111 はじめてのおつかい3
「キャー!誰か!女の子が!!」
飛び降りたルビーさんに気付いて母親が悲鳴をあげる。
「構わないで!!行って頂戴!ユータくん!前を向きなさい!振り返ってはだめ!!!」
「ああっ!ルビーー!!」
冒険者仲間の悲痛な叫び声が遠ざかる中、ルビーは眼前に迫る虫に対峙する。ウミワジ…こんなのがいるなんて、なんて運が悪いんだろう。私には、倒せない…でも、この身で時間は稼げるだろう。上手くいけばこれだけで馬車は逃げ切れるはず。確実な死に向かってなお、不思議なほど心は静かだった。
(一太刀ぐらい、浴びせられるかな。せめて足の1本ぐらい、持っていきたいよ。)
脳裏に幼なじみの姿が浮かんだ。奇跡の生還を遂げて、天使伝説の生き証人になった彼。器用な彼は、木彫りの天使像を作ってくれた。手作りのそれをお守りだと言い張るのはおかしかったけれど、その目は真剣そのもので。
「もし、本当に天使様がいるのなら、あの子達を守ってちょうだい!!」
1匹目の体当たりをなんとか避けて、ルビーは剣を振り下ろした。
「いや!いやよ!天使様ぁ!助けてー!!おねえちゃんが…おねえちゃんが!!」
カレアが泣きながら叫んだ。
オレもハッとして声をあげる。
「天使様!天使様!!お姉さんを助けてー!!」
オレとカレアの声に呼応するように、フッと空が陰ったと思った瞬間、
ドガガアアン!!!
目もくらむ閃光と共に、すさまじい大音量が響いた。
パニックを起こした馬が暴れて、馬車と共に転倒する。ええい!これも天使のおかげ!オレはふかふかの土を盛り上げて横倒しになる馬と馬車を受け止める…!柔らかな小山に半分埋まるようにして馬車が止まった。
「い、一体何が……!?」
カレアと母親、赤ん坊をまとめて抱きしめていた父親が呆然と後方を見やった。
「魔物…魔物は?!」
「ルビー……?」
馬車の後方、虫がいたであろう場所には、黒く焦げた焦土が広がっていた。中心部はまるでクレーターだ。
みんな怪我はなかったようで、一様に呆然と馬車の後方を見つめている……。
「そんな……ルビー!ルビー姉!!」
我に返った冒険者の仲間が、焦土と化した場所へ駈け出した。
オレたちも思わず後を追う。
「こ、これは……?!」
真っ黒となったクレーターに、虫の姿は跡形もない。ただ、まるで場違いな光の半球が輝いていた。
少年が恐る恐る近づくと、半球はその形を崩し、ひらひらとほどけて空へ還っていった。
「これ…チョウチョ?」
父親に抱かれたカレアが空に手を伸ばした。
「天使様のチョウチョだ!天使様ー!お姉ちゃんを助けてくれたのね!」
半ば確信した安堵の表情で笑う姿に、皆も固唾を呑んでその光景を見つめていた。
はたして、光がほどけた後に残ったのは、焼け焦げや血の染みひとつないルビーさんの姿。
「まさか、まさか…本当に?」
「生きてる?生きてるのか?!」
少年達が、ついに泣きながらすがりついた。
「起きてよ!ルビー姉!!」
「ルビー姉!!」
泣きじゃくる少年達は虚勢を張っていた外面を脱ぎ捨てて、随分と幼く見えた。
乱暴に揺すられて、ルビーさんの眉間にしわが寄る。ついでうっすら開いた瞳が、大きく開かれて飛び起きた。
「えっ?あれ……?なに?どうなったの??」
「お姉ちゃん!天使様だよ!!天使様が助けてくれたの!」
興奮して真っ赤な顔のカレアが、ルビーさんに飛びついた。
「私とユータが天使様におねがいしたの!本当に助けてくれた!光のチョウチョ!!」
「うそ……。」
ルビーさんは呆然としながら、すがりつく少年達を抱きしめた。
良かった……オレは密かに胸をなで下ろす。
生命魔法の飽和水がこんなところで役に立つとは。あの時、ラピスに生命魔法の小瓶を蒔いてもらって、そこにオレの魔法を発動させることで、離れた場所に回復の蝶々を出現させた。ラピスは一応避けるつもりとは言っていたけど、あの威力を少しでも浴びたら人間なんてひとたまりもない。生命魔法MAXの回復蝶々の防御壁でなんとかなったみたいだ。
これでも絞ったらしいが、明らかに虫がいた範囲の2倍は黒焦げになっている。
―だって、これが一番早い魔法なの。ユータはとにかく早くって言ったの。
オレの呆れた視線に気付いたラピスが、そっぽを向いて言い訳している。
カレアが叫んでくれたおかげで、全部天使様のおかげにできたし、良かった良かった。隠密さんにもオレが魔法を使ったのはバレていないみたいだ。
その後は特にトラブルもなく、馬車内はルビー姉さんと天使様の話題で持ちきりだ。オレも赤ん坊を助けたことで、カレアの両親に何度も頭を下げられた。お礼についてはまぐれだからと丁重にお断りしたよ。
ずっと気絶していた商人さんが、途中で起きて大騒ぎするハプニングはあったけど…。商人さんは、全員に商品の保存食を配ってお詫びしていた。相手が相手なら、気絶していた自分がエサにされていたであろうことを重々承知しているんだろうね。ルビーさんや連れ帰ってくれた冒険者にも何度もお礼を言っていた。
やがて、念願の町が見えたところで乗客から歓声があがる。うん、本当に町が輝いて見えるよ!ウミワジ、怖かった…アレと剣で対峙しようなんて思わない…ルビー姉さんはなんて勇気があるんだろうね。
「ルビーお姉さん、守ってくれてありがとう!お守り、返すね?」
停留所へ無事に到着したところで、まずはルビーさんに駆け寄った。
「あ……ありがとう。でも、守ってくれたのは私じゃなくて天使様よ?」
「ううん!ルビーお姉さんがいなかったら、きっと天使様も助けに来てはくれなかったよ。」
「そうとも!君の献身と勇気に、天使様が応えたに違いない。君は勇敢な人だ。ありがとう。」
カレアの父親が握手を求めた。そっと離れると、次々乗客に囲まれてルビーさんは困った様子で赤い顔をしていた。
カレアにも挨拶して離れようとしたら、泣きそうな顔をされてしまったので、きれいに成形した水晶をプレゼントした。両親からは遠慮されたけど、いっぱいあるからと押しつけることに成功だ。水晶は高価なものでもないしね。カレアもにこにこと眺めてご機嫌が直ったようだ。
「ユータ、またね!」
「カレアお姉ちゃん、ばいばい!」
手を振って、さあ馬車から離れようとした所で、今度は商人さんに呼び止められた。
「その、君もすまなかったね。取り乱してしまって…みっともないところを見せたよ。たくさん回復薬を使ったと聞いた。ご両親が持たせてくれたものだろう?申し訳ない。私は小商いで、回復薬を扱っていないんだが、大店のダンナに話を通しておくから、ハイカリクに行った時に受け取ってくれないか。色々と融通を利かせてもらうようにするよ。」
何か書き付けたものをオレに渡そうとするのを押しとどめる。
「ううん、たくさん持たせてもらったから大丈夫!危なかったらいくらでも使いなさいって。」
「そうか…いいご両親だね。しかし、これは受け取ってくれ。私の謝罪のかたちだと思ってね。」
こんな幼児に丁寧に対応してくれるあたり、本当にあの時はパニックだったのだろう。頑なな態度に、仕方なく受け取っておく。
「……その、私は町に子どもがいてね、今日久しぶりに帰る約束だったんだよ。ほしがってたものがやっと手に入ったんだ、どうしても帰って渡したくて…。」
商人さんは、きれいに包まれた小箱を見せてくれた。
「そう…間に合って良かったね!きっと無事にかえってくれてよろこぶよ!でも…ね、こどもは馬車の中にもいたんだよ?あの子たちがいなくなったら、とてもかなしいと思うよ?」
「……そうか、そうだな。私はあの中で一番、年上…か。私は、子どもを……。」
俯いた商人さんの手をとって少し魔力を流す。十分反省してくれているもの、もういいよ。
「でも、天使様のおかげでみんな無事だったもん!もう大丈夫だよ。オレからもプレゼント、これクッキーっていうお菓子なの。とっても美味しいよ!みんなで食べてね?」
クッキーの入った小袋を押しつけてにっこり笑うと、商人さんは情けない顔で微笑んだ。
「えーと……ここだね。」
停留所から離れてメインストリートを歩いていると、一番目立つところにドンと貴族用の宿が建っていた。宿は必ずここを使うように言われているので、躊躇なく足を踏み入れる。
「ようこそお越し下さいまし、た……?」
受付さんが幼児一人の入店に首を傾げている。
「おつかいで、一人できたの。はい、これ!」
受付で渡すよう言われた手紙を渡すと、受付さんはさっと目を通して深々と頭を下げた。
「失礼致しました、ロクサレン家ユータ様ですね。どうぞこちらへ。」
部屋の指定までしてあったのか、そのまま部屋まで案内してくれた。
ふかふかのベッドに体を投げ出してホッとひと息。ここまで至れり尽くせりされちゃったら、おつかい成功って言えるんだろうか…?
あ、そうだ無事に宿に入ったことを知らせなくちゃ。ふかふかした絨毯に足をとられながら、表に面した窓を開ける。えーと、あそこだ!姿は隠れて見えないけど、無事だよ!っていう意味を込めて手を振った。
しかしこの隠密さん、本当に出てきてくれない……オレが助かるなら他はどうでもいいみたい……。ラピスにこっそり見てきてもらったけど、知らない男性だった。確かに、知っている人だと情に流されてしまうから、ロクサレン家に忠実でオレを知らない人を選んだって言ってたね。






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/