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「元同僚の熊が言うことを聞かない」って周りになんだか相談しにくい

 巨大な赤毛の熊がドスンドスンと歩を進めると、ちょうど隠れて見えないけど覆面の声が聞こえてきた。


「おーい、助けてくれー! 参った! いやヤバいだろこいつ! 死ぬ!」


 ……またそう言って騙す気かな? 僕はそろそろと相手が見える位置まで移動する。そしてそのままじーっと疑いの目で相手を眺めた。見る限り、なぜか覆面はその場で動かず巨大熊を迎え撃つようだった。……なんて命知らずなやつなんだ。


「いや! 本当だって! さっきは悪かった! ていうか動けないんだって!」


 あ、そうか。アンドレアスの咆哮は相手を硬直させるから……。ここはいったん止まれの指示をしなければ。


 しかし僕がおーい、と熊の方に叫んでみたり、両手を振ってみるも、あいつ全然振り向いてくれない。……まあいいや。こっち向かなくてもいいから、もう直接頼むか。


「待ってー。もういいですよー」


 ところがそれも普通に無視され、ズンズンとアンドレアスは歩いていく。いやあの……いちおう僕が出したんだから、完全無視はないと思うの。ちょっと悲しい。……でも思い返せばゲームでも確か思いっきり攻撃された気がする。ひょっとしたらあいつ僕のこと嫌いなのかもしれん。


 ……よしこうなったら消したれ。いやでも、消すのってどうしたらいいのかな。


『……消すにはちょっと時間がかかってよ』


 そう筆から返事が返ってきた時、アンドレアスはちょうど覆面の真ん前に辿り着いたところだった。……オイオイオイ、死ぬわアイツ。


 僕はとりあえず腕を振り上げてるアンドレアスの後ろから回り込み、ダッシュして覆面をひっつかんだ後に横に飛んだ。その直後にズズン、と地響きがして、さっきまで僕らがいたところに振り下ろされた熊の手を中心に、地面にけっこうな陥没ができる。……あんなに強かったっけ……?


 その後、とりあえず消えて消えて! と祈りながら筆をぶんぶん振っても全然消えてくれず、アンドレアスは隣にあった塔のところまで行くと思いっきり塔をぶん殴った。ドゴン! と爆発音みたいな音が響くとともに、ちょっと塔が傾く。そしてもう1度天に向かって吠えたところでようやく消えた。




「なにあいつ全然言うこと聞かない……。あ、生きてます?」


「いや、生きてるけどよ……何あれ……? あんな魔物見たことないんだけど。……地獄の悪魔か何かか?」


 ぐったりしながら覆面がそう言う。……ん? そういえばさっき僕らの方の魔王軍と会ってみたいとか言ってたような。


「あ、あれが№50ですよ。よかったですね、さっそく会えて」


「あれが末席!? 嘘だろ……」


「全体からみると、まだ話が分かる方のはずなんですが……今日は機嫌が悪かったんですかね?」


「……俺、絶対お前のとこに所属したくない」


 むう。むしろそっちの魔王軍の方が会議とか絶対纏まらなさそうだぞ。魔王軍といえばたいていやたらでかいテーブルを囲んで会議を行うものだし。あれ真ん中に鉛筆とか転がしちゃったら取れないよね。どうするんだろう。……おっと、考えが逸れてしまった。


「えー、でも私、あなたのところの人とも会いましたけど、ほぼ全員あんまり話が通じなかったですよ」


「え、誰? 誰と会ったんだよ」


「№7のゼカさんと、なんか鬼と大きい人と青い人の3人組です」


「……ああ、それはまあそうだな……確かに下から数えて4人かもしれん……」


 誰が最も下なのかはあえて聞かないこととした。世の中にははっきりさせない方がいいこともあるのだ。



 その後、じゃあさよなら、と言って覆面と別れる。彼は約束通り、後をついては来なかった。そして僕は斜めになった塔に登り、最上階で魔王様コレクションのコートを無事入手する。……さて。あとは戻って、さっきの現象の確認をしなければ。





「帰りましたよー」


 僕が宿に戻ると、ゼカさんがタタっと駆け寄ってくる。……ごめん、さっき話あんまり通じないとか言っちゃった。でも前会った3人組よりはずっと上だから安心してほしい。


「どこ行ってたの!? 一緒に探検しようと思ってたのに。ほら、森とか近いから動物いっぱいいそうだしさ!」


 お、ゼカさんはひょっとしたら動物好きなのか。ならさっきいたら喜んでくれたかもしれない。惜しいことをした。遺跡の空き地、一瞬動物ふれあい広場みたいになってたからね。


「私も探検してきました。なんか大きい熊とか見ましたよ」


 正確には見たっていうか出したっていうか。僕のその台詞を聞いたゼカさんは、足踏みをして悔しがる。


「えーいいなぁ。あたしも見たかった! 熊見たことないんだけどふわふわなんでしょ? 絶対かわいいよ!」


 あ、いなくてよかったかも。なんか地獄の悪魔とか言われてたし夢を壊すところだった。あとごわごわだよあいつ。


 そしてゼカさんは「宿の中を探検して来よーっと」と言って去っていった。こっちとあっちの魔王軍か……。僕は試しにゼカさんと同じ台詞を僕らの魔王軍の№7の人が言って去っていく様子を想像してみる。……うん、違和感がやばい。やっぱり別物だわ。





 僕が部屋に戻ると、そこにはシャテさんもおらず、ベッドでスースー寝てるトアがいるだけだった。よし、ちょうどチャンスかも。さっきの現象について、今聞けるだけ聞こう。僕はトアを起こさないように、そっと扉を閉める。


  水彩画家(アクアレリスト) を床に……は悪いので、椅子の上に乗せた。もう1つ椅子を持ってきて、僕はその前に座る。


「で、さっきはなんであんなの出てきたんですか?」


『いえ、だから記憶の順に引っ張ってきただけなのだけれど……』


 あー、そういえば僕が上手く扱えないからって。戦った記憶の順に引っ張ってくるとか言ってたような気も……。え、なら戦ったってゲームの中の記憶から有効なの? あれ戦った扱いなんだ。


 ……とするとゲーム内で僕が死ぬまでに戦った敵が残弾か。ってことはウサギに始まって最後は僕の上司が出てきてくれるということになる。……え、あの人にずっといてほしいんだけど。僕は身を乗り出して絵筆に尋ねた。


「あの、出した人をですね。ずっと出しっぱなしにしておくことってできないですか?」


『無茶言わないで。そりゃあ時間を長くすることはできるけれど、ずっとなんて不可能よ』


 うーん、駄目らしい。残念。……あ、でも自由に選んで出せるようになったらいいんじゃない? 順番に出てくるから不便なだけでさ。


「どうしたら自由に出せるようになりますかね……何かいい考えありませんか?」


 そう真剣な顔で 水彩画家(アクアレリスト) に僕が相談していると、不意に後ろでガタタッと何かが音を立てた。……ん?


 振り向いてみると、いつの間に帰ってきたのか、シャテさんとゼカさんが2人寄り添い、なぜか引きつった顔でこちらを見てる。そして、おずおずとゼカさんが僕に尋ねてきた。


「……えっと、何してるの?」


 僕は自分を客観的に振り返ってみた。部屋で1人で、椅子に置いた筆に向かって話す人。ちょっと怪しいかもしれない。いかん、変な人と思われてしまう。……一瞬、「筆の声が聞こえるんです」と事実を告白しようかとも思ったけど、なんか余計にやばくなりそうな気がしたのでやめておく。


 言い訳を探し、辺りを急いで見回す僕の目に、ふとベッドで寝ているトアが目に入った。あ、そうだ。


「いえ、武器と親交を深めたらいいってトアから聞いたから……話してたら仲良くなれるかなって思って……」

 

 さすがにちょっと苦しいかな……。僕が開き直って笑顔でそう言ったのを2人はどう受け止めたのか。一瞬真顔になった後、ゼカさんはやたら汗をかきながらニコニコ笑ってくれた。


「そ、そうなんだ……いい考えだね……あ、あたしも真似してみようかな! なんて……あはは」


「……やっぱり電撃が影響してるの……? もう1度衝撃を与えたら治るかしら……」


 一方シャテさんはやたら深刻な顔でバイオレンスな発想を呟き、こちらの隙を窺うようにチラチラ見てきた。やばい。このままだと親交を深めるどころではなくなってしまう。早くこの話を終わらせなければ。


「……でもちょっとやりすぎですかね? いやぁ、恥ずかしいところを見られちゃって」


 僕は自分の頭に手を当てながら、「もちろん筆と話すのが一般的でないことは分かってるんですよ」という主張を一応しておいた。そして、あーもう恥ずかしいなー、と言いながら椅子の上に置いた筆を手に取ると、冷たい声が頭の中に響く。


『そう、わたくしと話すのはそんなに恥ずかしいかしら……?』


 ……板挟みだ。ごめんって。でも今の僕の立場もわかってお願い。あとでめっちゃ綺麗に洗うから。よしよし、とつい筆を撫でた僕を、2人は瞬きもせずにじっと見つめていた。もう駄目かもしれない。





「まあ、いいかもしれないですね。実際に武器に話しかける人っていますから」


「え! そうなんですか!?」


 みんなで1階の食堂で夕食を食べながらさっきの件をシャテさんがトアに相談したところ、そんな意外な返事が返ってきたのでちょっとびっくりしてしまった。なんと、僕のやり方は時代の先端を行っていたらしい。


「信じられないわ……でもそうなのね」


 なんか僕が弁解した時とシャテさんリアクション違わない……? まあいいか。これで胸を張って行動できるってもんである。僕は笑顔でシャテさんの無知をたしなめる。


「ふふ、シャテさん知らなかったんですか? もはや武器業界では常識ですよ」


「あれ? さっき恥ずかしいとか言ってなかったっけ……?」


 首を傾げてそう僕に尋ねてくるゼカさんは心底不思議そうな顔をしていた。……余計なことを。だから同僚からも下から1番目とか言われるんだぞ。……いや、1番とは言ってなかったっけ。


 僕はぴっと指を立てて彼女に説明する。


「有効なんだけど筆に話すって恥ずかしいじゃないですか。うん、そう、そういうことですよ。2つは両立するんです」


「へえー、なるほど。そうなんだ」


 コクコクと頷くゼカさんはわかってるのかわかってないのか半々な顔をしていた。でも素直で大変よろしい。


「いや、サロナさんも聞いて驚いてた時点で……まあいいや、めんどくさいから」


 なんか隣でも余計なことを言ってる気がするけど、僕は聞こえないふりをすることとした。





 ……さてと。取ってきたコートを試着せねば。もし使えなかったらトアに見てもらわないといけないし。僕は食後、部屋をこっそり抜け出した。さっきの反省を生かし、宿の屋根の上で試着をすることにする。


 そして、とりあえずコートをふわりと羽織ってみた。……んー。早速問題発生。そもそも元気だから回復してるかどうかよくわからない……。


『……あら 精英大師サイレントウィットネス じゃない。相変わらず無口ね、あなた。まだ人見知りは治らないのかしら?』


「あ、お知り合いですか?」


 というか装備同士ってどうやって知り合うんだろう。よくわからない世界だ。武器業界も奥が深いね。でも知り合いなら聞いてみるか。


「このコート、ちゃんと動いてますか?」


『見た感じ大丈夫そうだけれど……直接尋ねてみたらいいんじゃないかしら?』


「なるほど。……あの、うまく動けますか? 私どうにも装備の扱いが上手じゃないみたいで」


 ……コートに尋ねてみるも、返事はなかった。あ、でも無口って言ってたから、答えはないものと思った方がいいのか。ならどうやって読み取ったらいいのかな。


 僕はとりあえずコートを触って、相手がどう思っているかを感じ取ってみる。うーん……。正直全然わからん……。しばらくそのままじっとして、何か返事が返ってきそうな気配を探る。そしてコートを触りながら、ぼーっと屋根の上で座って、街の灯りを、陽気に酔って通りを歩く街の人たちを眺めた。……そのまま、小一時間ほどそうしていただろうか。


 ふと、僕は足下に広がる街の灯りから視線を上げ、間近にそびえ立つ火山の山頂に上がる白煙を見上げる。……帰ったら、きっともうこんな景色も見られないだろう。いっぱいお土産話を作って帰ろう。そのためには、まず帰ること。……ん? 


 今なんとなく、「よろしく」というのがかすかに伝わってきた気がする。ふむ。よろしくお願いします。僕がそう思ってコートをさすさす撫でると、すべすべの手触りの奥から、了解の返事が返ってきた感じがした。


『……あら素直ね。あなたひょっとして、装備を扱う才覚、あるかもしれないわ』


 ほほう。そういえば僕って呪いのコートとも仲良くやってたからね。魔王軍の元同僚には嫌われちゃってるみたいだけど。普通逆じゃないのかなぁ。




「ただいま帰りましたー」


 僕が部屋に帰ると、他の2人は既に就寝準備中、1人は既に就寝済みだった。ゼカさんが僕の顔を見てちょっと頬を膨らませる。


「あ、どこ行ってたの? またいなくなってたでしょ。熊? 熊また見に行ってたの?」


 どんだけ熊見たいねん。順番通りって解説が正しかったらもう熊出てこないよ。……そして僕は夜に1人で抜け出して熊を見に行きかねない人物として把握されているのだろうか。これは彼女の勘違いを訂正してあげなければ。


「いえ、火山を見上げて、明日に向けての決意を新たにしていました」


 ふっ、と笑って僕が事実を告げると、部屋の隅からシャテさんがなぜか胡散臭いものを見る目でこちらを見てきた。いや、ほんとだから! 




 そしてしばらくして、就寝するために明かりが消されて部屋が静まる。……と、僕の隣のベッドから、暗い中ひそひそとゼカさんが話しかけてきた。


「……ねえ、どうして他の世界に行きたいの?」


「あれ? 言ってませんでしたっけ? もともと他の世界に住んでいたからです」


「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ。……他の世界ってどんなところ?」


「うーん、少なくとも魔法はありませんでした」


 ……あれ。なんか引っかかる。まあいいか。


「え! じゃあどこも馬車で移動するの? 大変じゃない……?」


「代わりに飛行機とか……えーっと空飛ぶ馬車とかがあるので大丈夫なんですよ」


「それ魔法じゃないの!? どういうこと!?」


 うーん、というシャテさんの声で、僕らは口を噤んだ。暗い中で、しばしお互いの顔を見合わせる。そして様子を窺い、彼女はひそひそと再び続きを話し出した。


「なるほど、里帰りしたいんだ。でも帰ってくるんでしょ?」


「いえ、もう帰っては来ませんよ。あっちで暮らします」


「そうなの!?」


 うるさい寝なさい! と怒られて僕らは黙った。……やばい。小学生みたいな怒られ方をしてしまった。


 それを気にした様子もなく、「えーそうなんだ……」と言いながらゼカさんは布団の中に潜る。なんだかごそごそしている気配はあったけど、もうそれ以上は話しかけてこなかった。


 僕は暗い天井を見上げながら、なんとなくさっきの自分の言葉を思い返す。元の世界に魔法はなかった。でも、確かどこかで、これは魔法だと感じたことがあったような……。そして結局眠りにつくまで、それがいつの話だったかは、思い出せなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] サロナさん頭悪すぎて色々忘れてるのか!?
[一言] サロナが頭の中で同居してるやつかな?
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