勧誘作戦を開始しよう
「今日も誰にも追い回されずに済んだんです! もう先輩様様ですよ! 未だにちょっと怖いですけど」
「……そうですか」
「でね、あれってちょっと目立ち過ぎたから、っていうのもあると思うんですよ。だって私が決闘とか参加しなかったら、少なくとも私の姿を認識してる人間ってそんなにいなかったわけですから。だから、ちょっと白紙に戻った今回は大人しくしておこうかと」
「どうぞ」
うーん、なんか体調不良(?)で帰った日以来、トアの機嫌悪い……。まるで壁と話してるみたい。僕が視線を上げると、さっきまでベッドの上でおやつを食べながらも一応こっちを向いていたトアは、いつの間にか布団をかぶって向こうを向いていた。……いかん、いつの間にかほんとに壁と話していたとは。
僕はぽすんと布団に頭だけ乗せて、それでも頑張って勧誘してみる。
「ねー、契約しましょうよー。なんと今ならもれなく私がついてくるんですよ!」
「嫌です……」
僕が一生懸命契約のメリットを力説しても、トアはベッドで背を向けて布団にくるまり、頑なに興味を示そうとはしなかった。意地でもこっちに振り向かないという強い意志を感じる。……なんか契約関係で嫌なことでもあったんだろうか。
「難しくありません。ただ踊るだけでいいんです」
「飲まず食わずで? わたしを殺す気ですか」
「でも、契約したら御使いの力も使えますし。きっと今より好きに武装だってできるんじゃないですか。少なくとも疲れるってことはなくなると思います」
それを聞いて、ぴくりと布団から出てるトアの肩が震えた。ちょっと興味が出てきたらしい。
「……ほう」
「きっと楽しいと思いますよ! やっぱり集めるだけより使った方が……」
僕が収集派から使用派への本格的な教義替えを提唱していると、そこでガチャリとドアが開き、シャテさんが顔をのぞかせた。……くそう。もうちょいで釣れそうだったのに。
「あ、トア! いてよかったわ」
「アンナちゃん、どうしたの」
「最近会えなかったから伝えられなかったんだけど……先生がさすがに出て来いって。今日の昼、今からでも」
「めんどくさいなぁ……」
そう言いつつも身支度を整え、トアはしぶしぶ部屋を出る。……でも手ぶら。すごい、行く前から全くやる気ない。久しぶりに授業に出る不良そのものである。
「かばんとか教科書とかいらないんですか?」
「全部覚えてるからいりません」
……そうなんだすごい。この子を不良とか言うやつはきっと人を見る目がないな。
「重いと持ち運びするのがめんどくさくて」
覚える方が面倒だと思うんだけど、そうじゃないんだろうか。うーん、しかし授業に行かれると契約の勧誘ができない。しゃーない、暇つぶしにロランドでも探すか。
「おう、いたか。俺もちょうど最上位クラスへの移動が決まったところでな」
ってことはシャテさんとかたぶんトアとも教室で会えるのかな。そして僕はロランドに連れられ、クラスの方に移動する。初めて入った最上位クラスの教室は、階段状になった床に黒い光沢のある長机がずらりと並んでいた。うーん、予備クラスと違ってなんか座りづらい。大人しく後ろの方に立っておこう。
……あ、シャテさんとトア発見。さっき別れたばっかりだけど。僕が小さく手を振ると、シャテさんは頷き、トアはにこやかに小さく手を振り返してくれた。……ん、にこ、やか? ……あれ? あの子誰?
その後も級友に「寂しかったよー」「どうしたの? また体調悪かったの?」とか声を掛けられ、控えめに微笑みながら姿勢よく何か答えてる彼女は、まさに病弱の優等生という表現が正しかった。いやでもその子ずっとサボってて、今もかばんすら持ってきてないんやで。みんな目を覚まして。今日もみんなが授業を真面目に受けてる午前中、その子ベッドでゴロゴロ寝転びながらおやつ食べてたんやぞ。
そして僕が教室から出るときに、ちょうどトアが教師から声を掛けられているのが耳に入る。
「久しぶりだな、これからはちゃんと授業にももう少し出てくるように」
「――はい」
いつもより少し作られたよく通る声で、彼女が返事をするのが聞こえた。……しかし、それはなぜか。僕もどこかで聞き覚えのある声のような気がした。
……しかしいいことを思いついたぞ。トアが教室で猫を被ってるのはさっきの短い時間でもよく理解できた。ということは、教室で人の頼みもあまり断れないのではなかろうか。ふふふ、相手が弱みを見せたらそこを突くのは卑怯ではないと某ボクサー漫画も言っている。僕は扉の外で待機し、授業が終わると一直線にトアの元に駆け寄った。
「そんなに急がなくても。大丈夫ですか? ……どうしたんですか、サロナさん」
ニコニコ微笑んで僕の方を向き、首を傾げるトアは大変お上品だった。ふむ、擬態が上手いな。しかし計算通り。僕はそのまま大変申し訳ないという態度で、おずおずと彼女に向かって話し出す。僕も過去に友人から「相手に罪悪感を持たせるのが得意」と評されたことあるし。いや別に競う訳じゃないけど。でも今考えてみると、あれ褒められてたのかな……?
「あの、すみません……お願いが、あります。ずっと断られてしまってるんですけど、やっぱりどうしてもお力をお借りしたいんです……」
それを聞いてトアは一瞬げっ、という顔をした後、すぐにお上品モードに戻った。彼女は笑顔で首を傾げる。
「……そんなことありました?」
「ええ、どうしても聞いてほしいので……迷惑と知りながら、こうして来てしまいました」
「……へえ。あはは」
「ほほほ」
僕らが空っぽの笑顔で見つめ合っていると、不意に横から誰かが横入りをしてきた。人が話してる時に横入りしてくるなんて、なんて常識のない奴。ところが、そんな常識知らずは何人もいたみたいで、どんどん教室のあちこちから寄ってくる。
「俺もトアさんにお願いがある! 一緒に冒険に行こう!」
「俺たちが先だ!」
……まあ僕が話してるのに気づかなかった可能性もあるな。いちおう注意喚起しておくか。
「もう、私が一番最初に来たんだから、先約ですよ」
「使用人は引っ込んでろ!」
そう言ってドン! と結構な勢いで突き飛ばされた。僕の体を思いっきり突いたそいつは逆に腕を痛めたみたいだったけど。やったぜ。
それにしても病み上がりの人間を冒険に誘うとか、こいつら頭ロランドかな? 僕は自分が飲まず食わずで踊らせようとしていた事実は棚に上げて憤った。……まあ、僕は病み上がりじゃないって知ってるからいいよね。うん。
しかし外面がいいトアを誘う作戦は意外にスタンダードなものであったらしい。同じく病み上がりじゃないことを知っているシャテさんは、どう援護するかを迷っているようだった。……よし。ならば。
「……ここは勝負で決めましょう。誰が一番先にお願いを聞いてもらえるか」
その台詞を聞いて、人に囲まれてるトアがこちらを振り返り、ちょっと目を見開いた。
「使用人風情が? 馬鹿を言うな」
「へえー。その使用人に負けるのが怖いんですね。ひょっとして臆病さが最上位なんでしょうか、なんて。ふふ。ご立派ですね」
「……面白い、後悔するなよ」
あなたは勉強より先に、自分が明らかな負けフラグを立てていることにこそ気づくべきだぞ。ただ1人がそれに乗ったことで、なんとなく勝負するという流れになる。そして最終的に勝負に名乗り出たのは5人いた。人気者だね。
ぞろぞろと中庭にみんなで移動する途中、トアが隣に来てひそひそと僕に囁く。
「いや、あなた目立ちたくないと言ってたばかりじゃないですか」
「でもなんだか腹立つでしょう? ……それにね、我に秘策あり! です! 見ててください!」
「……さて、では6人いるわけだが、どうやって勝者を決めるんだ?」
「単純に、最後まで立っていた人が勝ちでいいんじゃないですか」
その僕の提案に残り5人はあっさり乗ってくる。ふふふ、愚かな。競争相手が提示したルールにそのまま乗るとは。エスポワールに乗ったら全員借金を抱えて下船しそうなやつらばかりである。異世界の住人よ、言っておくが日本の金利は君たちが考えているより恐ろしいぞ。
そして5人が散ってそれぞれ離れた後、僕も所定の位置から振り向いて、大きな声で宣言した。周りのギャラリーにも、よく聞こえるように。
「……そうだ。私、召喚を使いますから。先に言っておきますね」
そう、秘策とは。僕自身が戦って強いから目立ってしまう訳であって、召喚主体で戦ったら、それは召喚した精霊やら魔物が強い、という結論にならないだろうか。たぶんなるような気がした。僕の脳内の現場猫もストロングゼロ片手に「ヨシ!」とOKサインを出してくれてる。いけるいける。
……あ、そうだ。あと1つ、確認しないといけない相手がいた。僕は手元にある筆に、そっと囁く。
「行けますか?」
『ええ、いつでもよろしくてよ』
……そして、戦いの幕が開いた。しかし僕って教室に行くたびに生徒ともめ事を起こしてるような気もするけど、気のせいだよね。たぶん。




