「忘れた」より「思い出せない」の方がなんだか罪が軽い気がする
「あ、あの、助けてくれてありがとう……」
外に出ると、ゼカさんが僕におずおずとそう話しかけてきた。
……んー。元々ここには僕が連れてきたんだから、お礼を言われるのってなんか変な気がする。僕が勧めたプールにゼカさんが浸かってたらそれが実はピラニアの水槽だったことが発覚したようなもんだからね。そりゃ全速力で連れて走り去るよ。
……っていうか腕、大丈夫? 手引っ張ったまま思いっきりダッシュしたからゼカさん宙に浮いてたよね。なんかお正月の凧揚げを思い出してしまった。でも見る限り、彼女は何ともないらしい。さすが魔王軍の幹部である。……世の中にはベッドに頭をぶつけて死にそうになる上級魔族もいるけど。懐かしい。
僕がそう感慨深く思い出に浸っていると、僕の足がバタバタと何か言いたげに地団太を踏んでいるのに気がついた。あ、確かにちょっと自虐過ぎたかもしれん。ごめんってば。……でもさ、そう考えると魔王軍って僕たちの身内みたいなもんだよね。なら彼女とも仲良くなれるんじゃないかな。
ところが、しばらくして足踏みが終わった後。僕が顔を上げると、ゼカさんと僕の距離が気のせいかさっきより離れているような気がした。……やっぱり簡単には超えられない心の壁があるんだろうか。難しいね。
「じゃあ表通りに行っていいですか? さっきの友人2人と約束してるので」
「あ、うん。別にいいけど。……これ、あたしも行っていいのかな?」
「いいんじゃないでしょうか…?」
だってここでゼカさんと別れちゃうと魔王軍の調査もできないし。……たぶん一緒に行ってもそんな問題でもないよね。あれ? なんかシャテさんあたりが「この子は殺そう」とか王蟲の子を見つけた大人みたいなことを言ってたっけ……? いやあれはカッコいいと思って……違うな。これはゼカさんの生産されたての黒歴史だった。んー、どうだっけか。僕が首を傾げていると、ゼカさんも同じように首を傾げた。
「……あ、わからないんだ。まあ、じゃあお言葉に甘えて……?」
そしてわからないことが多い僕たち2人はなんとなく表通りへ向かった。その最中、僕はさっきのゼカさんの話を思い出す。5つの神器とやらを集めたい魔王。だいたいこういう場合は5つ集めたら世界が滅亡するとか、伝説の怪獣が復活するとかそういう感じになるんじゃなかろうか。……んー、でもそれにしては、ゼカさんってあんまり破壊願望なさそうだよね。死にそうになって泣いてたし。ひたすら気の毒だった。
僕が連れてきたからそういう目に彼女が遭ったという事実はとりあえず置いておいて、考えを進める。……なんか、魔王様がゲームで持ってたアイテムってこの世界にもあるらしい。けっこう便利なものも多いから、探しに行ってみようか。
そして、たぶんなんだけど、彼女の愛剣さえあれば世界の壁って切り裂けるんじゃないだろうか。あれって魔法どころかそれこそ概念そのものを斬れると彼女は豪語してたような……。聞いてて意味わからなかったけど。ただあの剣は性格が悪い。うーん、言うこと聞いてくれなさそう……。でもあれって彼女自らが作ったらしいから、この世界でどこにあるかわからないか。
おっと、考えが逸れてしまった。とりあえずわかりそうなところから聞いてみよう。
「あの、神器を集めたらどうなるんですか?」
「さあ……? たぶん揃ったら嬉しいとかじゃないかな?」
うん、たぶん違うね。いや違わないんだろうけど、そういうことじゃない。だけどなるほど、幹部も知らない、と。ただ聞いたけどゼカさんが理解していないという可能性もありそうなのが、彼女の恐ろしいところだった。手ごわい。
そして僕たちは表通りについた。店がたくさん並んでいて、ちらほらと旅人や魔法使い、商人などが行きかっている。表通り……ってでも結構広くない? あれ、何か言ってたっけ?
僕があたりをきょろきょろ見渡していたら、どこか不穏な空気を感じ取ったのか。ゼカさんが、嫌な予感がするけど、と思ってる顔で僕に尋ねてきた。
「それで、あたしたちは表通りのどこに行けばいいの?」
僕はもう一度通りを見回したけど、何も手掛かりになるようなものは見当たらなかった。……いや、逆に考えるんだ。自分が見つけられないなら、相手に見つけてもらえばいい。僕は、最初からそういう予定だったのだ、という顔で頷きながら、真剣な顔をして彼女に答えた。
「……うろうろしてたら向こうから声を掛けてくれるはずですよ」
「絶対忘れてる! この子まただよ!」
「失礼な。忘れたんじゃないですよ。ただ思い出せないだけなんです」
「それはもう一緒だよ!!」
いや結果はそうかもしれないけど、過程が違うから。僕がそう胸を張って歩いていくと、ゼカさんは後ろから諦めたように首を振ってついてくる。……あれ、この子に諦められるのってめちゃくちゃやばいのでは……。僕は一瞬胸によぎったその疑問をまた棚に上げることにした。いつか棚卸ししよう。……今世紀中くらいに。
「……あ、いた! ……え!? なんでその子もいるの!?」
僕たちが通りを3往復くらいしたところで、シャテさんがこっちに向かって手を振って近寄ってきてくれた。ただその途中で彼女はゼカさんの方を見て、驚いたような表情に変わる。僕とゼカさんはそれを見て、お互い顔を見合わせた。
「……あれ?」
「ほら、やっぱりついてきたら駄目だったんだよ」
いや駄目ってことはないんじゃないかなぁ。別に嫌うほどの関係もなかったような……。塔の上でちょっと会っただけだし。……でもよく考えてみたら、ゼカさんが魔物に近い、とか言ってたのはシャテさんのような気もしてきた。なら駄目かもしれないけど……よし、一応交渉してみよう。
「どうしてそんなことを言うんですか……? せっかく一緒に来てくれたのに……」
「え? え? いや、だって……私がおかしいの? そもそもその子はどうして一緒に?」
おお、ちゃんと事情を聴いてくれるみたい。ただ、シャテさんにそう尋ねられて、僕とゼカさんは再び顔を見合わせた。目が合うと、同じことを考えてるのがわかる。一緒に来た理由……? 僕と彼女はお互い視線を合わせたまま、首を傾げた。
「……そういえば、なんででしたっけ?」
「……テヴァン!! 早く来て!!」
その悲鳴のような声により、その場にテヴァンが召喚された。すばやい。実はシャテさんの召喚獣か何かなんじゃないだろうか。そして彼はふむふむ、と全員から事情を聴取したうえで頷いた。
「なるほどだいたいわかった」
最上位クラスすげーわ。僕が絶対入れないのがわかる。同じ最上位クラスのはずのシャテさんが僕たちと同じくギャラリー側にいるのがちょっと気になるけど、名探偵は1人でいい。きっとそういうことだろう。
「つまり、魔王軍と言いつつそこまで敵対活動をしているわけではなかったということだろう。……今はまだ、ということかもしれないがな。だが、サロナとしては魔王軍の身体情報は収集したい。そしてゼカユスタも、自分から戦いを挑んで負け現に力の差がある以上。その希望にある程度は沿わねばならないものの、さすがに解剖されるのは承諾できない。そのため2人で研究室を出てきたが、敵対活動をしていない以上離れる理由もなくここまで来たと」
ほへーっと口を開けて僕たちギャラリー3人はその解説に聞き入った。うん、そうだったような気がしてきた。そしてゼカさんの名前を憶えているのがすごい。僕もう覚えてないもん。そう思いながらチラッと彼女の方を見ると、彼女もこちらを見ていて目が合う。……また忘れてただろう、という心の声が聞こえた。忘れてたんじゃない、思い出せないだけなんだよ。そう視線で答えると、彼女は1度だけドンと地面を蹴った。それはもう一緒だよ! という声が、能力を使わなくても聞こえてくる気がした。
「ありがとうございました。では無事、解決ということで」
「なんで当事者が解決できないのよ……」
シャテさんもテヴァンと同条件だったのに解決できなかったじゃない……。まあ今は事件が終結したことをただ喜ぼうよ。そして、ここに来たのは、僕の悩みが解決するかもしれない手掛かりがある、と聞いてだ。そっちが気になる。僕はわくわくしながらシャテさんを見つめた。彼女は女神、いや救世主だ。なぜかこちらを見る彼女はちょっと顔色が冴えないけど、体調が悪いのだろうか。お大事にね。
「あのね……言いにくいんだけど」
「私シャテさんと知り合えて本当に良かったです! ありがとうございます!」
「そのね、手掛かりっていうか」
「帰ってもこの恩はずっと忘れません!!」
「聞きなさい!! そもそも手掛かりって言ったのはテヴァンじゃない……」
そのシャテさんの視線を受けて、テヴァンは涼しい顔をして首を捻った。
「そうだったか?」
「こ、この……あのね。世界を超えて旅をしたいって言って、ずっと研究をしてる子がいるの。その子が何かの手掛かりにならないかって、その程度の話で」
「十分です!!」
だって僕が知ってる研究家って言ったら、魂研究家のウルタルさんしかいないからね。これから会う子もさすがに初対面の相手をホルマリン漬けにしようとするほどじゃないだろう。もしそうだったら、僕は自分の中の「研究家」の項目を改めないといけない。
ところが、シャテさんは僕がそう答えた後もなぜかちょっと言い淀んだ。
「あと1つあるんだけど……。あのね、あの子、興味がないことについてはすごくめんどくさがりなの。ただ、悪い子じゃないから……」
へー。なんか似てるなぁ。誰ととは言わないけど。そう思った僕の足がバタバタと突然足踏みし、周りの人たちとの距離が気のせいかまた少し開いた。……僕もあれだ、そろそろ学習しないといけない気がする。気をつけよう。
そして僕たちはシャテさんに連れられて、入り口の外までごっちゃごちゃに武器やアイテムが積まれている店に入っていく。中は暗く、棚にもびっしりと剣や杖、槍などが無造作に突っ込まれていた。……うわぁ。明らかに片付けできない人の部屋っぽい……。
僕たちが行き止まりにあるカウンターの台まで進むと、シャテさんは「じゃあ呼んでくるわ。どうせまた寝てると思うから」と言ってカウンター横の戸を開け。その奥に姿を消した。しばらく待つと、何か言い合いながらこちらに近づいてくる2人の足音が聞こえてきた。……どんな人なんだろ。僕が知ってる人だったりしないかな。
「……すみません……来てもらったのにお構いできずで……」
その言葉とともに現れたのは、知らない女の子だった。10代後半くらいだからシャテさんと同年代だろうか。中肉中背、かわいいけど大人しそう。青色の髪を無造作に伸ばしサイドテールに括っている。その髪より少し色の薄い水色の目は、ちょっと寝起きのようで眠そうに半分閉じられていた。
「この子が、ほら、自分で自己紹介くらいしなさい」
「えっと、わたし、トアっていいます。……それで、他の世界から来た人ってどなたですか?」
あ、お呼びだ。ててて、と前に出る僕の後ろで、ゼカさんの「他の世界ってなんだろ?」という呟きが聞こえた。そういえば知らなかったっけ。まあいいや。
「あの、私です。サロナといいます。あなたが他の世界に行く研究をしてるって聞いて来たんです。私、元の世界に戻りたいので。どうしたら他の世界に行けるんでしょう?」
「……船を造って移動すべきかと。魔法では無理ですね。わたしが苦手なもので」
なるほど。なんか個人の得手不得手が混じってるような気もしたけど、この人が他の世界に渡るなら、ということかな。僕はもう少し具体的な話を尋ねる。
「今研究はどのくらいまで進んでるんですか?」
あと100年経っても完成しない、ということなら他の手段を考えないといけないし。
「理論はほぼ完成しました。あとは作るだけです。ただ……」
「ただ?」
「必要なものの入手が大変そうで、ちょっと困ってます」
ほうほう。必要なものとな。僕がなんでも取ってこようではないか。任せてください! と僕が胸を叩くと、彼女はその水色の目を真ん丸にして驚いた。ていうか開いたら目でっか! え、それにしてもそんなに大変なもの……?
「できたらでいいんですが。持ってきてくれたらわたし嬉しいです。――まず、 關之影」
そしてその後に続く神器も、ゼカさんがさっき言っていたものと全て同じだった。それを聞いて思わず後ろを振り返ったら、ゼカさんも、トアさんと同じくらい目を大きく見開いていた。…魔王が欲しがっているものと、世界を超えるために必要なものが、一緒。それはいったい何を意味するんだろうか。
ゼカユスタ「……あれ、自分から戦いを挑んだっけ……?」




