1055 先行隊
「ねえ、やっぱりボスの討伐をしてから、ここを脱出しようとしてるのかな?」
こそこそ巣まで近づくオレたちは、ちらりと土壁のふくらみを眺めた。崖上からは、にこにこのシロがこっちに尻尾を振って見送っているのが見える。
「そりゃそうじゃね? あんな風に隠れられるならさ、ボス討伐してしばらく待機した後下りるだろ」
「まあ、巣の中なら食事には困らないだろうし~? 選り好みさえしなければ~」
リザーヴェスは組織的な群れをつくる魔物。どっちかというと蜂よりトカゲに見えるけど、生態は蜂に似ている。とは言え、ハチミツはない。そんな平和な生き物ではないので……。
代わりに、食糧庫と呼ばれる部屋はあるはずなので、そこに魔物の肉なんかは保存されているんだとか。
食べたくは、ないよねえ……背に腹は代えられないけども。
「でも、本当にこの群れが移動するの?」
「するって言われてはいるよね~」
「食料あんのに勿体ねえな」
あのパーティが決死の覚悟で挑むには、そのあたりの事情がある。
ボス格の一匹を倒しさえすれば、群れは『一か八かの再建』用の数匹のみを置いて引っ越すらしい。そうなれば、少なくともこの危険な岩壁は脅威なく下りられる。
そして、依頼もついでに達成を狙えるしね!
「オレも手に入れたいけど……先に採っちゃダメだしねえ」
「ちょっとくらい、いいんじゃね?」
「うんうん、ちょっとくらい、ねえ~?」
……本当に? 食欲に負けてない?
難所にしか巣を作らないリザーヴェスの価値、それがボス個体の特別食らしい『珠餌』。
王様に献上されるレベルの、貴重な霊薬みたいなものだそう。
これがあるから、ボス個体はせいぜいDランクのリザーヴェスとは比較にならない、C~Bランク級の強さを誇るのだとか。
オレのイメージ的にはローヤルゼリーなのだけど、違うのだろうか。ちなみに、リザーヴェスの体内で生成されるものなので……あんまり貯蔵しているシーンは見たくない。
そして……ここが重要なのだけど。
その『珠餌』。確か、プレリィさんが作ってくれた『あの』至高のスープに……入っていたはずなんだよね。
だったら、思うじゃない? 悶絶級の美味しさだろうって。
ごくり、喉が鳴る。
分かる。分かるとも。あれを知ってしまったら、世の金持ちはいくら出してもいいから材料を集めようとする。
『それは多分、ものすごく限られた人だと思うわ』
ふよんと揺れたモモが頬に触れる。……まあ確かに? 『霊薬』需要の側面が強いようだけども。
「じゃあ……ひとまず、目指すのはボス部屋だろうから、奥へ進めばいいんだよね?」
「そうだね~最深部にいるはず~」
「よしっ、早いもん勝ちだよな?! ちょっと残しておけばよくねえ?」
おかしいな、さっきは『ちょっとだけもらう』はずだったのに。
少なくとも、見守り任務で来ている以上、早い者勝ちではないと思う。
嬉々として巣へ駆けだしたタクトを追って、オレたちはリザーヴェスの巣へ突入した。
「……ね、ねえ、見張りと門番たちを倒しちゃったら、さすがに変じゃない? 誰でもウェルカムな巣になっちゃうよ?」
実際そういう役目だったかは知らないけれど、出入口にいた数匹を転がしたところで、はたとそう思い当たった。ゴブリンにしろアリにしろ、大体巣の出入り口に何体かいるものだ。
恐る恐る、後ろを振り返る。もうそろそろ、あっちのパーティも出てくるんじゃないだろうか。
「倒す前に言えよ?!」
「止める間もなかったよね~? でも、倒さないと入れないし~」
それはそう。そもそも、殲滅せずに巣に突入するのって、結構難易度高いよね。
おろおろするオレたちに、ラキがにっこり冷えた笑みを浮かべた。
「完全犯罪にすれば、問題ないよね~。証拠さえなければ、いいんじゃない~?」
「そう、か。バレなきゃいいか?」
「そうだね~。バレなきゃやってないのと同じだよ~? リザーヴェスにとっても、その方が幸せじゃない~? 三方ヨシだね~」
そ……そう……かな? そう、なのかもしれない……?
「け、けどさ、どうやって証拠隠滅すんの?」
「灰も残らないくらい焼き尽くすか~、原型なくして食糧庫――」
「あのっ! オレの収納、多分いっぱい入るから! 大丈夫だから!!」
いたたまれなくなって、手を挙げた。だって、だって……! なんかさすがにそれはチョット。
「リザーヴェス、食べられないし大した素材もないけど、それでよければ~」
微笑むラキに、オレとタクトは何度も頷いた。
「あ……ごめんねっ!」
通路を曲がった途端に鉢合わせ、咄嗟に体を引いたリザーヴェス。一方、咄嗟に深く踏み込んだオレ。
顎の下をくぐる一歩、身体を捻るためのもう一歩。
冷たそうな皮膚。腹側の、白い。
肘から振り上げた短剣が、深々と太い首を横切った。
「収納っ!」
溢れるそれが吹き出すのが早いか、収納が早いか。
「ユータ、切ったら証拠が残るから~。斬殺は避けて~」
「う、うん……」
あの、もうちょっと別の言い方はないだろうか。すごく……ダメなことをしている気がして。あと、セリフと爽やかな笑みのギャップが……その。
アリに似た巣の中は、外と比べてじとりと湿っぽく、外気より生暖かい。
洞窟とは全く違う、生き物のうごめく気配が胸をそわつかせる。
ダンジョンにも似た、独特の緊張感。
段々と息苦しくなるような、そんな閉塞感。
ふう、と息を吐いて振り返る。元気なはずのオレたちでも、こうなんだから。
「ラピス、向こうはどう?」
――大丈夫なの。生きてるの。
……うん。最重要項目をありがとう。
『えっとね、頑張ってるよ! 思ったより少ないね、よかったねって言ってるよ』
そっか。きちんと回復したし、成りたてとは言えBランクだもんね。
通路は網目のように入り組んでいるから、オレたちが先行しているからといって数を減らせているか微妙だったけれど、片っ端から駆除している効果は出ているみたい。
「今のところ、向こうも大丈夫そう!」
「そうでないと困るね~。魔法薬の残りは、どうなってるかな~」
あ、そうか……。もし毒消しがなくなってしまえば、掠っただけで命取りに……。
剣を封印したタクトが、出会ってしまった気の毒なリザーヴェスを撲殺して振り返った。
「そういや俺、この毒ってどうなんだ? 効くのか?」
「カロルス様だと効かないけど、タクトはどうなのかな?」
「試してみたことないよね~」
……多分、普通は試さないと思うよ。
「ユータは毒も治療できるんだよな? 一応、俺も毒消し持ってるし」
「でも、タクトの身体にあの程度の攻撃が刺さる~?」
「意識的に強化を下げりゃいいんだろ?」
あの、試す方向で検討しないで?
ブブ、と響いた頭上からの音に飛び退くと、タクトがこっちを向いてにっと笑った。
「痛てっ」
「ちょっと?!」
タクトが、ひょいと跳び上がって素手でリザーヴェスを捕まえた。ええ……。
当然、暴れるリザーヴェスに噛まれるわ刺されるわ、その手がぐっと絞まるまでに、ばっちり攻撃を受けている。
「痺れる~? よく回るように動いてみたら~?」
「うーん? 分かんねえ……」
その時点で効いてないよね。無駄に跳んだり跳ねたりし始めたタクトをはっしと捕まえた。
「毒待ちしなくていいから……。万が一ってこともあるんだから、こんなことしちゃダメだよ!」
念入りに、タクトの全身を探ってみる。
……ないな。残渣っぽいのはあった気がするけど、気がしているうちに消えてなくなった。人外。
「タクトに、リザーヴェスの毒は無効。というか、そもそも強化を下げないと刺さらないなら、検証する必要なくない?!」
「でもさ~食事に入れたりする方法もあるでしょ~? そっか効かないか~」
あの、それはもはや魔物への対策ではない、よね?
にっこり笑ったラキに、一拍おいてタクトが震えている。だ、大丈夫、オレがいたら治療できるから! いたらね!!
「ユータも効果ないだろうし~、僕だけだね~。じゃあ僕がモモのシールドの中にいれば、毒消しはいらないね~」
「そうだろうけど……?」
「一応持っておくって話だろ?」
今さらな確認に、オレとタクトは首を傾げた。






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