魔物好きのクーちゃん、動く
「……やれやれ……見破られてしまったなら仕方ありませんね」
そう言って教皇は両手をゆるゆると広げた。それに対し、アレットさんが腰に手を当てて抗議する。
「さすがにあんなので誤魔化される人がいるわけないですよ!」
「そうだそうだー!」
僕がアレットさんの後ろから手を上げてそう言うと同時に、トアがちらりとこちらを見た。何かめっちゃ言いたそう。……い、いや、僕も怪しいとは思ってたし。ただ武器を置いたから、そんなこと敵がするわけないかなーって……。ごめんだからそんな目で見ないで。
「……あなたは、女神と手を組んで、何を企んでいるんですか?」
「いえ、何も企んでなどいません」
その返事を聞いて、トアはじっと教皇を見つめた。その視線に負けたわけではないだろうけど、教皇は目を閉じて、微笑みながらゆっくりとその続きを付け加える。
「……ただ私は、恐ろしいだけですよ」
恐ろしい。何が、怖いんだろう。
「私は教皇として、迷える魂を救うため、これまであの方の元に幾多の人間を送ってきました。皆、幸せそうでしたよ。……きっと、恐怖からも解放されるのでしょう。私はこの仕事に誇りを持っています」
なんか急に自分の仕事について喋りだしたこの人……よく知らないけど、教皇のお仕事ってそういうのなんだ。……いや、ちょっと待った。
「女神の元に送る、って、つまり殺してるってことですか? もはや教皇というあだ名の大量殺人鬼では……」
「いえ、とんでもない! ただ救っているだけです。間違った道を生きて歩むより、正しく救われる方が良いと、そうは思いませんか?」
……ただの大量殺人鬼だった。じゃあなんで聖剣使えてんねん。悪意バリバリやんけ。
教皇は満面の笑顔で、自分のしていることには何の問題も感じていないようだった。しかし、その表情が不意に曇る。……なんだ。今、急に自分の罪に気付いたとかそういうのであってほしいけど、たぶん違いそう。
「ですがその一方で。あの方のほんの気まぐれで自分の生死が左右される……そう知ったとき、私はとても恐ろしかった。私はね、ただ、自分が死ぬのが怖いのです。これまで送ってきた幾多の魂たちと同様に、自分が何者かもわからなくなってしまうのが、怖い。……ああ、恐ろしい……。ですから、あの方のお傍にいるのですよ」
「わざわざ怖いものの近くにいる気持ちがわからないんですけど……」
「矛の近くにいれば、少なくとも矛先がどちらを向いているかはわかるでしょう? ……申し訳ありません、待たせてしまいました。さあ、それではあなたたちにも救いを与えてあげましょう」
そう言って、教皇は音もなく手の内に聖剣を召喚した。……あ。そういやすぐ呼び寄せられるんだから、武器をしまっても意味ないやんけ。そして教皇のどこか熱を帯びた視線が僕らを舐め、ふとトアの持っている剣を捉えた。
「私をその剣で斬るつもりなのですか? ああ、ああ、恐ろしい。……恐ろしすぎて……」
フォン、と再び風のような音がする。その瞬間、嫌な予感がして、僕はトアとアレットさんを抱えて思いっきり後ろに飛び退った。教皇の独り言のような、ねっとりとした呟きだけが、僕の耳に残る。
「――つい、あなたたちを殺してしまいそうです」
床に着地したあと。僕の腕に焼けた棒を押し付けられたような痛みが走り、一呼吸おいて血が勢いよくぶしゅっと噴き出した。……いった! いたたたた! やっば! 普通にめっちゃ斬られた! もう、いったい! ……しかしこれはいけない。注意喚起しなければ! 僕は痛みで浮かんだ涙を拭いながら、大声で叫ぶ。
「あの剣危険ですよ! 気をつけてください!」
「見ればわかります」
「うん、わかるよね」
「……念のための注意ですよ! 分かってました!」
またちらりとトアがこちらを横目で見てきたのがわかる。……くそう。黙ってないでせめてなんか言え。ええい、見てろ! 僕は絵筆を取り出して、頭上に掲げる。
「…… 水彩画家 、起きてください。行きますよ」
『別に寝ていたわけではないわ』
ポン! という音とともに、巨人がその場に召喚された。ところがその巨人は部屋の天井を突き破り、その場には巨人の下半身だけが残る。……あらら。なんか最近こいつばっかり出るな。いやでも、こいつも魔王城に出現する魔物だ。ここも造りは魔王城だし、ホームみたいなもんでしょ。いけるいける。負ける気せーへん地元やし。
「やっちゃってください!」
その僕の指示を受け、巨人の腕が天井をぶち破って下りてきて、教皇を掴む。そしてそのまま横の壁に放り投げた。教皇はドゴン! という轟音とともに壁に激突し、そのまま壁を突き破って見えなくなる。よーし! このまま一気にいったれ!
「追いましょう! 『とどめは相手が死んだと思った後に刺すものだ』と偉い人も言っています」
「容赦ないわねこの子……」
そして巨人とともに僕が壁を破って向こう側に出ると、そこは大広間だった。……あ、ここ魔王様の玉座やん。そしてその大広間の真ん中あたりで、教皇はふらりと立ちあがろうとするところだった。おおう。あんまり効いてない感じ? いやでもここの広さなら、巨人が本領を発揮できるのだ。ふふふ、なぜこちらに投げたと思うのかね。
「えいや!」
僕が指揮者のように絵筆を振ると、ポポポポポン! と一気に巨人が5体召喚された。それをもう1度繰り返し、4メートルほどの巨人は計12体揃う。
……わははは、戦は数よ。行け、わがしもべたち。そのまま巨人に囲まれて、あっという間に教皇は見えなくなった。巨人たちはドッカンドッカン暴れ、玉座の床がベッコンベコンに凹んでいく。……あ、でもこの光景を魔王様が見たら、怒るだろうな……。
そう思っていると、僕の背後から感心したような声がした。
「ほう……たいしたものですね」
……振り返ると、壁に開いた大穴からトアがひょっこりこちらに出てきて、数の暴力が行われている玉座の方を眺めているところだった。一瞬、魔王様が自分の玉座が破壊されている場面を目撃しているような気がしてしまう。オイオイオイ、死ぬわ僕。
「ごめんなさい! 反省してます! 許してください!」
反射的に90度腰を曲げ、最敬礼で謝ってしまった僕を、トアは怪訝な表情で見て、首を傾げた。その後ろから、同じく壁の穴をくぐったらしきアレットさんもやってきたけど、彼女はなぜか理解できないものを見る目で、直角になっている僕とその前に立つトアを、交互に何度も見た。
「あなたたちはどんな関係なの……?」
「えーっと、私が会長兼議長で」
「わたしが副隊長です」
「ごめん、せっかく答えてもらったんだけど……さっぱりわからないかな……」
その時、ヒュンと何かが風を切る音がして、僕らは大広間の中央を振り返る。すると、巨人たちが全員、バラバラになって吹き飛ぶところだった。僕のすぐ隣にドスン、と巨人の腕が落ちてきたかと思うと、次の瞬間光になって消える。……ぜ、全滅? 12体のオーガが? 3分もたたずに……?
「やはり……」
そう呟いて、トアと、続いてアレットさんが教皇の方に両手を向ける。
「……さて、どうでしょうか。行きなさい、 鳳凰烈焔」
「ごめんなさい! 空烈弾!」
トアの手元が一瞬光り、その光が一瞬にして教皇の胸のあたりに転移する。と同時に、眩しい光が僕の視界の全てを染め、その直後に爆音が大広間全体に轟いた。離れたこちらにまでぶわっと熱風が来て、ちりちりと僕の前髪が少し焦げた匂いがする。……え? あの、ちょっとトアさん強すぎない?
そこにアレットさんが放った風魔法が着弾し、もくもくと砂埃が舞い上がった。……トアのはわからないけど、アレットさんの魔法って、確か城壁に穴とか開けられるレベルの魔法だった気がする。すごい、この世界の人、次々生まれ変わるだけあって、いっさい躊躇ない。……これは勝ったな。
ところが、土煙の中から、教皇は普通に姿を現した。ちょっとだけ服が焦げているところを見ると、当たってはいたみたいだけど……何あいつ!? そしてあの服はいったい何で出来ているんだ。
そうして教皇は、僕らの方に一歩一歩近づいてくる。大広間にカツン、カツンと靴音が響く。
「恐ろしいですね……。さっきの鬼のような魔物、私は見たことがありません。私が知らない魔物が存在するということが恐ろしい。ああ、怖い、怖いですね……あなたが召喚したのですか? 実に興味深い。もっと見せてはいただけませんか?」
そう言いながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる教皇。さっき部屋で話していた時と全く変わらないその笑みに、初めて僕は畏怖を覚えた。こんな人間を、僕は知らない。
「……あなたは、誰ですか……?」
その問いかけに対して、教皇はゆっくりと、優雅に一礼した。手にした大きな聖剣さえなければ、ここがどこかの貴族の晩餐会だと言われても違和感がないくらいに見事な礼だった。
「……ああ失礼、申し遅れました。私は、クロンクビスト=ヴェストベリ。人は皆、私のことを教皇と呼称しますが……あの方は私を『クーちゃん』と呼びます。可愛らしいでしょう?」
「……あの、作戦タイムを要求します!」
「ほう、この状況でその場の読めなさ。とても微笑ましいですね。認めましょう」
その許可を受けて、僕らは頭を寄せ合い、ひそひそと会議を行った。
「どうします……?」
「ここはいったん、引きましょうか」
そうトアがあっさりと言った。……あれ、もう少しやりあうかと思ったけど。そして彼女は急に、自分の服の袖を片方、ビッと破った。細くて白い腕が露出する。……え、なに? やっぱり火属性っぽい魔法を出したから、術者も暑くなるのかな? それとも、「もう巻き方を忘れちまったからな」とか言って腕から切り札出しちゃう感じ? ならちょっと見たいんだけど。
ところが、彼女はその破った袖を、僕の斬られた方の腕にぐるぐると巻き付けてぎゅっと縛った。あっという間に、その袖が真っ赤に染まる。圧迫された部分が、ドクドクと脈打っている気がした。……あ、見たらめっちゃ血出てるわ。認識したら急に痛くなってきた気がする。というか痛い。痛い。泣きそう。……うん、撤退賛成。
「でもどうやって引くの? さすがにここから逃がしてくれないと思うけど。……走る?」
「神の城だと、そう言っていました。ならきっと、どこまで走っても出口はないはずです。神の城は異空間にあると、そういう伝承を信じればですが。……ですから、わたしが出口を作ります」
そう言って、トアがチャキッと自分の剣を鳴らした。……もう空間を切り裂けるようになったらしい。さすが概念そのものを斬る剣だと言ってただけある。
……そういや、僕の知ってる方の魔王様も、いつかゲームの枠を切り裂いて現実世界に出てみたい、とか言ってたっけ。それはさすがに無理でしょ、と僕が笑ったら彼女はその後1週間口をきいてくれなかった。意地っ張り。……おっと、思考が逸れてしまった。
「その代わり、時間が必要です。わたしが魔力を集中しますから、その間、なんとか逃げ回ってください」
「まあ、それならいけるかな? あたしはどうしたらいい?」
「追ってくる教皇を魔法で邪魔していただけたらそれで」
では行きますよ、とだけ言って、トアは僕の背中にもそもそとよじ登った。その後、僕の首にぎゅっと彼女の手が回される。……あれ? まあそうか、魔力に集中するためには走ってる場合じゃないのかもしれん。よし行くか。
「とりあえず、この城の門まで走ります!」
そう言って、僕が走り出すと、アレットさんも普通に後ろをついてくる。……おお。さすが、最強の平民と言われるだけある。そのまま大広間の出口を抜け、広い廊下を僕らは走り出した。




