記憶にありません、と言って許してもらえる確率ってそんなにないよね
一週間後、僕はトアとゼカさんと一緒に、噂の森にやってきた。残念ながら先輩を勧誘することには失敗してしまったので、3人のみである。ウルタルは倫理面から、ロランドは倫理、体力、知力と一般常識が疑問視され、結局はいつもの3人に。いやしかし、十分すぎる戦力と言えよう。
森の中にはちらほらと人の姿が見える。どうやら、他にも今日の噂に騙されてやってきた気の毒な人々がいるみたいだった。……君たち、爆殺されるよりは我々女神フルボッコ隊に加入しないかね。今ならまだ騙される側から脱出することができるぞ。僕はそう勧誘の視線を送ったものの、どの人にも怪訝な目で見返されるだけだった。残念。
そしてそのまま道を歩くと、何事もなく、森の中心地に僕らは着いた。空き地になっているそこには、確かに草原がある。僕の記憶通りの光景、ここは始まりの街の隣の森で間違いなさそう。
そこでは、既に先着していたらしきいくつかの集団があちこちに固まって、おそらく指定の時刻を待っているようだった。彼らに倣って僕らもそこで待つこととする。すると、周りのパーティーがこそこそと何か囁き合ってるのが耳に入った。
「おい、三賢者のシーヴ様が来てる……」
「あれってヘーベウス城のヘスピオ将軍じゃ……?」
「平民最強と言われるアレットさんも……!」
……3つ目だけなんか褒めてるのかちょっとディスってるのかわからない称号じゃない……? ……あ、しまった忘れてた。どうせ待つんなら先に 天空深處を取りに行っておくべきだったか。……しかし、誰も指摘しないけど、1つ気になることが……。
「……それにしても、台座ってどこにもなくない?」
そうゼカさんが致命的な問題を指摘する。うん、ないよね。何やってん、あの噂。
そんな中、唐突に、草原の中央の景色が一瞬揺らめいた。そして、金属製の台座のようなものが音もなく現れる。……おお、あるじゃないか。危なく騙されてしまうところだった。……さて。
僕が見守っていると、三賢者のシーヴ様と言われていた人が、ゆっくりとそこに歩み寄り、台座に手を置いた。次の瞬間、草原を真っ白な光が包み込む。
「……あれ?」
光が収まったかと思うと、僕はいつのまにか、森の中ではない全く違う場所に立っていた。なんか、見たことのない石造りの広い廊下が目の前に広がっている。廊下の窓からは明るい光が差し込んでいた。そして、僕の隣にはトアが。
「あれ? ゼカさんがいませんね」
「違う場所に飛ばされたのかもしれません」
それでもきょろきょろと辺りを見回していると、ゼカさんじゃないけど、もう1人誰か立っているのに気がつく。20代中盤くらいの、気の強そうな女性。……あ、この人知ってる。ゲームでだけど。そういやさっき名前呼ばれてたな……。
僕はててて、と彼女に駆け寄った。……しかし彼女に話しかけているその途中で、ふと僕は過去の失敗を思い出す。ゲームで知り合いでも、こっちで知り合いとは限らない。……まずい。そして無理やりに途中で方向転換を図った結果、なんだか不自然な会話になってしまった。
「あ、アレットさん! お久しぶりで……いえ、間違えました。よく見たら知らない人でした。初めまして」
「どうしたの!? 間違ってないわよ! ……でもごめん、あなた誰だっけ……?」
だってこっちの世界で知り合ってないんだもの。けどアレットさん、最強の平民と呼ばれてた。すごい……んだろう。たぶん。よくわからないけど。
「あの、知り合いだと思ったら初対面でした。サロナといいます。よろしくお願いします」
「そんなことあるの……? まあいいけどさ。あたしはアレット。……ここ、どこだろうね。なんだか城っぽいけど」
トアとアレットさんも挨拶を交わした後、僕らは揃って途方に暮れ、石畳の広い廊下をただ見つめた。しんとした静寂があたりを包み……いくら耳を澄ませても、僕ら自身の息遣い以外、この空間には何も聞こえない。そして目を凝らしていると、なぜかふと既視感が僕を襲った。……んん?
「……でもなんとなくここ、魔王城の最深部の廊下に似てるような気も……」
というかたぶんそうだ。けど僕が知ってるのと雰囲気が違うっていうか、明るいし、空気が澄んでる気がする。いや、魔王城がどんよりしてるのは仕様上しょうがないんだけど。真夜中のドンキホーテみたいにピカピカしてる魔王城ってなんかそれはそれでやだし。もうちょい忍べよ、と言いたくなっちゃう。
「ん? なにか言った? 魔王城?」
「……いえ、なんでも」
ほほほ、と明後日の方を見てとりあえず僕が誤魔化すと、アレットさんはまあそれよりも、と腰に手を当てて辺りを見回した。
「さて、どっちに向かえばいいのかな?」
「魔王城と同じなら、こっちに魔王様の居室がありますけどね」
「あのね、せっかくさっきは流してあげたのに……もういいや、じゃあそっちに行こっか」
そうして僕を先頭に、僕らは魔王城でいう最深部の方にてくてくと進んだ。そして廊下の突き当り、ゲームだと魔王様の居室のある扉の前までたどり着く。……魔王様っているんだろうか。もしいたら、女神フルボッコ隊に断固勧誘しよう。嫌がられても何度でもドラフト1位で指名しよう。というか、あの人が入るとフルボッコ隊の2/4はトアになってしまうけど。……よーし。
僕はバーン! と扉を開けて、即戦力の超大型新人を勧誘すべく、中に飛び込んだ。そのまま部屋の中にいる人と目が合う。ところが……。
そこにいたのは知らない人だった。…………誰? とりあえず白い髪の男性で、ほっそりしていて、なんだか高そうな服を着てる。その人は金色の瞳に不思議そうな感情を浮かべて、僕らの方を見た。
「……おや。どうしてここに人が? 弾いていたはずですが」
「あれ……? 教皇様?」
……教皇って、なんだっけ。なんかチート野郎だったような……顔を描かれるのを嫌がってる人だったような……。そして確か、女神が召喚する御使いを裏で利用してたという、現代に生きる悪代官のような存在だった気がする。でも、なんかぱっと見いい人そう……。
教皇は慈愛の溢れたような微笑みを浮かべながら、目を閉じる。
「ああ、アレットと、……あなたですか……そういえば御使いと平民は弾いていませんでした。その契約者もね」
「あの、あたしたち、森の中からここに飛ばされたみたいで……」
「ええ、知っていますよ。もちろん。あの方のお戯れにも困ったものだ。だからこの神の城への侵入を許す。……やれやれ。直接来るとはね、面倒なことになりました」
そう言いながらも、彼は慌てるような様子もなく。ゆっくりと壁の方に向かって歩くと、そこにかかっていた大きな剣をカチャリと外し、手に取った。なんだか、その剣自体が輝きを放っているような、眩しい大剣。……あれは、いったい……?
「あれは聖剣よ。悪意のない人間しか使えないの。教皇様はあれで悪いものを斬り払ってくれるのよ」
そう僕らより少し前に立つアレットさんが、振り向いてそう教えてくれる。いや、でもなんか気配が……。同時に、トアが自分の剣の柄に、そっと手を添えた。
「アレットさん、下がってください」
「おや、どうしてそんなことを言うのですか。もっとこちらへ」
「早く!」
僕はアレットさんを引っ張って床に伏せる。同時に、さっきまでアレットさんがいたところを、ノーモーションで振るわれた大剣が、フォン! と薙いだ。……あっぶな!
そして返す刀でこちらに大剣の追撃が振るわれるも、それはトアの剣、支配者の器に阻まれた。キィン! と高い音を立てて、両者の剣が弾かれる。後ろに飛ばされたトアは一回転して床にふわりと着地し、彼女と教皇は、お互いが剣を構えたままで睨み合った。
「ほう、この聖剣を止めるとは。その剣……見事の一言ですね。この世界でも、類を見ない。そして御使いですか…… “世界の外側の怪物”……なんと素晴らしい……。ただそれでも私には届かない。2人とも、悪いことは言いません。ここで私の礎となりなさい」
そう言って教皇は優雅な動作で、大剣をそっと肩の上に構えた。……あれ、なんか普通に戦うみたいな感じになってるんだけど……ちょっと待った。聞きたいことがあるんだけど。僕は挙手して発言を求めてみる。
「あの、その前に質問があります!」
「ほう、なんでしょうか? この状況でその態度とは、大変可愛らしいですね。どうぞ」
「いやあの、なんで戦うつもりなのかなって」
「……おや? ……ここには何をしに来たんです? 私を倒しに来たのでは?」
「森の中の台座の近くにいて、気づいたらここに……。あ、女神には用があります。ちょっと泣くまでぶん殴りたいんですけど、どこですか?」
僕のその質問を聞いて、教皇は「え?」みたいな感じで、僕とトアとアレットさんをそれぞれ3回くらい見た。そのままなぜか考え込み、その動きを止める。
「…………そうでしたか。失礼しました、侵入者かと勘違いしたもので。……ああ、あの方は今はお留守ですよ。せっかく来ていただいたのに、残念です。また日を改めて来てくだされば。では、出口まで案内しましょうか」
そう言って教皇は聖剣を壁にかけ、こちらを向いてニコリと笑った。そして僕らをどこかへ案内しようとしてくれる。……勘違いなんだって。まあ、武器を自分から収めた以上、敵とは言えない……の? とりあえず様子を見るか。
ところが、僕が教皇について行こうとすると、トアにいきなり首根っこを掴まれ、部屋の端の方までずるずると引きずられた。
「この馬鹿、本当に馬鹿。あれで誤魔化される馬鹿がいますか。戦いますよ。明らかにあれは敵です」
一方アレットさんも、首と手を左右に振りながら、呆れたように教皇の方に詰め寄った。
「いやいやいや。なかったことにならないですから! 教皇様、なんでいきなりあたしに斬りつけたんですか!? 絶対何か企んでるでしょう」
教皇はそれを聞いて、「未知の言語で突然話しかけられた」みたいなぽかんとした表情で、アレットさんの方を見つめた。そのままゆるゆると自分の手を広げて眺め、首を傾げる。
「……斬りつけた……ですか? そんなことを、この私が……?」
「いやいやいやいやいや! だからさすがになかったことにはならないですって! それで誤魔化すのはもう無理です!」




