黒歴史ノートを葬式で読み上げるのはやめてくれ。その攻撃は僕に効く
ではさっそく僕の手札を整理しよう。えーっと……。
【体】
・魔法・物理耐性は世界最高レベルらしい。ドラゴンに殴られたらちょっと痛い。
・素手で20mくらいの石像をバラバラにできる。ビルを3分で平らにできそう。
【魔法】
・読心魔法……相手の心が読める。
・認識阻害……相手に幻覚を見せることができる。
【武器防具】
・ 水彩画家 ……絵筆。これまで戦った相手を召喚できる。
・ 千里通……指輪。たまに未来が見える。
・ 精英大師……コート。着ていると体力が回復する。
【便利アイテムその他】
・方位磁石(仮)……探したい物の方角を針が指し示してくれる。
・ワンピース……この世界に来たときから身に着けていたもの。やたら頑丈。
……ようやっとる。いやはや、こうして見るとヤバいね。最強の攻撃力を持ってて、さらにマヌーサを唱えてくるはぐれメタルみたいなもんでしょ。しかも凶悪な仲間を際限なく呼ぶやつ。……なんでこれで血まみれになるのか。未来の僕よ、いったいどうした。
……そういや 千里通って、たまに外れることがあった気がする。今回がそうなんじゃないかなぁ……。だってこれ無理でしょ。敵にこんなのがいたらと考えたら絶望しかないもん。
……まあ、強いて言えば機動力か。トアみたいに瞬間移動系が欲しいところ。……空間を越えることができるブーツ、 天空深處を探しに行ってもいいかもしれん。あと強化できるとしたら……うーん……。あ、そうだ! 契約したから僕って魔法使えるはずなのでは。でも、どうしたらいいんだろう。……しゃーない。聞きに行くか。あと現時点での戦力についての客観的な意見も聞こう。
「トア! 起きてください!」
僕がバーン! と扉を開けてトアの部屋に飛び込むと、彼女は朝と同じように、枕に顔を埋めて幸せそうに寝息を立てていた。……うっ……なんか、これを叩き起こすのは罪悪感があるな……。僕はぐっちゃぐちゃの部屋の真ん中に置いてあった、2つの椅子のうちの1つに腰かけて彼女が目覚めるのを待つことにする。
ところが、しばらく待っても全然起きる気配がなかった。……暇だ……。僕は部屋の中をなんとなくきょろきょろ見回してみた。分厚い本、本、本、……これって本当に読んでるんだろうか。いっつも寝てるばかりで、本を開いてるとこ見たことないけど。ひょっとして本を重しに部屋で漬物でも作ってるのかも、と思ったけど、よくよく観察した結果、別にそうでもないという結論に達する。
……しかしこれだけ本があったら、誰でもできる魔法の使い方、みたいなのはないのかな? そこで試しに近くに積んである本を開いてみたものの、まず文字が読めなかった。……なんだこの言語。異世界にはどうやら漢字がないらしい。……こりゃ駄目だ。魔法の使い方を絵で解説してる本とかじゃないと僕にはわからないみたい。一刻も早い異世界での漫画の普及を僕は願った。
そして違う本を開いたら、間に手紙のようなものが挟まっていたようで、ひらひらと落ちてきた。……しかし、手紙もやっぱり全く読めない。一刻も早い絵はがきの普及もついでに願っておこう。えーっと、これどこのページに挟まってたっけ……?
僕が手に手紙を持って悩んでいると、不意に、ふむぅ……、みたいな声がベッドの方で上がる。……お、起きたかな? ベッドの方を見ると、トアがとろんとした目で枕から頭を上げ、こちらをなんとなくといった感じで見ていた。
「あ、おはようございます。今日もいい天気ですよ。池に裸足で入ってもすぐ乾きます」
「おはようございます……」
彼女はこてん、と首を横に傾け、ぼんやりした目でしばしこちらを眺める。……と、目が急に大きくなり、僕の手に持っている手紙に彼女の視線が吸い寄せられた。
「……ちょっと! それ!」
「……これ? あの、ごめんなさい……本を開いたら落ちてきてしまって……」
「あの、中見ました……?」
見たか見ないかで言ったら見たけど、内容を理解したかと言われると答えはNOである。こういう時はどう答えたらいいんだろう。しかしひょっとしてこれってトアの黒歴史ノートとかそういうやつだったんだろうか。くそう、真剣に異世界語を勉強しておくべきだった。そんなん絶対面白いに決まってるやろ。その後の反応含め。……いや待て、まだ反応は見られるかもしれん。僕はとりあえず口元に笑いを浮かべて、彼女の方をちらりと眺めた。
「ふふふ、見ましたよ」
「ああー……もう……めんどくさい……」
ぼふっと枕に顔を埋めて、彼女はそのまま動かなくなった。
「見ました」
「……」
「見ちゃいました」
「もううるさいなぁ! 聞こえてるから!! 何勝手に入って、勝手に見てそんな嬉しそうな顔してるわけ!? だいたいそんなの見てもあなたに関係ないでしょう!」
「いえ、大変興味があります。ですからぜひ教えてほしいなぁって」
「……見たまんまですよ」
彼女はそう言って、ふいっと僕から顔をそむけた。……見たまんま。手紙だ、うん。そういうのじゃなくて、もっとなんかないかな。しかし内容が全くわからないから、話が進めづらいぞ。
「いつのですか?」
「一昨日です」
……意外に最近だった! どうやらトアはまだ黒歴史を絶賛生産中らしかった。素晴らしい。その感性をこれからも大事にしてもらいたいものだ。そういえば武器の名前もなんかそれっぽいしね。いや僕は嫌いじゃないけど。
「そういうのって素敵です。憧れるというか、懐かしいというか。私もそういうのを書いた時期があったものです」
「……本気ですか?」
もちろん。ただ僕はもう卒業してしまったから、そういう感性は眩しいんだよ。自分だけの必殺技とか考えようとしても、恥ずかしさとか不純なものを感じてしまって素直に作れないからね。でも本当は、そういう中二病全開の名前を叫びたいという気持ちもないわけじゃない。世界に僕しかいなくなったらたぶんやっちゃうと思う。
「あなたもこういうのを書いたことがあるんですね。……へえー、そう、そうですか……ふーん……いえ、別にいいですけどね」
「でも自分の部屋に見つからないように隠してましたよ。あれを誰かに見られたら死にます。……あ」
うおおおお今気づいた! 僕の現代の部屋に黒歴史ノート隠したままやんけ。あれ見られたらもう1回死んでるけどまた死んでしまうぞ。精神的に。これ絶対あの時間軸に戻らないといかんわ。万一葬式で読み上げられたりしたら僕の自我が崩壊してしまう。頼むぞ僕の親族よ。その攻撃は僕に効く。やめてくれ。
一方、トアは枕に半分顔を隠したまま、何かを考えつつ僕の方をちらちら窺ってきた。
「へえ、相手に出せずに終わったわけですか……なんだか意外に切ない話を持ってるんですね。……どんな相手だったんですか? いえ、別に、気になるわけではなく」
……意外にってなんだろう。僕って切なさと無縁に見えてるのか。失礼しちゃう。……いやでもなんか違うな。これ黒歴史ノートではないらしい。いくら異世界と言っても、誰かに出すわけがないだろう。とすると、何だこれ。
「この手紙って一言で説明するとなんですかね?」
「……恋文、では?」
「……えええええ! これラブレターなんですか!? 誰あて!?」
「いえ、貰ったものです。クラスに出るとこれが面倒で。……というかわかっていなかったんですか……」
……なんやて。こやつクラスに出るたびにラブレター貰ってるのか。このモテ女め。……あ、でもよく考えたら男に貰ってるのか。全く羨ましくない。
「……」
「……」
そして僕らはなんとなく顔を見合わせ、そのままお互い黙る。静まり返った部屋の中で、かすかに聞こえる遠くの喧騒だけが響く、そんな時間がしばらく過ぎた。…………えーっと……いやいや、何でこんな話しづらい雰囲気になってるの。
「……そういうのよく貰うんですか? おモテになるんですね」
「喜んでいいものかもあまりわかりませんし……それよりもあなたはこういう手紙を書いたことがあるんですよね。意外でした」
「ああ、いや……あれはですね……」
黒歴史ノートと勘違いしてたと今更ながら言いづらく、僕は口を濁す。そして再び僕とトアは黙ってお互いを見合った。そのままじーっとトアは僕の方を覗き込んでくる。……いやこれなんかきついわ。なんか気まずいし、なぜか責められてるような気がする。僕は手を上げて降参した。
「実は私も書いたことありません! 単に黒歴史ノートと勘違いしてました!」
「黒歴史ノート……とは?」
ええい皆まで言わすな。若気の至りの塊だよ。でもあれってたぶん後で見たら懐かしさとか感じる日が来るんじゃないかな。僕にはまだ見られたり読み上げられたらダメージ受ける呪いのアイテムでしかないけど。……その攻撃は僕に効く。やめてくれ。
そして誤解は解けた、はず。その後もお互いまだなぜかちょっとぎこちないままだったものの、僕はここに来た用件を彼女に話すことにようやく成功した。……いや、なんでここまで遠回りしたのかよくわからないけど。




