VS 先輩(2)
「じゃあ、さっそく始めちゃおうか?」
そう言いながらルート先輩は両手をパンと合わせ、ニッコリ笑った。……いや、そういやまだ何も言ってないんだけど……なんで僕の用事を知ってるんだろう……。今心を読まれた、ってこと?
「違うよー」
それに、さっきの幻覚。どうして先輩が作った幻覚に、現代のゲーム用の部屋が出てきたんだ。先輩は当然、この世界の人なんだから、あれを知っている訳がない。まさかとは思うけど、先輩も転生組であのゲームの経験者だったり……?
「違うよー」
「あの、さっきから普通に思ってることに返事するの、やめてもらえませんか……?」
「そっか……ごめんね……駄目だったよね。私にとっては家族みたいなものだったから……つい、いいかなって甘えちゃった」
先輩はそう言って、ソファーに置いてあるクッションをぎゅっと抱きしめた。クッションに顔を埋めて「あーあ、でも寂しいなぁ……なんだか距離を感じるなぁ……」と何度も言いながら、その状態でチラッチラッと僕の方を上目遣いで窺ってくる。……いや、えーっと……。
「……本当は?」
「読めば話すより時間が短くて済むじゃない」
「うっ……」
うおぉ今のきっつい、逆にこっちが距離感じた。なんか突き放された感が半端ない。でも先輩を見る限り、話したくないっていうより、そっちの方が効率的だから、だな。たぶん。……きっと先輩が本当に嫌だと思ってるなら。そもそもこの場で待ってくれてはいなかったはず。
「それはそうだねぇ」
「えーっと、それでですね。まず、認識阻害、相手に幻覚を見せるのってどうやったらできるんですか? そもそもやり方がよくわからなくて……」
「向こうではどうやって使ってたの?」
……ゲーム内ではスキルっていうか特殊技能だったから、使おうと思ったら使えました。おわり。……なので全然参考にならない。それを読み取った先輩は「えーそうなんだ!? 便利! でも意味ない!」とクッションを抱きしめたまま目を皿のように丸くして、大いに驚いたような顔を見せる。それでもしばらくして気を取り直したらしく、先輩はピンと指を立て、僕の方に笑いかけた。
「ふふふー。でも安心してお姉さんに任せて! 相手の心が読めるなら簡単だから! じゃあ早速、特訓しちゃおうか。さあ、準備はいい?」
「あの、そんな無理して明るく振舞ってもらわなくても大丈夫ですから」
「…………そう」
「ごめんなさい。やっぱり普段通りでお願いします。ニコニコ笑ってるバージョンの方で」
……ひええ、一瞬で先輩が能面みたいな無表情に……。いつも笑ってるだけに、表情消えると怖すぎる。というか切り替え可能なんだ。顔が整ってるだけに、無表情になると人形っぽくなって余計怖い。その先輩の、いつもより大きいガラスのような目が、瞬き1つせずに僕の全てを見透かすようにじっと覗き込んでくる。目を合わせていると、なんだかその目にどこまでも吸い込まれていくような錯覚を僕は味わった。
……と、次の瞬間。先輩の無表情がふにゃっと崩れ、いつものふわふわした笑顔が先輩の顔をさっと彩った。そのままえへんえへん、と大きく咳ばらいをして、先輩はニコニコ笑いながら大きな胸を張る。
「えー、じゃあせっかくリクエストを貰ったので! いつもの感じの方でやっちゃいます!」
「わーい! ありがとうございまーす!」
パチパチパチ! と僕は手が痛いくらいに思いっきり拍手をした。無表情バージョンの先輩は間違いなくシビアで、鬼のように厳しい。それがさっきの一瞬でも痛いほどにわかった。うん、怒られるの怖いからね。できるだけ優しい方で。
先輩はソファーから立ち上がり、胸を張りつつ腰に片手を当てた。そしてもう1度ピンと指を立てながら、その指をゆっくり左右に振る。
「まず、相手と自分の境界を無くすこと。これは心を読むときも同じだよね。そしてポイントはここから! 相手の領域だったところを絵のキャンバスに見立てて、自分の意識を上書きしちゃえばいいんだよ」
「……上書き?」
「真っ白に塗りつぶしたら相手の記憶が消えるけど。見せたいものを上書きしたらさっきみたいに相手にとっての現実になるから。それだけだよ!」
……相手と自分の境界を意識して、無くす。確かにトアにも同じようなことを教わったっけ。なるほど。
「でも、練習台がないよね。私にはかかりにくいからどうしようかなぁ……困っちゃうよね。街から何人か適当に見繕って連れてきちゃおうか?」
「そんなスーパーの特売品みたいな言い方で実験台を拾ってこないでください」
「大丈夫だよ? 終わったら全部消すから」
「駄目! です!」
「……はーい……あーあ、簡単なのになぁ」
先輩は心底残念そうに、ぽすんとソファーに腰を下ろした。全部消すの意味が相手の記憶なのか存在なのか、どっちでも怖い。そして先輩はどっちの可能性も同じくらいありそうだった。……よし、あとでロランドとかを実験台にして、心おきなく練習しよう。
「あとは気をつけることとかありますか?」
「そうだねー……やりやすいのは相手の記憶を引っ張り出してそれを土台にイメージを組み上げるのが楽でいいかな。私がさっきやったのはそれ」
「ああ、道理で……」
……ん? でもそれなら、僕の記憶の細かいところまで先輩は覗くことができた、ということになる。
「あの、先輩。私って魔法防御は完璧なはずなんですけど、どうやって記憶を覗いたんですか?」
「んー。そうだね……どうしようかなぁ」
笑顔モードの先輩には珍しく、そこで先輩は宙を見上げて迷うようなそぶりを見せた。……あれ? なんか言いにくい話? ……そして、その口ぶりで、僕はトアとさっき話していた時に抱いた疑問を思い出す。前に先輩が言っていた、異世界に渡るもう1つの選択肢について。
『――私もその武器屋の子に頼みに行った方がいいのかなぁ。……それとも……』
「あ、なら話は変わりますけど……もう1つ、先輩に聞きたいことがあるんです」
「あんまり変わってないよ」
「……へ?」
僕がぽかんとした表情で先輩を見ると、先輩は笑ってるような、悲しがっているような、それとも懐かしがっているような。何とも言えないような表情で、僕を見てきた。……いや。この表情は、きっと。……自分が手に入れられないものを遠くから眺めている、そんな顔だった。まるで、自分の欲しいものを持ってる友達を羨ましがっている、子どもみたいな。
「ちゃんと読めるじゃない。なら、幻覚も習得できると思うよ」
先輩はそう言って、ソファーから音もなく立ち上がる。
「あの!」
「そうそう、今度武器屋の子に頼みに行こうと思ってるんだー。私も連れて行って、って。よろしく言っておいてね」
そう言い残して先輩は笑顔でひらひらと手を振って、研究所の奥に歩いて行った。……話は終わりだと。そういう意思を僕は先輩の背中から受け取る。……確かに用は済み、聞きたいことの一部は明らかになった。いくつかの解けない謎を、残したまま。
「うーん、手、手が……」
うなされているゼカさんを背負って、僕は自分の部屋に向かって歩く。僕はその帰り道、今日わかったことについて考える。……先輩が欲しいもの。違う世界に渡るための方法。あの表情の意味するものは、いったい、なんだったんだろう。




