わかることが増えるほどに、わからないことも増えていくもの
「でもよくあの中から見つけられましたね。というかあり得ないのでは……」
「当然だ。私の作ったこのアイテムがあれば、探し物など些細なことだ」
ウルタルはそう言って、手に乗ったアイテムを僕に見せてきた。手のひらくらいの大きさで、なんか方位磁石っぽい。……探し物を見つけられるってめっちゃ便利アイテムじゃない? この人ってマッドサイエンティストなだけじゃなかったんだ。そういえば僕がお世話になってる翻訳魔法もこの人が作ったんだっけ。
……いかん、恩人を5メートルくらいつい殴り飛ばしてしまった。むしゃくしゃしてやった、今も反省していない。……ところで。
僕はウルタルの持っているそのアイテムをしげしげと見つめた。……これ欲しいかも。
「ちょっとこれもらってもいいですか。いやなに、慰謝料として。これで水牛の群れの前に放り出したことを許してもらえるんですよ。お得じゃないですか?」
「断る。傷1つもついていないではないか。それで慰謝料とは笑わせる」
「……先輩にさっきのことを言いつけようかなぁ」
「困っている者を見過ごすわけにはいかんな。貴重とはいえ所詮は量産品だ。よかろう」
そして僕はウルタルから、探し物を見つけられるアイテムをカツアゲすることに成功する。僕は貰ったそれをしげしげと見つめた。えーっと。……ふむ、方位磁石みたいに針がぐるぐる回るのか。眺めていると、その回っていた針はしばらくして止まり、すぐにまたぐるぐると動き出した。
「探したいものを具体的に思い浮かべると、それがどちらの方角にあるかを指してくれるものだ」
……これなんかどっかで見たことある。確か僕が身分を隠して街に潜入してた時に、これで思いっきり追い詰められたような記憶が……まあいいか。とにかく便利アイテムをゲットしたぞ! カツアゲだけど。いやカツアゲっていうか、うん、これは誠意だよ。
「それにしても、どうして手に持っていたのかね。なくなるに決まっているだろう」
うぐぐ。それ自分でも思ってたやつだし。そしてなぜ僕は無くす原因を作った奴に怒られているんだ。
「でもどうしたら無くさないですむんでしょうか……? さっきみたいなことがあったら、首飾りとかにしてても一緒な気がします」
水牛の群れに踏みつぶされるなんて何度もないと思うけど、普通なら1回もないのに起こってしまったからなぁ……。人生一寸先は闇とはよく言ったものである。今回のはただの人災な気もするけど。
「いっそのこと、食べたらどうかね」
「ははは、こやつめ」
ところが僕が笑ってもウルタルは笑わなかった。……あれ? 冗談じゃないの? 彼は、そこに座りたまえ、と言って自分も腰を下ろした。
「御使いの生態について、わかったことを君に伝えておこう。……まず、対魔法防御は、完璧と言っていい。どんな魔法も、君には届かない。そして物理耐性も先ほどの通り。きっと痛みを感じることはほぼないだろう」
「ほぼ?」
「ドラゴンや上位の精霊ならダメージを与えることは可能だ」
……そういやドラゴンと殴り合った時ちょっと痛かったな。あれは数少ない例外だったらしい。……なら、余計に気になる。海底神殿で僕の前に姿を現すのは、――いったい、何なんだろう。
「その防御力を生み出しているのが何かというと。君の体内にこのくらいの宝石のようなものが埋まっている」
ウルタルは500円玉くらいの大きさを指で示した後、この辺りだ、と僕のみぞおち辺りをすっと撫でた。
「どうもそれがずっと多大な魔力を生み出しているようだ。それを吸収して、君の体は常にその防御力を維持している。そのためかはわからないが、君の体は何でも吸収する性質を持っているらしい。そしてこれも何故かは不明だが、魔力の受け渡しに非常に適しているようだ。相手の魔力を受け取ることも、逆に相手に魔力を渡すことも非常にスムーズにできる」
ふむふむ。確かに手を繋いだ相手の魔法の威力が増す、というのも実際そうだったし。えーっと、それで食べることとどう関係が……って。あ、なるほど。吸収したらいいんじゃね? ってことか。いや、食べても有効なの? この翻訳魔法の魔石? そういうもの?
「この魔法を生み出した私が言う。可能だ」
……その台詞を聞いたとき、疑問がふと沸いた。もやもやとしたそれを捕まえようと、集中する。なんだろう。ちょうど、出発するときに抱いた疑問と同じような。……出発するときに抱いた疑問。そうだ。動物なんかお前興味ないやんけ、ってあれだ。そう。この人って翻訳の魔法に興味なんて……。
「翻訳魔法って、あなたが生み出した最大の功績なんですよね。世界中で使われている魔法。これだけのものを完成させるのに、きっと長い時間がかかったと思います」
「そうだな」
「でも翻訳になんて、興味ないんじゃありません? どうしてわざわざ……」
その質問には答えず、ウルタルは立ち上がった。そしてそのままゆっくりと、草原の見える丘の方まで歩いていく。その背中に、これ以上話をするつもりはない、という意思を感じて、僕は声を掛けられずにそれを見送る。その背中にふとどこか既視感を覚えたけど、そちらは薄く、はっきりとした形にはできなかった。
……ふむ、じゃあとにかく食べてみるか。作成者が言うんだしね。
そう思って僕は魔石をよく洗った後、口に入れる。……当たり前だけど普通に石だ。つるつるしてるのがまだ救いかな? ざりざりしてたら飲み込む自信はなかったし。そして口の中でコロコロ何度か転がした後、思い切ってそれをごくりと飲みこむ。……飲み込んだ魔石は引っかかることもなく、ゆっくりとそのまま食道を落ちて行った感じがした。うーん、お腹壊さないかな……?
お腹をさすさすとさすってみたけど、特に痛みはない。……よし。ではさっそく誰かと話してみなければ。
僕が話し相手を探すべくコテージに入ると、ちょうどそこには既に起きていたらしいルート先輩とゼカさんの2人が両方ともいて、何か2人でひそひそと話をしていた。好都合である。
「せんぱーい。おはようございます!」
ところが、先輩はちらりとこちらを見て、もう1度ゼカさんとのひそひそ話に戻った。……あれ? 聞こえなかったのかな? それともゼカさんとの話に夢中なの? 1回こっち見たけど。まあいいか。この場にはもう1人いるのだ。
「ゼカさん、早起きですね。よく眠れました?」
しかし、ゼカさんも一瞬こっちを見て、もう1度先輩とのひそひそ話に戻る。……むう。これ完全にハブられとる。なぜなんだ。一緒に夜空を見るとか友情イベントじゃないのか。なのにその翌朝から無視されるなんて。ちょっと悲しい……。
……いや、ひょっとして。異世界文化では2人で夜空を見るのはタブーだったのだろうか。1人で見るのが絶対のルール、みたいな。そうすると昨日の僕の行為は、ゼカさんが使用してる最中のトイレに無理やり入っていったみたいな感じになってしまう。そりゃハブるわ。……でもよく考えたら昨日って僕の方が先に見てたやん……。ということは使用中に無理やり入ってきたのゼカさんだぞ。それなのに。わけがわからないよ……。
僕はしょんぼりして近くにある椅子に座った。もう言葉が通じるとかそういう以前だもん。そもそも話す機会がない。そうして黙って座っていると、2人の会話が切れ切れに耳に入ってくる。どうやら翻訳魔法は無事作動しているらしい。あんまり喜ぶ気分じゃないけど。
「……お腹が減ってる……」
「…………石を……」
……ガタン、と立ち上がり、僕はつかつかと2人のところに歩み寄った。
「いや違うんです」
「あ、じゃあ……食べてたのは魔石じゃないの?」
……今まではこういう場面で「いやあれは魔石ですよ」とか言ってたけど。そう答えること自体がNGだと今の僕は知っている。そろそろ成長せねば。……よし。僕はぱたぱたと手を振りながらその疑惑を笑顔で否定した。
「やだなぁ。あれは飴ですよ、飴。朝起きてすぐ飴を舐めるのが私の日課なんです。だって飴って甘いじゃないですか。知ってます? 甘いものって食べたら脳が活性化するらしいですよ。すごいですよね」
朝起きてすぐだと口の中カラカラだと思うけど、世の中に1人くらいそんな人間がいてもいいんじゃないかな。うん。
ところがそれはなぜかゼカさんにはあんまり信じてられてないみたいで。彼女はふーん、と言いながら僕の方を横目で見てきた。一方、先輩はニコニコしながら僕を抱き寄せてくれたけど、背中をやたらさすってきたりさりげなくドンドン叩いたりしてくる。……いやこれ両方とも信じてないな。なぜなんだ。
僕はがっしりとこちらをホールドしてくる先輩の手をなんとか逃れつつ、まあまあ、とその場をなだめた。
「あれが魔石だった、いや違う、なんて言ってももう水掛け論にしかなりません。もうやめませんか。ほら、今日の朝ごはんの話とかしましょうよ」
「無理やりなかったことにしようとしてる……」
「もうすぐご飯できるから、ね? 吐いちゃおう?」
そんな時、ウルタルが扉を開けて中に入ってきた。話してる僕らを見て、そのまま何かを理解したような表情になる。
「翻訳魔法の魔石を食べたようだな。これで無くすこともなく、無事話せるだろう」
なぜか2人はそれを聞いて「ああなるほど」とすぐに納得したようだった。僕はそれを見て、なんだか釈然としない思いを抱く。……なんでや。言ってることが本当かどうかはともかくとして。なぜ寝ている人を水牛の群れの前に放り出す人物より信頼がないんだ。……こんなの絶対おかしいよ。




