ホラーゲームでよくある、選択肢をどこかでミスったやつ
「ということで、幻覚を相手に見せるためにはどうしたらいいですかね」
「なんか変なこと言い出した」
「ということで、と言われても全然わかりません」
僕はとりあえず、かつてあっちの世界では僕は幻覚を見せる能力があったという説明を2人にする。正確にはゲームの中でなんだけど、まあ似たようなもんだろう。
「トアならわかるかなーって」
「いえ、わたしもそこまで本格的に詳しいわけでは……」
あ、そうなんだ。確かに前は、そこまで相手の心が読めるわけではないって言ってたもんね。ならなんで僕の思ったことはほとんど筒抜けなんだろう。まあいいか。でもならどうしたものか。
「幻覚を見せるとなると、相手の精神に干渉する必要があるわけですから。それこそ、そこに特化した能力の持ち主でないと。アドバイスも難しいのではないでしょうか」
「特化……そんな人なんて……あ」
僕の脳裏に、専門家だよー! という声とともに笑顔で手を振る先輩の姿が思い浮かんだ。……うん。確かに会った中だと一番そういうのに精通してそうではある。いやしかし……。
「なんでそんなに迷ってるの? 一緒に海辺の街に行ったあの人でしょ? いつもニコニコ笑ってていい人じゃない」
「いい人ではあると思うんですが……」
「……『ですが』……?」
「怖いんです」
「どこが!? あんなに無害そうな人いないよ!? アリも殺せなさそうじゃない」
僕の中での先輩は、アリの巣に煮たぎった鉄とか注ぎ込んで出来上がった形で今日の運勢を占う、とか普通にできそうなんだけど。笑顔で。いや決して悪い人じゃないんだよ。ただ情緒的な部分がちょっぴり薄いみたいな。なのに表情豊かなのが余計怖いっていうか。……あ、でも……。
「そういえば、トアのところにルート先輩って最近来ました?」
「いえ、見ていませんが」
あれ? ……先輩って他の世界に行きたいんだよね。かつて会った来訪者のお姉さんに会うために。で、武器屋の子に頼みに行った方がいいのかな、って言ってなかったっけ。来づらいのかな? ……いや。先輩はそういうものを感じたりはしないだろう。えーっと。ちゃんと思い出してみよう。……先輩はあの時、最後になんて言ってたっけ。
『――私もその武器屋の子に頼みに行った方がいいのかなぁ。……それとも……ふふ、迷っちゃうなー』
あの時はあんまり気にしなかったけど。「それとも」ってなんだろう。だって、武器屋の子ってトアだよね? トアに頼みに行く以外の選択肢なんてある? ……なんか気になる。よし、認識阻害のアドバイスをもらうついでにそれも確認しとこうか。
「やっぱり先輩に会いに行ってみます」
「なんか大袈裟だね。……あたしも一緒に行こうか? ルートさんにこの前のお礼も言いたいし」
「わたしは契約の方法を考えるので、今回は行けません」
僕とゼカさんはその場にトアを置いて、研究所へ向かうこととする。
「ゼカさん、何があっても心を強く持ってくださいね」
「……ねえ、あたしが知ってるルートさんとサロナが言ってる先輩ってほんとに同じ人かな? 大丈夫だよね?」
カチャリ、と僕は静かに研究所の扉を開ける。そっと室内を窺ったところ中は薄暗く、今は誰の気配もない。……よし。僕は後ろにいるゼカさんにハンドサインを送った。
「入ってOKです」
「あのさ、いっつも職場にそんな入り方してるの?」
心底不思議そうにゼカさんに聞かれ、僕はなるほど、と考えさせられた。……確かに先輩ってさ、別に僕に積極的に攻撃してきたことなんてないよね。むしろめっちゃ良くしてもらってる。とすると警戒するのも失礼だった気がするな。反省せねば。僕は気分を切り替えて出発すべく、後ろのゼカさんに掛け声をかけた。
「では、普通に進みましょうか。準備はいいですか?」
「おー!」
「おー!」
ててて、と僕が先頭を進み、その後ろをとんとん、と軽やかにゼカさんがついてくる。廊下はまっすぐ奥に続いており、壁は一面の白。所々に、これまた白い扉がぽつんぽつんとあるけど、それらは全て閉まっていた。前を見ながらそんな中を歩いていると視界がほぼ全て白に染まり、なんだかくらくらとする。しかし……。
「なんかこれ奥広くない? 外から見たらちょっと広めの家くらいだったのに」
そうなんだよ。なんで行き止まりが見えないくらい廊下がずっと続いてるの……。こっちのほう来たことないから気づかなかったけど。明らかになんかおかしい。そして5分くらい歩いて後ろを振り向くと、僕らが来た側も、見える限り白い廊下がどこまでも続いていた。……あれ? ……僕らが入ってきた入口は……?
立ち止まった僕の背中にゼカさんがぶつかり、文句を言う。
「ちょっとー、急に止まらないでよ」
「私たちこんなに進んできてましたっけ……」
何言ってるんだ、と言わんばかりの顔で後ろを振り向いたゼカさんは、そのまましばしこっちを向かず。おそるおそる、といった感じで僕の方に向き直り、首を傾げた。
「……こんなに進んできてたかな?」
なるほど、ゼカさん的にもそんなに進んでは来てない、と。いやいやいや、これやばくない? 一本道なのに迷った、という訳ではないと思う。とすると、何らかの魔法がかかってる? え、でも僕って魔法防御的には最強じゃなかったっけ……? なら、この空間自体が拡張されてるとかそういうやつなの? なんか村の倉庫もそんな魔法がかかってるって言ってたような。
静まり返った、どこまでも続く白い廊下にゼカさんと2人で立っていると、なんだか自分が今いるここが現実ではないような、そんな錯覚を覚えた。……静かすぎて、耳鳴りがする。まるで自分が立っている地面すらもはっきりとしないような。ゼカさんも同じようで、あたりを見回しながら、不安そうに僕の手をぎゅっと握りしめた。
「何なの、ここ。怖いよ……」
しかし出られないなら仕方ない。ここは壁をぶっ壊して出てやろう。請求書はウルタルにつけておいてくれたまえ。では、えいや!
ところが、壁をぶん殴って穴が開くはずが、当たった僕の拳はごつん、と固い衝撃に押し返された。
「いたっ……」
拳を見ると、壁に当たったところからじわりと血が滲んできていた。……え? ……なんで? だって、こんなの……。
「大丈夫!? 血が……えっ?」
そのときカチャリ、と音がして、不意に近くの扉がひとりでに開く。僕とゼカさんはくっついたまま、そろそろとその扉の中を覗き込んだ。中は薄暗く、シルエットからどうやら机と椅子が置いてあるらしいことだけはわかる。
「……どうします?」
「あたしこの廊下嫌。ねえ、部屋の中探してみない? ひょっとして、ここにヒントがあるのかもしれないよ。だってわざわざ開いたんだし」
「そんなまさか、ゲームじゃないんですから」
それでもゼカさんに引っ張られ、僕らは部屋の中に入る。すると部屋の真ん中くらいまで来た時、背後でバタン! と扉が音を立てて閉まった。
「ひゃっ!」
「わー!?」
僕らはお互い抱き合って叫ぶ。僕もそんなにホラーが得意ってわけじゃないんだよ。いや正確にはホラー映画なら得意なんだけど、お化け屋敷は苦手。この違いを友人に説明したらなかなか分かってもらえなかったけど。スクリーンの向こうで人の首が飛んでいくのは平気でも、手術室に笑顔で同席できないタイプの人間なんだよ僕。だからこのシチュエーションも正直駄目だ。でもゼカさんも生まれたての子鹿くらいに足が震えてるので、同じタイプなんだろう。しっかりせねば。
そしてしばらくして、部屋の明かりがぱっとついた。見回してみると、部屋は8畳くらいで、椅子と机だけしか家具がない。そして椅子にはやたらにコードがついていた。……あれ? ここって……。ひょっとして、ゲームのテストの時に来た部屋? まさか。ここにあるわけがないのに。
僕が混乱したまま椅子を見つめていると、ふと部屋のどこからか人の声のようなものが聞こえた。
「あれ、ゼカさん何か言いました?」
「ううん、でも何か聞こえた」
僕らはその場で耳を澄ませてみる。何かぶつぶつ言っているようだった。たぶん、一言だけ。そしてしばらくそうして集中していると、何を言っているかが分かった。
「――忘れないで」
……いや、何をやねん。まず誰やねん。そもそもこの声ってどこから聞こえてくるんだろう。声自体が小さいのでどこから聞こえてくるか特定するのには時間がかかったものの。捜索の結果、すみっこにある机から聞こえるということがわかった。
僕とゼカさんは少しずつ机に近づいていく。机には、タイムマシンの入り口みたいに1つだけ引き出しがあった。声はそこから、同じ内容をずっと繰り返している。
「忘れないで」
「忘れないで」
……何を? 僕は何かを、忘れている? 僕は引き出しの前に立ち、思い切ってそこを開けてみる。いったい何が、誰が、入ってるんだろう。
……ところが引き出しの中は、空っぽだった。……ちょっと拍子抜け。いや何が入っててほしかったわけでもないけども。がらんとしたそこには、ペン1本ですら入ってない。
「空っぽだね……」
そう言って僕の横から引き出しを覗き込むゼカさん。その手を、引き出しの奥から突然にゅっと出てきた細い腕が、がっしりと掴んだ。そしてまるで耳元で叫ばれてるみたいに、引き出しからの声が急に大きくなる。
「置 い て か な い で よぉ!!!!!」
「……認識阻害って、よくわからないけどこんな感じでいいのかなー?」
そうのんびりと言うルート先輩の声で、僕らは我に返った。いつの間にか僕とゼカさんは研究所入口すぐのソファーに座っていて、その向かいには先輩がニコニコしながら腰かけている。先輩は手を合わせながら「どうだったー?」と言いつつ、首を可愛く傾げた。
「あれ、え? え? 今の、何ですか?」
「ふふふ。私を頼ってきてくれた妹弟子のために、今回は本気でやってみたよ。幻覚を見せる能力を勉強しに来たんだよね? たぶんこういうのが使いたいんでしょ?」
「え、今のって……幻覚……?」
いやいやホラー過ぎるやろ。しかもバッドエンド。……僕こんなのいつも使ってたの? なんか急に罪悪感が……。僕は今まで認識阻害をかけてきた相手全てに、心の底から申し訳なく思った。あ、でも確かに、手も怪我してないや。
……あれ? でもなんで僕にかかったんだろう? 魔法無効なんじゃ……。よし、その辺も含めて先輩に教えてもらわねば。
「ゼカさん、よかったですね。さっきのって幻覚ですって。もう駄目かと……ん?」
ゼカさんがさっきからやけに静かだと思ったら、彼女はソファーに顔を埋めてきゅーっと目を回していた。ああああそりゃそうか。あんなん直接食らった方は無理に決まってるやろ。
「ゼカさん! しっかりしてください!」
「あ、ちょっと休ませようか。私ベッドまで運んでくるよ。ちょっと待っててね」
そう言って先輩はゼカさんをひょいと抱き上げて、すぐに部屋の奥に連れて行ってくれる。親切。だけど先輩からはゼカさんがああなってたことは最初から見えてたはずだけど、全く動じてなかった辺りはちょっぴり怖い。さすが先輩と言えよう。
先輩は基本的に、常識的な行動をトレースすることができます。
ただし僅かな気分の上下があると、そのトレースをうまくできないことがあったり。




