願望も予定もその通りに行くことってあんまりないよね
「……すみません、ちょっと手を握ってもらえませんか」
ロイとの話が終わった後にふらふらと校舎内を歩いていると、知らない人から突然そんな声を掛けられてちょっと戸惑った。
……「あなたの幸せを祈らせてもらえませんか?」なら聞いたことあるけど、なぜ出産や大手術の前みたいなことを見知らぬ人から頼まれるんだろう。不思議だったけど、あんまりお願いしてくるのでとりあえず手を出した。すると、相手は僕の手を握って窓から外に特大の魔法をぶっぱなし、興奮しながら去っていった。
「思い返してみると、そんなことが昨日と今日だけで3回もあったんです。どう思いますか。そういう日もあるんですかね」
「……さあ……」
「あと昨日告白されて以来、ロイと顔を合わせるのがめっちゃ気まずいんですけど、どうしたらいいんですかね。やっぱり普段通りがいいんでしょうか?」
「……困ったらまずわたしの部屋に来るのやめてくれません……?」
もはや体も起こさず、ベッドに横になったまま、顔だけをこちらに向けてトアが眠そうに言う。いや、前のアドバイスが有用だったのでつい……。それに最初会った時、「いつ相談に来てもらってもいい」って言ってたしね、と思うと、それが伝わったのか彼女はふいっと目を逸らした。ふふ、勝ったな。
ところが次の瞬間「いやでも気が乗ったら聞くとしか言ってないんですけど」という返事が心の中に返ってきたので、僕もふいっと目を逸らした。
それでも僕がぐっちゃぐちゃの部屋の中で立ったまま、答えを聞くまで帰らなさそうということを理解したのか。彼女はあー仕方ないな、という顔で溜息をついて話し出した。
「前者の話はおそらく、あなたと手を握るだけで自分の魔法の威力が格段に上昇することが広まり始めてるからでしょう。そして、御使いだということも。きっとこれからそれはそれはめんどくさいことになりますよ」
そういえばシャテさんとテヴァンも言ってたっけ。御使いが降臨したってことは聞いてる、みたいな。ならこれから僕はオフの野球選手みたいに街の商店街とかで握手を求められる存在になってしまうということ?
「いえ、それだけではなく。アンナちゃんから聞いた話によると、契約がまだ済んでいない、ということも知られているようです。ということは誰かと契約を済ませるまでは追いかけまわされるでしょうね」
……契約? ってえーっと。なんか相手も僕もお互いの力を一部使えるようになるやつで。契約を結ぶ方法が性交渉っていうエロゲ設定なあれか。……その時点で絶対結ばない。そうなりそうになったら死のう、潔く。
その契約の条件を聞いたトアは「うわぁ……」と言って目を丸くしたものの、すぐに糸目になってうつらうつらとし始めた。……くそう、他人事だと思って安眠しおって。
「私、逃げ切って見せますから」
「はい、ではおやすみなさい……」
そう言ったかと思うと彼女はぽすんと枕に顔を埋め、すーすーとすぐに寝息を立てだした。……寝る子は育つっていう割には育ってないんじゃと失礼なことを一瞬思ったけど、体形的には今の僕とほぼ同じだという事実がブーメランとして戻ってくるのが見えたので考えるのを止めることとする。僕も背は伸びてほしいんだけど……。うん、きっと僕ら2人は晩成型なんだよ、きっと。そう思いながら僕はトアの部屋を後にした。
ふむ。トア説が正しければ、まずこの校舎にいるのがやばいね。魔法に興味がある人しかいないもんここ。一刻も早く脱出すべきだろう。誰にも会わないように……。そんなことを考えていたら、突然声を掛けられる。
「……ここにいたか」
あ、ロランドだ。火傷は治ったのかな? とちらりと彼の両手に目線をやると、なんだか包帯っぽいのでぐるぐる巻きだったのでもう触れないこととした。でも、どうしたんだろう。何か用事?
「いや、やっぱり教室にあまり話す相手がいなくてな。どうも壁を感じるんだ」
そりゃあ自分の使用人を魔法の盾にして高笑いしてちゃねえ。……全く話す人がいない、じゃないのを感謝すべきじゃないかなぁ。
「えーっと、それで……?」
「級友とな、どこかで一緒に冒険したらどうかと思うんだ」
「ああ、うん。いいと思う。行ってらっしゃい」
お、意外にまともな解決策が返ってきた。それを報告しに来てくれたらしい。
「いやなにを言ってるんだ。お前も行くんだよ」
違った。……あれ? でも、もう一緒にどこか行く人がいるなら僕って必要なくない? もう話す人はいるってことだよね。
「お前は死霊の使用人だと言ってしまったから、冒険に行く時は俺についてこないとおかしくなるんだ。死霊は戦闘時に使うものだからな」
「そう、なんだ……? でもやりたいこといくつかあるからパスかなぁ」
「なんだと、そんなこと言うな。お前は俺の使用人だろ」
装備をもっと整えないといけないし、心を読む魔法の制御を身に着ける必要もある。何より握手を求めてくるファンから逃れるために一刻も早くここを出ないといけない。よって却下。
何も聞こえなーい、と僕が耳を塞いでいると、ロランドは断られるとは思わなかったのかやたら焦り始めた。おい、とか言って僕の袖をぐいぐい引っ張るけどそれも無視していると、突然がばっと頭を下げる。
「頼む! 今回だけだ!」
「……じゃあその代わり、僕この後の数か月間休みをもらいたいんだけどいい? あと僕に関する話を誰かにするの禁止。死霊だ、とか勢いで言っちゃうのもやめて。どこに住んでるか友達に言うのも駄目。それとこれから1週間、掃除と食事の当番変わって。……あ、もちろん冒険は日帰りで」
とりあえずこれだけ出しとけばどれかはOK出るだろう、うん。最初に過剰に要求してから譲歩するのが交渉術の基本なのだ。しかし言い過ぎたかもしれん、数か月間の休みて。……さあ、どこまで食い下がってくるか。
「……す、数か月だと……? 馬鹿な……いやしかし……なるほど、そういうことか。わかった、全て認めよう」
この人、要求全部飲んだよ……。僕は条件を出した側なのにちょっとそれでうろたえる。
どんだけ切羽詰まってるの。ちょっと過剰に条件出したからなんか悪い気もしてきた。そして何に納得したんだろう。……でもこれで行かないといけなくなっちゃったか。
……まあ誰と行くにしても、僕の心を読む魔法の練習台にしたらいいや。あと、近くにアイテムがあったら途中でバックレてそっち取ってくればいい。どうせ日帰りだし。
僕は満面の笑顔でロランドの手を取った。いっぱい条件を呑んでくれたので、今日だけは優しくしてあげよう。
「それでは、行きましょうか! 冒険、楽しみですね! あ、そうだ。お弁当とか持っていきましょうよ」
「よしきた! 俺もついに1人でなく食事をする時が来たか! フハハ、分けてやらんぞ!」
「……サロナさん、その、よろしく頼む」
「いや、ごめんな、なんか」
そして、集合場所にやってきたのはロイとその友人ともう1人、知らない女性だった。……ただひたすらに気まずい。なぜこの2人なんだ。僕はこっそり隣のロランドを睨んだ。君たち決闘してたやん。あれか、河原で殴り合いしたら友情が深まるとかそういうやつなの?
「そんなに睨むな、こいつらくらいしか俺が声を掛けても乗ってこなかったんだ。仕方ないだろ」
「あ、そうなんだ……うん……」
僕が遠くを見ながら心を無にしていると、その場で唯一知らない女性が僕らの前にやってきて、自己紹介をしてくれた。きつめの目つきに長い黒髪、褐色の肌のアラビアンな感じの人である。
「あたしはクラーラっていうの。よろしくね」
……僕の中ではクララさんと呼ぼう。アルプスにはいそうにないけど。よしこれで絶対忘れないと思う。もうこの人とばっかり話そう。
「さて、じゃあ行く場所だが……どこに行けばいいんだ?」
「俺たちの実力からすると、中型の新種の魔物の目撃情報があるハリックス運河か……それとも」
「ディルノスの森、が妥当だろう。巨大な石像が出現するという噂がある」
「あ、その2つなら森がいいです」
僕は手を上げてそう主張する。他の4人がおっ、という感じでこちらを見てきた。
「どうして森がいいんだ?」
……運河に出るであろう中型の魔物が多くて硬くてめんどくさいからなんだけど、それを言うとまためんどくさくなるな。ただ森の方はよく知らない。森の利点……? マイナスイオンが出てそうなところ……?
「いえ、ただなんか森でみんなが癒されたらいいなぁって」
「ぷっ、あははは! 可愛い理由! ……いいじゃない、森! 行きましょうよ」
僕は転移の魔方陣まで歩いていく最中に、級友たちのロランドに対する好感度を能力で測る。……なるほど。嫌いを-10、大嫌いを-30とすると、今-5からー10くらいだ。まずは+になることを目指して、その後もコツコツと稼いでいけばいいだろう。うん。
こうして、僕はロランドと級友の仲を深めるべく、無事冒険の旅に出かけることになった。……それがどんなに苦難の道であるか、この時は何も知らずに。
大事な話がいくつかあるけど大半大事じゃない話。なのに長くなったので分割しました。
5000字くらい貯金ができたので、週末まで毎日更新にチャレンジしてみる週にしてみます。
なので週末までは1話が短め。3000字くらい目標です。




