たいていどんな組織でも、入る時より出る時の方が厄介
「まあ、影の対策はいったん置いておきましょうか」
「お願い……置いておかないでください……」
「もちろん考えはします。他の御使いは頭がおかしくなっていたんでしょう? 対策が取れなかったでしょうが、今回は違いますから。……では次ですが。3つ目の神話、これも意外でした」
「意外って何が? 心を読む魔法って禁呪だってここからきてるんだなぁって思ったけど」
不思議そうに尋ねるゼカさんに対して、トアは自身も考え込みながら、続きを話した。
「心を操る、記憶を読む、これが禁じられているのはわたしも知っていた通りだったんですが。記憶を受け渡すのが駄目だと、はっきり書いてありました。……わざわざそれを禁止することに、一体何の意味があるんでしょう」
なるほど、確かに前2個は相手の領域を侵す、と言われたらそんな気がしてくるけど。記憶を渡す分には別によくない? ってことか。んー、でもそれを禁じる理由……? 記憶を渡すことを許したら、何か困ることがある?
「それにしても、2人もちゃんと考えてください。わたしばっかり喋ってるじゃないですか。この会はメンバーの労働量に差がありすぎます」
そう言ってトアは大きな溜息をついた。っていうかこの子今回はめんどくさいって言わないよね。いやめっちゃありがたいことなんだけど。引き受けたらきちんとしてくれる性格なのかな。律儀。僕がそんな関係ないことをちょっぴり考えていると、彼女はそれをじろりと見咎めて言った。
「……なので。わたし、抜けてもいいですか」
「いえ、とんでもない! ずっといてください!」
「……ずっと……」
うへぇ、という顔でトアは天井を仰いだ。出てる出てる、不満思いっきり出ちゃってるから。一方、ゼカさんは笑顔で僕の方にぶんぶん手を振って言った。
「あ、あたしもずっといるよ!」
「あ、はい。どうも」
「なにその温度差!」
「……とにかく。続けましょう。何か今の点について思い当たるところは?」
疲れたように言うトアが、半分目を閉じながら話を元に戻した。……あ、絶対眠くなってる……。
そんな中、ぽつりと零したゼカさんの台詞がちょっと気にかかった。
「――だって女神様とか教会の偉い人って絵に描くのも禁止だし……そうなのかなとしか。女神さまと会った人なんてほとんどいないけど」
「……あれ、絵に描くのも禁じられてるんですか?」
偶像崇拝の禁止なら僕の世界にもあったけど。でもあれは神様の像を作るのが駄目なんだっけ? ちょっと違うか。でも、「絵を描くのが駄目」というのは「記憶を渡すのが駄目」というのになんとなく通じるような気もする。
「ひょっとして女神か教会の偉い人とやらは、自分の姿が周知されることを良しとしていない?」
「その可能性は……あります……ね……」
その2択なら、教会の偉い人だろう。女神はきっとそんなことは気にしない。でも周知されたくない理由かぁ……。普通って偉い人は絵を描かれるのってむしろ好きなんじゃないのかなぁ。そうでないと歴史の教科書が字ばっかりになってしまうし。
「……自分の顔が嫌いなんでしょうか?」
その僕の意見にいつまでたっても返事がなかったので顔を上げると、トアは座ったままこっくりこっくりしつつ寝息を立てていた。……あ、ごめん。酷使しすぎたか。まあ副隊長が寝落ちしちゃったし、今日はここで解散かなぁ。……うーむ、約1名の肩にこの会の未来はかかってしまっているな。申し訳ない。
僕はトアをそっと背負って、立ち上がった。名誉平隊員のゼカさんもいそいそとその後ろをついてくる。
「あ、じゃあまた明日、ってことでいいかな?」
「ええ、ではまた」
よいしょ、とトアを背負いなおして僕は寮へ向かった。おんぶして分かったけど、ほんとふわっとして軽い。僕の背中ですーすーと寝息を立てる彼女は、さっきまであんなに話していたとは思えないほど、静かで小さかった。うん、この子軽すぎるわ。そりゃ体力もないよね。よく火山登ったよ。
「あ、シャテさん、先日はすみませんでした」
寮室にトアを届けて帰る途中、この前僕に0距離で女子耐性を実験させてくれたシャテさんと遭遇した。そのせいか知らないけどちょっと今日は距離が開いてる気がする。ちょっぴり寂しい。
「今日はどうしたのかしら?」
「話してたらトアが寝ちゃったので、部屋に連れて行ってきました」
「あの子はまた……」
やれやれ、といった感じで肩をすくめ、溜息をつくシャテさん。やっぱりこういうことよくあるんだ。……あ、そうだ。いい機会だし、トアのことをよく知ってそうなシャテさんに聞いちゃえ。
「トアっていつも部屋でぐーたらしてますけど、留年とかしないんですか? 出席日数やばいですよね」
「あの子、抜群に成績がいいから。その辺は甘く見られてるし問題ないわ。……本当に魔法の才能があるの。天才だと思う」
……そういや冷静に考えてみると、ボスである不死鳥の吐いた炎を正面から単体で相殺するってやばい気もする。トアの魔法の才能について話すシャテさんは、嬉しそうだった。まるで自分のことみたいに。
「……あの、こんなこと聞いていいかわからないんですけど。シャテさんは、トアが羨ましくなったり、しないんですか」
「羨ましいわ! 何よあの才能。ふざけてるの?」
「あ、そうですか……」
ノータイムで力強く言い切られてしまった。いっそのこと清々しい。
「ただそれ以上に腹が立つの。何? 遠慮しちゃって。『アンナちゃんの前では傷つけるからわたし魔法は使わないよ』なんて顔してるのが! 腹立って仕方ないの! 何その配慮は! 下に見過ぎでしょ! あなたが上なの前提なの!? 事実そうなのが余計に腹立つというかね!」
「はい」
「途中からはその配慮の方が腹立つわ、悲しいわで! 羨ましいとか薄れちゃったわ! ねえ聞いてる!?」
「はい」
僕はちゃんと返事をしてるのに、シャテさんにがっしり肩を掴まれて、ガックンガックン前後に揺らされた。頭がぐらぐら揺れて、視界の中で天井がぐるぐる回る。ちょっと……ちょっと待って……。その後、僕の視界が落ち着くのに、実に10分強を要した。
「悲しい、って何にですか?」
「友達にあんな顔させて、悲しくないわけがないでしょう」
「じゃあ、それを伝えたらいいんじゃないでしょうか。きっと聞いてくれますよ」
「あのね、私がそれを言うとするでしょ。あの子はね、アンナちゃんは気を遣ってるんだ、なんておかしな受け止め方しかしないわよ。他人事だと頭が回るくせに、変なところで素直じゃないんだから」
シャテさんのトア評はなんとなく合ってるような気がした。そんなときこそ心読めや、と一瞬思ったけど、彼女はきっと、友人相手の大事な場面であればあるほどあの能力は使わないだろう。そんな気がした。かといって、僕がトアに伝えても同じだろう。うーん……どうしたものか。
「ふぁ……なんですか……? 眠いんですけど」
「ここ! ここにいい場所を見つけたんですよ!」
トアを部屋から無理やり引っ張り出してきた後。僕は寮内にあるカフェの、細長い下段の棚を開けて指差した。そこには布団と枕が無理やりに突っ込まれ、ぎゅうぎゅうになっている。僕かトアなら横になって入れるけど、ゼカさんならちょっとスペース的に無理そうである。なぜか胡散臭いものを見る目で、トアはその場所を見つめた。
「ここの何がいい場所なんですか?」
「狭いところの方がぐっすり眠れると思うんです。邪魔も入りませんし」
「わたしの睡眠の邪魔をしてるのは8割あなたです……」
と言いながらも、トアはごそごそと棚に収まった。……あれ? この子、意外にちょろいのでは……。そして僕は戸を閉める直前、彼女に言い残す。
「いいですか、今から3分だけ、眠らないでいてください」
ガタン、と戸を閉めた棚から音がした。うん、きっとOKの返事だろう。……さて。
「何よ? 話って」
僕とシャテさんは向き合ってカフェのテーブルについた。隣にはちょうど棚がある。
「さっきの話の続きなんですけど。シャテさんはトアに魔法を使ってほしいんですよね」
ガタン、と棚から音がした。シャテさんが怪訝そうな目でそちらを向く。
「何かしら?」
「あ、びっくりさせちゃいました? 私の御使いとしての能力で、ふとした時に棚を揺らすことができるんです。便利ですよ」
「それ何に役立つの……? 即刻止めて」
「はい。……それで?」
「だからさっきも言ったけど。気を遣われてるのが嫌なのよ。私の前でも堂々と使ってほしいわ。それが羨ましくないと言ったら嘘になるけれど。その才能を祝福する気持ちだってあるわよ、大事な友達なんだし。……私も私のやり方でいつか追いついて見せる」
「なるほど。……やっぱりそれ、直接本人に伝えた方が良くないですか?」
「あのね、何度同じこと言わせるのかしら。あの子はね、私が気を遣ってそう言ってるとしか受け取らなさそう、って……あら? まあいいわ、そういうことだから」
そう言って立ち上がろうとするシャテさんは、もう1度思い直したように席に座り。何かを思い出したようにそのまま話を続けた。
「そうそう話は変わるんだけど。テヴァンがね。前回現れた御使いの記録について、現地に残った記録を取り寄せたみたい。あなたも知りたがってたでしょう? 私の部屋でまた明日にでも見ましょう」
「え、ありがとうございます! また何かお礼をさせてください」
「あら、構わないわよ。……お礼はね、もう貰ったわ。いっぱい言ってスッキリしたし。あの子にもよろしく言っておいてよ、あなたから」
そう言って、今度こそシャテさんは優雅に席を立ち、去って行った。僕は棚の前に立ち、そこに向かって話しかける。
「シャテさん、途中から気づいてましたねあれ」
返事はない。
「でも大事な友達、ってところではまだ気づいてなかったですよ」
ガタン、と再び棚が揺れ、音がした。……けどおそらくそれ以上は、僕が何も言わなくてもいい気がした。
「うわ、まだいる」
そんな声がしたので僕がカップを持ったまま振り向くと、トアが戸を開けてのそのそと出てくるところだった。青い髪にくるんと寝癖がついてる。やはり狭いところで寝るとこうなってしまうか……。僕は頼んでいた紅茶をいったん置いて、待っていた理由を弁明した。
「いや、こういうのは1人にすべきかと思ったり、責任持って最後まで一緒にいた方がいいのかと思ったり。迷っていたら先に出てこられてしまいました」
そうですか、とだけ言って、向かいの椅子にトアはぽすんと腰を下ろす。そして、ちょっとしょぼしょぼした目をキッとこちらに向けて語気鋭く言った。
「余計なお世話です」
「はい」
「あなたにあんなことしてなんて頼んでません」
「はい」
「お節介」
「はい」
「考えなし」
「異議あり」
「この、馬鹿……わたし、あの会抜けるから」
「……いてください、ずっと」
「もう……」
大きく溜息をついて、トアは天井を見上げた。そして目を閉じる。おでこに手を当てて、そのまま一言だけぽつりと呟いた。
「……めんどくさいなぁ……」
そして彼女は不意に立ち上がり、そのまま背を向けてスタスタと歩き去る。それを追おうか僕が一瞬迷った瞬間、彼女は立ち止まり。こちらに顔だけ振り向いて、いつも通り眠そうな表情のまま尋ねた。
「それで、あなたはまだ帰らないんですか? ――議長」
それを聞いてすぐに僕は彼女を追いかける。しかし、カフェの扉から出て左右を見回したけど。ついさっき出ていったはずの彼女の姿は、どこにも見当たらなかった。




