遠い、夢の終わりの予感
「では、さっき判明したことを共有しておきます。わかったことは、3つ」
さて、僕ら全員が落ち着いた後、さっそくトア先生による女神討伐隊への講義が開始された。彼女は指を3本立てて、最初に1本目の指を折る。
「まず、女神は世界を越えて攻撃ができるようです。他の世界に移動した後でも安心できないという意味では、一番の問題点でしょうか」
「うーん、元の世界に戻れても殺されるなら意味がないか……」
「ただ、これに関しては回避が可能です。女神は他の世界にいる者に攻撃をする際、溜めというか、時間がかかるようですね。だから一定の間、じっとしている者にしか攻撃を与えられない」
「……つまり?」
「攻撃を察知した瞬間、場所を移動すればよいかと」
……そういえば、僕が死んだときも。なんか周りの気配が怪しかったというか、予兆があった気がする。それを聞いて、トアはますます確信を深めたようだった。
「魔力の揺らぎを観測するアイテムを作成しますから、それが警告を発するようにすれば回避は可能でしょう。世界を越える攻撃なら、必ず大きな揺らぎが起こります」
「寝てる時とか警告がないと、起きられなくてやばそうだもんね」
……なんかそう聞くと目覚まし時計みたいやね。そういや僕って食堂のバイトに寝坊しそうになるときがあるんだけど、そのアイテムに普通の目覚まし時計の機能とか付けられないかな。異世界の人ってどうやって朝時間通りに起きてるんだろう。誰かと一緒に寝たことがあんまりないからよくわからないけど。
僕ははい、と手を上げて、新製品に対する追加機能を主張してみた。仕様段階ならまだ許されるのではなかろうか。
「朝起きる時間が来たら警告してくれる機能を希望します。きっと遅刻もなくなって素敵だと思います」
「そんな機能つけたら、毎朝起きる時の緊張感増しそう」
「……まあ、検討しておきましょう。それでは、次です」
そう言いながら、トアが2本目の指を折る。
「サロナの元にやってきた、窓を叩く影。あれはやはり女神が送ってきたようですね。 驅魔客 ……対処法は、現時点では、ありません。追われて生き延びた者がいないからです。ただ、必ず見つけてみせます。……さっき部屋から出てきた聖文を見て、1つ、ひょっとしたらと思うことはあるんですが」
「え、なんですかなんですか。すぐにそれ試してみましょうよ。登場人物がほぼ死んでから動き出す名探偵は駄目だと思うんですよね私」
僕がそう勢い込んで言うと、トアはちらりと僕の顔を見たかと思うと、すぐにそっと目を閉じた。
「その対処法を試すと死ぬかもしれません。少なくともあなたが今持っている力、強大な魔力はなくなるでしょうね」
……おおう、マジか。この力も貰いものではあるものの、それは確かにちょっと慎重になりたい。戦力になれなくなっちゃうし……。名探偵が終盤に動き出すのもいつも理由があるのだ。ここは見守る時間も必要ではないだろうか。
そしてトアが3本目、最後の指を折る。
「そして3つ目。これが意外でした。……わたしたちについていた、あの魔力の糸。あれは女神の仕業ではないようです」
「……じゃあ、誰が、何のために……?」
「え、ちょっと、糸ってなに? 前サロナに生えてたやつのこと?」
ゼカさんが不思議そうな顔をして挙手してきたので、僕は簡単に彼女にも現状を説明する。彼女はうへぇ、という顔をして自分の頭のあたりを何度も手でこしこしと擦った。なんか猫みたい。
「まあ、魔力の糸に関しては調査継続ということで。どこに繋がっているかが追いにくいんですよね。ただこれについても必ず尻尾は掴んで見せます。……ここまでで、質問は?」
あ、1つ疑問。その3つとは関係ないけど。
「御使い、つまり私を殺して、自分のところに戻ってきたらもう失敗なんてしないよ、みたいなことを女神が言ってたんですけど。あれってどういう意味ですか?」
……つまり僕ってなんか失敗してるってこと? 失礼しちゃうよね。でもよく考えたら女神って、他の世界でのんびり生きてる僕をいきなり殺しにかかってくるような存在だっけ。そりゃ失礼に決まってたか。
「ああ、あれはですね。この世界だと、死ぬと御使いも含めて全ての人間は、女神の元に戻るんです。その際に意識をいじるんでしょうね。おそらく他の世界の記憶を完全に消すつもりなのかと」
もうやりたい放題ですやん……。勝手に呼んどいて。……あれ? そういや僕ってなんで呼ばれたんだろう。関係なくない? それに、ここがあなたの居場所だと言われるのも「え? そうなの?」って感じしかない。誰かと間違えてるんじゃないかなぁ。あの女神、人違いとか普通にしそう。
「……まあ、死ぬと一般的には誰もが記憶を消されて次の生を受けるらしいですが。ただ、女神が記憶消去に失敗することもあるそうです。よっぽど未練があるか、普通とは違うおかしな精神構造をしているか。この2つのどちらかの時だとか」
そこまでトアが話すと、ゼカさんとトアの2人が揃って首を動かして。じーっと僕の顔を見た後、ああなるほど、みたいに揃って頷いた。……今何に納得したんや。でもその2つの理由だと、僕は過去に未練がある方だよね。僕、日本にやり残したこと色々あるし。……えーっと、えーっと、例えば冷凍庫に入れてるちょっといいアイスまだ食べてなかったし、黒歴史ノートも始末してないし。それに――。
僕は目を閉じて、昨日現れた現世の友人たちを思い出す。あれがたとえ、偽物でも。やっぱり懐かしかった。僕はきっとまだ、日本での人生の途中だった。だから未練は、ある。でも……。
僕は目を開けて、目の前にいる2人の親友を見つめた。もし、日本に戻るなら、2人とはどうなるんだろう。トアは他の世界に来たいって言ってたから、ひょっとしたら一緒にいられるかもしれない。でもゼカさんは……。
「ねえ、女神をボッコボコにして、世界を移動できるようになったら。ゼカさん、よかったら私の世界に一緒に来ませんか」
「……え? あたしも一緒に行くってこと? ……そうだなぁ……」
眉を寄せて、ゼカさんは真剣に悩み始めた。そりゃそうだ。だってこっちの世界に未練が何もない人でない限り、即答なんてできないだろう。そんな人間がいるわけなかった。僕は笑顔で首を振る。
「わかりました。今言ったこと、忘れてください。でも私たち、離れていても親友です。そのこと、どうか覚えていてください。約束ですよ」
「回答締め切るの早くない!? 行くわよ! 悩んでたのはお姉ちゃんにどう言うかを考えてたの!」
……マジか。即決派ここにいちゃったよ。未練ないの? ほんとに?
一方僕らのやり取りを見ていたトアは、なぜかそっぽを向いたまま、平坦な声で呟いた。
「へー、それでわたしには聞かないんですか……ふーん」
え、だって君は当然一緒に来るかなーって。いやでも待てよ。女神にいいようにされるのが気に食わないというのが、トアがこの世界を出たい理由だった気がする。ということは、女神をギッタンギッタンにした場合、どうなるんだろう。再起不能にしちゃったら、もう女神もいいようになんてできないよね。その時は、残ったりしちゃうのかな……。
そんな風に、女神と戦った後のことを考えていると、不意にしんみりとした気持ちが僕の胸に訪れた。まるで夏祭りの帰り道のような、小学校の卒業式の時のような。……それはきっと、今はまだ遠くにある、夢の終わりの予感。
その訳のわからない寂しさを押し隠して、僕はぱたぱたと手を振りながらトアに尋ねる。……そう、寂しくなるのは勝った後でいい。
「……いや、トアは女神が爆発四散した場合、どうするんだろうと」
「そうですね……わたしが出たいのは、女神が気に食わないからというのもあるんですが。……それ以上に。この世界の果てを越えてみたいんです。未知のものに対する憧れ、と言っていいかもしれません」
「新しい物好きなんだね!」
「それは微妙に違います」
おお、でもなら全員揃って出られるじゃないか。寂しくなる必要なんてなかった。あとは女神をボコるだけ。それが一番難易度高そうなんだけど。……いや。
「……そういえば、女神に見つからずにこの世界を出るのは無理なんですか? だって、向こうに着いちゃえばもう女神は手出しできないんですよね。目覚まし(仮)さえあれば」
「いえ、それが……必ず見つかると思います。というのは、世界を移動する船というのが、発進するまで丸一日はかかるんです。そのため、必ず昼間が来ますから」
「……お昼だと何かまずいんですか?」
「昼間は女神の時間ですから。仮に夜がずっと続くようなら、こっそりと出ることも不可能ではないでしょうが……」
なるほど。ならば、やはりぶつかるしかないらしい。昼を夜にするアイテムでもあったら話は別なんだろうけど……。まあ無い物ねだりしてもしゃーないしね。それよりも女神の弱点でも考えよう。
……鉄アレイで殴り続けると死ぬ、とか? んー、たぶん死ななそう……。ロココ調の右、みたいなわかりやすい弱点があればいいんだけど……。でもあの女神っていい人、じゃない、そんなにいい神ではなさそうだよね。逆に浄化とか効くのかもしれん。
「……何かいい考え、浮かんだ?」
「女神を教会にぶちこんだら浄化されて死ぬかも、と考えていました」
「それたぶんもう教会じゃない別の何かだよ」
「……まあ、各自考えてまた持ち寄りましょう。どんなに馬……いえ、突拍子もない考えでもヒントになるかもしれません」
そのトアの一言を最後に、僕らはいったん解散ということになった。……これは、次までにいいアイデアを考えて披露せねば。




