アドバイスはできるだけ具体的な方がわかりやすい気がする
「いいですか。まず、ボタンをむやみやたらに押さない。これは基本です。だいたい罠に繋がってることが多いですから」
「はい……」
「あなたに足りないのは危機感です。ダンジョン探索は命がけだということを理解してください。お風呂グッズしか持ってきてないなんてもってのほかです。火山でアヒルの玩具なんて手に持ってても役に立ちませんよね。ちょっと面白いですけど。……コホン。ともかく場所に応じた準備をして、注意深く進む。これくらいなら大丈夫だろう、が一番いけません」
「うん……」
そう頷きながら、ゼカさんが首を捻ったのを僕は見逃さなかった。なんだね、言ってみなさい。指されたゼカさんは、おそるおそるといった感じで話した。
「……あの、あたし火山にお風呂グッズはさすがに持って行ってない……」
「そんなことは今は重要ではありません」
「うぅ、もう反省してるから許してよ……」
僕らは火山を下りて、麓の街に戻ってきていた。とりあえずもう1日宿を取って、せっかくだからゆっくりしてから帰ろう、ということになり。そこで僕は腕組みしながら、ゼカさんにダンジョン攻略の際の心構えを教授しているところだった。
一段落したところで、隣で聞いていたシャテさんが、呆れたように首を振ってこちらを覗き込んでくる。
「いや、今のアドバイス何? そもそも火山でボタンを最初に押したのってあなたじゃなかった?」
あ、そうだっけ。確かにダンジョン入り口のスイッチはよく考えたら僕が押したな。……ふいっと目を逸らした僕を、シャテさんはますます厳しい目で見てくる。い、いやあれいちおうダンジョンの外だったし……。
「それに温泉に行くってあなたが言ったからお風呂グッズを持ってきたんだと思うのだけど」
「……うっ……まあそうかも……」
言われてみればさっきのって、火山のダンジョンに行く予定があるのにアヒルの玩具と水鉄砲のみを引っ提げてきた人向けのアドバイスだったかもしれない。言い過ぎちゃったかなぁ。
すると僕の旗色が悪いのを見てか、ゼカさんがあせあせと助け舟を出してくれた。さっきまで怒られてたのに、なんていいやつなんだ。
「で、でもよく溶岩平気だって知ってたよね! すごいよ!」
確かに普通の日常で溶岩に触れる機会なんてないもんね。まあ僕の場合は日常茶飯事なんだけど。喜んでいいのか悲しんでいいのか迷った末、役に立ったので今回は喜ぶことにした。ふふふ、と笑いながら胸を張る。
「魔法で出した溶岩の中で泳げ、と私たまに仕事で言われるんですよね」
「何の仕事してるの!?」
「……あら? 魔法で出した溶岩と、自然に存在する溶岩は温度が全然違うわよ」
あ、そうなの? その僕の疑問が顔に出ていたのか、シャテさんは補足説明を加えてくれた。
「ええ、自然の溶岩の方がずっと温度が高いの」
「なるほどー……道理で思ったよりやたら熱かったと思いました」
「ひょっとして知らなかったの? なら危なかったじゃない……」
「やっぱり死んでてもおかしくなかったんだ……熱かったの……?」
あれ? なんかだんだん周りの僕に対する目が厳しくなってきた気がする。最初アドバイスする側じゃなかったっけ……? 部屋の中を見回して何かこの状況を脱出する手掛かりを探すけど、何も見当たらなかった。ベッドでぐーぐー寝てるトアしかいない。いっつも寝てるね君。
「いや、たぶんいけるかなって……思って……」
「さっき自分で言ってたじゃない、『大丈夫だろう』が一番駄目……って何その座り方!? それにどうして床に座ってるの!?」
……はっ。いつの間にか床に正座していた。説教されるモードになってしまってた。
でもうん、なんか最初にゼカさんばかり責めてしまった。別に間違ったことは言ってないつもりだけど、悪いことをしてしまったかも。僕は部屋を出て行く彼女を正座しながら見送る。……よし、帰ってきたらちょっと優しくしてあげよう。
そしてしばらくして、外に行ったゼカさんが部屋に飛び込むようにして戻ってきた。あんまりさっきのことを引きずっている様子はなかったけど、うん、優しく。僕はニコニコしながら彼女を迎える。
「おかえりなさい。あなたが帰ってきてくれて嬉しいですよ」
なんだこいつ、という目をシャテさんがした。いかん、ちょっとやりすぎた。一方ゼカさんは、そ、そう……? と照れ。ちょっと満更でもない反応を見せた後、元気よく手を上げて何かを提案してくる。
「ねえ! ちょっとみんなで行きたいところがあるんだけど! ……あ、危機感ない……? 駄目、かな……?」
なぜかこっちを見ておそるおそるといった感じでお伺いを立ててくるので、僕は笑顔で頷いた。別に宿で泊ってる時には危機感いらない。
「もちろんいいですよ。ゼカさんの行きたいところならきっと素敵ですよね。ぜひみんなで行きましょうか!」
その言葉を聞いて、ゼカさんの顔がぱあっと笑顔になった。おお、そんなに喜んでくれるならこっちのスタンスでもいいかもしれない。これからは褒めて伸ばす人になろう。僕はシャテさんの目線をスルーしながらそう決心する。
そうして僕の手を引いて彼女は街を歩く。その途中で、何かを考えた後こっちを見て話しかけてきた。……別に手を引いて引率してくれなくても、僕ははぐれたりしないんだけど。
「ねえ、もし溶岩が平気じゃなかったとしてさ。また同じ状態になったらサロナはどうする?」
同じ状態、って2人で落とし穴に落ちて下が溶岩だったら、ってこと? すごい学習しない2人になっちゃうけど……。僕は首を傾げつつ、ふむ、と考えながら返事をする。
「2人で助かる方法を考えて、思いついたのを実行しますかね」
「……もし思いつかなかったら?」
「投げます」
やっぱりそうなんだ……、とゼカさんはどこか呆れたように笑った。
やがて僕たちは、奥の方にある大きな塀で囲われたところまでやってくる。敷地内からはなんだかもくもくと煙のようなものが出ていた。……なんだろ? 鉄工所とかかな? ゼカさん製鉄業界に興味あったの?
彼女は建物の入り口で僕らの方に振り向き、大きくゆっくり両手を広げた。僕はおおーと拍手をして隣で盛り上げ役をする。
「聞いて聞いて! 実はね、街に温泉あったんだよ! それでここっているもの全部貸してくれるらしいの! せっかくだからみんなで入っていかないかなって!」
……ん? なんか今、まずい単語が聞こえたような気がする。聞き間違いかな? 僕は拍手をいったん止めて、ゼカさんにいくつか確認をすることにした。
「……えーっと、温泉ってあのお湯に浸かるやつですか?」
「え、他にある……?」
「……それで、みんなって?」
「あたしたち4人。……あれ、あたし、そんなわかりにくいこと言ったかな……? なんでサロナは手を前に突き出してるの?」
待った、のポーズのまま僕は熟考モードに入る。そもそも宿を出る前にどこに行くか言うべきじゃない? せっかくみんなお風呂セット持ってきてるんだから。という基本的なことはこの際置いておこう。
……いやでもさ。温泉って僕が入るの女風呂でしょ。他人の裸ならともかく、知り合いのなんて余計気まずいんだけど。興味ないと言えば嘘になるけど、次から顔見れないやん。うーん……よし、ここは断ろう。僕は笑って手を横に振る。
「ごめんなさい、残念なんですけど。私、温泉って死ぬほど嫌いなんです」
「温泉に死ぬほど嫌いとかあるの!? そもそも最初ここに来たのって温泉目的じゃなかった!? あ、ひょっとして……火山の落とし穴のことやっぱり怒ってるの……? 死ぬほど嫌いってあたしのことなのかな……温泉ってひょっとしてあたしのあだ名? 温泉セット持ってきたから?」
「い、いやそういうわけじゃ……というか後半言ってる意味が……」
「だったらいいじゃない! 行こうよ!」
うろたえたその隙にゼカさんに僕は手をがっしり掴まれ、ぐいぐいと引っ張られてそのまま建物内部に連行された。そのままカウンターに並び、ゼカさんが元気に店のおっちゃんに話しかけているのを聞く。……いかん、後ろにシャテさんとトアがいるから完全に固められた……。
「4名です!」
「いらっしゃい!」
さすがに入店早々、店の中で「私は温泉が死ぬほど嫌いなのだ」と大声で主張する勇気は僕にはなかった。すごく変な人になってしまう。
僕は引きつった笑顔で、火山の地下から引いてる天然温泉がどうの、効能がどうのという店のおっちゃんの宣伝文句を聞いた。……よし、こうなったら。下を向いて入るか。すーはーととりあえず深呼吸して心を落ち着ける。
「さっきから挙動が怪しいけど、大丈夫かしら?」
「ふふ、このくらい平気ですよ」
「温泉ってそんなに難しいものだったっけ……?」
それから、僕はまだ入ってないにも関わらず床を見ながら通路に従って歩き、やがて僕らは更衣室っぽい部屋に着いた。他のみんなが入って行くのを見送り、僕は入口で立ち止まる。女子風呂の入口って、なんだか溶岩以上に入りにくい。……うーん……いや、でも考えてもしゃーない。……よし! 行こう!
そしてまさに入ろうとしたとき、ばたばたと店の人が走ってきた。足首から下しか見えないけど、なんだか慌てているような気がする。……なんだろ?
「すみません!! 先ほどからなぜかお湯が濁りっぱなしになったため、突然ですが閉店します」
――僕はその時。……元同僚のウツボが僕を無視して火山で大暴れしたことに、心の底から感謝した。
……さて、トアと話し合いをしなければ。神器も渡さないといけないし、聞きたいこともある。僕は夕食後、彼女に呼び出されるまま、宿の屋上にやってきた。屋上に着くと、すでに来ていた彼女は屋上の手すりにもたれかかり、そこからぼーっと通りを眺めていた。時折強く吹く風で、彼女の青色の髪の毛がさらさらと揺れている。僕も黙って隣に並んだ。今日もここからは通りを行きかう人がよく見えた。
僕は横にいる彼女にまず、神器のネックレスを渡す。
「はい、 奇異光芒です」
「どうもありがとうございます。……何でも聞いていいですよ」
やばい、聞きたいことがありすぎる。正直全部覚えてないくらいある。えーっと……。
「まず、魔法は苦手だったのでは……?」
「はい、苦手ですよ。他の世界に魔法で渡ることができないくらいには。……本当に、そうできたら簡単でよかったんですけどね」
苦笑しながらそう答えられた。……それ苦手か?
「魔法を使いたがらないように見えたんですけど、あれはどうしてですか? ……ほら、シャテさんが学校の中庭で勧めた時も断ったり」
「アンナちゃんは魔法を使うのに、それこそ血のにじむような鍛錬を積んでいますけど。わたしは、めんどくさがりなので。サボるために、一番効率のいい方法を選びたいんです。その両者に優劣はないと思いますが。……以前、アンナちゃんがずっと努力して習得した魔法を、わたしがすぐに使ってみせてしまったことがあったんです。その時伝わってきたのが『羨望』だったので。あんまりアンナちゃんの前で魔法は使いたくないですね。……もちろん、必要であれば使います」
街の光を眺めながら、何かを思い出しつつそう話す彼女はちょっとだけ、寂しそうだった。……寂しい? 彼女の青い瞳を覗き込んで、気づく。……いや違う。これはきっと、後悔だ。
「わかりました。次に、なんで火山で、最深部で集合って口に出さなかったんですか」
「あなたとあの魔王軍の子が別れるのがこれのお陰で見えましたから。魔王軍に神器を渡す可能性は低い方が良いですよね。言わなくても思ったら、伝わるでしょう?」
はい、と手渡されたのは、赤い宝石のついた指輪だった。…… 千里通 。未来の見える指輪。
「……あと1つ」
「なぜ自分が心を読めるのを知っているのか、ですか。わたしも少しだけ、同類ですから。……ただ、あなた程の能力はありません。表面のなんとなくの感情しか見えませんけどね。お互い内緒にしておきましょう。住み辛くなりそうですし」
そう話す彼女はいつも通りに、どこか眠そうだった。……そろそろ話は終わり、という雰囲気。ところが、そのまま思い出したように彼女は言葉を続ける。
「そういえば、青っぽい岩壁に囲まれた広場のようなところにある祭壇、ってご存じですか?」
……ああ、それなら。海底神殿の奥にある虹の祭壇じゃないかな。他に思い当たるところはない。でも急になんで?
「いえ、今指輪を返すときにふっと見えただけです。血まみれになったあなたがそこに横たわっているのが。思い当たりのある場所があるのなら、その近くでは気をつけた方が良いかと」
「……うわ、そうなんですか……はい。気をつけます」
マジか。最悪やんけ。……海底神殿。月の平原は当分入れないから、おそらく次に行く場所だ。そしてその海底神殿も数か月先になるだろう。……でも。これまでの感じだと、僕を脅かすような存在って、今まで出会ったことないんだけど。……いったいその頃に、何が変わるんだろう。
トアが先に屋上から下りて行った後もしばらく考えていたけど、答えは出なかった。そして僕も下りていくときに、間近にそびえる火山の白い噴煙をなんとなく見上げる。夜の闇の中、月の光に照らされる火山の姿は昨日と全く同じのはずだったけど。……どこか不吉で、恐ろしい何かを告げているように見えた。




