『あなたの居場所は、そこじゃない』
とりあえず昨日影がやってきた現場を見たい、と言われ、僕はゼカさんとトアを自分の部屋に連れてきた。ひょっとして影も戻ってきてるかも、と思い、おそるおそる僕は部屋の中を覗く。……誰だ、犯人は現場に戻るとか言ったやつは。自室が怖くて安眠できなくなってしまうではないか。
「そこの窓ですか」
僕が頷くと、トアは窓に近寄り、かちゃりとそれを開ける。窓の外は塀が目の前まで迫っていて、どう見ても誰かが立てるようなスペースなんてなかった。ふむ、とそれを眺めたトアは僕の方を振り返った。
「外を見てきます」
「あ、じゃああたしも行こーっと!」
そして部屋を出た2人がタタタ、と軽やかに去っていく足音が次第に遠ざかっていく。……あ、そうだ。僕もお茶を入れて来よう。
そして僕がお茶とお茶菓子を台所から持ってきても、2人は外から戻ってきていなかった。まだ実況見分中らしい。とりあえず、テーブルの上にお茶をカチャリと置き、僕も部屋の中をなんとなく見回す。……この中にも何か手掛かりが残っていたり、しないかな?
まずは窓に近寄り、じっと眺めてみる。……うん、窓だ。特におかしなところはない。しかし昨日あんなに叩かれて、よく割れなかったよね。1つ言えることは、もう僕はこれから先の人生で2度と1階には住まないだろうということだ。いつ外から叩かれるかわかったもんじゃない。……5階とかに住んでいて窓を叩かれる方がよっぽど怖いのでは、という疑問も頭の中をちらりと掠めたけど、スルーしておく。
窓には異変なし。では部屋の中はどうだろう。昨日結局中には入ってこなかったんだから、あんまり関係ない気もするけど。期待せずに自分の部屋をあらためて見回す。……すると、どこか違和感があった。……おや? もう1度部屋の中を眺めてみる。
……うん、やっぱりこれどこかおかしいわ。部屋の配置っていうか、全体を眺めた時に感じる印象が少し違う。これは黒だね。僕も伊達に身近にストーカーがいる日々を送っていたわけではない。しかしどこが違うのかまではさすがにわからなかった。……それに、どうして部屋の中がおかしいのかもわからない。いやでも論理的に考えれば、部屋の中で何かがあった、ということになる。それを知る方法は何かないだろうか。
そうして考えていると、不意に閃く。漫画ならピコン! と僕の頭の上で電球が出ていたに違いない。……いいこと考えた。この部屋であったことはこの部屋が知っているはず。つまりだよ、この部屋の記憶を読み取ってみたらどうだろう。
僕は床にぺたんと寝そべって、目を閉じて集中した。床との境界をなくして、床の記憶を追走する。すると、……ドン! と床に何か落ちてきた光景がいきなり頭の中に飛び込んできたので、ビクッと体が動いた。……なんだなんだ。
意識を集中すると、それはベッドから床に落ちた僕だった。眠そうな顔で再びベッドにもそもそと上っていく。……馬鹿。馬鹿野郎。さすがに寝相が悪すぎる。あのドンドンはひょっとして僕の寝相に対する知り合い一同からの抗議だったのかもしれん。……さすがに違うか。
そして朝になり、僕が出て行く。たぶん学校に行くんだろう。あの感じだと、池に落とされる前だな。……その後は当然だけど、誰も入ってこなかった。この作戦、失敗かもしれない。
僕がそう諦めかけた、その時だった。
音もなくドアが開き、ぬっと誰かが入ってくる。その誰かは、ごそごそと机の裏に何かを隠し、部屋から出て行こうとした。……いやいや誰。しかも何か隠すだけって。超小型の盗聴器かな? 少年探偵団か。顔が見えないかな、と集中すると、ふとその誰かはちょうどこちらを向いた。……いや、誰だ……。知らんぞこんな奴。でもどこかで見たことがある気もする。確か、最近……。
その誰かはそのまま僕の部屋から出て行った。その後は特に怪しいものはなく、やがて暗い部屋で窓がドンドンと叩かれ始めたので記憶を読み取るのを即終了する。……なるほど。昨日の怪異は突然ではなく、何か原因があったらしい。とりあえず机の陰を確認するところからかな。
そして僕が目をぱちりと開けると、ドアのところに誰かの足が見えたので、僕は視線をそろそろと上にあげる。そこには、引きつった顔をしたゼカさんと、呆れた顔をしたトアが立ってこちらを見降ろしていた。……いかん。ちょっとゆっくりしすぎた。
「何、やってるの……?」
「……い、いえ、こうして寝てると冷たくて気持ちがいいんです」
「来客がいるこのタイミングでなぜわざわざ……」
くそう、でも構わない。結果として手掛かりを得られたんだから。どうやら2人は外に行ったものの空振りだったらしい。ふふふ、見ていたまえワトソン君。本当の捜査とはこうやるのだよ。
僕は机の裏をごそごそと探る。すると、何か袋のようなものが手に触った。……お! あったあった。僕はずるずるとそれを引っ張り出してみる。……見た感じ、普通の革袋だった。中に何かが入っている。……いったい、何だろう。どうか爪とか髪の毛とかたくさんの人差し指とかじゃありませんように。
僕がそう祈りながら袋をこわごわと開けると、中に入っていたのは、呪文のようなものを書いた紙だった。ただその文字が血のように赤い。……うわぁ。明らかに呪いのアイテムっぽい。その紙を手に取ったトアが小さく呟いた。
「……これは、聖文……?」
……聖文ってなんだろうね。でもたぶん教会とか関係ありそう。……あ!
その瞬間、思い出した。部屋に入ってきたあいつ。街で僕に献血を求めてきた、教会関係者だ。やはり攻撃を仕掛けてきたのか。血を求めてきたり、部屋に勝手に入って呪いの文書を隠していったり。あいつの信仰しているのは間違いなく邪教だろう。山の奥に隠された神殿で毎日動物の首とか斬ってその血を祭壇に捧げたりしてるようなの。その行為が何の役に立つのかはわからないけど、邪教の信者はそういうのに一生懸命になるものなのだ。
「ねえ、これって呪われた呪文とかですか?」
勿論そうよ、という返事が返ってくると思いきや。トアから返ってきたのは意外にも、そうではないという返事だった。
「これは、簡単に言うと、聖なる魔力を増幅させる効果があるんです」
「聖なる!?」
こんなん増幅されるのって絶対別の何かやん。異世界の「聖なる」って僕の知ってるのと違う意味でもあるのかな? おどろおどろしいとか禍々しいとかそういうやつ。ところが、トアにとってはそれは納得できることであったらしく、彼女は何度も頷いた。
「では、時間もないことですし。女神と話してみますか」
「いや、今日はちょっとまだ心の準備が……」
「それを待っている猶予はもうありません。さあ、準備を」
ゼカさんの控えめな異議はバッサリ却下され、僕は机にペンダントを取りに走る。そして、テーブルの上にそのペンダント、女神との通信機がカタリと置かれた。トアは僕らの顔を見まわして、静かに言う。
「さあ、準備はいいですか」
「だからさっき出来てないって言ったじゃない」
「では始めましょうか」
「聞いても流すならもう聞かなくていいと思うな……」
では、始めよう。……僕はいつも通り、ペンダントに話しかけてみる。
「あの、聞こえてますか?」
『……なーに?』
おお繋がった。……さあ、ここからどう聞くんだろう。うまく聞くってトアは言ってたけど。
「あなたが育てていたものはいったい何ですか?」
……なんと、まさかの直球勝負。いやいやそれで「そこのそいつを殺すための獣を育ててます」とかはさすがに言わんやろ。
『 驅魔客 だよ』
「……それはどんなものですか」
『御使いを殺す子』
……言ったー!!! こやつ普通に言いおった。そっか、どうでもいいから別に隠さないのか。……前にバックレたりした気もするけど、あれって単にめんどくさくなったから……? ならめんどくさいと思わせないように聞かないといけない。
「……ちなみにどうして殺そうと?」
『帰ろうとするから。せっかく私が呼んだのに』
「……せっかく呼んだのに殺したら意味がないんじゃ……」
『私のところに戻ってきたら、今度はもう失敗しないから大丈夫。だいたい今覚えてるのがおかしいんだから』
「それってどういう……」
そう問い詰めようとする僕の手を握り、トアがそっと制した。「後で説明します。あと、女神への質問は具体的に、最低限にしてください」とひそひそと彼女は僕の耳元で囁く。……今ので何かわかったの? 僕には全然わからなかったけど。しかし確かに、具体的な質問には答えてくれるなこの女神。前に色々聞いたときは、「そうだよ」「違う」としか答えてくれないこともあったから、聞き方を考える必要はありそうだけど。……待てよ。……前に聞いたとき……?
そうだ。ずっと聞きたかったことがある。どうも女神の言うことの辻褄が合わない、と最初に思ったこと。一番初めに感じた、ずれについて。きっともう、聞く機会はないだろう。僕はゆっくりと女神に尋ねた。
「……ねえ、覚えていますか? あなたが『御使いに使命を与えたことはない』と言っていたこと。でも私はあなたの声を聞いた記憶があるんです。死ぬ前だったと思います。……あなたは私に何か言いましたか?」
『うん』
「……なんて言いました?」
僕に伝えた使命って何だったのか、と聞いたら女神は『知らない』と言っていた。ただ、女神の声に聞き覚えがあるのも確かだった。なら、使命以外の何かを女神は僕に言ったことになる。僕は、彼女の返事に耳を澄ませた。
『――あなたの居場所はそこじゃない、って』
……それは、僕が死ぬ前にどこからか聞こえていた、言葉だった。そしてその言葉が繰り返されるようになって、ある日突然僕は、死んだ。……なら、まさか。
「私を殺したのは、あなた、ですか?」
『そうだよ』
「……どうして……?」
震える声で尋ねる僕の声に対して、女神の声は変わらず、感情を感じさせなかった。それは、単に当たり前の事実を、伝えているだけかのように。
『あなたの居場所は、ここだから』




