魔法のランプを擦ったら斧を持った殺人鬼が出てきた
「で、契約ってどんな感じなの?」
「なんか見えないラインが相手と繋がってる感じというか……」
「あーそういうのっていいよね! いっつも繋がりを感じられるみたいな。やっぱりお願いしてみたい!」
……ゼカさんに、女神に頼んだらいいかも、というのを話したところ。まず僕が持ってる通信機を見たいというゼカさんの希望が出たため、僕の部屋へと僕らは場所を移した。僕は机の奥にしまっていた通信機を取り出し、ゼカさんの前にぶら下げる。
「へー、これがその女神さまとの通信機……? なんかペンダントみたいだね」
魔方陣のようなものをかたどったレリーフが先にぶら下がっている、一見普通のペンダント。しかし、僕はそれがどこに繋がっているのかを知っていた。……今や敵か味方か、わからない相手。
そのせいか、その金属の鈍い輝きが、今の僕にはどこか不吉な風に見える。そしてなんだかこの場の空気が次第に変わってきてるような気がした。じわり、とそのペンダントから、見えない何かが少しずつ染み出してきているような。……なんでだろう。前はこんな印象は受けなかったんだけど……。
そしてずっとそれを眺めていると、ふと気づいた。気のせいか、部屋の中がさっきより暗くなってる。さっきまで聞こえていた街の喧騒もなぜか今は全く聞こえない。静まり返った部屋の隅に、さっきまでより影が増えているような気がした。……あの棚の陰からこちらを見ている黒いものはいったい、何だ。
「なんか明らかにやばくないですか? やめましょうよ」
「……え、そうかな? ……でも、あたし、契約したいし……」
反応を見る限り、周りの異変はゼカさんにはわかってないらしかった。たぶん前までの僕も、そうだったんだろう。女神と話をできたと、それだけを喜んでいたあの頃の僕も。
「せめてトアがいる時にしません?」
「……それもそうだね。……わかった」
そう頷いたゼカさんが、最後に名残惜しそうにペンダントに指先で触る。……すると、どこか遠いところから、ちりん、という鈴のような高い音が不意に聞こえた。……鈴?
『……どうしたの?』
やばいやばいやばい繋がった。彼女はペンダントを指さして、首を傾げた。うんうん、と僕が頷くと、彼女もさっと緊迫した表情になる。……繋がったからには、聞いてみるべきか。無理しすぎない程度に。
「あの、実は今日はお願いがあって」
『……なーに?』
ペンダントから聞こえる、どこかのんびりしたその声は、前と同じだった。そのことにまずはほっとする。透き通った歌のような、女の子の小さな声。
「その、契約ってあるじゃないですか。あれって普通は1人としかできないんですよね? あれって何人もとできるようには、できないんですか?」
『できるよー』
「あ、できるんですか!? なら私もそれできるようになりたくて。お願いしたいなって」
それを聞いて、ゼカさんの顔がぱあっと明るくなった。やった! と下を向いて彼女は小さく呟く。
『……でも、だーめ』
いつの間にかペンダントからじゃなく、僕のすぐ後ろの耳元で女神の声が聞こえた。うなじの産毛がぞっと立つのがわかる。……でも、僕は振り向く気が起きなかった。振り向いてそこに誰もいなくても、誰かいても。振り向いたことを自分が後悔するだろうと、なぜかわかる。同時に、寒さでカチカチと自分の歯が鳴った。……寒さ? 氷の湖に入っても何ともない、この体で?
「駄目……? どうして……?」
『止められてるから』
耳元で囁かれるその答えは端的。ただそれゆえに、よくわからない。
「止められてる? 誰に?」
『クーちゃん』
……いや真剣に誰だ……。少なくとも近所の野良犬とかではなさそう。……いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない。真剣に、慎重に。
「……クーちゃんって誰ですか?」
『クーちゃんはね。私の城に来た初めての人間』
「城に?」
やばい、1行に1個はわからない単語が出てくる。とりあえず、女神は城に住んでるらしい。いらない豆知識だけど。そして僕と女神の話が進んでなさそうだということを傍から見ていて理解したのか、ゼカさんが突如、ペンダントを手に取った。
「あの、あたし、契約したくって。でももうこの子、他の子と契約しちゃってるんです。何とかなりませんか」
ゼカさんがペンダントを握りしめて女神にお願いする。僕はそれをハラハラしながら隣で見守った。
『契約は駄目だよ』
「そこをなんとか!」
『駄目だよ』
「お願いします! お願いします!」
『……いいよー。面倒になってきちゃった』
軽っ。そしてゼカさんすごい。女神相手に力技でお願いをもぎ取った。あれ、でも駄目だと言ってた割にはけっこうあっさりな印象。
『でもどうしようか。怒られちゃうから……そうだ、いいこと考えちゃった』
望みを叶えると言われ、わくわくしながらその続きを待つゼカさん。胸にぎゅっとペンダントを握りしめている。そしてすぐに「いいこと」の中身が語られた。底抜けに明るい声とともに。
『――先に契約してる子がいなくなったらいいんじゃない?』
「……え?」
ゼカさんはぽかんとした顔で、ペンダントの方を眺めた。何を言われたのかわからない、という顔。そんな彼女を置いて、女神の声は明るいままのトーンで話を進める。
『その子を消しちゃおう。あなたがそんなに望むから、特別だよ』
「……いやあたし、そんな……やめてください!」
『……どうしたの? もっと喜んでいいよ?』
やめる理由がわからないしやめるつもりもない、という響きの女神の声は、別に脅しで言っているとかそういう訳じゃない。僕にはわかる。まずい、まずいまずい!
「そんなつもりで言ったんじゃなくて!」
「その! 複数の人と契約できるようにするのが駄目なんですよね! なら代わりに、私が複数の人と魔力のラインを繋げるようにしてもらえませんか?」
おろおろしてるゼカさんがこっちを向く。その目が言っていた。「いやでもそれ契約やろ」と。でもこのままだとトアが消える気がする。……あと2言くらいで。だから話を変えないといけない。そして契約って言わなきゃ、この女神ならひょっとして……。
『魔力のライン? それならいいよー。駄目だって言われてないから。できるようにしてあげる』
「ありがとうございます! 用はそれだけです!」
『それじゃあねー。……いたっ』
「いたっ?」
『大丈夫、ちょっと噛まれただけ』
「何に!?」
『…………』
ふと、不意に返事が返ってこなくなった。僕はペンダントを振ったり、耳に当ててみたりしてみる。しばらく沈黙が続いたので、これはいつも通り女神がバックレたと判断する。何に噛まれたとかよりもっとやばい言動がたくさんあった気がするけど、なぜ今逃げたのかもよくわからない。
そして僕が周りを見渡すと、いつの間にか、部屋の明るさはいつも通りに戻っていた。開いていた窓から、カーテンを揺らしてさあっと爽やかな風が吹き込む。さっきまでが嘘のように、寒さもなくなっていた。僕はベッドに体ごとボフッと倒れ込んで、大きく溜息をついた。
「あーーーーー、疲れた……」
あかんわこのペンダント。なんていうか、綱渡り感がやばい。別にこっちを積極的に攻撃してくるとかそういう感じじゃないけど。……これは扱いを間違えると、えらい目に遭う。僕は机の奥底にこわごわそれをしまいなおした。間違っても、また繋がらないように。
「……何なの、今の……」
そう呟き、血の気が引いた顔で僕の方を見つめるゼカさん。そして彼女はいきなりがばっと抱き着いてくる。そのまま僕の胸に顔を埋めたまま、震えた声で呟いた。
「……怖かった……」
よしよし怖かったね、と彼女の震える背中を僕はしばらく撫でる。だって願いを叶えてもらえると思ったらいきなり友達を生贄に捧げそうになってたとか。脈絡もなくいきなりホラー展開に放り込まれたようなもんだ。魔法のランプを擦ったら斧を持った殺人鬼が出てきたようなもんでしょ。怖いわ。
「すみません、もう少し慎重に行くべきでした」
「あれが、女神様? 悪魔とかじゃないの……?」
残念ながら、あれがこの世界の神なのは間違いなさそうなんだよなぁ……。ただ良識というものが欠けてるだけで。……いやでも待てよ。あのペンダントは、神殿で渡されたものだ。女神からの贈り物だと言われて。そしてあの声は自分でも女神だと言ってたから、そう信じていたけど。……本当に女神の声だという証拠があるわけじゃ、ない?
コロナとは何だったのかと言わんばかりに送別会が今週は沢山です。沢山というか具体的には3つ。
そして明日も送別会なので、たぶん更新できない感じです。




