人はなぜ池に入るのか。そこに池があるからだ
「気持ち悪いぞ……」
今日何度目だろう。そう呟きながら青い顔で学校への道を進むロランドを、僕は振り返った。
「……もう。僕もロランドに同じことをこれまで何度も思ったけど、口には出さなかったよ」
「なぜ俺は過去の分もまとめて罵倒されているんだ」
「……夜中の4時まで幻覚の特訓に付き合わせたことは、ちょっぴり悪いと思ってる」
「4時は夜じゃない、もう朝だ」
まあそういう意見もあるかもしれん。僕がふいっと目を逸らすと、ロランドは充血した目でぎろりとこちらを睨みつけてきた。……ごめんってば。いや、おかげでゲーム初期くらいの幻覚の能力は習得できたから……。感謝してます。
「でもその代わりに一緒に学校に行ってほしいなんて、どうしたの?」
「……いや、それがな」
それだけ言って、ロランドは口を濁した。……え、どうしたんだろう。言いにくいこと……? まさか学校に行く道を忘れたとかそういうあれなんだろうか。なら学校より病院に行くことをお勧めするけど。でも異世界で病院っていったらどこになるんだろう。
その後もロランドは続きを口にすることなく、黙ったまま僕の後をついてくる。……それにしても、同居人に病院に行くよう勧める方法かぁ……しかも穏便に。これは難易度が高いぞ。ちょっと見当がつかないかも……。
「うーむ……」
「うーん……」
「おはよう。何2人で唸りながら歩いてるのよ……」
そう、僕らはシャテさんから声を掛けられた。あたりを見回すと、いつの間にか僕らは学校の門の前まで来ていたらしい。……あ、そうだ。せっかくだから聞いてみよう。
「おはようございます、シャテさん。ところでいきなりなんですけど、病院ってどこにあるかご存じですか?」
「いきなりにもいきなりすぎるわ……どうしたのよ? 怪我でもしたの?」
「どうやら学校へ行く道を忘れちゃったかもしれないんです……」
シャテさんはそれを聞いて、何も言わず、僕らの傍らにある学校の門をじっと見る。そしてもう1度僕の方に向き直ると、何か言いたいけど言えない、みたいなそんな表情になった。しばらくして、彼女はやたらに真剣な顔で僕の方を覗き込んでくる。
「大丈夫? 熱は?」
「元気いっぱいです!」
「そう……」
なぜか僕のその返事を聞いて、シャテさんは自分の額に手を当て、目を閉じて天を仰いだ。なんかガッカリされた気がする。……あれ、元気だと駄目なの? なぜ……。そのまま、しばらく僕はどうしていいかわからずに、黙ってしまったシャテさんを見つめた。
「いや、そうじゃないんだ。……実はな。最近お前が俺についてこないから、遂に愛想をつかされたのかと級友に勘繰られているんだ」
「あ、そうなんだ。よかった」
「何がいいものか!!」
……なんか怒られてしまった。いや、ひょっとして幻覚にかけすぎて脳に異常が出てしまったのかも、と思ってたから、僕的にはだいぶ心が軽くなったよ。だってどう治していいかわからないもん。ウルタルに相談したら治るかもしれないけど、「はい」「いいえ」しか言えなくなって帰ってきそうだし。
「お前が職務を放棄しているのが悪い」
……あれ? でも確か……。職務放棄って言われるいわれはないんだよなぁ。ふふふ、忘れたかね。僕って今、長期休暇中なんだよ。英語で言うとバカンスだよ。なんかその方が自由な感じがしてとてもよろしいよね。僕は笑顔で胸を張った。
「私、今休暇中なんですけど」
「……それはそうだが……頼む! 今日、昼食だけでも一緒に食べてくれ!」
「まあ、それくらいなら……?」
……いちおう練習に付き合ってくれた恩もあるしね。
そしてシャテさんとロランドが授業に行ってしまったので、僕は中庭でのんびり散歩をすることにした。トアの部屋に行ってみたけど、ベッドで思いっきりぐーすか寝ていたので、さすがに起こすのも忍びなかったし。まあ昼ごはんを食べた後なら起きてるでしょ。先輩の話も相談したいし、よくわからない繋がってる魔力の線の話もある。……それにしても……。
魔法学校の中庭には、虹色に光る、うねうねと動く謎の植物が生い茂ってたり、妖精みたいなのが飛んでたりと、散歩してて飽きなかった。僕は道の脇にしゃがみこみ、そこにある池を覗き込む。学校のプールくらいの大きさの池の水は底まで綺麗に見通せるくらいに透明で。イカとエビを足して2で割ったみたいな謎の生き物が底付近のあちこちをふよふよと泳いでいるのが見えた。……おおー。あれ絶対炭火焼きにして焼いたらうまいやつ。取ったら怒られるかな……。せめて触るだけでもやってみたい。あの生物固いのか柔らかいのかすらわからないし。でもさすがに駄目だよね。
そう僕が残念に思っていると、ざぶざぶと池の中を歩いて底の方を品定めしながら歩いている女子生徒を発見してしまった。……え、異世界的にはああいうのもありなんだ。マジで? 自由奔放やね。……よし。
僕も裾をまくって、思い切ってじゃぶじゃぶと池に足を踏み入れてみる。……お、ちょっと冷たい。だいたい膝くらいまでの深さだったので、ワンピースの裾を上げてたらギリギリ服は濡らさずに済んだ。そして池の真ん中くらいまで進むと、その女子生徒がなんだか不思議なものを見る目でこちらを見ているのに気がつく。ショートカットの活発そうな子だった。……ん?
「どうしたんですか?」
「ボクの方がそれ聞きたいんだけど……なんでキミは池に入ってるの?」
人はなぜ池に入るのか。なかなか哲学的な問いかけだった。そこに池があるからだ、と答えられるほどには僕は池の専門家ではないけど。なんで? って聞かれたら理由は1つしかない。
「いや、あなたも入ってるじゃないですか」
「ボクは探し物してるだけ!」
「へえー……大変ですねぇ。この池に落としたんですか?」
「ううん、2階からこの辺りに落としたはずなんだけど、他で見つからなかったから……ここにあるかなって……」
「ちなみに何をお探しなんですか?」
「ネックレス! 友達がくれたやつだから……絶対探さないと……」
そう言って、じゃぶじゃぶとその女子生徒は再び動き始め、たまに水の中の石をひっくり返したりして溜息をついた。……いや、石の下にはないと思うの……。でもたぶん大事な物なんだろう。彼女から、そのネックレスのイメージが伝わってきた。……なるほど、金の鎖のシンプルなやつらしい。
「私も探しますよ! 別に何も用事がないですし」
「え、ありがとう……でもキミ、何も用事がないのに池に入ってきたの……?」
しかし、2人でざぶざぶとあちらこちらを探しても、とんとそのネックレスは見つからなかった。そして時間が過ぎるにつれ、どんどんその女子生徒の顔が悲壮になってくる。
「この池にもなかったらもう……」
「うーん……でもさすがにきりがないような……あ。そうだ」
探し物といえば。ウルタルからカツアゲした探し物を指し示してくれる方位磁石みたいなアイテムってあったよね。全然使ってなかったけど。今こそあれが輝くときではなかろうか。僕はごそごそとそのアイテムを取り出し、掌の上に乗せてみた。
その方位磁石(仮)を眺めていると、ぐるぐると針が回り、やがて右の方向を指し示して止まる。……右? 僕はとりあえず、右に何があるのか確認すべく、首を巡らせる。右の方には、池のへりに大きな植物が生い茂っており、それがうねうねしながら動いていた。……あっち?
僕がじーっとその植物を上から下まで見てみると、茎のあたりに何か金色のものが目に入ったので、ざぶざぶとそちらに歩み寄って手に取ってみる。……イメージ的にはこれで合致するけど……。
「これですか?」
「ああー! これだよー! ……ありがとう!!」
その子はよほど感激したらしく、僕をぎゅーっと抱きしめた。棒立ちでいるのもあれかなと思ったので、僕もそっとその子の背中に手を回す。そのとき僕は、その子の肩越しに、向こうにいる他の生徒が僕らを不思議そうな目で見ているのに気づいた。……うん。池の中で抱き合う女子2人は、確かに不思議かもしれん。ただ今は見つかったことをただ喜ぼうじゃないか。だから君、そんな変な目でこちらを見るのはやめたまえ。
「助かったよ!! ごめんね、池の中まで一緒に探させちゃって」
「いえいえ、どういたしまして」
「でもキミって結局この池に何の用事があったの? ボクも手伝うけど」
……せっかく感動してるのに、見たことない生物にただ触ってみたかった、と言うのもあれかなぁ。ここは適当に誤魔化しちゃえ。
「いえ、困っている人を見つけたので。それだけです」
「え、それだけ!? ……ほんとに? 用がないとこんなすみっこまで来ないでしょ」
「……えーっと、実は私困っている人を助けるのが趣味なんです。うん、そうだ。そうなんですよ。いつもこの池のあたりで活動していますから。また困ったらここに相談しに来てくれたらいいです。物を探すのは得意ですから」
その僕の台詞がどこまで通じたのかはわからなかったけど、女子生徒Aは無事、笑顔で去っていった。そして彼女は去り際に、ポケットからクッキーを取り出して僕にくれた。うん、めでたしめでたし。
ところがその後、僕が池の横にあった芝生のところで日向ぼっこしつつ、もらったクッキーをもぐもぐ食べていると。さっきの女子生徒が友人らしき子を3人引きつれてやってきた。……おや、帰ったと思ったらもう戻ってきた。まさか、またネックレス落としたのかな?
「ほら、いるでしょ、この子だよ!」
「わー。すごく可愛い! ……あなた、探し物が得意なんだって?」
「ええ……まあ……?」
「……あのね、私も探してほしいものがあるの!」
「私は、運命の人とか知りたいなぁ」
「あーそれずるい! それがありなら私もそっちがいい!」
女子4人に一斉に目の前で喋られると、なんだか機関銃に掃射されているような気分になった。しかしどうやら話している内容を聞く限り、この池付近に生息している頼みごとを叶えてくれる存在だと、そう認識されてしまったらしい。なんでや。……でも僕がさっき言った台詞を思い返してみると、自分でそう言ったような気もしてきた。なんであんなこと言ったんや。
「えーっと。お昼から予定があるもので、今日はもうおしまいです」
「そうなんだ!? 次はいつ来てくれるの?」
「また次回、機会があればということで」
「それ絶対次回ないやつでしょー!」
「じ、じゃあ明日とか……?」
「やった!」「待ってるからね!」と各々が言い、彼女たちは僕の手に焼き菓子をどっさり乗せて去っていった。……なんか、こういうルールが勝手に構築されていってる気がする。……いやでも待てよ。運命の人がどうとかはさておき。ここで 千里通、未来が見える指輪を使う練習をしてもいいかもしれん。僕ってたぶん持ってるアイテム全部使えてない気がするし。方位磁石もしかり。海底神殿に入るまではまだ2月はあるはずだから、今のうちに手札の整理をしておくべきか。
バカンスはフランス語です
それにしても、この人ワンピースなのに方位磁石はどこからごそごそ取り出したんでしょうか。ひょっとしたらポケットがついているのかもしれませんね




