会則「親友に順位をつけてはいけない」
「だからどうして!」
「……今度は失敗しないというのは、どういうことですか」
僕が叫ぶのと同時に、トアが冷静な口調で女神への質問を被せる。その彼女の冷静さが、今は僕を苛立たせた。だから、そんなことを聞いてる場合じゃ……。
『だって私、記憶を消すのって得意じゃないもん。普通の人ならたいていうまくいくんだけど』
「ねえ聞いてる!? 居場所がここってなに!?」
そうペンダントに詰め寄る僕の肩を、トアががっしりと掴んで止める。……もうさっきから! 邪魔しないで! 振り向いてそう言おうとする僕を、トアがぎゅっと抱きよせた。そのまま僕を抱きしめて、僕の目を見つめながら、どこか懇願するように。お互いのおでこがこつん、と当たるくらいの至近距離で彼女はゆっくりと囁く。
「……お願いします。どうかわたしを、信じてください」
『もういい? なんだか飽きてきちゃった』
「もう少しだけ。あなたはこの世界、あるいは他の世界に直接影響を与えることができますか」
『ここだと現界したらできるけど……他の世界はほとんど無理だよ。だから連れてくるのって大変なの。ものすごく力を使うんだから。疲れちゃう』
「現界、とは?」
『私の半分くらいを現実化させるの』
「ほとんど無理、とは? どの程度までなら影響を与えられますか」
『相手がずっとじっとしてたら当てられるよ』
「……国民全員についている魔力の糸は、何のために?」
『……糸? それは知らないかなぁ。……そういえば、あなた誰?』
「……これから、あなたの敵となる者です。以後どうかお見知りおきを」
『そうなんだ。そんなの言われたことないや。私、あなたと会いたくなってきちゃった』
「そうですか。奇遇ですね――」
そのトアの言葉を最後に、女神との通信はぷつりと切れた。ペンダントを見つめながら、トアは独り言のように、続きを口にする。
「……私も、いつかあなたと会いたいと思っていました」
「いやー、女神様に宣戦布告する人って初めて見たよ。さすが他の世界では魔王様だね」
「言いづらいですが……女神はたぶんわたし達をまとめて敵だと認識したと思いますよ」
「え゛っ……そうなの? 女神さまと戦うんだ!? 私のお姉ちゃんって礼拝に行くの好きなんだけど、怒られちゃうかな」
まあいいけど……と口の中で呟きながら、ゼカさんは肩をぐるんぐるんと回した。それと同時に、こきこきと音を鳴らしながら、首を何度か横に倒す。
「おや、さっそくやる気満々じゃないですか」
「い、いや違うよ!? 緊張して肩がこっちゃったから……やっぱり女神さまは話すより拝むに限るね」
「あなたが先鋒でいいですよ。残念ですが、一番槍はお譲りします」
「それあたしにだけ押し付けて逃げるやつでしょ! トアは何するの!?」
「わたしは副隊長でしょう。あなたの後ですよ」
「……そっか。ならサロナが……」
「会長」
「議長」
「揃えようよ。会の長なら会長でしょ」
「わたしが議長と呼び始めたのが先でした。絶対そうです。それにわたしが『副隊長』な時点で肩書は統一されていません」
「ねえ、どっちがいい? 議長ってかたっくるしくない? なんかおやつの話してる途中でも『静粛に』とか言ってきそう」
「あなたの言っているのはおそらく裁判長です。だって私たちは最後には全員で話して方針を決めるんですから、議長でいいでしょう。……どう思いますか」
両方から2人はぐいぐい僕の方に近寄ってきて、そのままピタリと僕の目の前で止まった。そしてそのまましばらく沈黙がその場を支配する。さっきまであんなに2人とも喋ってたのに。
「……え、それ僕が決めるの?」
「そりゃそうだよ」
「他に誰がいますか」
「今それどころじゃないっていうか……自分を殺した犯人が判明して、ちょっとどうしたらいいかわからないんだけど」
僕のその当たり前の言葉を聞いて、ゼカさんはやれやれと言わんばかりに首を振った。その後おまけのように、ふう、と溜息までつかれる。……え、これひょっとして僕が間違ってるの?
「なーんだ。そんなことで悩んでたんだ」
「おいこら、なんだとはなんだ。そんなことってなんだ」
いやいやこの上なく重大やろ。危うく騙されるところだった。そんなことで片付けるのは今すぐやめるんだ。悲しくなっちゃうやろが。
「やることって言ったら復讐でしょ! やられた分、ボッコボコにしてやればいいんだよ!」
そ、そう……かな? そんなに単純でいいの? でもそんなにはっきりと言い切られたらそんな気がしてきた。やめる理由もあんまりない。
「『え゛っ、あたし達女神さまと戦うの?』とかおろおろとしていた割にはいいことを言いますね。さすがはゼカユスタさんです」
「それ馬鹿にしてるよね!? だいたい似てないから! トアこそなんなの、あなたの敵はわたしだ、みたいなこと言ってたくせに! そんな台詞、現実で聞いたことないよ」
お、おう。その言葉の並びで言うとベイダー卿みたいになっちゃうからやめておきなさい。権利に敏感なのだ、かの国は。
「普通はやり返すなんてできないけど、今、生きてるんだから! きっとこれから、何でもできるんじゃないかな」
そう元気な声で言い、こちらに向かって笑って手を差し出すゼカさん。
「まあ、仕方がありません。ここまで来たなら一緒に行きましょうか」
そう囁くように呟いて、微笑みながらそっと僕の方に手を差し伸べるトア。
その重なった2人の手の上に、僕が手を乗せて団結を誓うのかと思ったら。2人はそれぞれ手をこちらに差し出したままで、全然お互いの手を重ねようとしなかった。……ひょっとして2人、仲悪いの? 僕はおずおずととりあえず進言してみる。
「えーっと。2人重ねてもらわないと、置きづらいです」
「いや、どっちの手を先に取るのかなって」
「別にどちらでも構わないんですけど、わたしが後にされるのは、なんとなく気に食わないです。いえ、別に構わないんですけどね」
「……会則! 親友に順位をつけてはいけない! ですよ!」
その2人の手を僕は両手で掴み、無理やりにぐいぐい重ねてようとしてみた。ところがめっちゃ抵抗される。トアとかすました顔してるのに、全然動かない。でも腕とかプルプルしてるから、絶対力入れてる。もう何これ。
そしてしばらくの間、3人で力を入れて腕を引っ張り合いっこしていたら、不意にそのバランスが崩れた。僕ら3人は絡まり合ったまま、そばにあったベッドにまとめて勢いよく倒れ込む。誰が上で誰が下かもわからない。……うわなんかこれ駄目だ。こら、誰かの手が僕の駄目なとこに当たってる。そして僕の足もなんか柔らかいものに当たってる気がする。でもなんだかそれどころじゃない。お互いよくわからないまま動くから、余計複雑に……。あ、痛い痛い! 肘はそっちに曲がらないから!
「ちょっとどいて! あ、もう! これどっちの足ー!?」
「わたしの鳩尾に肘が執拗に入ってくるんですけど、これ絶対ゼカユスタさんですよね。動かないでください。だから痛い痛い痛いって言ってるのが聞こえないの」
「あはは、くすぐったい! ちょっともうやめて」
ただ、3人が落ち着くと普通に絡まった部分を解くことはあっさりできた。僕らははーはーと肩で息をつきながら、ベッドに横になって3人でそのままごろんと並ぶ。そして横になったまま、お互いの汗だくになった顔をなんとなく、見つめ合った。そのまま次第にしーん、と部屋の中が静かになる。
「……勝てるのかな? 女神さまと戦うって正直よくわからないんだけど」
「どっちみち、他の世界に渡るためにはあれを何とかしないといけません」
「ボッコボコにしてやりましょう。泣いて謝っても許してあげませんよ私は」
僕らはベッドの上、3人で部屋の天井を見上げながら、次元の違う存在に立ち向かうことを誓った。……それにしても……。
「本当にこの部屋、天井がないんですね……」
「部屋の中でこんな風に空が見えるって新鮮だよね。羨ましいとは思わないけど」
昨日オーガが開けた天井の大きな穴は、ベッドの上で寝転がると真正面によく見えた。穴を通して、今日も晴れている空と流れていく雲がよく見える。雨が降る前にこの部屋を修理しないと。
女神に勝つ前に、まずそれをやらないといけないな。僕はそう思った。




