『支配者の器』
「……まあ、ここでというのはなんなので……では、帰りに人目のつかないところに来てもらえますか」
僕がそう言うと、ロイはなんだか赤くなった。なんかちょっと嫌だ。でももうすぐ顔面も血で赤く染まるかもしれないんだから、それくらいは許してあげよう。僕は広い心でそう受け止める。ところが、全然心が広くない部屋の持ち主が異を唱えた。
「おい、俺を置いてきぼりにするな」
「そんなことより、部屋の主として何かもてなしとかはないんですか。みんなを楽しませる芸みたいなのがあればぜひ。……あ、できないならいいです」
「……馬鹿にするな。では見ていろ」
僕がちょっと挑発しただけでロランドは簡単に乗ってきた。……よし、あの宴会芸魔法が役に立つときが来たのではないか。自分でもナイスアシストだったと思う。あとは決めるだけ。ひょろひょろ火の玉が飛んでいく君の魔法が活躍する数少ない機会が今訪れたよ! 頑張って!
『ロランド様は天才です』
ところが、ロランドがちょっと神妙な顔になったかと思うと、そんな甲高い声がどこからか発せられた。……なんや今の高音波は。天のお告げかな? 内容間違ってるけど。……ところが、その声を聞いたみんなはなぜか僕の方を見てきた。
「え、なんですかみんなしてこっち見て」
「いや、今のってあなたの声じゃない」
……え、今のって僕の声の真似!? あんな高いの? しかしこいつ何唐突に正統な宴会芸的なの披露してんねん。いやいや待てそれ以前に……。僕はロランドの方をじろりと睨んだ。その視線をどう解釈したのか、彼は大いに胸を張った。
「……どうだ俺の物真似は? 練習する時間ならたっぷりあったんだ。似ていただろう」
「物真似っていうかあんな台詞言ったことないんですけど。というかあんな台詞を何度も自分で練習して辛くなかったんですか?」
『ロランド様は見たことないくらいのすごい天才です』
「……だからそれやめて! 私の声で小学校低学年みたいな誉め言葉を神妙に述べるのをやめてください! ……あ、ほら! 他の人とかバリエーションないんですか?」
僕のその声を聞いて、他のみんなが「マジかこいつ余計なこと言うなよ」みたいな顔になった。ふふふ、こうなったら死なばもろともよ。巻き込めばそれだけ僕の真似が出てくる確率も下がるはず。傍観者のままでいられると思ったら大間違いだぜ。
しかし、なぜかロランドは僕のリクエストを聞いても苦悶の表情を浮かべるだけだった。……どうしたんだろう。……あ。ひょっとして。まさか。
「私の真似以外、できないんですか……?」
「ある程度会話をした相手でないと、真似は難しいんだ」
おおう、そうすると僕以外ほとんど会話してないことになってしまうけど。ただそこをはっきりさせても誰1人幸せにならない気がした。うん、触れないようにしておこう。
「いや、よく似ていたよ。台詞のセンスはどうかと思うがな」
そう言ってロイが苦笑いをしながらいちおう褒める。しかしそのロイに、ロランドは不気味に笑いながら話しかけ始めた。なんか悪の道に青年を誘う悪い魔法使いみたいだ。
「……いいのか、そういうことを言って」
「どういう意味だ……?」
「お前がどうしてもと頭を下げて頼むなら、この声でお前の望む台詞を囁いてやってもいいんだぞ。結婚に頷く声を今すぐ聞くこともできるだろうなあ。……それなのにいいのか? そんな態度で」
「なん……だと……」
それを聞いて電流が走ったような顔をするロイ。……いや、誘いが来てるそっちって明らかダークサイドやぞ。お前は僕の声に何を言わせるつもりやねん。ところが、ロイは全然ためらわないでダークサイドの道へふらふらと足を踏み入れていく。
「どんな台詞でも言ってくれるというのか……」
「任せろ、俺に不可能はない」
「……そういうのはあたしは本人がいない場所でやった方がいいと思うわ、ロイ。引かれてるわよ」
「どん引きです」
「2人とも率直に気持ち悪いわ」
「シャテアンナに同じだ」
「俺が後で言っとくから」
その後も、なんだかんだ言って1時間くらいはロランドの部屋でみんなで話をした。そういう意味では、練習したと言っていた物真似も意外に役に立ったのかもしれない。あ、ロイは帰り道校舎裏に呼び出して一発KOして帰った。
そして、2日後。僕とトアとゼカさんは武器屋で集合する。トアに連れられて、僕とゼカさんは武器屋の裏に回った。すると、そこには別棟らしき建物があり、3人でそのままその中に入る。建物の中は小さな工房になっていた。あちこちに部品や工具らしきものが散乱している。
そこで振り向いたトアはえらく上機嫌だった。ただ、なんか目の下、ちょっと隈が濃い気がする。まさかとは思うけどこの子ずっと寝ずに検証とかしてたんだろうか。……また徹夜明け? 大丈夫?
彼女は何のためなのかはよくわからなかったけど、しばらく腕組みをしながらそのへんをゆっくりと何周も歩き回り、不意に止まった。そのまま顔を上げ、こちらを見据える。彼女のその青色の瞳は、これまで見た中で一番と言っていいほどきらきらと輝いていた。……おお。なんか調子はよさそう。
「……実はこの2日間は、武器を作っていました」
「武器を?」
「ええ、ずっと作りたかった武器があるんです。理論は完成していたんですが、魔力が足りなくて。契約で手に入れられた魔力が役に立ちました。ありがとうございます。……で、ここに完成品があるんですけど。……ひょっとして、見たいですか?」
そう言った後、ちらちらっとこっちを見て反応を窺うトアは、間違いなくテンション高かった。あ、これ徹夜明けだわ。間違いない。
「見たーい!」
「早く見せろー!」
とりあえずゼカさんと2人で拳を振り上げ、盛り上がっておく。ギャラリーのその反応を聞いて、トアは大変満足げないい笑顔になり、何度も頷いた。あ、なんか珍しく幸せそう。ほんの2日前ボロボロになってた時からここまで復活できて何よりである。
「えー、そう言われては仕方ないですね。ふふ……じゃーん。では、こちらです」
そう言って彼女は、工房の端に置いてあった何かを手に取り、掌に載せて僕らに差し出す。
――それは、片刃の白い剣だった。やや反り返っているその刀身は、いびつではないのに、致命的に歪んでいる、そんな印象を与える。まるでその剣自体がどこか矛盾を孕んでいるような……。これは……。
「自己進化する剣、というコンセプトで作られています。最終的には、形のないもの、概念まで切り裂くことができるようになることが目標です。名前は……」
「――「 支配者の器」……?」
僕はこの剣が誰のものか、よく知っていた。それを、誰が作ったのかも。これはかつての僕の魔王軍で魔王様が愛用していた、その多彩な武装の中で唯一の剣。……なんとなくそんな気してたけど、やっぱりこの子は僕らの世界の魔王様だったらしい。うん、なんかそうじゃないかとは思ってた。
……ただ、解せない。どうしてこの剣がここにある。だって、ゲームが始まった時点で、魔王の彼女は既にこの剣を持っていた。自分が作った愛剣だと言って。……でもそれっておかしくないだろうか。
何年前か知らないけど、魂のコピーというよくわからない代物を持って、ゲーム製作者はこの世界を出た。そして僕の世界にやってきたはず。なら、もう製作者はとっくの昔に僕の世界に移っている。なのに今生まれたというこの剣が、ゲームの中には存在してたってことは。……ことは……どうなるんだろう? よくわからん。これはまた副隊長の意見を聞かねばならなさそうだ。あ、いや、どうしよう。トアのこと、これからなんて呼んだらいいんだろう。少なくとも今は魔王じゃないのに魔王様呼びはまずいか。うん、副隊長でいいや。何をしたわけでもないけど君は5階級降格や。よし解決!
ところが僕が考え事を止めて視線を上げると、トアがいつの間にか、部屋の隅でこちらに背中を向けて座り込んでいた。そしてなぜかその背中が煤けて黄昏てる。……あれ? え、なになに、あの子どしたの? さっきまであんなに嬉しそうだったのに。ちょっと僕が他のこと考えてる間になぜこんなことになってるんだ。ひょっとして、5階級降格がショックだったのかな?
「ゼカさん、これってなにかあったんですか」
「うん……なんかね。武器の名前を……自分で発表したかったみたい……」
……違った。そしてやばい。確かにそれは言いたい。しかも僕が知ってる魔王様の性格だと余計にそういうのこだわりそう。やらかしてしまったかもしれない。僕はダッシュでトアのところに駆け寄った。
「武器の名前、聞き逃してしまいました! もう1度教えてもらっていいですか?」
「……いいんです。もうなんでも……」
真剣にやばいぞ。完全にふてくされている。というかこの子魔王様のときはもうちょい緊張感のある性格じゃなかった? ……あ、そうか。たぶん、魔王という役職についたら役に合わせてああ振舞うけど、素はこっちなのかな。……いや、今はそれよりも。
「いえ、実はですね。私の知っている世界でも同じような武器があったんですけど。……世界最強、みたいな扱いだったのでつい口走ってしまいました」
「…………ほう……」
……あれ、ちょろいぞ。僕のかつての最高司令官、ちょろい。今だ、ここで畳みかけねば。僕は隣にいるゼカさんに何度もアイコンタクトを送る。すると、一瞬「えっ」みたいな顔をした彼女は、それでも笑顔で素直な称賛を口にしてくれた。
「すっごい綺麗な剣だったから! あたしもびっくりしちゃった!」
「……そ、そうですか?」
「そうそうそうですよ。違うと言う人がいたら連れてきてください。私がこんこんと説教してあげます」
その後も2人から様々な声援を浴びて、トアはなんとか復活した。……ていうかこれ絶対2日間寝てないわ。早く寝よう、とりあえず。




