号砲
「ねー、遊ぼうよ」
「……神器の場所は分かったんですか?」
「だってどこ調べたらいいかもわからないんだもん……。前に王国の首都に行って、秘蔵されてる神器ってどこに置いてあるか知りませんか? って門番の人に聞き回ってたら、よくわからないんだけどつまみ出されちゃった」
そこでつまみ出された理由がわからないのはもはや致命的では……。でもよく理解できた。ゼカさんは当てにならない。なら 關之影 も自分で探すしかないか。まあ他のが揃ってから考えたらいいや。
ねーねー、と僕の袖を引っ張るゼカさんには悪いんだけど、これから予定があるしなぁ。
「私ちょっとこれからベルデ火山に行きたいんですよね」
「なにしに行くの? 登山? 観光? それとも美味しい物でもあるの? あたしも行きたい!」
……しまった。つい勢いで魔王軍に神器の場所をばらしてしまったかもしれない。ちらりと視線で他の2人に助けを求めたら、シャテさんも不思議そうな顔をしながら会話に加わる。いや、何があるでしょうって問いかけた視線ではなかったんだけど。
「……で、何があるのかしら?」
「お、温泉とかでしょうか……」
知らないけど火山ってそんなイメージだ。もしなかったらそのへんの池とかを温泉だと言い張ったらゼカさんは信じてくれそうな気がした。服脱いで飛び込む前に止めないとだけど。
「どうしようかしら? 私もちょうど今週、テヴァンもいなくて暇なのよねえ。温泉ですって、トアも行かない?」
「んー、どうしようかな。……うん、わたしも行こうか」
「あら珍しい」
「わたしも自分の物は自分で手に入れたい方だからね」
よいしょ、と腰を上げてトアは店の奥に入っていく。と、その途中で振り返った。
「各自準備してすぐにまた中央広場の噴水前に集合、でいいですか」
「あ、はい」
「ほんとに珍しいわ、雪でも降るんじゃないかしら」
シャテさんは解散するまで首を捻っていた。
「……なんでその荷物なの?」
そして1時間くらいして集合した僕たちは、完全に2派に分かれていた。武器防具完全フル装備+どでかいボコボコしたリュックを背負ったトアと、なんかお風呂グッズと旅行かばんみたいなのを下げているシャテさん、ゼカさん。一緒に同じ場所に行くとは思えない格差っぷりである。
「わたしは逆に温泉を本気にしてたアンナちゃんにびっくりかな」
「嘘なの!?」
「いえ、温泉はあるかもしれませんし、ないかもしれません。常にみんなの心の中にあるふわっとした存在というか……」
「それもう嘘じゃない!?」
「さあ行きましょうか」
「ねえ、せめて武器防具だけでも取りに帰らせて!」
「はい、アンナちゃんにこの氷竜の槍貸してあげる。あとは防具も見繕ってきたから。その代わりに、このリュック持ってくれる?」
「ありがと。……重っ。何入ってるのこれ……」
「あ、私持ちますよ」
僕はそのリュックを受け取って背負う。どうせ持ってるのって筆くらいだし。いちおうお風呂セットも持っては来たけど。
「ねえねえ、あたしにも何か防具かアイテムを貸してくれない? いちおう毒ナイフは持ち歩くようにって言われてるから持ってきたんだけど」
シャテさんはゼカさんのその台詞を聞いて愕然とした表情になった。このメンバーの中で自分が一番何の準備もしてきていない、という事実に気づいた顔だった。
そのゼカさんのお願いを聞いて、トアは一瞬目を逸らして遠くを見る。……あ、これ用意してないな。そのすぐ後にがっしりとゼカさんの肩を掴み、トアはゼカさんの目を見て真剣な表情で言いきった。
「……あなたは今は毒ナイフとの親交を深める時期だと思います。よそ見はいけません」
「あ、そっか! 言われてみればそうかも……さすがプロだね!」
「ふふ、神器を集め終わった後ならいくらでも貸してあげましょう」
そう言ってニヤリと笑うトアの表情はちょっと黒かった。ほう。まあ2人は神器を集めるライバルではあるもんね。……じゃあ行こう、ベルデ火山へ。
ベルデ火山。南の半島にある。標高はそんなに高くないものの、裾野にはジャングルや遺跡が広がっていたり、火口から山の内部に入れる隠しダンジョンがあったりと狩場は多い。火山最深部にいるボスは不死鳥のはず。温泉の有無は知らない。
……あ、でもそうだ。火山裾野の遺跡って、魔王様チートコレクションの1つ、体力を自動回復する外套があるはず。取ってから行くか。んー、でも遺跡って正攻法で行くとめっちゃ長いんだよな……。壁で囲われた通路が迷路みたいになってて。奥の塔まで行ったらすぐなんだけど。というかそもそも、ベルデ火山までは僕が走って飛ばしたら1日なんだけど、このメンバーで行こうと思ったらどうなるんだろう。
「ちなみにですよ、どうやって行くとかわかる人いますか?」
「むしろあなただけはそれを分かってなきゃいけないでしょうに。……わからないの? 確か南でしょ? えーっと……」
「ベルデ火山ってどこにあるのか知らないや」
「馬車だと1週間はかかりますね」
遠っ! あれ、なら雪の都も遠かったのか。なんか気候が明らかに違うなと思ってたんだけど。
「ちなみにここから雪の都だと……?」
「んー、馬車だと半月ですかね」
……あれ? ならロイとかどうやって帰ってきたんだろう。今も馬車の中じゃないとおかしいよね。
僕のその疑問は、トアが続けた言葉によって解決された。
「ということで、転移の魔方陣を使いましょう。確か学校に併設されていたはずです」
「そんなのあるんですか?」
「……知らなかったんですか? なら雪の都まではどうやって行ったんです?」
「走って行って帰ってきました。ギリギリ日帰りできましたよ」
僕の言ったその言葉を聞いて、なんだかその場がしーんとなってしまう。シャテさんが頭を振りながら目を瞑った。
「待って待って、計算が合わないわ。どれくらいのスピードで走ったのよあなた」
「さっきのトアの話から考えると……ポケモンで言ったらギャロップよりちょっと遅いくらいですかね?」
あ、しまった。絶対伝わらない例えを出してしまった。ちなみにギャロップは図鑑によると時速240キロで走るそうな。たぶんスペック値だから本当はもっと控えめだろうけど。向こうが馬型であることを差し引いたら僕の方がおかしい気がする。
「だから、そう言われてもいまいち速さがピンと来ないわよ……」
困り顔で言うシャテさんのその反応に、どこか一瞬ざわりとした違和感があったけどすぐ消えた。……なんだろ? こういうのはきっと大事なことなので何とか原因を掴もうとするけど、そのざわざわとした違和感は掴もうとすると水の中の泡みたいにばらばらになって、結局霧散してしまった。
……とりあえずわかったこと。シャテさんはギャロップの走る速度を知らない。……いや、当たり前やん。知ってたら怖いわ。
トアに案内され、魔法学校の敷地内にある建物の中に僕らは入っていく。そこには、部屋がいくつかあり、行き先によって入る部屋を選ぶらしい。そしてベルデ火山行きの部屋に入って床に描いてある魔方陣が作動し始めてから、シャテさんが立ち上がって叫んだ。
「ちょっと待って! そういえばここからなら寮に装備取りに帰れたじゃない!?」
「アンナちゃん……そういうのって転移が始まってから言われても困るだけなんだよ」
そう半分目を閉じてぽつりと言うトアは、なぜかシャテさんから目を逸らし、何もない部屋の端を一生懸命見つめていた。シャテさんの手がそんなトアの肩にかかる。……あ、揺らされるぞ。
「ねえトア、あなたなら気づいてたんじゃないの!? こっちを向きなさい!」
するとトアはやたら真剣な顔で振り向いた後、シャテさんの方を覗き込み、こんこんと諭すように話し始めた。
「……その氷竜の槍ってアンナちゃんに合ってると思うんだけど。使い始めはできるだけ触れて親交を深めてほしかったから……ごめんね」
『言うのと待つのがめんどくさかったし機能的にも渡したものの方が良いしあー眠い』
「そ、そうだったの……。ありがと」
なんとシャテさんはそれで納得し、氷竜の槍をぎゅっと握って座り込んだ。副音声が聞こえなくとも気づいてほしい。その台詞、さっきゼカさんに言ってたナイフとの親交云々の話の流用だから! 言い訳を考えるのが面倒だったのか、シャテさんならそれで行けると判断したのか。半々くらいかな。とりあえずトアが真剣な顔で目を合わせてきたら気をつけよう。……そういえば。
僕は不思議に思ったことがあったので、こっそりトアに尋ねてみる。
「そういえば、装備って触れたら親交が深まるものなんですか?」
「はい。武器も防具も、意思がありますから。使い手とお互い協力しないとその本当の能力は引き出せません。そして触るのは親交の1歩目です」
ひょっとして、 水彩画家 がウサギ射出機になってしまっているのは、僕と彼女の親交が浅いせいなのかもしれない。僕はよしよしと筆を撫でてみる。
『わたくし触られることは苦手だからやめてほしいのだけれど』
違った。じゃあなんでやねん。僕が戦ったことあるウサギはたった1羽なのに。どこから湧いてくるんだ。マドハンドじゃないんだから無限に仲間を虚空から呼んでるわけでもないと思うんだけど。
……結局その答えは出ないまま、しばらくして僕たちは転送された。
「ここがベルデ火山から一番近い転送先ですね。麓の街です」
火山の麓の街。その入り口の門に僕たちはいつの間にか立っていた。おお、転送便利。僕は周りを見渡してみる。……ここって遺跡とは逆側か。まあ30分もあれば着くけど。
「今日はもうすぐ夕方ですし……宿を取って、明日朝から登りますか」
もう既に眠そうになっているトアがそう提案する。それを聞いてシャテさんが頷き、僕たちはシャテさんが選んだ宿に泊まることとなった。カウンターで手続きをしていたシャテさんが僕らを振り返って尋ねる。
「1人1部屋でいいかしら?」
「あ! あたし、せっかくだからみんな一緒の部屋がいい!」
そう手を上げて主張するゼカさんに、シャテさんはふむと考え、意外にも悪くない反応を見せた。
「うーん、どうかしら……? まあ、これから一緒に火山に登るんだからお互いを知っておいた方が良いの……? トアはどう?」
「どっちでもいい……」
あ、もう柱にもたれかかって立ったまま寝てる……。
結局僕らは1つの大きな部屋を取って、そこに一緒に泊まることになった。……うん、ゲームでもこんな感じで一部屋に泊まってみんなで親交を深めた気がするし。いいんじゃないだろうか。ベッドにトアが潜り込んだのを見ながら、僕はそう考える。早速1人減っている気がするけど気のせいだろう。……で、これからどうしようか。
よし、遺跡に行こう。今からなら夕食までには帰ってこられるでしょ。そのあとに部屋でみんなでお喋りしたらいいんじゃないかな。僕はそっと部屋を出てその場を後にした。
30分くらい走って山を回り込むと、山の反対側にある遺跡に到達する。そして罠も通路も大幅にジャンプとダッシュですっ飛ばして、僕はすぐに遺跡奥の塔までやってきた。
そうして塔の入り口まで順調に来た僕だったけど、突然なんだか怪しい奴に声を掛けられる。全身黒ずくめの細身の男だった。忍者みたいに目以外が隠れた覆面までしてる。……間違いなく変態だ。同窓会でこんな人が来たら両側の席が空いたままになるだろう。その変態はなぜか親し気に僕に話しかけてきた。
「おい、あんた見てたぜ」
「怪しい人とは話したくないので……すみません」
「……壁の上を飛んでくる奴の方が怪しくないか? ところであんたは、俺の探し物を知ってる。そんな予感がするんだ」
「予感……?」
僕は首を傾げてその男の方を見た。……見たことない。誰だ……?
「ああ、俺の探し物が何かって感じだな。……実はな、俺は神器を探してる。神器、知ってるよな」
「いやー知りませんねー」
……あ、魔王軍だ。でも今のところ全員アホの子か変態じゃないか。とすると魔王はその両方だという予測がつく。絶対会わないようにしよう。
「そんなこと言うなよ。この塔にあるのかね?」
「あ、ここにはないです」
その男は僕の方を見て、それが本当なのが分かったのか、ちょっとガッカリしたみたいだった。
「マジかよー。見かけた瞬間ビビッと来たんですげえ頑張って追いかけてきたんだが……なんであんた平気そうなんだよ、信じられねえ」
「ビビッと?」
「ああ、俺って直感が鋭いのさ。その直感が言ってる。あんたをこのまま行かせると俺たちにとって良くないってな」
「……あなたの№は?」
「おっ、話が早いな。俺は№3だよ。ちなみにあんたは?」
そう冗談めかした口調で聞いてくる男は、聞いたものの返事が返ってくるとは思っていないみたいだった。ただ、僕も教えてくれた彼に倣って、自分の№を正直に申告することにする。
「……私は、№38ですよ」
その男はそれを聞いてヒュー、と口笛を吹いた。覆面してるのになぜか口笛が上手くて、ちょっと腹立つ。
「じゃああんたより強いのが37人いるのかよ。会ってみたいもんだ」
「強さだけなら私が最弱でしたよ、間違いなく。ちなみに全員で50人いました」
「……マジかよ……いやー、やっぱりそんな集団怖くて近づきたくないわ……」
なんかちょっと引いてる。あなたも同じ名前の集団に属してるのに。まあ僕も強さで言うと今とあの時はだいぶ差があるけども。
「ここに神器はないので、もう行っていいですか?」
「いや待て待て待て。ならこうしようじゃないか」
「嫌です」
「せめて聞いてくれよ。俺はあんたを行かせたくない。なぜなら嫌な予感がするからだ。そしてあんたは行きたい、ならすることは1つだろ、頼むよ」
……別に1つではないんじゃないかなぁ。僕は首を傾げて彼に尋ねた。
「……えーっと、本気でわからないんですけど……。あなたの頭を叩いて何度目でその予感が変わるかを当てるゲームとか、します?」
「誰がそんなもん頼むか! 勝負だよ。勝負。あんたが勝ったら行っていい。俺が勝ったらあんたはここを諦めるし、神器の場所も教える」
「賞品の数が不公平です」
「まあそうだな。ただ、あんたの方が強さで言えば正直上だ。そこを汲んでもらえないか」
「勝負したい理由の強さはあなたの方が上なので、そこも汲んでください」
「……わかった! ならあんたのことを俺は追わない。こっそりともな。……どうだ? 初めて見つけた手掛かりを見逃すんだぜ」
ストーカーをしない、という至極当たり前の条件を目の前の変態は提示してきた。……でも、こういう人種にとって、ストーカーしないのは呼吸をしないと同義だ。それは大きい。ストーカー禁止、というそれを結局承諾してはくれなかった親友の子を僕は思い出した。……なんだっけ。『これは愛だよ』とか言ってた気がする。答えがイエスかノーの質問でそんな哲学的なことを言われても正直意味がよくわからなかった。……懐かしいけど、今思い出してもやっぱり意味はわからない。わかったらヤバい気もする。
「思い出に浸ってるとこ悪いが返事はどうだ?」
「あ、ごめんなさい。……わかりました。では、場所を変えましょう」
そして僕たちは塔の横にある空き地で、30メートルほど距離を取り、相手と向き合った。相手が短刀を構え、僕は筆を取り出す。
「へえ、なかなかお洒落な相棒じゃないか。もういいのかい、始めても?」
僕が頷くと、彼は軽くその場でジャンプをし始めた。僕は筆に魔力を込め、空中に向かってその筆を振る。いつも通り、ポンと出現したウサギが相手の元に物凄い勢いで突進していった。
「うお!? なんだこりゃ!?」
体を捻って彼はその突進をかろうじて躱す。むう。もう1回! いや、もう2回! いやこうなったら当たるまで振ったれ!
僕がぶんぶん筆を振るたびに、ウサギがポンポン宙から出てきて、相手の元に殺到した。なんか複数のウサギが飛びついていくのを見たら、動物にすごい人気のある人に見えてくる。ちょっとうらやましい。
「ちょっ、待て、待て! こら! いったん待て!」
手を開いてこちらに向かってすごい形相でストップをかけてきたので、いったん止める。
「降参ですか? 勝負に『待て』と『もしも』はありませんもんね」
「いや、そうだよ、そうなんだが。なんだ? 召喚の一種なのか?」
「さあ……? 実は私にもよくわからなくて」
「よし今だ! 隙あり!」
そう言って覆面はダッシュで距離を詰めてくる。素早い。僕が出したウサギを飛び越えて、そいつは短刀を振りかぶる。……うわ、刃物を受けるのって大丈夫だったはずだけど、やっぱり怖い。
僕の体が中途半端に流れたところを相手の短刀が捉え、ガキンという鈍い音とともに体に衝撃が走った。
「嘘だろ……? 手ごたえがおかしいっていうかまず音がおかしいんだよ。なんだお前金属なのか? あぶねー、刃を返してなかったら折れてたなこれ」
お、いちおう峰打ちしてくれたらしい。僕の中で彼の好感度が1上がった。スタートがマイナス500くらいからなのでまだ0にもなってないけど。距離が縮まったので僕は相手にボディーブローを仕掛けるも、それはあっさり躱された。その後もパンチもキックも全部当たらない。伊達に直感が鋭いと言ってない。向こうも何度か斬撃を浴びせてきたけど、どこに当たっても僕にダメージは通らない。
僕は大きく15メートルくらい飛び退っていったん距離を取った。
「いやおかしいもん。1回で下がる距離がさ。お前何なの? ちょっといい子だからお兄さんに教えてみないか?」
その質問には答えず、僕は少し考える。……接近戦は駄目っぽい。やっぱり最初のウサギ攻撃が一番効果があったような。ならもう1度チャレンジするまで。
僕はもう1度筆を振り始める。と、その手に何かが当たる。あんまり衝撃がなかったので無視して振りながら地面に落ちたそれを見ると、なんだかクナイみたいな形の武器だった。
「あーそうだよな。短刀が通らないんだもんな」
覆面はそう言いつつウサギを横走りしながら躱し、こちらに手をかざした。
「―― 竜巻 」
ぐるぐる回る疾風が僕に向かって飛んでくるので、目の前まで来たそれをとっさに手ではじく。方向を変えた風の塊は塔の壁にぶつかって轟音とともに3メートルくらいの大きな穴を開けた。
「嘘だろ……素手で魔法も弾くの……?」
なんか疲れてるような声が聞こえてきた。よし、今がチャンスではなかろうか。僕はさっきまでより一層早く筆を振る。……すると。
宙からポン、と出てきたのはウサギではなく、犬だった。犬はワンワン吠えながら覆面に飛び掛かっていく。……おお! これは進歩では!? よしよし、どんどん振ろう。
犬の方がちょっと躱しにくいらしく、覆面はこっちまで寄れずにその場で固定される。よっしゃ! もらった!
……ただ、犬が4、5匹出た後は、カマキリが出てきた。……? 動物シリーズなの? まあいいや。どんどん行け! カマキリの次はトカゲ、またカマキリ。覆面はその場で面白いポーズを取りながら必死に躱すだけになった。
「待て! ちょっと待て! 話し合おう! 俺が悪かった!!」
「もう信じません!!」
そして何度目だっただろう。もう1振りしたときにポンと現れたのは、ずいぶん大きな熊だった。赤毛で、4メートルくらいある。……あれ……? なんで。こいつが、出てくるんだろう。
僕は自分の前に出てきた熊を見上げて呟いた。
「アンドレアス……?」
ゲームの中で魔王軍の№50として出てくる、始まりの街からスタートしたプレイヤーが遭遇する、最初のボス。そして同時に、僕が初めてゲームの中で倒したボスでもあった。彼は僕が呼んだ名前に反応したのか、一瞬こちらを見た。ただ、その目が何を考えているのかはわからなくて。
そしてアンドレアスは覆面の方に向き直り、大きく口を開く。一瞬遅れて、周りの空気が、塔の壁が、僕の体が衝撃でびりびりと震えた。それはまるで、最初にゲームの中で僕が対峙したその時と、まったく一緒で。そして空まで響くかと思われたその咆哮は、きっと。……大事な何かが動き出したことを再び僕に告げる、始まりの合図だった。




