。ちょっと大げさにはなってると思うけどね」


「それは死にますね」


 なるほどなるほど。…………いやでも今の話、なんだかおかしいぞ。そんなに血が出てるのに、移動した痕跡が見つからない……? サロナが天才的な止血・隠蔽技術に死の淵で急に目覚めた、という可能性もないわけじゃないけど。


 それに死んだからって血の池ができるくらい出血するってさすがに多すぎる。使徒じゃないんだから。それに、そのくらい出血してたらまず動けないはず。世の中には、腕からの出血で貧血になって寝込む御使いもいるんやぞ。……ということは。


「幻覚、ですかね」


「おそらくそうかと」


 オリジナルが使えない方がおかしいか。その場に本人がいなくても効力を発揮するっていうのが僕のと威力が違うけど。でも、サロナの死体が幻覚だったとしたら、彼女はその後、どうしたんだろう。そして今、どこに……?




 僕がそう考えこんでいると、メイドの子がクスクスと笑いながら僕の方を覗き込んできた。


「それにしても今日は転ばないのね。感心、感心」


「ふふ、当然でしょう」


 ところが隣のトアが、呆れたような顔で僕の顔をちらりと見た。自慢することじゃない、という表情。なんかトア、この街に来てからやたら僕に冷たくない……? まさか迷惑かけすぎて見放されかけてるとかだろうか。それってさびしい……。


「普通は何度も転ぶのが珍しいんですけどね。あまり他で聞いたことはありません」


「ぐぬぬ……」


「まあ、あなたってすそが長い服、好きだったもんね」


 ……そこで、何かがまたひっかかる。僕が転んだのが、すそが長い服の時じゃなかったから……? いや、どこかで誰かが、すそが長くてよく転ぶ人間の話をしていなかったか。確かに聞いた気がする。……あれは、いったい、どこで……?





「ねえ、トアってその話に聞き覚えあったりしませんか?」


「すそが長くてよく転ぶ人間……? さあ……? 聞いた覚えはありません」


 えーっと、どこだっけ。確か、それを聞いて、大丈夫かと思った覚えがある。裾上げの概念そいつに教えてやれよ、みたいなことも。えーっとえーっと。


「でも確か、あれトアの武器屋ででしたよ」


「わたしの……? だったらアンナちゃんでは? よく遊びに来ますし。あとは……店番をたまにしてくれていた……」


 そのトアの言葉とともに、僕の脳裏にその時のことが思い出される。客の来ない武器屋のカウンターで、肘をつきながら僕と駄弁っていた、彼女の姿が。




「……ゼカさん……!」

いつ書いてたか自分でも忘れていました

海辺の街に出かける直前くらいの話ですね

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― 新着の感想 ―
[一言] この、お風呂にカニ浮かべるとか、なんでそんな発想するのかわなんないサロナの面白エピソード好きです ……でも、だから海辺の町であれなのかしら
[一言] ゼカさん忘れられてた
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